自殺未遂のあとの対話

病室にはベッドの上に彼が寝ているだけで、きょうは父も母もいません。
「1人かな?」と聞くと「1時間ほどしてきます」と言います。
連日、病院に父母が交代で来るというのはなかなかたいへんなことです。
「お医者さんからは、自殺願望は病気だといわれました」。
ふいに、小さめの声でつぶやくように話します。
はて、そういうものかどうか私が頭の中でめぐらしていると、
「松田さんは死にたいと思ったことはありますか?」
と聞いてきます。
「苦しい時期はあったけれども死にたいと思ったことはないなぁ」
と答えました。正直な事実です。

彼が飛び降りたとき、窓から外をのぞいて過って落ちたかもしれないといっていたお母さんのことばは違っていました。
彼は死のうと思って飛び降りたのです。彼の話はそれを裏づけています。
「極限状態で周りの人が死んでいく、自ら死を選ぶ人が現れる。そういうときでも死のうと思わない人がいるのを本で読んだことがあるよ。どんな人だと思う?」
「…大事な人がいる人かなぁ」
「そうだよ。待っている人がいる、と言っている」
「ぼくにはいないなぁ」
「お母さんとお父さんは待っている人なんだけどわからないかなぁ。でもそのうちに現れると思うよ。子どものときはそういうもんだし、きみはまだ若すぎるし。…その人はこうも言っていた。待っている仕事がある人も死のうとはしないって」
「……」
「人間は自分のために生きるというよりも、大事な人のために生きる力がわいてくるのじゃないかな」
「そうなるかなぁ。まだ子どもなんですね」
「自分の人生はこれからということじゃないかな」
「親がいると拘束される感じがするし……ちょっと疲れました」

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