これから日本が、世界の食市場に提供できる武器、それは、「安全・安心」で「おいしい」です。
中国が歩み、インドやバングラデシュなどのアジア諸国が続き、さらにはアフリカ諸国にも開けている経済発展の道は、途上国の社会を農村型・伝統型から、都市型・先進国型へと変えていきます。
その中国では、経済成長とともに食べ物の嗜好が変わり、従来の穀物(炭水化物)中心の食生活から、都市で成功した富裕層や裕福な中間層の生活においては肉や魚(たんぱく質)が好んで摂取されるようになりました。
そして、味はもちろんですが、最近の中国人は安全・安心も強く求めるようになってきています。結果、おいしいうえに、衛生管理に定評がある、つまり"安全・安心"だということで、「日本の食品」の評価がとても高いのです。
安全・安心で美味しい。
三拍子揃った日本の食におけるブランド力は、海外において絶大です。
ゆえに日本が世界の食市場で徹底的に攻める場所、それは、安全・安心とおいしさを前に打ち出した高付加価値な食の市場です。
世界人口の半分を占めるアジアの多数の人間が農村を離れて都市部に流入し、稼いだ賃金で安価な工業製品を買い求めている状況から見て、工業製品は今後も値下がりしていくでしょう。
その流れは食料においても同様です。生産性が向上して生産過剰となり、価格は低位で推移します。食料危機どころか、食料もデフレの時代に入ってきました。
だからこそ、これからは高付加価値な食料のニーズが相対的に増していきます。
農業生産者から、メーカー、流通業に至るまで、日本の「安全・安心でおいしい食料」を、世界のお客さんのニーズに応えて供給するチャンスはどんどん増えていくはずです。
日本が世界の食の貢献できる第1のポイントは、まさに高付加価値商品の提供にあり、と私は考えます。
もう1つ、日本が世界の食の市場に貢献できること。
それは、総合商社を筆頭に、世界を股にかけた巨大な食のサプライチェーンをマネジメントできる、ということです。
今食料が足りていない地域があるとすれば、それは政治の問題が根底にあると同時に、具体的な食のサプライチェーンがない、つまり生産者と消費者を結ぶ流通網が存在しない、という問題がついて回ります。
世界経済が物流とインターネットを介して1つになりつつある今、世界の食のニーズに的確に応えるには、まさに世界規模のサプライチェーンをマネジメントできる存在が必要です。
そこで日本独自の業態である、総合商社に光が当たります。
食のサプライチェーンに関しては、欧米の食物メジャーのような存在がありますが、日本の総合商社がユニークな点は、生産の最源流から、消費者と直結する小売りや飲食といった一番下流のサービスまでをも、一括してマネジメントできる点にあります。
アジアやアフリカ、南米などの発展を考えると、世界規模のサプライチェーンの存在は、生産者としても、消費者としても必須のものとなります。
ゆえに、日本の総合商社の働きぶりにはより一層の期待がかかる、と言っていいでしょう。
高付加価値の日本ブランドの食を、総合商社のサプライチェーンを活用して、世界に提供する。そんな時代が来る、と私は考えています。
川島 博之(かわしま ひろゆき)
東京大学大学院農学生命科学研究科准教授。1953年生まれ。83年東京大学大学院工学系研究科博士課程単位取得のうえ退学(工学博士)。東京大学生産技術研究所助手、農林水産省農業環境技術研究所主任研究官、ロンドン大学客員研究員などを経て、現職。<主な著書>『「食糧危機」をあおってはいけない』(文藝春秋)、『世界の食料生産とバイオマスエネルギー』(東京大学出版会)、『「食料自給率」の罠』(朝日新聞出版)などがある。