三年前れいるさんからリクエスト頂いた「クルス×胡桃」の三作目のSSです。
このSSは『白黒引力』と『耽り、溺れて』との三部作構成になっていますー。
□■□一作目『白黒引力』□■□
□■□二作目 『耽り、溺れて』□■□
『ウェディングドレスを着た胡桃』の誕生日リクエストに答えるのがこんなに遅くなってしまい申し訳ないです^^:
懇親誠意全力で書きましたので良かったらご覧下さいませ!!
***『黒白の世界で』***
核戦争により罅割れた大地の中でも、一際大きな傷を残したブラックスポットのとある一角では、昼という概念が曖昧模糊としている。
というのも、ここは大地の表面‘のみ‘が罅割れているだけでなく、深深とした、谷と思しき広大な空間がぽっかりと広がっているのだ――。渓谷とも断崖とも言えぬその空間は人の集落を幾つかは確実に飲み込む程の広さであり、巨大な日本の黒点の一部に相応しい形相を内側に広げていた。
加えてそこでは過去に大規模な断層が発生した故に、地表面近くの層が下層を殆ど覆い隠し、昼夜問わず真っ暗闇の世界を作り上げていた。洞窟に住む魚・蝙蝠、蛭や蛆などのように視覚を捨て嗅覚にのみ頼り生きていく者には適する環境かもしれないが、高濃度の放射能汚染がそれを許さない。生命の欠片もないこの暗闇の中で、人間が正気を保ち――ここブラックスポットではそれを保っていることすら珍しいのだが――同種と同種とが共存し社会を成り立たせ生活するというのは難しい。更には日光が当たることのないこの場所は気温が極めて低く、常時防寒を要する。まず、人が定住を選択するに相応しいものではないだろう。
しかし人間の適応性というものは実に逞しいものであり、ニードレスでない一般の人間ですらも、そんな過酷な環境に適合しているのである。
それは弱者が強者なき安住の地を求め逃亡を重ねた結果であり、その選択が今となってはこの谷の壁面に街を作り上げた。この断崖が落とす真っ黒な影の中で昼夜問わず、まるい様々な色の光が谷の中で煌々と輝く様は、塹壕内で暮らす人間の生命の象徴と言っても過言ではないだろう。物流など期待できないスラムでは燃やせるものは片端から燃やすので、様々な炎色反応がよく見受けられる。
赤・青緑・赤紫・橙赤・黄色・黄緑……など光が点々とする景色は、まるで黒地のキャンパスに虹が砕け飛び散ったような、幻想的な世界。
そんな独特な世界の中、若竹色の髪をした少年は今日も日々の食い扶持を稼ぐべく、自ら商品を売りに出かけていた。その少年の背には人一人を入れられる大きさの背嚢があり、寄せ集めの枯れ草や繊維質などを紡ぎ構成された籠の中には多種多様な金属片や鉱物が押し込まれていた。手に持つ松明の炎に照らされて、鈍く艶やかな光沢を輝かせている鉱物と似たようなものが、道中の壁面で所々僅かに覗いている。少年がこの地で生業として選んだのは、このような貴金属を片端から寄せ集め、売るといった回収業者に近しい職であった。主に力仕事となるこの職務でも、時折拾い集めた物を加工し商品として提供するといった繊細な一面があり、知識と指先の器用さを買われた少年には遣り甲斐も感じられることもある。しかし大半は素材の回収と運搬に終始するので、殆ど苦役と変わりはしないのが現状であるが。現に今も、背に負うリュックサックの中に詰まった金属製品は重いわ、右手に持った松明は手をじわじわ熱してくるので、寒さが厳しい筈の谷の最下層でも大量の脂汗を掻かせるのであった。坂道を上る際片足片足へと交互に掛かる負荷を跳ね除けて、続けざまに下層で拾い集めた金属を自分の住まいに運ぶ時は自然と急勾配の坂道を登ることになるから、筋も酷使に酷使を重ねて、これ以上に汗をかくことになる。そうした肉体的に充実しているとも言えるこのルーチンワークが、彼の華奢だった優な身体を必然的に引き締め、屈強なものに変化させたのである。線の細さは変わらずとも、その手足にはしなやかな筋肉が隆々と発達し、豹のようなシルエットを保有した一人の男へと変わり始めていた。
最下層に辿り着く少し手前の坂で、ふと彼はポケットに押し込んでいた一切れの紙を取り出し、片手で器用にそれを広げた。紙には明朝体の毅然とした活字が鮮やか且つ簡潔に、「選択の時は訪れた。水無月の初、此処で待つ」と記されている。
この一片の紙――そう、このひとひらの手紙は紛れもなく、少年のただ一人の肉親、アルカ・シルトから送られたものであった。
***
この穴の底には、常闇がある。日光の光も知らず、照らせども照らせども尽きることを知らないその鬱蒼とした靄で輝きを隠蔽していく暗所が。
其処はあまりもの暗さと、地盤の不安定さにこの集落に住む者も、暗がりの住民らも決して足を踏み入れることのない空間。何もかも等しく黒に内包するその暗闇の中、仄かに明るく光る柱が今はある。唯の鉄屑に過ぎなかったその棒は、高熱によって緩慢に溶解し、火花と光を散らしていた。あまりにも熱せられた鉄棒は煌々とした明るさの中に仄かな蒼色の火を孕んだ幻灯へと姿を変えている。何処か月明かりを思わせたその発光体のすぐ傍に、少年の良く知るその人は在った。
「まさかこのような場所に潜んでいたとはな、随分と探したぞ――クルスよ」
先に開口したのは其の女性の方だ。淡々とした口調には抑揚がなく、狩人を思わせるトパーズ色の瞳には、静かに燃える蒼火の銑鉄のみが移りこんでいる。
語りかけられたのは赤に燃える火を持った少年であった。クルスと呼ばれた彼は松明の焔に照らされた顔に柔らかな笑みを浮かべ、返事を返した。
「アルカ姉さんこそ、昔僕の前から長いこと消えたじゃないですか。これでお相子ですよ」
「……それも、そうだったな」
クルスとアルカの眼に憎しみの色合いは欠片ともなかった。青と赤の光の下で、彼らは昔のように向き合っていた。
ブラックスポットにての内戦で最も大きかった闘争と誰かしらに問えば、大抵の者があのシメオンビルでの出来事を口々に語る。ごく僅かな人数の能力者らが巻き起こしたその紛争の規模は比類無きものであり、その闘争劇の幕引きにはかつてこの地に落とされた核に勝るとも劣らない爆発が生じた。その爆発の原因には様々な憶測が立てられてはいるが確信的事実を含む論は皆無である。唯一つ明らかなのは、石塔の周囲一帯は瞬間に焼け付き滅び消え去って、再び荒野は不毛の地へと姿を変えたという事実のみである。林立していた過去の石棺の森も、人々の骸の影すらも今や其処には見当たりもしない。ただ在るのは其処にこの二人もいたという過去だ。
クルスはシメオンにより拉致されてからというものの、隠密と技術班員として内部で働いていた。元々新しい知識を取り入れることと、それを生かすことに秀でていた彼の頭脳はシチズンの者に匹敵するまでに高められ、また神父一向に関する情報提供や行動予測などの働きはシメオンに多大な利益を齎した。彼は組織の一個体として責務を真っ当していたのである。そうした変化と成長に最も驚いたのは彼自身のみならず、姉のアルカもまた同じだった。自分の後ろで弱弱と縮こまるばかりであった少年がここまでの自立を見せたことに、確かな関心を彼女は抱いたほどだ。
しかしこの変化に最も関与した根底の要素というものは、想い人の存在であった。黒の幾何学の中で出会った彼女、胡桃の存在が。彼の生きる道を大きく変えた、あの人があったからこそ――
「私の知らぬ間に、随分と男らしくなったものだ」
クルスに一瞥をくれたアルカは独白するかのように呟いた。
「あはは、今日まで生き延びてきましたから、自然と」
「自然とでは、この地では生き残れなかったろう。これまでも、そしてこれからも」
「僕一人だったのなら……そうですね。けれども今は違います。僕を必要としてくれる人がいますから」
「どんな困難も問題にはならない──か。全く、厭きれた溺愛振りだ」
アルカの見据える先にある弟の姿は自分の見慣れた弱弱しい軟弱なものでなく、何かを守るために鋼の如き信念を背に貫いた屈強な盾を連想させるものだった。自分の大切な存在を守る為にはどれ程の力と、どれ程の精神が要されるのかをアルカも自身よく知っている。自分という盾の後ろに存在する者が無力な程、それを補う為に自らは成長して行かねばならない。他人の為に生きてゆく事、それは限りなく難しい、苦しみを喜びと共に孕んだ行為だろう。しかしその苦役になるやもしれない行いを永遠に続けられるのだとしたら、それは恐らく人間の持つ最も尊い感情が確かにあるのだろう。
「……この様子ならば、お前の願いもきっと叶うだろうな」
その呟きはクルスの耳には届かなかったが、アルカの口下に笑みを残した。アルカは後ろ髪を大きく掻き揚げながら、半ば焦れているように、半ば期待しているように言った。
「それでお前はこれからどうやって生きていきたいんだ?」
「……姉さん、僕は────」
クルスは揺るがない信念を瞳の中に輝かせながら、言葉を紡ぎ始めた。
***
洞穴の中に造られた住居の中で、寝台に腰を据えた美しい少女は燭台の灯火を眺めていた。橙色に揺らめく仄かな光を見つめながら、彼女は想い人の帰りを待っていた。丈が短い格子模様のスカートから伸びた細い脚線美を有する脚を前後に揺らし、時計も無い狭い室内で一人吐く溜息には憂愁の色がある。腰まで届く長い髪を結った三つ編みの毛先を指先で弄くる彼女の姿には、少女らしさを色濃く残しながらも、男を扇情させるであろう女性の美貌が確かにあった。憂いが彼女を引き立てているのか、唯そこにいるだけで艶美な雰囲気を醸し出している。その音の無い空間でどれ程の時を過ごした頃だろうか?想い人によって、外の暗がりに続く扉が開いた。蝶番が軋んだ音を立てるよりも早く彼の存在に気がついた胡桃は、すぐそちらに向かった。
「ただいま帰りましたよー……っと」
「クルスっ、おかえりなさい!!」
クルスの姿が瞳に映る前にも関わらず彼の存在を確信していた彼女は、クルスが現れたその瞬間に彼に抱きついた。満面の笑みを浮かべながら、胡桃はすぐに口付けをした。帰宅早々の熱い抱擁と接吻に、思わずクルスは顔を赤らめる。そうして彼女と抱き合ったまま自宅に入り、後ろ手で錠を掛ければ、自らも強くそれに応じた。最初は身体を引き寄せられ、口内で舌を絡まされる事に為すがままに求められていた彼は、他人の存在から完全に隔絶された二人の世界に帰り着いたこの時から除々にイニシアチブを彼女から奪いつつあった──彼女の顔を両手で引き寄せ、胡桃の口の中へと自らも舌を滑り込ませ、敏感な口腔を撫でれば、彼女は甘い声を漏らし恥らう。抱き寄せられた身体には自分の硬くなった欲望を押し付け、若干の抵抗で身悶えをする彼女を腕の中から逃さないように抱え込んで抱いた。舌の味蕾にはすっかりと彼女の唾液の味が蜂蜜のようなほの甘さが広がっており、手のひらには彼女の柔らかな果実の側面が繊細に感じられた。口付けをまぐわう間の彼女はよく恥じらいで目を閉じていたのであるが、平生より深く赤みを帯びた頬が今日は一段と綺麗に見えた。口の中で動く度に身体を小刻みに震わせ、脚をやんわりと絡ませてくる彼女は快感に打ち震えていて、今にも倒れこんでしまいそうだ。
そうして帰宅してからの接吻は、室内を照らす蝋燭が半分燃え尽きた頃になり漸く一度終わった。行為が終わったにも関わらず、名残惜しそうに口角に残った涎を一指し指でなぞり、舐め取る胡桃は息を荒くしたまま顔を真っ赤に紅潮させ、上目遣いで彼を見つめていた。
「……あたしをこんなにキスで滅茶苦茶にしちゃうなんて、やっぱりクルスはずるいよ……」
「不意打ちでキスしてきた人が何言ってるんですか」
「おかえりなさいのキスだもん、ずるくないよ?」
恋人同士の声は暗い室内で甘く響きあっている。じゃあ今度はただいまのキスを、とクルスはベッドに彼女を押し倒しつつ、優しく二度目のキスをした。暗がりを照らす燭台の灯火に照らされた少女の乱れた制服から覗く姿態は陶器のように滑らかな艶があり、薄らかに発露した汗で照る様に、思わずクルスは唾を飲み込んだ。胸元が肌蹴たワイシャツからちらちらと見える膨らみ、僅かに窪んだ臍、捲くれたスカートから伸びる脚は黒いニーソックスと妖艶なコントラストを煌かせながら灯火の下で照らされている。半ば暗闇と明るみに入り混じりあったこの明度は妙に官能を刺激するせいなのだろうか、暗闇の中に二人堕ちてからというものクルスは欲望を抑えられなくなることが多くなった。
「大好きです、胡桃さん。今日も貴女とこうしていられて本当に幸せだ」
愛撫を交えながら行われた接吻ののち、彼女の耳元でクルスは囁いた。
「……あたしも幸せだよ」
首筋に与えられる快楽に震えながら、胡桃は微笑んで答えた。最早二人の脳内には、お互いの存在以外には何も要らなかった。時がもし流転を諦め、一瞬間に二人を永劫に封じ込めてくれたらすらも願いうる愛情への耽溺────。それは消費され空費されるものではないとしていても、その形を留め永遠に抱き続けたい感情に違いない。
「今日も貴女を愛してもいいですか?」
クルスは彼女の太腿と、胸の柔丘を指先でなぞりつつ、言った。
「もちろんいいよ……、今日も、なんて言わないでよ、っ、このままずっとでも構わないんだから……」
そう答える間にもやむ事無く続く肉体への愛撫と、頬に降り注ぐ口付けの雨に感じながら、胡桃は優しく微笑んで答えた。もうすっかりと濡れた花園に、クルスが入り込むのにそう時間はかからなかった。貫かれる度に全身を走る快楽の電流に、貫く度に下腹から伝わる快感に、少女と少年は染まりあった。敏感な所を互いに知り合った二人にとって、相手が何を望んでいるのかは言葉にする必要も無く伝わることだった。寝台を強く揺らす愛はまぐわい、薄桃の蕾を甘噛みし、首筋にベーゼを、乙女に愛撫を、乙女の象徴は男を強く締め絞り────、やがて訪れる戦慄にも似た至福の絶頂に二人は何度も達し、愛を溢れさせた。言葉は愛を紡ぎ、溶けて交じりあい、二人は果てていった。
情事の後を感じさせる乱れたベットの上で、二人は身を絡ませながら横になっていた。
「今日は普段よりか……クルスが情熱的に感じられた」
クルスの胸板に頭を乗せながら、胡桃は嬉しげに呟いた。
「……今日は特に、君が欲しくなったんです」
胡桃の髪を撫でながら、そうクルスが言うと、最近すごくいやらしくなってるよ、と胡桃が笑った。部屋はもう殆ど黒に染まっていた。僅かな煌きとなった焔を見つめながら、クルスは続ける。
「……実は、今日は嬉しい報告があるんですよ」
「え?なにかいいことでもあったの?」
「ええ。僕にとっても、きっと胡桃さんにとってもいいことが……。でも、それをお話する前に、少し聞かせて下さい」
「あはは、どうしたの?こんな急に改まってさ。……で、なあに?」
「僕と結婚してくださいませんか?」
「え……??」
──思いにもよらない質問に、胡桃は思わず身を起こし、クルスの顔を見た。同じく上体を起こしていたクルスの表情は決して冗談でものを言っているとは思えない、真摯な眼差しをしていた。その眼差しは、初めて自分を求めてきた時と同じく、愛情と恋慕と情熱に溢れ、優しい彼だけが向けてくれたもの。
「そ、そんないきなり言われても、あたし嬉しすぎてなんて答えればいいのか……それに、ブラックスポットじゃもうそんな形式なんてないよ──」
そこまで言った所で、クルスは彼女に再び顔を近づけた。額と額を優しく合わせると、瞳の奥まで見通されてしまいそうな真っ直ぐな彼の眼に見つめられると、やはり顔が赤らんでくる。
「形式なんかじゃないです、僕は心から貴女と一緒にいたい────それも僅かなひと時ではなく、これから先生きていく間、いや身が朽ち果てた後も貴女を愛し続けていたい。貴女と共に過ごして行く未来に何を感じるか、貴女が何を感じるのかを知りたいんです。どんなに苦難が待ち受けていたとしても、僕はそれを全て跳ね除けて、貴女と共に生きていきます!!貴女を傷つけようとするものがあれば、僕は貴女を守る盾となり、退けてみせる!!だから、どうか僕と誓いを結んで下さいませんか……?」
両手を握り締め、クルスは胡桃に言った。紛れも無く、彼女へのプロポーズの言葉である。
無法地帯と成り果てて、女性は男に力ずくで従わせられ、陵辱を繰り返されるのが当然の道理となったここブラックスポットで、こんな夢のような話があっていいのだろうか?胡桃は感激の余り暫く頷くことも言葉を返すことが出来なかった。
「……僕では、駄目でしょうか?」
沈黙に耐えかねたクルスが心配そうにいうと、胡桃は微笑み、彼にキスをした後言った。
「いいに決まってるでしょ?クルスはあたしの、一番大切な人なんだからね」
彼女にとって彼を拒否する理由なんてものはなかった。誰からも不要とされ、拒まれてきた彼女を唯一受け入れてくれたのはこの人だけだったのだから。
「……胡桃さんっ、大好きですっ!!」
「あたしもだよ、クルスっ」
再び二人は唇を重ね、二人だけの世界に落ちてゆく。先程よりも更に深まった情愛を行為に込めながら、深く深く。
***
陽の昇り始めた頃、二人は地上にある教会にいた。教会といっても其処は廃墟と殆ど変わらなかったが──白色の十字架と白亜の鐘は二人を祝福してくれているかのように輝いている。その下で、燕尾服を着たクルスは想い人を待っている。
「ほう、中々似合うものじゃないか……馬子にも何とやら……などとは最早冗談でも言えないな」振り向いた先には腕を組み、入り口の石柱に寄りかかるアルカの姿があった。
「アルカ姉さん……有難う御座います、色々用意してくださって」
「例には及ばないだろう、自分の弟の為だから、な」
アルカはとても懐かしく暖かい笑みを浮かべながら、続ける。
「お前ももう誰かを支える存在になるんだ。これからは、いや、これからも強く生き続けろ。……さて、無粋者はこれで立ち去るとしよう。末永く幸せに過ごすことだな──おめでとう、クルス」
クルスが引きとめようとする前に、アルカは素っ気無くその場を後にした。鐘が、鳴り響き始めた。青天井に響きわたる清音に包まれる中、一陣の風が吹く。
その薫風の方から、白無垢のウェディングドレスを纏った彼女が姿を現した。
白無垢のドレスは驚くほど彼女に似合っていて、その美貌はどんな美花よりも優れたもので、クルスは一瞬彼女に見とれたままその刹那に思考を止めてしまいそうにすらなった。
「王子様、エスコートをお願いしますね?」
はにかむ胡桃の下に向かい、クルスは跪いて白花のような手の平にキスをした。
「喜んで」
────未来に何かを望むのならば、待ち続けていることなんてできない。特にそれが幸福への渇望なのだとしたら、不確かな偶像や奇跡に頼ることは愚行と変わらない。都合の良い未来を信じた所で、祈りを捧げているだけの自分の何処が変わりうるのだろうか?
──だから僕は──
「誓いの言葉を交わしましょう」
「胡桃さんの仰る通りに。……健やかなる時も」
「病めるときも」
「幸福と喜びを分かち合い、愛し合い」
「悲しみや苦しみは共に乗り越え」
「「永遠に愛することを誓います」」
──だから僕は、どんなに泥臭い努力も、どんなに見苦しい足掻きも、どんなに辛い現状も全て肯定したい。窮地に陥ることを人はすべからく恐れるが、そんな場面を乗り越えてこそ掴むことのできるものがあると、信じ続けているのだから。
愛し続ける彼女の手を握り、僕は今街の摩天楼から黒の世界を遠望している──。ネオンの煌く見果てぬ闇の中に在る筈の、二人だけの光を求めやって、僕らはその中に飛び込んでいく。白無垢の衣装は風にはためき、重力に逆らい僕の腕の中で羽根のように音を立てていた。両腕に抱えた彼女は僕と顔を見合わせると、左薬指に煌く銀の指輪を見せながら頷いた。未来に君との幸せを願うのならば、立ち止まることなんてできない。そう、闇に溶けるように彷徨いながら、輝きを放ち続け、僕等は二人で一つの道を生き続けていくのだ────この果てしなく続く黒白の世界で!
〔了〕
アニメ見てましたが胡桃かわいいなと思ったら死んじゃって残念無念でしたが、このSS見て凄くうれしい気持ちになれたよ
それも主人公のクルスと胡桃が結婚なんて素晴らしい発想です!感動しました!