EVE THE FATAL ATTRACTION(シーズウェア) 
〜心の底から許すまじ

 

あらすじ?展開?(面倒臭いのでADAMレビューからコピペ)
天城探偵事務所でくすぶる小次郎の前に久しぶりに飛び込んだ依頼。安藤という会社社長の護衛をその秘書から依頼され、小次郎はこれを受ける。しかしそれが一筋縄では行かないことを悟った小次郎は緊張感を高ぶらせるのだった・・・。
法条まりなは4年ぶりに前線に復帰した。そこで彼女に与えられた任務は連続殺人事件の犯人の追求。そして被害者の生き残り、藤井ユカの護衛である。真弥子のことで気が進まないまりなだが、ユカの心を知るうちに打ち解け、今度こそは必ず守りきると決意を新たにするのであった・・・。
小次郎、まりな。二人の捜査の手が進むに連れて、またも頭をかすめる「EVE」という単語。そして「ADAM」の謎。
事件を解決して行き、二人が最後にたどり着くのは逃れられない現実と情熱との葛藤。
だが小次郎とまりなはその葛藤を受け止めながらも、最後には自分の道を見つけ出し、歩き始める・・・。
レビュー(タイプ:感情爆発)
 
                      
「何様だ?」



「何様なんだ?」



「一体お前等何様なんだ?」






許容範囲、遥かに突破。
殺意の衝動マキシマム。
ターゲットは、EVE TFA。

とにかく・・・。

EVE TFA、憎らしい・・・。


だがそれ以上に・・・。
滅ぼしたい、シーズウェア

三度目の正直、心の底からそう願ったその日。
同時に二度あることは三度ある、と痛感したその日。
自分は荒れ狂っていたに違いない・・・。


基本的に最初から期待などはしていない。
そもそもシーズウェアの凋落は誰の目にも明らかであるし、そんな彼らが今更復活するなどとも思うまい。
だからこちらとしては過大な期待をすることなく、
求めるところはADAMにおける不鮮明部分の説明。これだけで事足りたのだ。
だが、その説明さえも満足に出来ないと言うのだ。
CD4枚組という大容量を擁しておきながら、瞬間だけのムービーやCGにそれを費やす刹那主義。
そして気付いてみればもう遅い。肝心な部分は結局また闇の彼方へ。
おろそかにしてしまったのだ、またしても・・・。
正直ここまで愚かだとは私も思わなかったものだから、クリアした時自分が信じられなかった。
それにも増して、そこまで雑な作りをしながらものうのうとしているシーズウェアの神経が信じられなかったのだ。
とにかく
お客様を馬鹿にしているゲームと言えよう。
ムカツク・・・。

まあ、いくら怒った所で買ってしまったのは仕方が無いし、内容を評価しないことには始まらない。
だからプリシアの出番に個人的な期待を込めて、冷静にゲーム内容だけを評価することにする。
そう、冷静に・・・。
限りなく寛大な精神で批評してやろうではないか。


というわけで、EVE THE FATAL ATTRACTION。
省略すればTFA。
まあ飾ったところで何の意味もあるまい・・・。

ところで昔、ADAMというゲームが発売されたのだが、それはEVEシリーズ完結という名目であった。
しかし蓋を開けた時、それはEVEと呼べる代物ではなく、ただユーザーを混乱に陥れただけの支離滅裂を極めた作品だった。詳しくはレビューを参考されたい。
とにかくEVE TFAとは、そのADAMで承った不評を挽回しつつ、語られなかった謎を明かすという位置付けで今回出番を許されたわけだ。そこでユーザーの怒りを沈静化することを画策する。
過去を知る者からすれば、最初から疑惑と不安を抱く所業だが・・・。
正直内容は別に悪くない。
悔しいけど悪くないのだよ・・・。

4枚もCDを使っているだけあって、
絵やムービーの量は豊富だ。
まあ豊富なだけであって、必ずしもその品質が高いとは言えない可能性もあろう。
しかし
質自体は悪くない。不自然な動きが多少気になるが、それでも業界初の「BINK VIDEO」フォーマットを採用しているだけあって、よく作られているという感は否めないだろう。
ただ、それを使うタイミングが悪いと言うか、シチュエーションとムービーの融合が上手く為されていないというか、とにかく話の流れが止まりかねない使い方をしている個所が多いのでは、と危惧する瞬間が少なからず見て取れた。
言ってしまえば別にムービーを織り交ぜなくても問題なく進むシチュエーションが多々存在していたわけで、それは静止画やテキストの使い方で如何様にも細工できる。
よって、
技巧に走りすぎたのでは?という感がどうしても拭えない。
見かけを重視しすぎた為、
肝心なテキスト部分との相乗効果を得ることが出来なかったのではないか?
その結果容量不足に陥り、最も願った
ADAMの補完が不完全に終わってしまった。私はこう見ている。
どれだけ突出していようと、ビジュアルオンリーのゲームは所詮、卓越したテキストと水準を保ったビジュアルのタッグがもたらす演出力には及ばない。EVE TFAはその点余りに
衝動的と言えよう。
TFAに劣るムービーを擁したBURST ERRORが鮮烈なる記憶を人々に植え付けたのも、その価値を何倍にも見せ得るシナリオ技術と、それを巧みに使った演出力の賜物だと言うのに。
ビジュアルだけのゲームは人の記憶には残らないよ・・・。

まあそんな感じでどうしても否定的になってしまうTFAだが、唯一救われた点がある。
それが小次郎とまりなの存在だ。
ADAMで冴えない中年オヤジに成り下がっていた小次郎は、以前より前向きになっているし、用済みの烙印を押されかねなかったまりなの手腕も最後には復活している。
やってみれば、この
二人がADAM時に比べて大分マシになっているのが分かるだろう。まあ別にやらなくても良いが・・・。
そして最も印象深かったのが、この二人の主人公が、流れていく時間の中で歳を取る現実を感じつつも、葛藤の結果最後には自分の中だけの真実を見つけ出し、そこへ向かって晴れやかに進んでいく様である。
小次郎とまりなという人は、周りに流されず自分を保てる人種。私はそんな印象をEVE BURST ERRORからずっと抱いている。
そして少なくともEVE TFAではそんな彼ららしい姿を見出すことが出来、それが容易に近付き難くも眩しいものであるということを再認識出来たわけだ。
悔しいがその一点のみにおいてはEVE TFAを非難するつもりは無い・・・。
小次郎、まりながその器量を発揮すれば、最悪の批評は免れるはずなのだ。

だったら何故、こんなにも憎いのか?
それはやはり、総合的に見てEVEとは呼べないから。
小次郎、まりなにしても、その人生観と行動は魅力的だが、やはりBURST ERRORからの二人と比べれば、そのイメージがかけ離れている。
言ってしまえば
心のぬくもりが欠落している。特にまりな。
いくら敏腕だろうが、その心には確固たる人としてのぬくもりがあったはずで、それらを同時に持ちながら活躍できたからこそまりなは魅力的だったのだ。
それがここに来て180度の変貌と遂げている。
つまり、無情で人のことを信じないまりなという姿。更にその力量や才幹が不自然なほどにレベルアップしており、まるでゴルゴ13のような存在として描かれていた。
真弥子の苦悩を蹴散らすように、自分の野望へのみ突き進むまりな・・・。
こんな彼女を見ると、昔の感動を覚えている人にとってはl興醒め以外の何者でもない。
設定を変更しすぎた結果。その根本として続編を作りすぎた結果
だからEVE TFAなど作るべきではなかったのだ・・・。
まあ小次郎はまりなほど変わっていない。
ただ、その推理力と実力が落ちぶれたという感がやはり否めないのだ。
自分を見つけたのは良いが、弱くなっちゃ駄目だろ。ということで・・・。

まあ、こんな感じだ。
この二人の主人公のセリフや考えに胸を打たれつつも、それを
台無しにする要素が満載だったという結論。
だから心からTFAにのめり込めなかった次第。

めり込めない理由はこちらが真剣になれないから。
そして真剣になれない理由は作り手がプレイヤーを真剣にさせてくれないからでもある。

ギャグは別にあってもいい。
だが使い処によるとは思わないか?
ゲーム中緊迫した場面は何度もあり、それに相応しい音楽も流れている。その度に集中しようとしたものだ。
だがそんな場面においても、小次郎やまりなは平気で場違いなセリフをかましてくれた。
EVE TFAとは雰囲気を木っ端微塵に破壊している個所が多い。というか、
真剣に集中できる個所が一切見当たらない
場の空気も読めないゲームにのめり込めというのが無理な話だろう。
だから自分から作品としての完成度を低めるシーズウェアの神経が知れないと、こう考えた次第である。
笑わせるのか、緊迫するのか、どちらかはっきりしろと言いたい。
メリハリが効かないゲームとは、そこら辺のクソゲーよりも遥かに性質が悪いもの。
よってEVE TFAは結果として他のゲームよりも数段憎らしいのであった・・・。

そして最後は結局謎を解明することなく終わる。
一番知りたかった部分を一番ぞんざいに扱ったと言えば適切だろう。

終わりよければ全てよしという格言があるが、本作品に相応しいのは「竜頭蛇尾」という言葉だ。
結局ADAMと同じく竜頭蛇尾なのだ。

それともまだ終わりじゃないとでも言うか?
確かにまだ謎らしきものを多く残しているように見えなくもない。
しかし、ならばこんなもの作るなと言いたい。

EVE TFA。
ADAMとは全く別のものという位置付け。
しかし実態は
ADAM+α以外の何者でもなかった・・・

そういえば、「ADAMは無かったものとして下さい」と関係者が語った記事を読んだことがある。
しかしそんなものは無理な話だ。実際出てしまったのだから。
だから人はADAMに対する記憶を残したまま、EVE TFAに何かを見出そうとする。
少ないとは言っても、まだ買ってくれる人はいるのだ。シーズウェアのようなクソメーカーには過ぎたお客様だろう。
ならばせめてそんなお客様を大事にしなくてどうする?
そんなお客様達に、満足とは行かないまでも
最低限の釈明はしなければならない
つまり、ADAM部分ではなく、その後のストーリー。+αの部分にこそ力を入れること。それこそが唯一正当だ。
EVEを知らない者が新規でADAMのようなクソゲーを買うとも思えないし、本作品をプレイする人の半分以上はADAMを知っているだろう。そして憤慨しつつも思っただろう。知りたいのはその後なのだ、と・・・。
そういうわけで、こんな中途半端な終わり方をするくらいなら「ADAM2」とでもした方が幾分もマシだと思った次第。

だが結局顔を見せたのは、大半がADAMのストーリー。
そしてやっと新しいシチュエーションが顔を覗かせて来て盛り上がってきたところに舞い降りる、やっつけ仕事のエンディング。
これはあまりに稚拙に過ぎるだろう。

5、6時間ばかりプレイして、お待ちかねのプリシアが登場し、新局面に心弾ませた瞬間。
いきなり話が一気に進み、色々なCGを無理矢理くっつけただけの紙芝居が後に続く。
ユーザーが唖然としている間にいつの間にか強制エンディング。選択肢など何も無い。
そんな
不条理なスライドショーを10分ほど見せられて何事かと思った時、画面に出てきた文字は「THE END」。

・・・・・・・・。
これを一体どう受け止めたら良いのだろうか。
引っ張るだけ引っ張っておいて、この上なく粗悪な終わり方をするゲームに、如何なる精神を以って立ち向かえば良いのだろうか。

もしかして、シーズウェアは墓穴を掘り続けているのではないか?
BURST ERRORで好評を博し、LOST ONEで叩かれた。
そこで止めておけば良いものを、大した知恵が浮かばないから短絡的にEVEの続編と称するADAMを作る。
だがそのADAMこそが蛇足の始まりで、ユーザーはここぞとばかりに集中砲火を浴びせた。
そしてせっかくその暴挙が過去のものとして忘れ去られようとした矢先に、自殺行為の「EVE TFA」。
アンチシーズは怖いから、とりあえずプレステへ逃げる。
でもここでもう一稼ぎをと、遂にPCでも発売してしまったのだ。
だが既にそんな商業主義一辺倒の根性しか持ち合わせていないスタッフにはユーザーの意図など分かるはずも無く、今回シーズウェアは
ユーザーの最後の良心から見放されたに違いない。
まさに自分で自分の首を締めているとしか思えない愚行である。

そういえば昔、「北斗の拳」というマンガがあった。
そこでは「ラオウ編で連載終了すれば一番気持ちよく終われたのに・・・」と言う声が多数を占めていると言う。
本来あるべき10の物語を11にも12まで展開させようとした時、そこには必ず矛盾や不自然が生じるもの。
人はその矛盾を全て解決できるほど完璧ではない。
そして矛盾から生じるのは純然たる不満であろう。

シーズウェアのやり方は結局それと同じだ。
求めていないものを作り、それが受け入れられなかったから更に作る。
新たなるモノを創り出す度に、新たなる憎悪も生まれていることに気付くことも無く・・・。
抜け道などもはや皆無だ。
その不毛に終止符を打てる時。
それは多分、シーズウェアがこの世から姿を消した時に違いない・・・。



まあ要するに、スタッフはEVEを愛しているわけでもなく、ましてユーザーを愛しているわけでもない。
少しでも愛があれば、こんな作品は作らない。作れない。
それどころか傑作に少しでも近づきたいという、言わばクリエイターの向上心さえも乖離しているのだろう。
そうでなければこんな詐欺みたいな作品を作って恥じないわけがない。

内容がどうこうと言う話ではなく、もはやそれはクリエイターとして、企業としてシーズウェアの性質に関わっている。

ADAMにて余りにも突然に強引に終わらせてしまった中途半端な部分。グレーゾーン。ここを補完するのがTFAの役割。
過去の不出来をユーザーに対して釈明する、最後の機会がEVE TFAという舞台であったに違いないのだ。
それが出来なかったということは、シーズウェアの存在価値はもはや費えたと言わざるを得まい。
だから以下のような結論を出すに至る。

彼らは金を愛しているのだ。
ただ、日銭が欲しいのだ。シーズウェアは・・・。
ADAMもEVEも、その材料に過ぎない。
そしてユーザーとは、ただの金づる。
需要を作り出し、供給先に幸せをもたらし、その対価として利益を得て、更なる需要を作り出す。その時は自分も幸せに、同時に相手も出来るだけ幸せに・・・。
その理念を以って社会に貢献するのが企業というもの。
だけどシーズウェアは、その相手の幸せという要素と隔絶された場所に居る。
ただ、それだけだ。
とりあえず私はそう結論付けた。自分の中でその考えが変わることも、もはやあるまい。



まとめとして・・・。
確かに「EVE TFA」は
単品で見れば、クソゲーとは程遠い
だがEVEファンとしてみればそれは蛇足以外の何者でもなかった。
いや、そんなことすらどうでもよい。
ただ、
シーズウェアというメーカーの、その根性が気に食わないのだ。
煽るだけ煽って、全てが明らかになると言っておきながら、結局80%はADAMそのもの。後は間に合わせのムービーやCGで矢継ぎ早に終了する手法。
しかも更にまだ謎があるとでも言いたげな、ユーザーを馬鹿にした終わり方。
これ即ち、自己満足の世界。
現在最も嫌いなメーカーは間違いなくシーズウェア。
そしてエロゲーの歴史の中で史上最悪なメーカーもシーズウェア。
私は躊躇無くそう答えるだろう・・・。







EVEの名語る客寄せパンダ。
言葉を変えればアトラクション。

やり口極悪。
非難轟々。
しかし気にせず悪の道。

ユーザー上等シーズウェア。
詐欺の常套シーズウェア。

行き着く未来はきっと滅亡。
それが運命。
さようなら・・・・。

これがホントの、
EVE THE FATAL ATTRACTIONだ。



















(うた)
だーれも買わない買わせちゃいけーないー
デビルマンーはだーれーなのーかー


悪魔とはシーズウェアのことだ・・・








さわたり