アトラク=ナクア キャラ別ネタばれレビュー

初音
カッコよく、残酷で、そして何よりも哀しい。ヒロイン初音を表現するとしたら、こんな感じでしょうか。基本的にはバケモノですので、一から十まで共感できるというわけにはいきませんが、その生き様、そして死に様には目を離せない魅力が確かにあります。

銀と出会い、蜘蛛になることで永遠の時を手に入れた初音。それは銀とずっと一緒にいられるためだったのですが、やがて銀は興味の対象を初音から里の神社へ移します。初音にとって、銀のいない永遠など、意味をなしませんでした。自分だけを永遠の「止まった」時間の中に置き去りにし、人間と交わることで流れる時間を手に入れつつあった銀への想いは、憎しみに変わります。そして、銀と闘うという目的を見い出した初音もまた、結果的に流れる時間を手に入れたことになりました。銀と戦う力を得るために、人を喰らい、贄を飼う。人智を超えた強大な力を持ち、なおかつ絶望するくらいの永い生を得てしまった初音にとって、これらの行為は唯一の生きがいであり、愉しみであったのでしょう。というか、この永遠という憂鬱を紛らわすために、生きがいそして愉しみにせざるを得なかったとも言えます。

何にしても、人間を虫けらのように殺したり、自分の愉しみのために贄、すなわち性奴隷にする初音には基本的についていけません。まあ、彼女はバケモノなのだし、それが生きていく手段でもあるので、彼女の行動を人間の倫理規範に当てはめるのはナンセンスですが。
しかし、それでも心の底から憎み切ることができないのは、女郎蜘蛛として誇り高く生きようとするその姿勢と、一方で主にかなこと接した時に表れる、人間らしい優しさ=弱さのためでしょう。自分をただ純粋に慕うかなこにかつての自分を重ねたであろう初音は、かなこを可愛がりつつも、最後までかなこを自分と同じ「バケモノ」の世界に入れるのを拒み続けました。かなこが贄にしてほしいと頼んだ時に頑として受け入れなかったのもそのためです。
かなこには自分の二の舞になってほしくなかった。人の世で、流れる時の中で、ささやかでも幸せな生を送ってほしい。無意識のうちにそう願っていたのだと思います。銀とのラストバトル直前に大蜘蛛に変化したものの、かなこが現れると人型に戻らざるを得なくなったり、銀に組み伏されている時に、彼の狙いがかなこに及ぼうとすると、みっともないくらいわめき散らして止めさせようとするなど、全てその感情の現れです。

銀との闘いの中で、初音が変に偽善者ぽくなったという感想をちらほら見かけました。確かに今さら「人間を弄んで」と銀になじったところで、それは自分もさんざんやってきたことなのだし、何を今さらというのはあります。しかしその一方で、かつて人間であった初音も、銀の戯れの犠牲者であり、自分のような存在をこれ以上増やしてはならないという思いは、紛れもなく本心からのものでしょう。そして、初音にそういう気持ちを起こさせたきっかけは、やはりかなことの出会いなのでしょうね。

ちなみに、本作唯一であるバッドエンド、それは、初音がかなこを食べてしまった挙句、無抵抗のまま銀に殺されるというものです。バッドですが、ぜひこれも見ておくことをお勧めします。かなこが自分ではなく和久を選んだということに対する、自分でも自覚していないくらいの嫉妬心に任せ、かなこを殺めてしまった初音。しかし、かなこの血肉から感じ取られた、初音への純粋な想いに、初音は初めて失ったものの大きさに気づき、憂いの表情を浮かべます(このCGは必見です)。知らず知らずのうちに、初音の心の拠り所になっていたかなこの喪失によって、初音は生きる気力をなくし、生き続けることに疲れきってしまいます。そして、自分の命を奪える唯一の存在である銀に、自ら首を差し出すのです。
バッドエンドですが、初音にとってかなこがいかに大きな存在だったかがストレートに伝わってくる、興味深い内容になっています。

トゥルーエンディング後、セピア色で「現実にはなかったであろう」光景を描写したCGが連続します。沙千保やつぐみと談笑する鷹弘、和久に引っ張りまわされるかなこ、自宅でムダ毛処理をする凛、そして、教室で机に座り、静かに、穏やかに目をつむる初音。勝手な想像ですが、これは初音が息絶える間際に夢見た、初音の理想の学園生活ではないでしょうか。この学園に巣を張ったのは気まぐれからかもしれませんが、その後の初音の言動から、彼女が学園生活というものに一種の居心地の良さと、憧れのようなものを抱いていたというのがわかります。自分がもし皆と同じ人間であったら、学園さながらの喧騒の中に身を置いて、他の生徒達の青春模様を、こんな感じでただ微笑みながら見守っていたかった。あくまで勝手な想像ですが、初音はこんな夢想をずっと心の片隅で抱いていたのではないかと思ってしまうのです。みなさんはどうでしょうか?

とまあ、思ったより長くなりましたが、それだけ魅力あるヒロインということですね。バケモノならではの残酷なところも、カタカナの羅列に戸惑うオトボケなところも含めて、です。



深山奏子(かなこ)
うん、やっぱり「奏子」より「かなこ」の方が断然しっくりきます。本作のもう一人のヒロインです。しょっぱなから悲惨な目にあったせいか、裕福な家庭で孤独に育てられたというもともとの生い立ちのせいなのか、考え方が徹底してネガティブで、厭世的です。世の中をどこか遠くのところから冷めた目で見ていて、何が起こっても「もう、どうでもいいや…」と、全く関心を持とうとしません。ただ、直接危害が及ぶ場合はもちろん、自分の領域に直接踏み込もうとする者がいたら、ひたすら恐れ、警戒し、拒否しようとします。
そんな彼女だったからこそ、初音との出会いはタイムリーだったのでしょう。この世を疎んじ、捨てたがっていたかなこは、初音個人の魅力にも、そして初音の持つ「もう一つの世界」「永遠の時間」にもひかれたに違いありません。

この子自身のことは初音の欄にも結構書いてあるので、ここではかなこの「その後」について少し触れましょうか。かなこの想いに遂に根負けした初音は、その最期の時にかなこと交わり、子蜘蛛を彼女の胎内に宿しました。これによって、かなこもまた永遠の時を生きるということになったのでしょうか。初音の忘れ形見である子蜘蛛と過ごす、いつまでも続く「二人だけ」の世界を手に入れたかなこは、望みが叶ったと言えるのでしょう。ただ、常人には耐えられそうもない時間の流れ、閉じられた世界で、かなこはあの後平穏に過ごせていけたのでしょうか? …が、そう思うのと同時に、案外大丈夫なのかもしれないという気持ちもあります。理屈ではないですが、あの一種安らかなエンディングを見ていると、そうとも感じるのです。いずれにしろ、初音の物語が終わり、そしてかなこの物語が始まったといった感じの、絶妙な締めくくり方だと思います。

あと大事なのは、真夜中の学校でかなこと初音がお茶をするシーンは絶対見ておくこと。本作で最も微笑ましく、ほのぼのとするシーンです。嬉しくていそいそ準備するかなこと、一見無関心ながら満更でもない初音のやりとりがすごくいいです。あと、これを見ないとラストシーンのかなこのセリフの意味がピンとこないというのもあります。




黒幕であり、全ての元凶。どこかのレビューでうまい表現があったので引用しますが、一見「善VS悪」と見せかけておいて実は「巨悪VS悪」だった、ということです。
かつて初音を蜘蛛にしたのも、里に下りて人との間に子を設けたりしたのも、全て彼自身の愉しみのため。永い時を生きる上での、退屈しのぎでしかありません。初音と闘う理由も同じですね。そのために、初音を含めたくさんの人間が弄ばれ、犠牲になったのでしょう。
しかし、それにしては最期がわりとあっけなかったですね。



高野沙千保
贄その1。まあ、何と言うか、いかにもターゲットにされそうな雰囲気の子ですね。
存在感としては、個人的には今一歩という気がしました。



渡辺つぐみ
贄その2。この子は、贄になるキャラの中では一番不幸まっしぐらですね。というか、贄になった後の彼女の行動はひたすらホラーです。もともと元気で明るいキャラだけに、ギャップが効いていますね。
あと、つぐみが保健室で教師の猪口に襲われるシーンは、本作中最もエグいです。



渡辺鷹弘
贄その3。ちょっと前の時代の、理想的優等生という感じです。初音から沙千保を取り戻しに夜の校舎へ赴くシーンはなかなかしびれました。しょせんは人間なので、どうしたって勝てないのですが。
初音がいなくなった後、彼を中心にした後日談をエピソードで入れてほしかったですね。



葛城和久
まあ、いいやつというのは頭ではわかるのですが、どうも好きになりきれませんでした。いいやつというよりも軽薄なやつという印象の方が勝ってしまいましたね。かなこにはこれくらい強引で気楽な性格の方がちょうどいいのかもしれませんが。


八神凛
贄にはならないものの、初音や銀にさんざん弄ばれ、かなりかわいそうなことになっています。一応記憶は消されたものの、彼らがいなくなったその後は、平穏無事に暮らせたのでしょうか。
しかし、窓から辞典落とすなんて、どう考えてもわざとだろ…。さすがの初音もあぜんとするわけです。


(2004/11/27 了)