『全体目次』  『小説目次』  『本作目次』



2-7-19 虚しい抵抗と挿入

ロープをすべて抜きとり、毛布を剥ぐと、志方有希先生の全裸体がゴロリと床にころがり出た。
煌々とした照明の直下に、手足に対する力の入れ方を忘れたような無防備さで仰臥の姿を晒す。
健康的な乳白色の胸には形のよい双つの肉丘をのせていた。
良家の子女のそれを印象させる上品さすらあった。
クンニに乱れた下半身の陰毛の渦とは対照的である。
ややあってから、有希はようやく胸と股間へ掌や腕をかぶせた。
「綺麗だよ、ゆうちゃん!」
有希にはそのキムタケの上ずった声が、欲情に昂り、警戒心を解いた、野獣性丸出しの視野狭窄のシグナルに聴こえた。
たしかに腰を屈めて自分に覆いかぶさってこようとする無様な格好と、涎を垂らさんばかりの相好ときたら知性の欠片すら感じられるものではない。
蟹股になり、揺れるペニスを太腿にこすりつけようとした、その隙を逃さず、有希は渾身の力を振り絞って膝を振りあげた。
「アチョッ!」
キムラの悲鳴は何だか漫画チックであったが、表情は苦痛に歪み、股間を両手で押さえてもんどりうった。
金的の膝蹴りが見事に命中したのだ。
有希はキムラを突き飛ばし、立ちあがった。
すぐにふらついて片膝をつく。
テーブルの端を手すりにして、必死に立ち直る。
とにかく玄関から廊下へ飛びだし、大声で助けを呼ぼう。
全裸など気にするものか。
早く──早く──
焦る気持ちとは裏腹に、長時間の拘束による立ち眩みと全身の倦怠、殴られた鳩尾の疼きなどが一緒くたになって、逃走を緩慢にさせる。
やっと玄関が視界に入ったところで、ぞっとするようなキムラの声が背後から轟いてきた。
「ゆうちゃん、マxコの肉が太腿に挟まってるの、ここからでも見えるよ」
視線を遮ろうと、片手を双臀の底へ伸ばしかけたが、馬鹿げていると気を取り直し、壁を伝って玄関へ向おうとする。
その仕草が可愛いじゃないかと、キムラは大笑いしている。
「ゆうちゃん、あと30秒もすれば、股間の痛みが治まって、僕は君を捕まえに走りだすよ。あと30秒しか猶予がない。早く脱出するんだ、早く!」
「・・・う、うるさい・・・」
からかわれていることを悟るしかなかったが、驚いている暇はない。
まだキムラが居間で昏倒しているのは事実である。
距離の貯金を生かして脱出することだって可能のはずだ。
有希は歯を食い縛って前進する。
「いい根性だ、ゆうちゃん。やっぱり有希は勇気凛々の勇気のほうかもしれないな。でもあと20秒だよ。ライフセーバーは素走りがとてつもなく速いからね。もっと差を離しておかなくちゃ駄目だ。このままじゃ駄目だ、捕まるぅ」
だが有希は足をもつれさせながらも、なんとか玄関にたどりついた。
いけそうではないか!
扉のノブに手をかけた時、ぎょっとして萎縮する。
そこには南京錠がぶら下がっていたのだ。
日曜大工で取りつけたような素人感たっぷりだったけれど、ダイヤル式の錠が堅固に扉の開閉を阻止しているのである。
有希は錠を握り、ヒステリックに揺さぶりつける。
居間からまたしても声──。
「駄目駄目、知性派のゆうちゃんらしくないよ。乱暴したって女の力ではびくともしないのはクリアじゃないか。そのための細工なんだよ。ダイヤルを合わせる以外、開けることは不可能さ」
「何番よ!」
「あらら、そうとう動転してるわ。牢番に牢屋の鍵をくれだなんて。しかしまあ、僕のクンニで絶頂に達してくれた、他ならぬフィアンセの頼みだから、ヒントくらいは出してあげようかね。ダイヤルの三桁の数字は僕のペニスの最大勃起の長さに設定しています。ミリメートル換算でどうぞ。よーく思いだして。だけど残り時間は10秒もない。急いで!」
からかってゲームのように遊んでいるのだから、ひょっとしてヒントに偽りはないかもしれない。
あの天を突くようなキムタケのペニス・・・。
心に映像を浮かべるだけで汚辱された気分。
いったい何センチなのか。
20センチ・・・25センチ・・・
試してみる以外にない。
焦りで指がうまく動かない。
250ミリ──とようやくダイヤルを合わせた。
南京錠はびくりとも反応しなかった。
「脱走のタイミングが──」キムラの声が耳元でした。両肩を抱いてきたのは男の両手である。「──少し早すぎたんだよ。ゆうちゃん。クンニの後じゃなくて、本番の後だったら、あるいはもう少し正確な見当をつけられたかもしれない。自分の膣から子宮までの長さを参考にできるんだし。見た目だけじゃ、なかなか、ね」
キムラは背後から有希に頬ずりし、彼女の手から錠を奪うと、彼女が合わせた数字を確認した。
「ほらね。言ったじゃないか。最大勃起の時点の長さだって。これじゃ現時点の長さだろ。僕のペニスはゆうちゃんのお腹に収まった時が最もエレクトするんだから・・・こうだよ・・・」
キムラが回転させた三つのダイヤルは285。
錠はカチリと音を立てて外れた。
全裸の有希は唸り声を立ててノブをわしづかもうとする。
それを許す前に羽交い締めにしたキムラは、もはやこれまでと破れかぶれで大暴れする裸女を、居間へ向って突き飛ばした。すかさずダイヤルの設定を変更し、新しい数字で錠をおろしてしまう。
踵を返し、居間へ続く途中の廊下に転がった有希に駆け寄り、馬乗りになった。
「一ミリの誤差もなく教えてやるよ。玉嚢がケツの穴にぶつかるまで、深くブチこんでな」
本性を現したような残忍な笑みで有希の顔を覗きこんだキムラは、彼女の団子に結った黒髪を鬼の力で握って、それで裸身を引きずり始めた。
頭皮を剥がされる痛みに悲鳴をあげながら足をバタつかせるが、男の意思を妨害することはまったく叶わなかった。
キムラは居間には寄らず、奥の部屋へ向った。
開け放たれた扉──。
十畳間だろうか。
中央にキングサイズのベッドが置かれている。
背もたれが特徴的機能的な白のルフ・ベッテン──やはり欧州ブランドが鎮座ましましている。
キムラはここまで引きずってきた有希を強引に立ちあがらせ、隙を晒した腹部へ膝蹴りの返礼を見舞った。
彼女は三たびの衝撃に、もろくも崩れ落ち、必死の抗いを棄てるしかなくなる。
とどめを刺すように、その顔面へ平手打ち。
回転しながらベッドの上へ倒れる有希。
うつぶせになった白裸を引き剥がすように仰向けにし、二つの足首をとって持ちあげた。
Y字開脚──恥毛の華が咲き、内腿の筋肉につられるように肉ビラが左右へくつろいだ。
まだ乾いてはいないがとても巨根を受け入れる湿り具合ではない。
しかし色事師にも意外なことに、第1Rで執拗に嬲りつけていたクリトリスが依然として包皮から亀頭を露出させているではないか。脱走劇の昂奮や殺気が勃起を維持させたのだろう。なんとも因果な女体のメカニズムである。
充血しているそれを指で弾いてやった。
「アッ──」
悲鳴とともに、下腹をひっこめ肩をうねらせる、電撃ショックの反応を瞬時に示した。
「広志様の女になれるんだ。念願だったんだろ、ありがたく思え!」
ペニスの先端が媚肉に押しつけられた。
「いやっ」
鮮烈に叫んだが、身体は膝蹴りと平手打ちが効いたのか痺れて動かない。
ズブズブと進入し始めた男根の、形と熱があこぎなくらい伝わってきた。
「──っっっっ──」
声が出ない。
ただ絶望的に大口を開け放つ。
あまりにも巨大長大なそれのほんの端緒にすぎぬ部分がヌメリこんできただけで、有希は苦痛に悶えよじれるしかない。
ベッドのシーツに頭を打ちつけたかと思うと、右に左に激しく振った。
顔面の紅潮が尋常ではない。
牝猿のように剥きだした白い歯ばかりが際立っている。
キムラのほうも額に汗を浮かしていた。
さすがに重苦しい肉洞だ。経験が少ないのがよく分かる。
(新品のサポーターのゴムのようだぜ)
その弾力で、肉棒の輪郭を隙間なく包み、締めつけてくる。
半分まで入れたところで、キムラは上体を有希に重ねていき、抱擁の体勢をとった。
細首に太腕を巻き、鼻面を耳もとに押しつけたまま、横顔の表情を観察することができる。
顔の上気でこちらが熱せられるほど。
胸板に挟む乳肉は緊満感など嘘のように柔らかく、乳首は教員という肩書きを欺くように硬い。
腰だけ余裕を保ち、呼吸による微小な位置の揺れにまかせ、それにつれた喘ぎの深さ浅さを数えてやる。
眉を険しく寄せ、ただ拡張感だけにのたうっている女教師の心──。
「こういうときはな、全身をリラックスさせて飲みこんじまえばいいんだよ。デカ魔羅ったって30センチ弱の世界なんだから、できないことはないさ」
スケコマシの教育的指導に、国語教師の生徒は声を失ったまま、再び、がぶりを振りつけた。
乱れ落ちた黒髪がキムラの鼻を叩いてくる。
「どうしても素直にしないっていうんだったら自己責任ってことだ。恨むなよ。泣こうが喚めこうが子宮に届くまで田楽刺しだ!」
ホバーリングのように、維持していた股間と股間の距離を、徐々にではあるが沈め始めた。
休止なしだ。
有希の顔面に一斉に脂汗が噴きだした。
吊り上がった眼で火のようにキムラを見つめる。
怒りと激痛を訴える青筋を立てた美貌。
素晴らしい!
色事師の胸を優越感で満たす獲物の表情がこれだ。
宣言したとおり、デカ魔羅の三段ロケットが点火して、一気に最大勃起に到達する。
奥へ進軍するほど顕著になる女肉の狭隘感を堪能しながら、キムラは容赦なく子宮を目指した。
有希の双つの掌が男の背中をバチバチと叩いた。
もう無理という意思表示を、色味を失いつつある唇ではなく、アドレナリンに衝き動かされた手旗によって伝えているのである。
元ライフセーバーの褐色の背に、掌型の紅い痣が染みこんでいる。
しかしそんな蚊トンボの抵抗など、心地良い炭酸飲料の発泡だ。
キムラは最後の直線100メートルを加速して挿入した。
「アアァアァァアァッッ────」
内蔵が破壊される恐怖に、有希は顎を天井へ向けて仰け反り、咽喉を波打たせた。
次の瞬間──明らかにそれとわかる衝撃が子宮に達した。
顔中に押し当てられた、あの男根の亀頭部が、今度は神聖不可侵な女性の臓器を押しあげる。
あまりにショッキングな接触に、有希の容貌はみるみる蒼白になる。
股間同士もこすれあい、男女の陰毛が混ざりあった。
睾丸も漏れなく可憐な尻肉に押しつけられる。
ペチャペチャとした不愉快な音がシーツを這って二人の耳にまで届いた。
挿入はしかしゴールのテープを切ってもやんでいない。
まるで蛇足のビクトリーランだ。
押しあげるだけに止まらず、押しこみ押し潰す、乱暴狼藉を働いている。
「・・・嬉しいからって、子壷をそんなに小躍りさせるんじゃないぞ。早くザーメンをかぶりたいのはわかるが、順番ってものがあるんだ。ここまできてガッツクんじゃない」
この男は乱暴狼藉の責任を女のせいにして嗤っている。
もちろん有希はそれどころではない。
散々見せつけられ、網膜に焼きつけられ、戦慄を擦りこまれた巨根を、とうとうその全長まで入れこまれたのだ。
その事実だけで眩暈がしそうなのに、全身をバラバラにするような圧迫感が、声ばかりでなく聴覚の機能まで彼女から奪ってしまい、今にも無間地獄へ悶絶しそうだった。
建前と理想を説教する学校教諭のそれには、とても見えない生々しい有希の素っぴんに、キムラは何度も口づけた。
ああ、これが女なのだ。
暖かさ、柔らかさ、潤い、粘り、そういったもので成っている女体の抱擁力を実感できた。
ムショ暮らしのリスクを背負おうが、女衒の汚名を着せられようが、怯まず休まず、人生をかけて追い求めてきた永遠のテーマ──

『おんな』

キムラ・タケジロウは、木戸広志は、志方有希の体内深くに没入させた己の分身が鳴動させる、強烈な肉悦感に胴震いする。
「──うう、有希・・・お前はいい女だよ有希・・・いい匂いさせやがって」
「・・・た、た、助け・・・て・・・」
「少しでも楽になりたかったら、両腕で僕の首にしがみつくんだよ。両足も僕の腰に巻きつけて、全力でしがみつきなさい。ネイチャーの法則から発展した女の行儀だろ。ネイチャーに従うのが何より楽なんだから」
息も絶え絶えで死にそうな顔をしている有希だったが、必死に首を横に振った。しかし承服しがたいのがキムラの理屈なのか、子宮をいたぶられる汚辱なのか、わからない混乱の極にいる。
「まあ、過去例から言って、このまま三十分も過ごせば、オマxコも馴染んでくるんだけどな。そうそう、大きく広がったまま閉じなくなるケースもある。タケジロウ専用の穴になるわけだね」
まだピストン運動は自重するということ。
それまでは口吻と乳房への愛撫で感受性を引きだしていく。
「女の脳ってのはね、絶頂に達するとシータ波を出すんだと。男も出すんだけど女の十分の一だけ。だから女がセックスやオナニーのやり過ぎで頭が悪くなるというのは、あながち都市伝説とも言えないんだよね。いやそれはともかく──」
キムラは有希の胸に手を入れて、乳房をつかみとった。良質のパン生地のような柔軟さが何とも魅惑的。
「さっき、ゆうちゃんが僕のクンニで幸福感を爆発させた時に発生したシータ脳波は、まだ完全には引いていないんだ。何といっても十倍だからね。自分の射精の時の持続感からアナロジーしてもさ。十倍なら三十分はゼロにならないだろう。つまり今、この瞬間も、イキやすい状態にあるってことなんだよね。フフフ、準備は整っているというわけですよ」
乳肉全体を揉みこみ、親指の腹で乳首をこねまわす。
キムラの差別的な似非科学を聞かされながらレイプされるのは、二重の屈辱といえたが、論破するためのロジックを組み立てる余裕は女教師にはない。すると睡眠学習のように彼の言葉が脳に染みこんできて、いつのまにか頭蓋骨に反響するような連呼を叫ぶのである。
『女は放蕩だ!』
『女は放蕩だ!』
『女は放蕩だ!』
『女は放蕩だ!』
緊満感で堅かったはずの乳房を手だれの愛撫で責められて、力任せに引き起こされるキュンとした疼きに狼狽していると、毛穴の拡がった頬を舐めていたキムラの唇が、すっと水平移動して有希の唇に重なった。
人外の極太棒で子宮を封鎖されている女に、どんな抵抗ができるというのだ。
そこを読み切った男の分厚い唇は、有希の薄めの上唇と、知的な下唇を、同時に塞いで圧着するのである。
二人の本格的なキスは二度目だが、無惨なほど状況に差があった。
最初は、恋人同士のファーストキス。二度目が、加害者被害者に分かれた強姦の暴行・・・。
しかし号泣したくなるほど悔しいのは、相違があるのは有希の感情だけで、キムラの神経はあの時もこの時も同じ悪漢のそれだということである。
魂も張り裂けそうな自己嫌悪と噴辱が、短い時間だが、有希の身体に蘇って、怨敵の唇を振りもぐことに成功する。
「──ケダモノッ、鬼ッ、卑怯者!──」
唾を吐きかけ、頭突きを食らわせようとする。
「だいぶ余裕が出てきたのかな。それともイタチの最後っ屁か」
この程度のヒステリーを鎮圧するなど、赤子の手を捻るように簡単だ。
二人の結合がどれほど深いか思い知らせるだけでいい。
キムラは有希の唾液で汚れた頬を拭おうともせず、薄ら笑いのまま腰をまったりと蠕動させた。
罵言が絶叫に一変する。
憤怒の形相が泣き顔へ一転する。
まだ馴染んでなんかいない。骨盤が割れそうだ。脳天まで衝撃がくる。
「こんなに愛してるってことじゃないか。そろそろ理解しろって」
頭の鉢をがっちり押さえつけ、悲痛な苦鳴をあげつづけている有希の唇をまた奪う。
こういった一進一退を何回か経て、躾は着実に完成へ向っていく。犬猫も女も同じなのだ。
唇と唇のぶつかり合いの間は、腰の動きは停止する。咬みついてこようものなら、懲罰するように荒々しく動きを再開させるぞと、宣言しなくとも、身体はもう知ったにちがいない。
そこで初めて、キムラは舌をさしだし、固く結ばれた有希の唇をこじ開けにかかった。
舌技は彼の十八番。
どんな動きでも指先より器用に行なえると豪語する。
まさか握力より強靭というわけでもないはずだが、気味の悪さが女を辟易とさせるのだ。
蛇に睨まれた蛙の喩えどおり、このざらつきの多い舌に舐めまわされると、諦念に似た無力感が沸きあがり、全身が金縛りにあう。
汗ばんだ乳房への愛撫も巧妙だ。
有希の吸う息にあわせて強く握り、吐く息をとらえて優しく撫でる。
が、いつのまにか呼吸に愛撫をあわせているのではなく、愛撫に呼吸をあわせるように主導権が交代していった。
女の生理を次々に逆手にとられ、首根っこをつかまれ、あらぬ方向へ欲情させられていく展開に、有希はグロッキー寸前である。肉体の辛さが手品のように甘さへと転化していくのは、愛あるセックスが前提の現象のはずなのに、これはどこでどう狂ったのか──。
への字に曲げた唇も、乳首へのお灸のような抓りを交えられた拍子に、自分でも不思議なくらいにスーっと弛み、すかさず舌を挿しこまれると、なぜそんなに器用にと愕然とするほど、テコの要領で呆気なく開かされてしまった。
ニコチンの味のするドロリとした唾液とともに、一気呵成に舌の根まで食いこんできた。
慌てて吐きだそうとしても、男の体重を集中されてはどうしようもない。
あとは歯を立て、噛み切る以外に拒絶の方法はなかったが、哀しいかな顎もたっぷり痺れている。
(・・・負けるんだわ・・・)
ケダモノと叫んだ数分前の反抗が最後のエネルギーの消耗だったのか。
有希は鼻を鳴らすばかりで、為すがままの自分に絶望する。
それにしても──と、キムラは感慨に耽る。
なんとも甘い唾液である。
なんとも可憐な舌である。
なんとも小粒な歯型である。
どれをとってもディープキスをするための素質に満ちていた。
お堅い単語をまくしたてる人権主義者の口腔の中が、これほど淫交に適した造作になっていようとは、意外といえば意外なので、小躍りしたい気分でもあった。
男なら貪欲に堪能し尽くすしかあるまい。
鼻頭と鼻頭をこすりあわせ、唇と唇をよじれあわせ、前歯と前歯をぶつけあい、舌と舌をからめあう。
無理強いだったが、執念深くそのルーチンを反復するうち、有希からえずくような嘔吐感が萎えていき、啜りあげた唾液以上の量の唾液を飲ませることに成功する。
何分間、続けたかわからないが、有希の眉間が弛んできたのを確認すると、キムラはようやく口を離した。
銀色の糸が半開きの口同士に繋がっている。
有希の唇の周りの肌が桃色になずんでいる。大きなキスマークでもあった。
「有希っ、眼を開けろ!」
キムラはそう怒鳴りつけた。
「しっかり俺の眼を見るんだっ」
力なく咽せている有希だったが、顔を背け、睫毛をふるわせつつ閉じたまま。
「俺の眼を見るんだっ、有希!」