メリーの豪腕もまた、業界では知らぬ者がいないほど有名だろう。テレビ局、広告代理店、紙媒体に加え、夫で今上天皇のご学友として知られていた作家の故・藤島泰輔の人脈で、政界や右翼団体の大物にも顔が広く、昭和の大物フィクサーといわれた小佐野賢治の妻がジャニーズの後見人だったとも囁かれている。
「ただ、2人の生活スタイルは両極端。ぜいの限りを尽くすメリーさんはラグジュアリーブランドで身を固め、自家用ジェットでセレブな旅行を満喫するのが趣味だけど、ジャニーさんはそうしたことに一切興味がない。お気に入りのJr.とハンバーガーを食べるのが好きだとか。もちろん、そんな姿を見ると、とてもじゃないけどジャニーズのトップとは思えない(苦笑)」(同)
さて、こうした人脈を駆使した売り出しの手腕は、いつの時代でも王道の「タレントパワーをバックにした直球勝負」だ。その時代のトップクラスの自社タレントと若手を組み合わせたバーターや抱き合わせで露出を確保し、次世代のスターを作り上げていく。80年代の歌番組全盛期には、光GENJIのバックダンサーをSMAPが務めるなど、”スター歌手とバックダンサー”という形が多かったが、近年はドラマでも同様の構図が見られている。ジャニーズタレントが主演するドラマに、ジャニーズの若手がキャスティングされることは定番となっている。
「これができるのは、テレビ局、広告代理店と三位一体になった強固な関係があるからです。わかりやすいのがジャニーズ枠といわれるドラマで、まずジャニーズありきで企画が立ち上がりますから、共演者や脚本までジャニーズの発言力は絶大です。ほかの大手事務所も手法自体は変わりませんが、質量共にこれほどのタレントパワーはありませんからね」(広告代理店関係者)
一方で、人気タレントの出演やカレンダー利権などをちらつかせたメディアコントロールにも余念がない。競合する他社タレントを徹底して潰しにかかることで、ジャニーズのメイン市場である「十代男性アイドル」というジャンルを独占してきた過去も有名だ。
「かつてはライジングプロがデビューさせたw-inds.との共演をNGにしたり、ジュノン・スーパーボーイ・コンテストをめぐって主婦と生活社を出入り禁止にしたりと、この手の噂は枚挙に暇がない。お笑いで出てきたロンドンブーツ1号2号や、俳優の山田孝之あたりにも、かなりの”圧力”があったようです」(女性誌編集者)
名実ともにSMAPを超えた嵐の5人。彼らが生み出
す莫大な収益がジャニーズ本体を支えている。
ジャニーズ帝国は、ジャニーとメリーの両輪がガッチリとかみ合うことで、そのビジネスを拡大してきたといえるだろう。
もちろんジャニーズとはいえ、最初から順調にコトが運んだわけではない。70年代にはジャニーが寵愛した郷ひろみをバーニングプロに引き抜かれるなど、辛酸を舐めた時代もあった。80年代に入って近藤真彦、田原俊彦、野村義男のたのきんトリオで息を吹き返し、そこから少年隊、シブがき隊と次々にアイドルグループを世に出し、光GENJIでひとつの頂点を極めることになる。
会社としても、この80年代中盤から90年代初頭にかけて子会社を次々と設立し、ビジネスの土台を築き上げてきた。有名ドコロを挙げてみると、音楽著作権管理の「株式会社ジャニーズ出版」、CM・広告を手がける「ユニゾン株式会社」、ファンクラブ運営の「ジャニーズファミリークラブ」、グッズ販売・ショップ経営の「ジェイ・ステーション」、コンサート・舞台主催の「株式会社ヤングコミュニケーション」と、その傘下のチケット販売「コンサート事務局」といったところ。いずれも近代的な芸能プロダクションにとっては欠かせない。
中でも特筆すべきは「ジャニーズファミリークラブ」だろう。ファンクラブを単なるファンサービスの一環としか考えていない事務所が多かった時代、ジャニーズはファンクラブを中心に作り上げた強固なネットワークをベースにビジネスを展開してきたと指摘する芸能関係者は多い。