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今回は、私の大好きなYOU THE ROCK★(以下ユウザロック)にスポットを当ててみたいと思う。
この時点で「あ〜興味ない」という人もいるかと思う。でも、彼の半生はラッパーとして、というより一人の夢を実現させた男の話として非常に面白い。
ぜひ一人でも多くの人に読んで欲しいと思う。
■小学生でヒップホップにはまる
ユウザロックこと竹前裕は昭和46年9月5日(1971)長野県で生まれた。
小学校はなぜか受験をして、信州大学の教育学部の付属に入学している。
「そこは教育学部のモルモットだから、色々実験的な教育をしてて、教科書が無いわけ。制服もない、成績表もテストも無いの。裸足なの。時間割が無いの」という学校で多感な小・中学校時代を過ごす。
彼がヒップホップと出会ったのは小学校5年生の時。とんねるずのオールナイトニッポンで初めてラップを聴き、そして衝撃を受けた。
それから彼はヒップホップへのめり込んでいく。
だが当時は今と違ってヒップホップに関する情報が極端に少なかった。しかも彼のいた場所は長野の山の中である。
そんな中、ヒップホップを流している『ナウ・ゲリラ』というラジオ番組があった。しかし残念なことに彼の家では受信できなかった。
すると彼は山の上なら受信できることを発見。それからは毎週ラジオの時間になると、その山のてっぺんまで行ってアンテナを立てて聞いていたという。
当時、すでに日本でもラップをやっている人がいた。それはタイニーパンクス(高木完・藤原ひろし)、近田春男などだ。ユウは彼らにハマった。しかし周りは誰も彼らのことを知らない。理解してもらえない苦悩を抱えた日々が続いた。「ずっと泣き寝入りだよ」と後年、彼は語っている。
■親父の前でラップ!
彼の人前での初ラップは衝撃的である。
それはユウザロックが中学校2、3年の時だった。お客はなんと親父である。
かねてから、どうしてもDJやラッパーというものを理解してくれない親父にいらだっていた彼は、ある日、溜まっていた物を吐き出すように泣きながら親父の前でラップをしたという。
この場面を想像して欲しい。
今なら「DJになる、ラッパーになる」という言葉も市民権を得ている。しかし、これは現代の話ではない。まだ本当の意味で日本にヒップホップがない時代の話である。「歌手になる」なら分かる。止めようもある。しかしラッパーって…。親父が「きょとん」ってなったことは想像に難くない。それに対して、泣きながらラップ。そんな息子はイヤだろう。
だが、彼はついに夢への第一歩を踏み出す。
「家庭環境がメチャクチャになって。兄弟もすごく多くて、経済的にも余裕がなかったから、俺、中学の時から働いてたし、全部自力でやってたから、中学を卒業したら完全に自立するつもりだった。東京にはヒップホップをやりにきた。88年」
そう、彼はわずか15歳で上京した。
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