なぜ、対馬最大の祭りが「アリラン祭」になったの?

■対馬最大の祭り「アリラン祭」

 対馬最大の祭の正式名称は、「厳原港まつり─アリラン祭」と言いますが、通称では「アリラン祭」と言われています。
 「アリラン祭」は二日間にわたって開催されますが、参加者の半数は韓国人だと言われています。「地元からは、アリラン祭という呼び名は止めて欲しい」「韓国から見れば、自分たちの祭りが対馬で行われていると見えるじゃないか」「昔、島民の手作りでやっていた素朴な祭りで良い」という声も出始めていそうです。
 ではこの「アリラン祭」の中身はというと、メイン・イベントは「朝鮮通信使行列」で、江戸時代、朝鮮半島から新将軍就任の慶賀をする使節を対馬が受け入れ窓口となり、四百名からなる使節行列が江戸まで練り歩いた歴史を再現したものです。「アリラン祭り」で行われている「朝鮮通信使行列」は、韓国・釜山市お抱えの舞踊団を先頭にして、色とりどりのチマチョゴリなどの朝鮮民族衣裳に身を包んだ日本人と韓国人・約五百名の行列がドラを鳴らし、舞を披露しながら街を練り歩く賑やかな行列です。行列参加者の五百名のうち百名が韓国人だと言われています。
 その「通信使行列」の派手さから他の地域にも知られている祭りですが、なぜ島民の批判が一部ある中で、「アリラン祭」になってしまったのでしょうか。


■「アリラン祭」に変わったわけ

 この祭りは二十年前まで「厳原港まつり」という名称で地元に親しまれていました。昭和六十三年、長崎県の主催で「長崎旅博」が行われると、その地域会場として名乗りを上げたのが「厳原港まつり」でした。しかし県は、「その名前ではインパクトが無いから、別の名前を検討するように」と指摘し、地元の商工会役員が韓国との国際交流を一言で判るような名所にと考えたのが「アリラン祭」だったのです。これによって長崎県から祭りに対しては、毎年四百万円が支給されることとなりましたが、地元には「朝鮮かぶれして」と言う根強い反対論があったため、「厳原港まつり」の副題として「アリラン祭」は付けられることになったのです。しかし実際は「アリラン祭」と言われているのが実情です。
 実は「アリラン祭」となった十年前から、祭りのなかで朝鮮通信使行列は行われていました。昭和五十五年に、地元の衣料販売店「大阪屋」の主人・庄野晃三朗氏が、在日韓国人二世が辛基秀(シン・ギス)が制作した映画『江戸時代の朝鮮通信使』に感動して、これを現代に復活させて町興しをしようと、地元商工会や町長に働きかけ、釜山に渡って私財を投じて百着ほどの韓国民族衣装を購入し、さらには韓国総領事や韓国人ホステスにまで参加を依頼して行列を再現したことが始まりでした。翌年から「まつり」の一行事として組み込まれることになったのです。実は六十三年に「アリラン祭」という名称を考案したのも、この庄野晃三朗・通信使会長と当時の商工会会長でした。


■確たる歴史観、国家意識がない民族交流は危険

 対馬で再現された「朝鮮通信使行列」は、他の地域にも広がっています。対馬から江戸まで通った地域を結ぶ「朝鮮通信使縁地連絡協議会(以下、縁地連)」という組織が作られ、韓国内の縁の地とも結んで、「朝鮮通信使」イベントや日韓交流が進められています。現在「縁地連」の事務局は対馬が担っています。対馬を「朝鮮通信使」文化発信の中心にと強い思いを抱いている人もおられるようです。
 日韓交流を進めるのは良いのですが、大阪では「平和センター」や人権団体などが事務局を担ったり、広島では教職員組合が日韓の歴史教科書「朝鮮通信史─豊臣秀吉の朝鮮侵略から友好へ」を出版して子供たちに学ばせたりと、歴史観に拘わる問題も起こっています。ある「縁地連」の会合では、明治十年に我が国の内務省が誤って出した「竹島が日本領土に含まれていない」という文書(十日後に訂正文書を出したもの)が、韓国側から意図的に日本人参加者に配布され、領有権の主張が為されたこともあったそうです。
 「朝鮮通信使」の歴史は、「中央の意志によって『豊臣秀吉の朝鮮出兵』や『日本の大陸侵略』などの時代は、対馬にとって暗い時代だった。江戸時代の『朝鮮通信使』は辺境の対馬が中心となり尊い国家的役割を担った光の時代だ」という文脈で語られることがよくあります。そして、「軍備増強したり、韓国をあからさまに警戒するようなことは、また対馬を闇の時代に陥れる。日韓交流が盛んな時代は、対馬経済が一番潤ってきた時代だ」というのです。国として基本をなす歴史観、国防意識がない民族交流は、相手側の主張に呑み込まれ、結果として文化・精神が浸食される危険性があります。その象徴的問題が、「アリラン祭り」という名称を通して垣間見られるのではないでしょうか。


対馬の経済は厳しいと聞きますが?

■夕張市の次は対馬が「倒産」!?

 対馬島民は今、厳しい経済不況に苦しんでいます。
 今年(平成二十年四月)財務省は「北海道の夕張市よりはるかに悪化した状況にある」とその実情を示しました。実際、対馬の一人当たりの負債額は百六十万円で全国一です。平成十八年六月に北海道夕張市が「財政破綻」して世間に衝撃を与えましたが、「夕張市の次は対馬だ」と報道され、対馬市はこれを否定するために文書を出して釈明しなければならなかったほど島民が抱える経済不安は深刻なものなのです。
 十六年に六町が合併して対馬市となりましたが、互いの町が借金を持ち寄った合併で、対馬では五人に一人しか職に就けない状況だと言われています。東京都の平均所得が四百八十万円であるのに対して、対馬市は百八十万円。さらに公共交通機関が未発達の対馬では車は生活必需品であるのにも拘わらず、ガソリンが本土より常に三十円高いのです。対馬の経済人は「我々は日々の生活をするのがやっと。対馬は不況ではなく恐慌だ。倒産などで自殺者も増えている」とその苦しさをうったえています。


■衰退する対馬の農林水産、建築業

 黒潮の流れの直中に位置する対馬の周辺には豊かな漁場が広がっております。更にたくさんの入り江が天然の良港を作り、漁業は対馬市の基幹産業になっています。
 対馬産アワビ、ウニ、真珠の品質の高さは全国にその名を馳せています。島の東岸一帯は、日本有数のイカ漁業地帯でもあります。
 しかし海外との競争の激化、漁獲量の減少、原油の高騰、就業者の減少、高齢化などのため衰退の一途をたどっています。また島の八九%を森林が占める環境から、木材や全国に誇るしいたけの生産も島の経済を支える大きな要素になっていますが、これも近年の木材や林産物の価格低下のため生産額が減少しています。
 島内を車で走ると、建設中のトンネル工事がストップしたまま放置されている光景が目につきます。昭和二十八年に離島振興法が公布されて以降、公共事業が盛んになり一時は島も潤いましたが、小泉政権下で公共事業が激的に削減されると、島の建設業者が相次いで倒産してしまったのです。


■毎年一千人が島から流出─国からバックアップを

 働く場所が無いため若者が島外に流出し、年々少子高齢化が進んでおります。毎年一千百人が島を離れて、昭和三十年代に七万人だった人口は、現在三万七千人に減少しており、なお下降の一途をたどっています。
 対馬にとって、島の人口を増やすことと島の産業を興すこと、すなわち島全体に活気を取り戻すことは重要な課題です。
 隣の島・壱岐では焼酎など「壱岐ブランド」を全国に発信して成果を収めていますが、「対馬ブランド」を見直し、広報努力をしなければなりません。また国としても、対馬駐在の自衛隊員を増員して、隊員ばかりではなく家族も島で生活するような施策をとったり、あるいは大学の海洋研究所の誘致して学生を呼ぶなど、国境の島対馬をバックアップしていくことが重要なのです。


■毎年一千人が島から流出─国からバックアップを

 働く場所が無いため若者が島外に流出し、年々少子高齢化が進んでおります。毎年一千百人が島を離れて、昭和三十年代に七万人だった人口は、現在三万七千人に減少しており、なお下降の一途をたどっています。
 対馬にとって、島の人口を増やすことと島の産業を興すこと、すなわち島全体に活気を取り戻すことは重要な課題です。
 隣の島・壱岐では焼酎など「壱岐ブランド」を全国に発信して成果を収めていますが、「対馬ブランド」を見直し、広報努力をしなければなりません。また国としても、対馬駐在の自衛隊員を増員して、隊員ばかりではなく家族も島で生活するような施策をとったり、あるいは大学の海洋研究所の誘致して学生を呼ぶなど、国境の島対馬をバックアップしていくことが重要なのです。


国は「国境の島」対馬を見捨てるのか?

■奪われる我が国の国境の島

 「我々が、対馬に住んでいなければ、漁業水域は後退するし、国境も守られない。そのことを忘れないで欲しい」と自衛隊OBの小松津代志氏はうったえられています。この言葉は、対馬が現在置かれている状況を象徴しています。
 我が国は、四方を海に囲まれた島国であります。我が国の領有する島の数は六千以上で、七千以上のフィリピンに次ぎ世界第二位であります。我が国の島の中で、特に他国が領有を主張するなど、見過ごせない問題を抱えている「国境の島」があります。
 ロシアが占拠している国後島、択捉島、歯舞群島、色丹島からなる北方四島、韓国が軍事占領している竹島、中国・台湾などから領海・領空侵犯されている尖閣諸島、先島諸島です。これらの島は、我が国の領土であるのにも拘わらず、我が国の国民が自由に立ち入ることができません。北方四島、竹島にいたっては、完全に他国民が居住しています。
 かつて尖閣諸島に上陸視察を断行した西村眞悟衆院議員は、「尖閣諸島は、今、日本人は立ち入ることができない。土地所有者が埼玉県に在住しているが、中国人が魚釣島などの土地所有権を買い取ろうと何度も接触していたと聞いたことがある。あの時もし中国人に所有権を売り渡してしまっていたら万事休すであった。対馬で韓国人による土地習得が進行すれば、尖閣諸島の土地が我が国の領土を否定する中国人に取得された時と同じ、国防上の重大な障害を憂慮せざるをえない」と語っています。
 他国民が多数居住し、領有権を主張した時、その島は実行支配されるのです。冒頭の島民のうったえは、油断していれば、いつの間にか対馬も第二の尖閣、竹島、北方四島になるという危機を我が国の全土に知って欲しいえとうったえているのです。


■「国境の島」対馬を見捨てるのか

 密漁・乱獲により豊富な水産資源を奪われ、韓国人に土地・ホテルが買収され、観光産業も先を越され、不況に苦しみ若者が流出…おまけに、防衛上も不安を感じ、中国・韓国が海に投棄した大量のゴミが(中国、韓国では海へのゴミ投棄は合法だという…)海岸にたどり着き、その処理で●千万円も浪費し、それでもまだ手が回らない。
 対馬で「国の特別の保護無くしては、もうやっていけない。国境の島・対馬で頑張っている人達のことを忘れないで欲しい」という訴えを聞きましたが、このような声は、今、対馬島民が共通して抱いている思いであると感じます。
 歴史的にも、地政学的観点から言っても、本来対馬は、国境を守る要としての役割を担っています。自殺者等も出ているところから、対馬島民が堪え忍ぶ限界はすでに過ぎています。国として、対馬の位置づけを、改めて見直す時に差し掛かっているのです。
             

国の独立立法で「国境離島新法の制定を


 外国資本の不動産取得には、諸外国並みの法的規制を韓国資本による不動産の取得は、韓国人のなかにある対馬領有熱を考えれば、看過することのできない事態です。無制限な土地取得を規制する法的措置が早急に求められます。
 諸外国では多くの場合、領土保全や国防の観点から外国資本による土地の取得に制限を設けています。米国では、包括通商法のなかに通称「エクソン・フロリオ条項」と呼ばれるものがあり、それによって、国の安全保障を脅かす外国企業によるアメリカ企業支配を制限しています。対象になる分野は、航空・通信・海運・発電・銀行・保険・地下資源・国防そして不動産です。これらの分野で、対米外国投資委員会(CFIUS)が米国の安全保障を脅かすと判断する取引に対しては、それを阻止する権限が大統領にあると定められています。
 また、韓国でも、「外国人土地法」があり、文化財保護区域、生態系保護区域に加えて、軍事施設保護区域や軍事上必要な島(「軍事施設保護法」によって定められています)の中にある土地を外国人が取得する場合は、事前の許可が必要であると定めています。一方、日本では国の安全保障という観点からの規制は、現在のところほとんどありません。
 対馬の「韓国化」を阻止するためには、まずは領土保全・国防上必要な土地の取引には、諸外国並みの法的規制を設けることが早急に求められます。
 問題の根本解決には、対馬に住む国民を支える施策が必要
 しかし、対馬の土地が韓国資本に買収される事態は、対馬の経済的困窮という問題が引き起こしています。売買を規制するだけでは、土地を売らねばやっていけない対馬の住民の生活をどうするのか、という問題が残り、根本的な解決にはならないのです。
 過疎化や高齢化など対馬の抱える問題は、日本全国に散らばる離島に共通する問題でもあります。国は、「離島振興法」により「離島振興対策実施地域」と定めて支援を行ってきました。その中には全国で二百六十一島の有人離島があり、対馬も含まれています。しかし、対馬の現状を見る限り、離島振興法に基づいて行われている国の支援では、不十分であるようです。
 そこで、さらに国の支援が手厚い「振興開発特別措置法」を適用しようという議論もあります。これは現在、奄美群島・小笠原諸島・沖縄の三つの地域が立法化されていて、その中の有人離島は、合計49島を数えます。確かに、支援の増進には効果的ではあります。
 ただ、「離島振興法」や、より国の支援がある「振興開発特別措置法」も、離島の経済的問題への対策が主眼になっています。領土保全・国防の視点は、ほとんどありません。
 「辺要」の地と位置づけられてきた対馬の果たす役割対馬は、陸上・海上・航空の三自衛隊全ての部隊が配備されている唯一の島です。外国と間近に接する島であり、国際海峡に面する交通の要衝でもあります。平安時代には、延喜式で、壱岐や東北地方とともに、「辺要」と位置づけられていました。また、戦前は全島が要塞地帯に指定され、司令部や砲台などが配備されていました。古来、国境の最前線としての位置を占めているのです。その島に、軍隊(自衛隊)だけでなく、多くの住民が住み、日本国民としての生活が厳然としてあることは大きな意味を持つものです。わが国の国土として、不可分の地であることの確かな証明に他ならないのです。
 国境を形成する島の重要性については、わが国政府も認識し始めています。平成二十年七月に制定された「国土形成計画(全国計画)」(国土交通省所管)には、「国境離島」という概念(用語)が初めて使われ、「排他的経済水域の保全等の面で特に重要な役割を担っている国境離島等については、このまま人口減少等が進めば、その重要な国家的役割を果たすことが困難となるおそれがあることから、交通アクセスの改善、農林水産業を中心とした産業振興、観光振興等に対して、なお一層の支援を検討する。」(本文p48)と記されています。単なる経済支援から、「排他的経済水域の保全等の」「国家的役割」を果たすことへの国としての「なお一層の支援」が謳われたのです。この「国境離島」の定義はまだ明確ではありませんが、少なくとも対馬が該当することは明白です。
 この国の認識をさらに進めることを求めて、対馬市(対馬は一島で一市)では現在の離島振興の枠を超えて、領土保全・国防の観点も加えた新たな振興策の立法化(国境対馬振興特別措置法)を求めています。十一月十二日には、対馬の現状の危機感を抱く国会議員グループの勉強会で、「防人の島新法」としてその概要を示しています。
 そこでは、対馬が担う役割として、@国防上における重要な監視、前線基地の見張り役A密航・密輸防止等の国土保全B朝鮮半島での有事の際の避難民の受け入れC対馬海峡における海上交通の安全確保D我が国の領域、排他的経済水域等の保全E外国由来の漂流F漂着ゴミや油の早期発見、本土の防波堤的役割G歴史的に外国(特に東アジア)との交流が盛んに行われてきた国際交流の架け橋的役割H地球温暖化削減の森林保護及び海洋資源の保全Iツシマヤマネコに代表される大陸系動植物の保護と保全J悠久の歴史を活かした癒しの場の提供が列挙されています。こうした国益上重要な役割を対馬が担い続けるために求められる国の支援策が挙げられています。それは、「基盤整備に対する国の負担、補助の割合の特例」「第一次産業に対する特別な措置」「漂流・漂着ゴミ対策」「本土との条件同一化(経済競争の平等、本土との交流拡大)」「財・税政措置」「特別な金融措置」などの経済的なより一層の支援策に加えて、それよりも優先的に「国防等に関連する機関の設置」「領土保全に対する特別措置」といった、領土保全・国防の観点からの措置も盛り込まれています。

 全国の国境離島を国がいかに守るか、その姿勢が問われている。

 また、長崎県議会の議員有志グループ「長崎県神道議員連盟」(田中愛国会長)では、こうした対馬の担う役割は、全国の国境離島やその周辺の外洋離島が同様に担う役割であり、そうした島々を網羅して抜本的な各種施策が必要との認識から、同議連幹事長の野口健司県議が作成した「国境離島等振興特別措置法(仮称)私案」を公表しています。そこでは、全国の国境離島等の保全・施策を図るため、一元的な管理・総合調整を行う新たな組織(国境離島保全振興庁)を内閣の外局として設けるなど、より具体的・総合的な措置の提案が、概要と条文で示されています。これは、対馬の問題が、外国に不法占拠されている北方四島や竹島、中国が領有を主張する尖閣諸島、また、中国が「岩」と主張して日本の排他的経済水域を否定しようとしている沖ノ鳥島などに共通する問題であり、外国の攻勢・侵出に対して日本の領土・主権を如何にして守るのかという観点からの取り組みが、国全体に求められているという認識によるものです。
 このように地元から具体的な措置・立法化を求める声があがるのは、それほどに事態が深刻だということの表われです。と同時に、国境離島に生活する日本国民が、そこで生活することそれ自体が国土を守ることになるという、島に住む誇りを回復したいという強い思いが根底にあることを示しているようです。その願いは、国が自らの国土を守ることに、どれほど真剣であるかを問うているのです。
〔北村芳正〕●レポート


韓国抗議団の暴挙に対する対馬島民の戦い


 じわじわと「韓国化」されつつある国境の島・対馬の現状に対して、島の内外に警告を発し続け奮戦している現代の防人(さきもり)≠ェ対馬にはいる。視察団の案内役を買って出て下さった友納徹氏、長郷照美氏、芳村昭美氏である。
 今年七月二十三日、韓国退役軍人が対馬に乗り込み、対馬市役所前で「竹島を日本領土だとする主張について即時謝罪と撤回」を求めて抗議活動が展開されることを事前に知った三氏は、かかる韓国抗議団の暴挙に対処すべく急ぎ準備に取りかかった。
 芳村氏はインターネット等あらゆる媒体を駆使して韓国抗議団の行動予定の情報を収集した。その中で韓国抗議団が出そうとしているハングル語の抗議声明を入手した。韓国抗議団はハングル語しかできず、日本語を話せるものがいないようで、対馬市役所前でハングル語抗議声明が出されても、市役所職員もマスメディアも何を主張しているか分からないだろう。これではマスメディアが取り上げにくくなると推測し、韓国抗議団の抗議声明文を和訳したものを用意し、さらにその抗議声明に対しての反論を付け加えた。竹島が日本の領土である歴史的事実を適切にまとめた対馬住民から韓国抗議団への反論である。芳村氏は、夜を徹してそれらの文書作成を行った。
 七月二十三日当日、韓国抗議団二十一人は対馬市役所前で抗議活動を展開した。彼らは「独島は我々の島だ、日本が竹島の領有権を主張するのは侵略行為」と書かれたTシャツを着用し、「日本が竹島領有の主張を撤回しないなら、対馬は韓国領土だと主張する」と宣言し、横断幕を掲げた。さらに抗議団は韓国国歌を歌い始め、韓国国旗を身にまといながらバリカンで頭を坊主にし始めた。さらに指を噛みちぎって血で韓国国旗にハングル語で「独島は韓国領土」と書いた。その血は歩道にしたたり落ちていたという。
(我々も今回その場所に案内頂いたが、小さな柵を隔てて厳原幼稚園に面する場所であった。幸い幼稚園は夏休みだったと言うが、父兄はテレビなどでその光景を見ているだろう。)
 この韓国抗議団の暴挙に長郷氏は「韓国は間違っている!」と日の丸を掲げて抗議の声を挙げた。友納氏も、芳村氏が徹夜で作成した「韓国抗議団の声明書とそれに対する抗議文書」を報道陣と韓国抗議団に手渡し、「あなた達の言っていることは間違っている。対馬は日本の領土だ。帰れ!」と毅然と抗議した。その両氏の姿勢に勇気を得て、周囲に集まっていた対馬島民からも「帰れ!帰れ!」との声があがったという。
 さらに韓国抗議団に対して友納氏が「血が歩道にしたたり落ちている。拭いて帰りなさい。バリカンでそった毛も落ちている。一本残らず拾って帰りなさい!」と叫ぶと、対馬島民の迫力に押されてか韓国抗議団は、血を拭き、毛を拾い始めたという。「あれだけの抗議活動を展開しておいて掃除をし始めるとは…。おそらく韓国から対馬住民とはトラブルを起こさないようにと指示が出ていたのだと思います」と友納氏は語った。
 韓国退役軍人の暴挙に抗議する対馬島民の姿は、新聞や地元長崎のテレビニュースで放映され、インターネットを通じて全国に配信された。勇気ある三氏の行動によって、韓国人の暴挙を決して許さない日本人の姿が全国に、そして韓国にも示された。現代の防人たちは対馬を守り抜いたのである。しかし、戦いはまだまだ続く。
 友納氏は三氏を代表してこう語った「我々は、七月二十三日を対馬が韓国に公然と侵略された日として明記しなければならない。これまで我々は孤軍奮闘していたが、東京、神奈川、茨城、静岡、大分から多くの同志が対馬まで駆けつけてくださった。大変勇気を与えられた。これからも力をあわせて闘いましょう」。(「日本の息吹」平成二十年十月号初出)

●現地の声

竹島問題に巻き込まれる対馬

韓国側は「竹島領有権への日本側の主張への対応策として『対馬は韓国領土だ』と主張することが有効だ」と考えている。
〔北村芳正〕対馬在住 芳村昭美

韓国退役軍人の常軌を逸した抗議行動

 平成二十年七月二十三日、中学社会科の新学習指導要領の解説書に竹島(韓国名・独島)の領有問題が初めて記述されることを受け「大韓民国傷痍軍警独島死守決死隊」を名乗る韓国の退役軍人ら二十一人が、対馬市役所前で、日本側に謝罪と撤回を求める抗議行動を展開した。
 彼らの出した声明書は、「独島(竹島)は歴史的地理的に明かな大韓民国の領土である」「我々は日本が図々しくて恥知らぬ行為を強力に糾弾する(原文ママ)」「日本政府は歴史の真実を人類の社会の良心に正直に反省して悔悟しろ」「日本政府は青少年たちに試そうとする歪んだ歴史教育を即時撤回しろ」とするもので、この韓国抗議団の声明書に対して、対馬島民のTさんが抗議文を、対馬市役所前の現場において、取材陣と韓国の抗議団側に手渡した。
 七月二十三日朝十時に対馬市役所前(厳原幼稚園前)の歩道に、二十一人の抗議団が到着。彼らは「(前に)独島は韓国領土 対馬島も韓国領土 (後ろに)大韓民国傷痍軍警会 独島死守決死隊 日本は韓国領土侵奪行為即刻中断しなさい」と書かれたTシャツを着用し、「独島(竹島)は我々の島だ、日本が竹島の領有権を主張するのは侵略行為、撤回しないなら、対馬は韓国領土だと主張する」と宣言し、「独島は韓国領土、対馬島も韓国領土、日本は大韓民国の領土侵奪行為 直ちに中断しなさい 大韓民国傷す軍警会独島射手決死隊(原文ママ)」と書かれた横断幕を掲げた。
 抗議団は韓国国歌を歌い、シュプレヒコールをあげただけでなく、韓国国旗をまとってバリカンで頭を坊主にする、指を噛み千切って韓国国旗に血のハングル文字で「独島は韓国領土」の内容を書き、その血が歩道に滴り落ちるなどの常軌を逸した光景が見られた。
 この抗議活動がなされた対馬市役所前の歩道は、対馬市立厳原幼稚園の前であり夏休みにて園児は登園していなかったが、このような行動をもし園児が目撃していたら、深い精神的衝撃を受け、心に傷を負ったに違いない。
 対馬島民のNさんは日の丸を掲げて道路をはさんだ反対側の歩道から抗議団の様子を見ていたが、たまらず「韓国は間違ってるぞ!」と叫んだ。対馬島民のTさんも「あなたたちの言っていることは間違っている、対馬は日本の領土だ、帰れ!」などと叫び、周囲に集まっていた対馬島民からも「帰れ!」の声があがった。


二十三日の抗議行動をメディアはどう報じたか

 筆者確認の限りであるが、二十三日夜のNHKの長崎ニュース、TBS系列の長崎ニュースではトップで今回の事件が報じられたが、全国ニュースではどの局も取り上げていなかった。CSのチャンネル桜でもこの話題が取り上げられた。TBS系列NBCのニュース画像がインターネットのYoutubeに画像アップされている(対馬&竹島で検索)。長崎新聞のHPの動画ニュースに詳しい画像がアップされ、対馬島民のTさん、Nさんの現場での抗議の声が紹介されていた。
 財部対馬市長がテレビのインタビューに答えていた。竹島の領有権についてのコメントはなかったが、「歴史をひもといてみても、対馬が韓国であったという事実はない」と述べた。
 この対馬市長の発言に対しては「日本人として竹島が日本領土だと明言しないとは何事か」というお叱りの声も聞いたが、『領土認識の希薄な日本の現状で実際に国境の地を治める市長としては、これが精一杯か』という感想を持った。
 明けて七月二十四日、筆者の確認する限りであるが、テレビ朝日の「やじうまプラス」だけが全国ネットで今回の対馬の出来事を報道した。NさんとTさんにテレビ朝日が取材に訪れ、二十七日(日)サンデースクランブル「内閣改造」のコーナーで、竹島問題と七月二十三日の対馬での抗議行動の様子、Nさん、TさんのコメントがVTRで放送された。


竹島問題の発端「李承晩ライン」

 そもそも竹島問題が起こったのは、大東亜戦争終結後のサンフランシスコ講和条約発効直前の昭和二十七年(一九五二)十一月、韓国の李承晩大統領が勝手に竹島を自国領土に含むことを宣言した「李承晩ライン」に端を発している。
 これは日本がアメリカ合衆国の占領下にあったドサクサにまぎれて不法に行われたもので、日本は直ちに韓国に抗議したが、韓国はこれを無視したまま竹島を不法占拠し、今日に至っている。
 「李承晩ライン」以前に、韓国は昭和二十六年(一九五一) 七月十九日に竹島を自国領土であることを主張する文書をアメリカ政府に送っている。
 アメリカは昭和二十六年八月十日、「竹島は一九〇五年以降、日本の島根県の管轄下にあり、韓国からの領土権の主張は過去になされていない、とアメリカが認識している」旨を回答して、韓国の要求を拒否した。
 それにも関わらず、韓国はその翌昭和二十七年(一九五二) 十一月に竹島を武力で占拠した。昭和四十年(一九六五)に日本と韓国の間で日韓基本条約が結ばれたが、竹島問題は紛争処理事項として棚上げされ、現在も棚上げのままである。
 そして、我々日本人が絶対に知っておくべきことがある。日本政府は、竹島領有権問題を解決するため、オランダのハーグにある国際司法裁判所に提訴することを韓国政府に提議したが、これに対して韓国政府は拒絶したままである。両国の同意がないと裁判を行うことができないのであるが、韓国が同意しない訳は、
@竹島を武力占拠してまもなく裁判になれば敗訴する。
A裁判までの期間を引き延ばし、実効支配が長くなれば裁判で勝訴する可能性が出てくる。
という戦略によるものであることを予想するのは容易である。


韓国国会議員が「対馬島返還決議案」を発議

 なぜ、竹島領有問題が湧き上がると韓国側が「対馬島も韓国領土」と主張するのか。七月十六日にハンナラ党の許泰烈(ホ・テヨル)最高委員が述べた内容が端的に理由を示している。
 「ハンナラ党の許泰烈(ホ・テヨル)最高委員は十六日、日本の独島(ドクト、日本名・竹島)領有権明記問題と関連し、『'独島は韓国の領土'と主張するより、'対馬も韓国の領土'と主張するのが効果的な対応方法だ』と主張した」(中央日報HP「対馬も韓国の領土'で対抗許泰烈議員」二〇〇八年七月十六日)
 韓国内では「竹島領有権への日本側の主張への対抗策として『対馬は韓国領土だ』と主張することが有効だ」とする考えがしっかりと存在するのである。
これまで韓国は国政レベルで「対馬は韓国領土」という主張を明らかにすることはなかったが、ついに七月二十八日の産経新聞で「韓国の与野党国会議員五十人が『対馬島返還決議案』を発議する」との記事が報じられた。
 韓国の鬱陵島(うつりょうとう)には「独島(竹島)博物館(民間団体の施設)」があり、韓国の愛国心昂揚のメッカとして毎年沢山の韓国人が訪れる。その野外博物苑には「対馬島本是我國之地」(対馬は元々韓国の地)と彫られた石碑が存在する。
 また、韓国内では平成十三年(二〇〇一)頃からネット上で「韓国の対馬」と題した、以下のような事実無根の内容の歌詞の歌が配信され、二十万件以上のアクセスがあるという。
 そして、以下のHPには『独島(トクト)と対馬島(テマド)の領有権問題連係戦略』なる文が堂々と展開されている。
東亜ドットコム「マガジン週間東亜」のHP
http://members.at.infoseek.co.jp/koreawatcher/docs/wd291kk050.htm

  韓国の対馬(日本語版)
   作詞:崔東国(チェドングク)歌:アラン
1.アーアー おれらのアリランとむくげの歌が
  いつも鳴りひびく所 おれらのつしま
  アー プサンの夜景がきれいにみえる
  韓国のつしま
  コリョ(高麗)時代から
  チョソン(朝鮮)にいたるまで 
  韓国の恩を受けている所つしま
  いつからかこのつしまをmm〜
  やつらは自分の物にしたのか
  恨(ハン)の歴史 渦の中で
  いつからつしまとよばれ
  侵略者日本の手先になったのか
2.イスンマン(李承晩)大統領が
  かえせとさけんだ 韓国のつしま
  日本人たちの物になったのか
  日本人たちよきけ
  君たちの雨森芳洲の偉大なる意味を思い出して
  つしまを返せ 韓国のつしま


「対馬の日」条例を決議した韓国の馬山市議会

 平成十七年(二〇〇五年、竹島が一九〇五年に島根県に編入されてから百年にあたる年)に島根県議会が二月二十二日を「竹島の日」と制定したところ、韓国の馬山市議会はこれに対抗して即座に「対馬の日」条例を決議した。
 その内容は「朝鮮王朝が一四一九年六月十九日対馬へ大軍を送った日を対馬の日とし(馬山は出撃基地であった)、歴史と文化的背景の同質性をもつ対馬が韓国の領土であることを内外に刻印させ、領有権確保をその目的とする」という事実無根のものである。
 対馬市議会は一年六カ月後の平成十八年九月二十八日に「対馬の日」条例の内容を不当として条例廃止を求める抗議決議を全会一致で可決、「馬山市議会に対する抗議決議」を行った。
 対馬は韓国側の戦略により、竹島問題に完全に巻き込まれてしまっている。韓国は、現在は政府レベルでは対馬の領有を主張しているわけでは無いが、前述のように韓国内の国会議員の中で新しい動きが起こっている。
 昭和二十七年に李承晩ラインが引かれたあと約四千人に上る日本漁民が不当に韓国に拘束され「日韓基本条約の国交正常化交渉の場において日本側の譲歩を引き出すための外交カード」に使われた。拿捕された漁民には対馬島民も含まれており、現在でも精神的後遺症に苦しんでいる。


対馬が「第二の竹島」とならないために

 対馬は現在経済の停滞と過疎化に悩み、韓国との交流によって活路を見出さざるを得ない状況にある。優秀な人材が仕事を求め、進学を目的に島外にどんどん流出し、対馬に戻ってくることはほとんどない。人口は昭和三十〜四十年代の約七万人から平成二十年六月には約三万七千人に減少し、年間約五百人ずつの人口流出が年間千人に悪化している。
 一方韓国からの観光客は平成十九年で約六万五千人、今年は約九万人と見込まれている。
 韓国人観光客と住民との文化的差異による軋轢は根気ある交流にて改善も見られつつあるし、韓国人観光客の対馬への消費額を上昇させるための住民自らの努力は必須であるが(対馬人気質を考えると、島外からの強い介入がなくてはサービス業などの向上は無理)、密漁やプロ釣り師の存在、違法である外国人による撒き餌釣りによる漁場の破壊、対馬の山々から韓国で売れる薬草が勝手に採取され大量に持ち出されていること、などについては市・県の条令、国の法令レベルでの対応が不備であり、見直しが必要だ(ネット動画Youtube「対馬」で検索)。
 対馬の「韓国化」が進行することは、日本の国土が奪われる危機が深まることに他ならない。対馬が「第二の竹島」となる危険が現に存在する。
対馬の美津島町竹敷の海上自衛隊の基地隣接地が「韓国資本」から買収される事態が起きている。その他にも、生活が立ち行かなくなった対馬の人が韓国人に土地・建物を売却する事例が多く出ている(「週刊新潮」四月二十四日号)。
 仕事もなく生活もギリギリの対馬住民には、国防や歴史、自らの島の問題を学び認識する土壌も余裕もない。筆者がこのレポートに記したようなことは、ほとんどの対馬住民は全く認識していないといっても過言ではない。
 昭和三十年代の漁業最盛期から徐々に衰退してきた対馬は、小泉構造改革から一気に悲惨な状況になってきた。医療、福祉は真っ先に削減の憂き目にあい、陸続きの内地の事情をそのまま当てはめて、病床数を削減する計画が進んでおり、残っている高齢者さえも住みにくくする状況が作られつつある。
 いたずらに「補助金づけ」にしてきたことが、対馬住民の自立意識を失わせてきたことは事実であるが、ガソリン代を内地と同じ価格にする、内地との交通費用、流通の補助、医療福祉の島の実情に適した維持など、対馬住民が立ち直る機会を内地と等しくしてもらえないかと思うのである。
 日本国政府や長崎県には国境の島対馬に日本国民が住み続けることが出来るような具体的政策を行ってもらわなくてはならないと思うが、日本全体から領土意識が失われている今、光は見えない。
 平成二十年三月に新たに当選した新対馬市長を先頭に対馬の若手も必死で復興に取り組んでいるが、対馬が現在抱える問題は、対馬だけではとても解決できない。
 この一年三ヶ月で人口が千人減った日韓国境の地対馬。このまま韓国資本が日本のエージェントを通じて土地を買収し続け、韓国人観光客専用の島となり、外国人地方参政権が現実のものになったとしたら、そのとき対馬は日本なのだろうか。負の未来への不安が押し寄せてくるのである。
(「祖国と青年」平成二十年九月号初出)



●インタビュー

対馬の「韓国化」を阻止せよ

国境離島に係わる特別法の制定を      東京都議会議員 吉田康一郎

対馬の漁場を荒らす「特攻船」

――七月、文科省が中学校社会科の新学習指導要領解説書に「竹島」を明記することを決定したのに対し、韓国の与野党国会議員五十名が「対馬も韓国領」とする「対馬返還要求決議案」を発議し、二十三日には韓国の退役軍人が対馬市役所前で同趣旨の抗議行動を行うなど異常な事態が起こりました。
 これに対し、日本会議地方議員連盟は八月十七〜十九日、民間有志を含む十五名の先遣隊を対馬に派遣し、現地調査を行いました。吉田先生は副団長として現地の実情を見聞されましたが、現在、対馬はどのような脅威に晒されているのか、お話を伺いたいと思います。
吉田 まず私達が今回の視察に至った経緯はおっしゃる通りですが、それよりももっと早い段階から、対馬には韓国の密漁漁船がたびたび侵入し、大変な乱獲を行っているとの報道に接していました。彼らは北朝鮮の工作船のような「特攻船」と彼らが呼ぶ高速船でわが国領海を侵犯して対馬沿岸に至り、船から空気補給用ホースで繋がった潜水服で海底に潜り、長時間に渡って海産物を根こそぎ獲り尽くす。そして、わが国の巡視船に見つかると高速で振り切って逃げ帰るわけです。
島の漁業が壊滅的な損害を被っているにもかかわらず、韓国密漁者に対する海上保安庁や警察の取り締まりは全く実効を上げていません。報道で「打つ手なし」などと言っているのを聞いて、「『打つ手なし』じゃないだろう。ちゃんと国家として対処していないだけじゃないか」と怒りを覚えました。例えば、当該経済水域に多数の巡視船を並べて、不審船が臨検に従わなければ銃撃するぐらいの体制をつくらなければダメなのです。これは政治の責任です。
今、対馬の経済は疲弊しています。昭和三十五年に約七万人であった人口は減少が続き、近年は毎年一千人が島から流出し、本年七月の時点で人口は約三万七千人です。その要因の一つは「小泉改革」以降の公共事業の削減ですが、もう一つは韓国密漁者による漁業への甚大な打撃です。そもそも領土、国民、主権の三つを守ることが、政府が最低限果たさねばならない義務であり、国民の利益を不当に侵害する内外の脅威を適切に取り締まるのは当然のことです。わが国政府がその最低限の仕事を諸外国なみにきちんと行っていれば、対馬は今のような状況には陥っていなかったはずです。
 更に、自衛隊の基地の周囲を含めて、対馬の土地や不動産を韓国人が次々と買収している、との報道もあり、これにも懸念を感じていました。
今、韓国人は、これまで想像できなかったほどに野心を逞しくしています。インターネットを見れば、彼らは平然と「対馬の韓国への経済依存を深めさせ、韓国人の定住者を増やし、日本に外国人地方参政権を認めさせ、最終的には住民投票や地方議会の議決で対馬の韓国帰属を勝ち取る」といった趣旨の議論を交わしています。
現実問題として、韓国では国会議員という国民を代表する立場の人たちが、与野党を越えて五十人も集まり、日本に対馬の「返還」を要求するという、他の二国間関係ではあり得ないようなことが起こっている。これは、それを受け入れる土壌が国民になければ政治家もできないわけですから、「対馬は韓国領」と主張する韓国国内の世論がある程度に達していることは客観的な事実です。実際、七月の韓国の世論調査でも、五割以上がこの決議案に賛成しています。
 日本は戦後、誤った平和主義の空理空論の中で現実から目をそむけ続け、その結果、我が国の主権を侵す近隣諸国の行為をのさばらせ、外堀内堀まで埋められてしまった。他国に侮られるような対応や無為無策を戦後ずっと積み重ねてきたことが、予想以上の深刻な状況を生んでしまった。その最も先鋭的な部分が、今の対馬に出ていると思います。この状況に対して、わが国の官民は、有効な対処策を緊急にも中長期的にも打っていかなければいけない。そのため、とにかく実際に対馬に行って実情を見ないことには始まらないという気持ちで赴いたわけです。


韓国人観光客の驚くような「犯罪行為」

――実際に現地に足を運ばれて、どのような実態が明らかとなったのでしょうか。
吉田 平日だったこともあり、毎週土日にはフェリーで八百人は訪れるという韓国からの来島者を実際に見ることができなかったのは残念でしたが、市長、市議会議員、商工会幹部、一般の島民の方々とお会いし、様々なお話をお聞きすることができたのは大きな収穫でした。思いのほか酷かったのは、韓国人の来島者の遵法意識の低さです。彼らが法律違反の傍若無人な行動を平然と行っていることを、対馬の方々の口から直接お聞きできたことは貴重でした。
例えば、タクシーに乗った際に運転手さんに「韓国の方がいっぱい来るそうですが、どうですか」と聞くと、何と「降りるときにお金を払わずに走って逃げていく」というのです。本当にびっくりしました。また、「料金を払う際に、五百円とそっくりの五百ウォン(価値は十分の一)を混ぜてくる。その場で気づけばよいが、後から気づいて泣き寝入りしたことは一度や二度ではない」と。
 スーパーでは、「並べているバナナを食べてしまい、店員が気づかなければそのまま金を払わずに立ち去る」、コンビニエンスストアでは、「韓国人は店に五、六人で訪れ、一人が支払いをしている間に他の者が万引きする。若い女性客は陳列棚の口紅をその場で使って元の棚に戻すので、売り物にならなくなる」、料理屋では、「食べ物を持ち込み、注文しない」、旅館では、「シャンプー、リンス、タオルなどの備品を全て持ち去ってしまう。部屋や建物を大変に汚し、部屋の中で何をするのか臭いが付く。支払いの段階になってクレームをつけて値切る」、温泉では、「湯船の中で体を洗う。日本人客が嫌がって来なくなり、廃業した温泉もある」などと驚くべき話が次々と出てきました。
 私が勉強不足なのか、東京ではこういう話はあまり聞いたことがありません。なのに、対馬ではたくさんお聞きするというのは、対馬に来る韓国人は、東京に来る時とは何か異なる心積もりや心構えで来ているのではないか、と思わざるを得ない。何かやはりおかしなものを感じざるを得ません。
また、私たちが宿泊したホテルは、経営が厳しいからなのか、床も壁も天井もシミで汚れ、かなり痛んでいて、古びたワンルームマンションのような感じでした。そして鍵を渡された部屋に私が入ると、何と他の客が泊っている部屋でした。もし、扉を開けた時に女性が着替えでもしていたら、私は痴漢扱いされかねなかった。ある人は、部屋が臭いからと別の部屋に代えてもらったが、そこも臭くて諦めたと言っていました。「どの部屋を貸したか分からないから」と鍵を三つ渡された議員もいました。こんな「ホテル」は初めてでした。
 後から知ったことには、そこは、対馬で最初に韓国人向けの事業を始めたホテルなのだそうですが、どうしてこういうことになるのか、確かにこのような施設とサービスでは日本人は納得できません。こりごりだと思って来なくなってしまうわけです。
他の旅館業をされている方から話をお聞きすると、「誰も来ないよりは助かるから韓国人客を受け入れるけれども、本当に大変なのに、儲かるかというと結局儲かっていない。」と言います。


自衛隊基地の周囲を買収

 吉田 このような島民の方々のお話を伺う一方、対馬商工会会長、対馬観光物産協会会長などからは、「韓国人観光客なしには対馬の経済は立ちいかない」「お陰で島は潤っている」とのお話を受けました。
島の漁業や建設業が衰退する中、韓国人観光客の誘致に活路を求め、推進してきたのが彼らです。その一環として、従来の「厳原港まつり」に朝鮮通信使行列のイベントを加え、「対馬アリラン祭」と副題をつけ、韓国色の強い祭りとして打ち出してきました。目論見通り韓国人観光客は急増し、ある島民の方は、「アリラン祭の参加者の半数は韓国人。韓国人から見れば、対馬でも自分たちの祭りが行われている、と見えるのではないか」と懸念するほどになりました。
 しかし、こうして韓国人観光客が増えても「潤っているというのは一部の人だけだ」「商売にならない」という方の意見の方が、実は全体像に近いのではないか。その中で、島民の方が手放す土地や家屋、店舗を韓国人が次々と買収している、ということが現実に起こっています。韓国資本が、対馬に来る韓国人観光客を目当てに韓国料理店や民宿、ホテル、バス会社などを経営し始めている。そして、韓国人観光客は、韓国の旅行会社のバスに乗り、韓国人経営のホテルや民宿、飲食店だけを利用し、日本人経営の店を利用しなくなる傾向が進んでいるということでした。
 しかも、土地が「外国人には売りたくない」という売り手の意志に反して韓国人の手に渡っているというケースもあります。
 例えば、美津島町竹敷の海上自衛隊対馬防備隊本部に隣接する約一万平方メートルの土地は、もともと大洋真珠が真珠養殖業を営んでおり、同社は事業をやめ土地を売りに出す際に「何かあってはいけないので外国人には売らない」と決めていました。そして、自衛隊に買収を要望していたのですが、自衛隊が予算組みができないなどと言っているうちに、日本人が「名義貸し」をして韓国資本の手に渡ってしまい、韓国人向けのリゾート施設が建設されています。
 この敷地の中には、平成二年、両陛下が真珠工場をご視察になった「行幸啓記念碑」があります。敷地の管理人である韓国人男性に見学を申し出たところ、「客を迎える準備があるから見せられない」と拒まれました。私たちも客になる可能性はあると思うのですが、自衛隊基地の隣がこのような土地になっているのは、安全保障上、やはり懸念があります。地元のある方は、「竹敷町には、基地を取り囲むように韓国資本が多数入っており、韓国集落・韓国村となってしまった」と危機感を募らせていました。同様に、対馬のあちこちで、韓国人が釣り宿や民宿を買収したり、海沿いの土地を買収してホテルを建設し始めている、そのような韓国人経営のホテルや民宿が、密航・密漁の根拠地になっているとの指摘もあります。
 密航し、あるいは「観光客」として堂々と対馬に来島し、漁具も揃っている宿泊施設に何日も泊まり、密漁した獲物をそこで冷凍保存し、「土産」として韓国に運んで高値で売る。まさしく密漁を「生業」としてやっている者もいるというのです。しかも、禁止されている「撒き餌」をするため、対馬の漁民が大切に護ってきた漁場が汚れ、荒れ放題になっている。
韓国人観光客は、今年は七万八千人に急増しており、その三割以上が「釣り目的」です。彼らが主に利用する対馬北部の比田勝港の税関には職員が一名しかいないため、彼らが大量に持ち帰る魚介類や薬草は、事実上フリーチェックだそうです。
対馬は、韓国人の密漁によって漁業が衰退し、韓国人観光客が増えても一部の人と韓国資本しか潤わない。そのため不動産が手放され、韓国人に買収されていく、という「負の連鎖」にあることを現地で痛感しました。
 対馬から帰ってきた後も、ある方から、「自分の知り合いの約八〇ヘクタールの土地を、韓国人がゴルフ場を建設したいといって買いにきている。その人は、ゴルフ場は歓迎だができれば外国人には売りたくないと言っている。誰か日本人で買ってくれる人はいませんか」との相談を受けました。
 こういう土地も日本人の買い手がいなければ、現行法制下では、経済原則に基づいて韓国人に次々と買われていきます。そして、それが、単に経済活動に止まらず、安全保障上憂慮される事態に至る危険性があるわけです。


「国境地域特別措置法」「防人の島新法」の制定を

――対馬の「韓国化」の危機を克服するために、どのような対応が必要だとお考えですか。
吉田 昭和四十三年六月に小笠原諸島が米国から返還された際には、同諸島の自立的発展と住民の生活の安定、福祉の向上を図るため、「小笠原諸島復興特別措置法」(現「小笠原諸島振興開発特別措置法」)が制定され、四十七年五月の沖縄返還の際には「沖縄振興開発特別法」(現「沖縄振興特別措置法」)が制定されました。昭和二十九年六月制定の「奄美群島復興特別措置法」(現「奄美群島振興開発特別措置法」)も同様です。
国境という要衝の地である対馬についても、まず、離島振興法よりも手厚い、これらの三法と同様の財政支援措置、経済振興対策が必要であると思います。
 また、密漁に対する厳しい取り締まりなど、現行法でできることはきちんと実施するとともに、他国がわが国の領土についてありもしない領有権を主張したり、さまざまな工作活動や運動を行うなど、主権が脅かされる懸念のある特別な領域・区域については、やはり、外国人の活動、例えば、土地の買収など不動産取引の制限や、ある一定の目的をもった外国人は入域・入島させないというような、国境の紛争懸念地域に対する特別対処法、いわば「国境地域特別措置法(仮称)」を制定し、事態の悪化を防ぐことが必要だと思います。
 我が国はこれまで、喩えて言えば、路上に現金を置きっ放しにして通行人の悪心をそそり立てているような、他国の悪心を惹起するような愚かな国の運営、あるいは不作為を続けてきましたが、我が国の主権を侵害しようとする者には毅然として対処し、その侵害を企図した行為が行為者にとって逆に損失を生じせしめると認識させるような措置を講じることが、相手側の不当な野心に基づく行為を断念させ、相手国との関係悪化を防ぎ、友好関係を維持していくために、逆に必要だと思うのです。
これは対馬だけの問題ではなく、中国が「かつて朝貢していた琉球には、中国に潜在的主権がある」などと言い始めている沖縄についても言えることです。
 単に離島振興という経済的な側面だけではなく、国家の安全保障という観点から、領土の確保、維持、管理をきちんと担保する法制度、法的措置が求められます。
今回、財部能成・対馬市長や市議会議員の方々と面談する機会を得ましたが、市長も市議会も国境離島に係わる「防人の島新法」の制定を要望しています。
「国境地域特別措置法(仮)」制定の実現に向け、国会議員への働きかけ、世論の喚起に努めて参りますので、是非、皆様のご理解とご支援をお願いしたいと思います。
(「祖国と青年」平成二十年十月号初出)


●資料

国境離島等振興特別措置法案(仮)理念


 国境離島は、我が国領土の外縁に位置し、海を介して他の国々と接しており、さまざまな面で他国の政治・産業・経済活動等の影響を最初に受ける最前線の領土である。また、これらの多くは本土から遠く離れており、「隔絶性」から生じる経済的な不利条件が顕著に表れる地域でもある。
 また、これらの地域は、密航、密輸等を防止する国境監視の拠点であり、排他的経済水域の保全、海洋エネルギー・海底資源などの国家権益確保や日本の海域の安全保障と海上安全の確保など、我が国の領域保全という観点及び、外国由来の漂流漂着ゴミや大気汚染等の本土への環境影響をいち早く認識することができることから、国益上非常に重要な地域となっている。
 さらに、自然災害等の際の避難船等の受け入れなどの国際協力の場、古代からの大陸とのつながりに基づく豊かな伝統文化・歴史・自然遺産を活用した国際交流の場としての役割を有している。
 なお、国境離島の周辺に位置する外洋離島においても、国境離島と同様の性格を有している。
 しかし、これら国際離島等をとりまく状況は厳しく、高齢化の進行や若年者の流出に伴い、人口減少に歯止めがかからず、基幹産業である農林水産業は年々衰退している状況である。今後、このような状況が続けば、住民不在の地域が拡大し、居住者が存在することによる抑止的な国境監視機能が十分に働かず、不法入国の可能性が増すなど我が国の領土保全、ひいては国防にまで甚大な影響が考えられる。
 このように、国境離島等を保全していくことは国家的な課題であり、そこに国民が住み、生活していくことができる環境を保っていくことは国益を守るための国の責務である。そのためには、現在実施されている離島振興の枠を超えた抜本的な各種施策を早急に講じる必要がある。


※図版 対馬全図

執筆者(執筆順)

  東京都議会議員  小磯明
  日本会議長崎   北村芳正
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  対馬在住     芳村昭美
  東京都議会議員  吉田康一郎

対馬が危ない!
 国境の離島を守るために

   平成二十一年一月二十五日 初版第一刷発行
   編 集 日本会議地方議員連盟 
   企 画 日本会議事業センター
   発行者 小田村四郎
   発 行 株式会社明成社
   〒一五四ー〇〇〇一
   東京都世田谷区池尻三ー二一ー二九
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     http://www.meiseisha.com/
   印刷所 株式会社マルス
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   (C)Meiseisha,2009 Printed in Japan
   ISBN978-4-944219-81-0 C0032


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