そして労働者には多くの訓練が必要だ。インドの若者の多くは学校を出る時点で、初歩的な仕事にさえ対応できる準備ができていない。学力の標準は停滞し、悪化しているところさえある。
年次教育報告書によると、農村部では、5年生までに「43から24を引く」というような計算ができる児童が半分しかいない。「What is the time?」というような英語の文章が読めるのは、辛うじて25%程度だという。
苦汁をなめる若者への賛歌
中国から流出する製造業の雇用を獲得することに焦点を合わせることは、産業政策の理由にはならないし、もちろん、ひいきの工場を選別するライセンスラジへの回帰でもない。
若い工場労働者を支援する改革の大半は、インド経済全般を助けることにもなる。官僚主義を抑制し、学校の改善を図り、まともな電力供給を確保すれば、インドのサービス業を盛り上げ、中高年労働者を後押しすることにもなる。だが現時点では、インドの高齢者の慢心が招く悪影響をもろに被っているのは若者だ。
若きガンジー氏は今年に入ってから、「なぜ若者は怒っているのか?」と尋ねた。本当に不思議なのは、なぜもっと怒っていないのか、だ。農村部では、政府は公共事業と食料への補助金で社会的な平和を買っている。都市部では若者がデモを行うこともあるが、散発的なものに過ぎない。
昨年12月には、残虐な集団暴行事件に抗議する大規模なデモが起きた〔AFPBB News〕
2011年にはエキセントリックな活動家の汚職撲滅の旗印の下に若者が結集した。昨年12月には、自分たちと同じような希望を抱いていた若い女性の残虐な集団レイプ事件に対し、若者が怒りを露わにした。
インドでは、多くの場合、非常に辛い困難が静かに耐え忍ばれる。どんなに悪い状況に陥っても、近くにいる誰かがもっとひどい状態に耐えており、貧困層でさえ、失うものがどれだけあるか痛感しているからだ。
社会的な平和は悪いことではない。しかし、インドには、雇用を生み出し、政治を若返らせるために不可欠な改革について、緊迫感があった方がいい。「インドの世紀」は必然的に訪れるものではない。それはむしろ、インドが無駄にしてしまう恐れがある大きなチャンスなのだ。
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