vol.1 はじめにキャラクターありき
対談の始まりはインターネットの話題から。
モンキー インターネットが普及し始めた時、僕はパソコン通信が楽しかったね~。当時からチャットとかもしてたしね。
おおすみ ずっと以前に、作家の佐々木守がパソコン通信をネタにして一本作品を書いた時、すごい!って思ったなぁ。多少空想交じりだったけど、本当にそんな時代が来るのかよ、ってね。
今考えるとなんでもないことなんだけどね。彼はルパンやる時、ライターの最初の候補だったんだよ。
モンキー そうだったの?
おおすみ 交渉したんだけど結局無理で、誰かいないかってんで、大和屋竺さんを推薦したの。
モンキー 大和屋さんもよく見つけたよねぇ。
おおすみ 彼の作っていた怪しげな映画をよく見ていて、ファンだったんだよ。それで直接電話したら、彼は緊張しちゃって、あの頃俺まだ30歳そこそこだったんだけど、40過ぎのおっさんからかかってきたと思ったらしくてね、(笑)。
モンキー そういえばルパンを作る時に、はじめて紹介されたのが大和屋さんだったなぁ。
おおすみ そうだったんですか。大和屋さんは、もうルパンだって言ったら舞い上がっちゃって、ルパンなら書きます、書きます!って。でも当初は構成が大変でね。たとえば第二話なんか、はじめの台本通りそのままやったら1時間以上の作品だったんだから。
モンキー へぇ!
おおすみ 当時俺が、ルパンってのは、今までのアニメのやり方ではダメだから、1時間半の劇場もの書くつもりでやってくれと、無茶苦茶なこと言ったんだよね(笑)。
モンキーさんの世界をアニメにするには、30分の中に構成をギュッと詰め込みたかった。それを説明するのに、「1時間半の劇場ものを毎回30分に縮めるくらいの密度で。」と例えで言ったら、みんなきちんと1時間半の台本を書いてきちゃった!(笑)。
モンキー あはは。それは直すの大変だね~。
おおすみ しんどかったぁ!
モンキー でもね、ぼくなんかもそうですよ。一塊のストーリーを長くしようとすると、けっこうダラダラしちゃう。だから色んな要素をたくさん持ってきてそれを縮めた方が濃くなるってのは確かなんだよね。漫画描く時も、はじめからダーと描いていくとどうしても枚数が増えちゃう。どうするかっていうと、最終的に前の方を削っちゃう。省略できる所は削る。それで最終的に枚数を合わせいくというのが僕のやり方だったね。
おおすみ 描いていくと長くなってしまう漫画家のタイプが2つあって、ひとつはストーリーがどんどん増えていっちゃうタイプ。でもモンキーさんは、このタイプじゃなくって絵のコマが増えていっちゃうタイプだよね。
モンキー そうそうそう。
おおすみ 珍しいタイプの方、笑。でもそのほうが漫画らしくなっていいんだけどね。普通は連載中にストーリーの方が増えってちゃう、だからダラダラと長くなっちゃうんだよね。
モンキー そうかもしれないね。描く順序の問題もあってね、例えば出だしがバッと決まる、そういう時は大体結末がまだ決まってないんだよね。でもとにかく進んじゃおって。でも描いててもなかなか結末が思いつかない(笑)。で、やっと結末が決まった頃には長くなっちゃてるから、前の方を削っちゃう。
おおすみ 映像つくる人間が一番刺激を受けたのがそこで、すごく映像的なんだよね。ひとコマひとコマ描きたい絵があって、その裏側にあるストーリーを書き起こそうとするとわーっと大きな話になっちゃう。
モンキー 削った部分で、またストーリーを作っちゃうこともあるんです。この絵は無駄にしたくない!って(笑)。
おおすみ まさにそこなんです。
最近のオーソドックスな作品の作り方は、まずテーマを決めて、ストーリーを決めて、役割を決めて、役割が決まったら、はじめてキャラクターを作る。そういう作り方をするとあまり面白いものはできないんです。アニメーションに限らず、基本的にキャラクターがあって、そのキャラクターのイメージでストーリーができていくという風に、また戻っていかなければダメなんじゃないかと思う。
モンキー 僕も、はじめにキャラクターありきだと思うね。やっぱりキャラクターが決まらないと、漫画は決まらない。
おおすみ ルパンを見てるとよくわかるよね。最初に面白い絵が思いついて、そ のひとコマに拘ってストーリーを広げていってる、そういうのが原作を見てるとよくわかる。それにアニメーションもすごく刺激を受けていた。
これからは、そういうモノの作り方を、正当なものとして組みなおしていかなければならないと思う。それがまだメソッド化されていない。冗談みたいに言ってんだけど「漫画家の脳内解剖」をしてね、そのプロセスをメソッドにしていこうかと、笑。それにはどうしてもモンキーさんの助けが必要だから、まだしばらく死なないでよ!
モンキー 俺の方が年下だよ(笑)!
モンキー・パンチ氏 略歴
1937年北海道厚岸郡生まれ出版社で漫画家のアルバイトをした後、1965年『プレイボーイ入門』で漫画家デビュー。1966年「漫画ストーリー」に『銀座旋風児』を発表。1967年「週刊漫画アクション創刊号」より『ルパン三世』を連載。アメリカン・コミック調のタッチで人気を呼び大ヒット。のちにテレビアニメ化、映画化を果たした。1998年から漫画週刊誌「WEEKLY漫画アクション」で17年ぶりに連載を再開。東京工科大学大学院博士前期課程終了。
2005年より大手前大学人文科学部メディア・芸術学科教授。
次回更新は4/15の予定です
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