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時論公論 「悪化するシリア内戦と人道危機」2013年05月07日 (火)
出川 展恒 解説委員
■中東のシリアの内戦が長期化し、泥沼化しています。
国連は、今年2月、内戦の犠牲者が7万人を超えたと発表しましたが、
犠牲者は急激に増えていまして、正確な数は誰にもわかりません。
また、人口の4分の1にあたる500万人以上が、住む場所を追われました。
さらに、ここに来て、化学兵器が使われたのではないかという疑いが
クローズアップされています。
今夜は、悪化するシリアの内戦を、主に人道問題の側面から考えます。
■いま、世界中が注目していますのは、
シリアの内戦で、化学兵器が使用されたのではないかという問題です。
発端は、3月、アサド政権、反政府勢力の双方が、
互いに相手が化学兵器で攻撃し、大勢の死傷者が出たと非難したことです。
アメリカ政府は、先月下旬、情報機関による分析の結果、
アサド政権が、小規模ながら、化学兵器のサリンを
少なくとも2カ所で使用したと見ていると、明らかにしました。
そして、オバマ大統領は、30日、
「もし、アサド政権が化学兵器を使用したことが確認されれば、
シリアに対する政策を根本的に見直す」
と表明しました。
その一方で、オバマ大統領は、
アサド政権による化学兵器の使用を確認するには、さらに証拠が必要だとして、
国連や関係国と協力して、慎重に調査する方針を示しました。
オバマ政権が、シリア問題で、慎重な姿勢をとり続けてきた理由は、
大きく3つあります。
▼まず、先の「イラク戦争」で、当時のブッシュ政権が、
イラクが大量破壊兵器を保有しているという誤った情報に基づいて戦争に踏み切り、
アメリカの威信が傷ついたことへの反省です。
▼次に、シリアの内戦に深く関わることについては、
国民の支持が得られそうにないという判断です。
▼そして、仮に、軍事介入に踏み切った場合、問題解決に向かう保証がないばかりか、
内戦の泥沼に長期にわたって巻き込まれるリスクが高いという判断です。
アサド政権が自らの化学兵器の使用を強く否定し、
国連の調査団の受け入れを拒んでいますので、調査は決して簡単ではありませんが、
仮に、アサド政権による化学兵器の使用が確認された場合、
オバマ大統領は公約通り、政策の転換を迫られます。
人道問題という観点からも、化学兵器の拡散の恐れという観点からも、
決して見過ごせないからです。
ヘーゲル国防長官は、2日、反政府勢力に対し武器を供与することを、
選択肢として検討していることを、初めて明らかにしました。
これまで、オバマ政権は、反政府勢力の一角を占める
アルカイダ系の武装組織に渡ることを恐れて、武器の供与を差し控えてきました。
今後、武器供与が行われますと、
アサド政権側が圧倒的優勢を保ってきた軍事力のバランスが、
反政府勢力側に有利に傾いてゆくことも考えられます。
■事態をさらに複雑にしていますのは、イスラエルの動向です。
今月に入って、イスラエル軍が、シリアのダマスカスの郊外で、
2度にわたって空爆を行ったと伝えられています。
イスラエル政府は、これについて、肯定も否定もしていませんが、
シリアから、隣国レバノンのイスラム教シーア派組織「ヒズボラ」に、
イラン製の精密ミサイルが運ばれるのを防ぐための空爆だったとする見方が
広がっています。
ヒズボラは、以前から、アサド政権とイランの強い後ろ盾のもと、
イスラエルに対するロケット弾攻撃を繰り返してきました。
イスラエル政府は、化学兵器やミサイルが、
ヒズボラの手に渡るのを阻止するためには、
「あらゆる手段をとる」と警告してきました。
アサド政権は、今回の攻撃に強く反発し、
イスラエルに報復する可能性を示唆しています。
また、ヒズボラも、アサド政権を守る戦いに参加すると表明しました。
シリアの内戦、周辺国を巻き込む形で拡大することが懸念されます。
■次に指摘したいのは、残虐な戦いに歯止めがかからなくなり、
一般市民、とくに、子どもの犠牲者が急増している問題です。
7万人を超える内戦の犠牲者の3分の1は一般市民で、
うち、子どもが数千人いると見られます。
悲惨な事例は、枚挙にいとまがありません。
ダマスカス郊外では、先月21日、アサド政権軍の部隊が撤退したあと、
銃で撃たれたり、首を切られたりして殺害された100人以上の住民の遺体が発見され、
うち20人以上が子どもや女性でした。
また、シリア西部でも、今月2日から3日にかけて、子どもを含む住民、
少なくとも50人以上が、銃や刃物で殺害されているのが発見されました。
シリアに拠点を置き、状況を調査している
国際人権団体「ヒューマンライツウオッチ」によりますと、
去年夏以降、アサド政権軍による一般市民への無差別の空爆が増えています。
パンを買いに店先に集まった人々や、葬儀に参列する人々を狙った空爆。
また、病院や学校が攻撃され、
大勢の子どもたちが犠牲になった事例も報告されています。
ミサイル、焼夷弾、クラスター爆弾なども使われているということです。
一方、反政府勢力が、十代半ばの子どもたちに武器を与えて訓練し、
政権側との戦闘に参加させている事例も報告されています。
また、ユニセフ・国連児童基金によれば、避難先で病気にかかる子どもが増えており、
今、はしかが大流行しているということです。
また、絶え間ない恐怖や、家族の死を目撃したトラウマに苛まれる子どもも
増えています。
さらに、学校が破壊されたり、戦闘が激しくなったりして、
教育を受けられない子どもが非常に多く、
将来への見通しを失う、いわゆる「失われた世代」になってしまうと警告しています。
■もうひとつの問題は、難民、および、国内避難民が急激に増えていることです。
UNHCR・国連難民高等弁務官事務所によりますと、
シリアから周辺国に避難した難民は、すでに140万人を突破しました。
この1か月間だけで、50万人近く増えるなど、大変な勢いです。
とくに、ヨルダンとレバノンには、それぞれ、40万人を超える難民が流入し、
政治的、経済的に、大きな負担となっています。
このままでは、今年末には、難民の総数が350万人に膨れあがると予想されています。
シリア国内の避難民も加えますと、シリアの人口のおよそ半数が、
人道支援がなければ生きられない状況に追い込まれます。
日本円で少なくとも1100億円が必要とされる、人道支援のための資金を、
どう確保するかが緊急の課題で、今のところ、およそ半分の額しか集まっていません。
資金不足のため、難民への食料、水、医療などの援助が、
近く打ち切りになる恐れがあり、
「今世紀最大の人道危機になる」という指摘も出ています。
■3年目に入ったシリアの内戦は、アサド政権、反政府勢力の双方に対し、
外国から武器の支援が行われたり、武装組織が参戦したりして、
拡大の一途をたどっています。
反政府勢力側が、一時、攻勢を強め、支配地域を広げたものの、
全体としては、アサド政権側が、軍事力で圧倒的優勢を保っています。
国際社会も、アサド大統領の退陣を要求する、欧米やアラブ諸国に対して、
アサド政権を擁護し、シリアへの介入に反対する
ロシア、中国、イランなどの対立が、平行線のままです。
政治的な問題解決の見通しは全く立たず、
内戦がさらに長期化し、犠牲者や難民が、加速度的に増える恐れが強まっています。
根本的な解決には、相当な時間がかかるにしても、
人道危機の問題、一般市民の命を守ることだけは、
国際社会が速やかに一致点を見いだし、最優先で取り組む必要があります。
とくに、子どもたちが犠牲にならないよう、安全な場所を確保すること。
難民や避難民が医療や教育を受けられるようにすること。
そのための体制づくりと資金の確保が急がれます。
(出川展恒 解説委員)