東方ギャザリング (roisin)
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18 崇められて 強請られて







 目が覚めた時に、見慣れない光景であることの多いのが、物語の主人公というものだろう。
 そこから新しいストーリーが始まり、胸躍らせる展開が広がってゆく。
 アニメや漫画、ノベルでは、お約束の手法。
 俺自身も、2度。転生直後と諏訪大戦終了後に味わった。

 だからこれも………

「おお、九十九様がお目覚めになられたぞ!」
「皆の者! 祈れ! 祈るのじゃあ!」
「頭が高いぞ! もっと低くするんだ!」

 ………まぁ………なんだ。

 想定の範囲内といえば、範囲内なのだろう。











 差し込む光の加減から判断して、今は大体お昼くらいだろうか。
 傍らに佇む勇丸は無言。
 というか現状を分かっていても、俺に対して害の無い行為だと判断した為に、護衛に徹しているだけっぽい。
 気絶してても勇丸を維持し続けていられることに大きな躍進を感じながら、辺りを見回す。
 誰の家だか分からないが、この村にしては結構大きな家。
 そこに俺は寝かされていて、玄関先で様子を窺っていたであろう2~3人の村人が、呼び掛けに反応して続々と集まってきており、順に外で傅(かしず)いてゆく。
 では、一体何故室内に入って来ていないのかというと………、

「おぉ、起きたか九十九」

 俺の周り。

 寝ていた布団の周囲に10人前後の鬼達が………睨みながら視線を向けてきた。
 うは、死にそう(汗
 そう思っているのだが、勇丸はそんな彼らに顔すら向けずに、家の唯一の出入り口へと警戒心を傾けているだけだった。殺す気は無いって事なんだろうか。
 そんな中、声の主である鬼の一角が陽気に声を掛けて来る。
 声色に何となく喜びが含まれている気がするのだが、どうにも悪い予感しかしない………少なくとも、良い予感は全くしない。

「あぁ、えっと………おはようございます」
「お、おぅ。おはよう」

 丁寧な挨拶に驚きながら、一角は挨拶を返してくれた。
 何はともあれ挨拶は大事だ。
 人間関係のコミュニケーションの第一歩だよね。相手は人外の代表だが。

「一角………現状説明よろしく」
「俺が説明したらこうなった」

 それは分かってんねん。
 だからそこに至る過程の説明をしくれっちゅーとんねん。

「お、恐れながら、私で宜しければご説明致しますが………」

 そう進言してくれたのは、飲み会の席で紹介された、ここの村長だった。
 白髪の低身長の猫背。杖は持っていないが、いかにも“村長”って印象の背格好をしていた。
 この魔窟と化した室内にいる、ただ一人の純粋な人間。
 その目には、若干の恐怖と畏怖が溶け込んでいるのが窺える。
 周りに居る鬼達を警戒して………かと思ったが、彼のまとう空気で、鬼との戦いで使用した天使やゾンビといったカード効果を、俺の後ろに煤けて見ているような感じだった。
 今までの俺を見る目は大道芸人のような扱いだったのが、一転してこの変わり様。
 無碍にされてきたけれど一気に成長して立場逆転。な展開は好む所なのだが、そういったものは見下していた相手がいてこそ成立するもので、そこそこフレンドリーになっていた関係から今の状況では、寂しさだけが先行する形となって、心に若干の冷たさを残す。

(これじゃあ大和に居た時と大差なくなっちゃうなぁ)

 過去の対応から、この手の印象は中々拭えないものだと経験しているので、何かを諦めるように、村長の対応の変化には黙認する。
 それに、俺自身も痛いほどよく分かるのだ。
 自身の殺生権を、気分や指先1つで決めてしまえる相手に対して“仲良くしろ”というのが無理な話である。
 このような展開には今後、慣れていくしかないのだろう。そう、ぼんやりと思った。

(何はともあれ、現状を把握しないと)

 悲観的になったせいか、状況を冷めた気持ちで観察してみる。
 すると、周囲を見回しただけで、昨晩の出来事が誰に言われるまでもなく漠然と理解出来てしまった。
 食い散らかされた小皿や動物や魚の骨に皮。
 何より、空になっているであろう、ひっくり返され、所々に傷や凹みのあるビアタンクを見れば、自ずと答えは導き出される。
 それでも、はやり誰かの口から状況は聞いておいた方が良いよなと考え直して、改めて村長に訊ねる事にした。

「じゃあ、すいません。説明をお願いします」









 大分人口の減った家屋に、俺と勇丸、一角に村長の4人が、部屋の中央に備え付けられている囲炉裏を囲って座っている。
 鬼達がひしめき合っている先ほどの状況では、村長の心臓が止まりそう&俺の心臓も止まりそうだったので、出て行ってもらったのだ。
『すいませんが、皆さん退出してもらえますか』と言うのにも胆力が必要だったが、意外にもすんなりと意見を聞き入れてくれて、驚いたものだ。
 渋々家から出て行く鬼達を尻目に笑う一角が『ありゃあ、お前の酒目当てさ』と言ってくれたので、寝起きのギンと刺さる視線の意味も理解出来た。

 大体の経緯が分かり、俺へと殺気に似た意思をぶつけて来た鬼達へと話が移る。
 なんでも、俺が倒れた後に目覚めた他の鬼達に―――今までに飲んだ事の無いほど美味い酒を味わった―――と、一角が用意したビアタンクの半分以上を空にした後で言ったらしい。
 で、1人でそれだけ飲んだものだから、当然他の鬼達に配分される分量は少なくなる。
 まして鬼とはかなりの大酒飲みなのだから、各2~3リットル程度じゃ舌は楽しませても腹を満たすまでには到達しなかったのだとか。
 美味い酒を味わって、“待て”を言い渡された犬のように、鬼達は酒を生み出してくれる俺が目覚めるまで、首を長くし、視線で壁に穴が開きそうなくらいに待っていたそうだ。
 何人かは叩き起こしてでも酒を出させようと行動に移ろうとしたのだが、それを一角や勇丸が目線だけで鎮圧していた―――と。玄関で動くに動けず様子を見守る羽目になっていた村長から聞いた時は、今自分の命があることに安堵し、2人に感謝たものだ。

 その後、村長から今までの出来事を聞いた。
 鬼達がココへ襲いに来た事。
 それを俺が式神を使い撃退した事。

 見たことも無い酒や食材を出し、天候を操り(稲妻の効果)、羽の生えた高潔な者から醜悪な異形の者まで使役、もしくは生み出している事から、ただの人などではなく、かなり偉い神様なのではないか、と予想した事。
 顎で使うような真似をしたり、色々と無礼な態度を取ってしまい申し訳ありませんでした許して下さい。と最後に付け加え、村長は再び額を地面に擦りつける様に頭を下げる。
 こういった状況は、俺があれこれ言うのも変に話が拗れるだけだと分かっていたので、ここは若干の弁解を入れつつ、一応相手の思う象徴になったつもりで、事を済ますとしよう。

「面を上げてください。俺は何も気にしていませんし、あなた方に対して何かしようとも思いません。むしろ、変に気を使われるより嬉しかったんですよ? ですので、難しいとは思いますが、今後とも前と変わらない態度で接していただければ嬉しいです」
「は、ですが………しかし………」
「無理にとは言いません。極力で構いませんので、ちょっと凄い人、程度を目指してもられば、それで」
「はぁ………そう仰られるのでしたら………何とか………」
「はい、お願いします」

 何か言いたげな村長を尻目に、とりあえず納得させたっぽいので一安心。
 神であることは否定しなかったが、もう好きにしてって感じで、その勝手な解釈による後付設定は忘れる事にする。
 今後同じような事があった場合、一々誤解を解くのはかなりの手間が掛かりそうだ。諦めて、いっそ神と名乗ってしまおうかとも思い悩む。

「なぁ、九十九」
「な、何だよ」

 一角が、覗き込むようにこちらを見る。
 面と向かって対峙すると、その威圧感がピリピリと肌に感じて、神気とはまた違った居心地の悪さを与えてきた。
 狭い室内に、2メートルを超えようかという大男の鬼が居て、その角は天井に刺さってしまいそうなほどご立派なものだから………逆立ちする亀や背筋を伸ばして移動する猿を見たような、そんな気持ちを掻き立てられる。

「酒、飲みたいんだ。出してくれ」

 その珍獣が、手に持っているものを差し出してきた。
 一体何が、と目を向けてみれば、それはかつて“ジャンドールの鞍袋”と名の付いた、煌びやかな宝石袋であった。
『あぁ、この袋も消えずに残っていたのか』なんて思ったのも束の間―――それが今では、ボロ絹のような醜態に………。
 装飾品は所々欠損し、真っ二つに引き裂かれたその姿は、どこをどうすればこのような状態になるのか、俺を悩ませる。

「何やったんだ」
「あ、あぁ。みんなが酒飲みたいって―――」
「分かった。もう分かった。何も言うな」

 ボロ雑巾になったジャン袋を消しながら、搾り出すように答えた。
 頭が痛くなる。
 思わずため息がこぼれ、あぁもう、という気持ちで胸が一杯になった。
 今の言葉だけで、この惨状が出来上がるまでの工程が用意に想像出来る。
 という事は、だ。
 過去、ジャン袋を他人に使わせた事は無かったが、どうやら俺以外の相手には能力を使用出来ないようだ。
 きっと『これを使って酒を出していたんだぜ!』とかそういったノリで色々弄繰り回した挙句、このような無残な姿を晒す事になったのだろう。

「………一応、その袋、俺のなんだよ。………何か言う事は無いのか?」
「ここまでやらかしたら、言葉なんて酒気の抜けた酒のようなもんだ。覚悟は出来てる。ドンと来い!」

 そんな言葉は知らないが、ニュアンスは何となく伝わってくる。
 だが、それが何の慰めになるというのだろう。
 何故胸を張る。何故自慢げな態度なのよ。少しはバツの悪そうな顔をしなさい。
 しかしカードでも使わない限り、俺がどんな攻撃をしてもコイツはケロっとしてるであろう耐久力を持っている。

 ………ムカつくぜ。

 ということで、バッターチェンジ!
 背番号19~、今田家の猟犬、勇丸~。

「勇丸、良いか? あの角が骨だと思え。きっと齧り甲斐あるぞ。バリバリ良い音がする筈だ」
「ぬお! 誰かにやらせるなんて卑怯だぞ!」

 すくと立ち上がった勇丸よりも早く、一角は非難の視線をこちらに向けながら、角をサッと両手で隠した。
 何が卑怯だ。そんな顔したいのはこっちだっつぅの。
 というか、お前の角、めっちゃ頑丈じゃないか。ゾンビに殴られてもビクともしなかっただろうに。齧られるという行為が生理的に嫌なんだろうか………。

「もういいや………。で、経緯は分かった。一角達は俺が出す酒目当てで残った、と。そういうこと?」
「あぁ、出せるんだろ? 酒。ぶっ倒れる寸前でそこそこな量を出せたんだ。休んだ今ならもっといけるよな?」
「(ビアタンク20本がそこそこって………)………いけるけど、何でそんなにお前らへ奉仕しなきゃいけないのよ」
「飲みたいから」

 ………俺はサービスする理由を聞いたんだっつぅの。お前の理由なんか聞いてないってぇの。
 さっきといい今といい、本当、少しは悩んで言葉を出しなさいよ、もう。

「じゃあ何かくれよ。奢りっぱなしじゃ面白くない」
「んー、じゃあ打出の小づt………」
「―――待て、それはいけない」

 今サラッと日本童話の伝説級アイテムの名前が挙がった気がする。
 それを貰ってしまったら、恐らく小さな人の物語が日本から消えてしまうだろう。というか、実話だったのか? あの話。
 ってかそれを使って酒を出せないもんなんだろうか………。出せないんだろうな。俺に頼るくらいだし。
 どうもこれ以上物を催促すると、やばいことになりそうだと判断。
 酒を出せ、という要求を飲む事にし、仕方なく他の案を考える。
 コイツの目を見て分かったのだ。
 俺がこの事態を回避するには、言葉では防げず、殺す殺さないのところにまで行かなければならないのだと。
 逃げたら何処までも追ってきそうだし。

 さて、ならどうしたものかと有効そうな要求を考えてみる。
 アイテム系は色んな意味で危ないからダメ。なら約束を増やしてみるか、と都合の良い案を探す。
 俺に一生服従? ………面倒見きれない&見たくないので却下。
 萃香や勇儀を紹介してもらう? 自分から墓穴を掘る必要もない。
 ならば、鬼達と出会った時にいざこざが起こった際のストッパー係りが無難なところだろうか。
 ただ、他の鬼ならいざ知らず、四天王を相手に、それより下の者が対処し切れるとは思えない。
 ………仕方ない。別に今すぐ決めなければならない、という訳でもないのだ。お願い聞いてもらう券は、今後の為に取っておくとしよう。

「じゃあ、いつか俺の頼みを聞いてくれよ。あんまり無茶な事なら断って良いから」
「何水臭い事言ってんだ。頼みたいならいつでも頼め。何度だって答えてやる」

 ………いつの間にそんな間柄となったのか分からないが、ちょっと発言が男らしいと思ったので、それでも良いかなと考えてしまう。
 ―――これって、つまりは友達かな? という考えに辿り着いた。
 大和でも男の知り合いは居たが、誰もが偉い人やら神といったフィルターを通してしか接してくれず、唯一友達のように付き合ってくれた例外は子供達位だったけれど―――大人の相手だって欲しい。
 友情にも様々な形があるのは分かっているつもりだが、今の俺は無邪気にはしゃぐだけの関係では満足出来なくなってきている。
 自身の価値観を共有出来る相手が欲しいのだ。

 ………相手は、鬼。
 人を襲い、妖怪を束ね、強き者として君臨する日本妖怪の頭。
 人間側から見れば、恐怖以外の何者でもないだろう。
 幾ばくかの良好な関係がある人や村の話は聞き及んでいるものの、どれも御伽噺の域を出ない程度。
 この鬼――― 一角だって、村への襲撃は初めてではない筈だ。
 それはつまり、過去何度も村を襲い、人々を食ってきた事に繋がる。

「………一角」
「おう」
「お前、今まで人間を何人くらい食った?」
「………女子供含めて、100人以上は食ってる。何だ、やっぱり首が欲しくなったか?」

 俺が何を聞きたいのか理解したのか、少々考え込む素振りを見せ、返答に態々“女子供”まで付け加えてきた。
 意図を掴んでいてそれを言ったのだ。
 自分の発言1つで、また先ほどの戦闘が起こりえる事など分かっているだろうに。
 けれど、何ら後ろめたい出来事など無いと言わんばかりに、真っ直ぐに答えてくれた。
 人を襲い、人を攫い、人を喰らい、人に恐れられ。
 因果応報の覚悟を伴い、自分が決めたの“理”に身を委ね貫き通す。
 貫く姿勢への憧れと、平穏を謳歌していたであろう人々が無残に食い散らかされている場面が脳裏を掠め―――。

「………いや、いいんだ。ちょっと聞いてみたかっただけだから」

 俺は人間寄りの勢力では無くなってきているのかもしれない。
 見ず知らずの他人とはいえ、仮にも同じ種族を捕食する相手に対して好意を感じているのだから。
 この辺はアニメや漫画の“偏ってる俺カッコイイ”の影響なのだろうか。
 明確な理由は言葉に出来ないが、『我ながら変わっているな………』と自分を他人事のように、そう思った。

 ………とりあえず、これは保留だ。
 何も今結論を出す必要も感じないし、二つの狭間で苦悩する主人公を演じる気も無い。
 答えを出さなければならない時になったら、自然と心が判断してくれるだろう。
 何より、先ほどから続々と集まってくる村人達が地面で土下座をし続けているというのが、心情的に頂けない。
 こっち側の話に集中し過ぎたか、と20を超える人々を見ながら、この状況を解散させるべく声を掛けた。

「後は私と鬼で話をつけますから、皆さんは各々の仕事へ戻って下さい。………一角、壊した家、直しておけよ。じゃなきゃ酒はやらん」
「分かった。すぐ取り掛かる」

 そのまま、有無を言わせず入り口に向かい、周囲に居た鬼達へと声を掛けながら遠ざかっていく。
 海を割ったモーゼの如く、村人達に距離を取られながら、おじさんの家へと向かっていく。
 それに刺激されたように、周りに集まっていた人達も散り散りになる。
 ………村人だけを解散させるつもりが、指示の出し方を間違えて、全員居なくなってしまった。
 今までぎゅうぎゅうだった室内が急に閑散として、1人と1匹がぽつんと残される。
 な、なにこの放置プレイ。 
 唐突に手持ち無沙汰になった俺を慰めるかのように、勇丸が鼻を腰へ軽く擦り付ける。
 うぅ、すまんなぁダメな主で。
 頭をワシャワシャ掻いてやると、相棒は気持ち良さそうに目を細め『いつまでも撫でてくれ』―――と。言葉にも態度にも出さないが、何となく俺がそう思ってるんだろうなと感じたので、撫で続けることにした。




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