音の無い世界より
ポケモンの二次創作であることを十分理解した上でご覧下さい。
私の世界には音が無かった。人の声、小鳥の囀り、風の音。そんな物は私の世界には存在していなかった。物心が付いた時からずっと、生まれてきてからずっと。声は聴こえないので人との会話はできない。相手の表情を見てそれに答える。相手は文字で私に感情を伝えようとする。
『今日のご飯は何がいい?』
お母さんは私に伝える。私も同じく文字で会話をする。
『カレー』
お母さんは笑顔で頷き、キッチンへと向かった。文字を使って会話をする。そんな事にはもう慣れてしまった。明日は私の10歳の誕生日。ようやくポケモントレーナーとして認められる年齢まできたんだ。けれども不安がある。声が出せないこと。私はポケモンにどうやって指示を出したらいいんだろう。バトルの時にポケモンに文字を見せて攻撃の指示を出している時間なんて無い。私は不安でたまらなかった。
その日の夜、私は寝られなかった。どんなポケモンが私のパートナーになるのだろうか。緊張していたのだ。お父さんから借りたポケモン図鑑を読んで、私はたくさんのポケモンのことを考えていた。可愛いポケモン、怖そうなポケモン、大きいポケモン。色々なポケモンが図鑑には載っていた。
しばらく図鑑を読んだ後、私はベッドから降りて、乾いた口を潤すために1階のリビングに行こうとした。扉の前に立つと、リビングは明かりが付いているのが分かった。お父さんとお母さんはまだ起きているのだろうか。こっそりと部屋を覗くと、真剣に何かを話しているのが分かった。
「ポケモンを持たせないなんて、私は反対だわ!」
「……わかってくれ、あの子だってポケモンの事は分かっている。指示が伝えられないことだって、理解しているはずだ」
両親は私の事について話しているようだった。お母さんは大きな声でお父さんに何かを伝えているのがわかる。けれどもお母さんのエルフーンが膝の上で悲しそうな顔をしている。お父さんは首を横に振っていた。話の内容は、多分悲しい事なんだと思う。私はリビングに入るのをやめ、自分の部屋に戻った。
窓から光が差している。今日から私はポケモントレーナーになれるんだ。ワクワクしてリビングへ向かった。扉を開けると、お母さんの泣き腫らした目が一番に映ってしまった。お母さんが私に手紙を渡してきた。
『エリー、たん生日おめでとう。今日からポケモントレーナーになれる。けど、お父さんは反対しているの。あなたがポケモンと一緒に生活するのに、不自由があるんじゃないかって、心配しているわ。だからポケモンはあげられない。ごめんなさい』
お母さんが私を抱きしめた。私のために流している涙は温かかった。分かっていた事だった。私の障害はそういうものなのだ。耳も聞こえないし、声の出し方も分からない。出したところで相手の言葉は、私には返ってこないのだ。それでも私は諦めなかった。お母さんをそっと離し、その手紙に言葉を載せて返した。
『自分でパートナーをさがすから大丈夫』
その言葉を目にしたお母さんは何かを言っていた。
「待って、それは無茶よ!」
けれども、私には何も聴こえない。私はお父さんの部屋に入って空のモンスターボールを1つ取って、家を飛び出した。
学校へ行く時以外はほとんど外で遊んだりしないので、少し不安だった。けれども自分で決めた事だ。自分でパートナーを見つけるまで帰らないぞ、と心に決めた。私の家はフキヨセタウンの外れにある。雨が降りやすい地域ではあるが、今日は晴れていた。モンスターボール1つだけ持って山の中に入っていった。
(緊張してきたな……もしも捕まえられなかったらどうしよう)
不安でいっぱいの中、山の中へと足を踏み入れて行った。
暫く歩いていると、大きな建物が見えてきた。タワーオブヘブンという建物で、小さい頃から何度かお父さんと行った事があるのを思い出した。あそこの近くまで行ってみよう。そう考えると自然と足が軽くなっていった。
草を掻き分けて進んでいると、突然の恐怖に足がすくんだ。目の前に私の身長より遥かに大きな蛇のポケモンが寝ていたのだ。怖い、起こしちゃったらどうしよう、静かにその場を立ち去ろうとした。足元を見ていなかった。気付いた時には石に引っかかっていて、私は転んでしまった。
(まずい逃げなきゃ!)
後ろを振り向いた時、蛇ポケモンが大きく目を開け、私を睨んでいるのが分かった。すぐさま立ち上がり、私は全力で走った。先ほどとは天気がまるで違っていた。明るかった空は黒い雲で覆われ、雨が降り出してきた。最悪の状況の中、私は建物へと向かった。蛇ポケモンは頭を大きく上げながら追いかけてくる。口を開け、赤い牙が時々こちらを向いている。恐怖の中、必死に逃げた。
(建物が見えてきた! 中に入って扉を閉めてしまえば諦めてくれるはず!)
タワーオブヘブンの入り口まで走りきって、扉に手を掛けた。
(あ、あれ? 扉が開かない!)
扉はいつも開いているはずだった。しかし、何か抑えつけられているかのように扉は開こうとしなかった。
(今日に限ってなんで、なんで開いていないの!?)
蛇ポケモンが迫ってくる。牙からは黄色いエキスが流れているのも確認できる。
(誰か……助けて……! 誰か助けて!!)
声が出せないのをこんなに恨んだことは無かった。雨は強さを増し、雷が時々確認できる中、蛇ポケモンは私を睨みつけて、とびかかろうとしていた。
(助けて!!)
その時、タワーオブヘブンの隣から一匹のポケモンが私の前に姿を現した。小さな水色の体をしたポケモンは、私の前で手を広げていた。その時、私の心の中に何かが聞こえてきた。
(あなたの言葉、聴こえたよ)
水色の体のポケモンは青く光り、また蛇のポケモンも青く光りだしていた。すると、蛇ポケモンは宙へ浮かびあがり、そのまま遠くへ投げ飛ばされた。ねんりきだ。私のお父さんのエーフィもねんりきを使っていた。じゃあ、このポケモンはエスパータイプなのだろうか。蛇ポケモンはダメージを受けた後、すぐに帰っていった。エスパータイプが苦手だったのだろうか。
(ありがとう!)
私がそう心の中で囁くと、不思議なことに返事が返ってきたのだ。
(どういたしまして)
(え!? ポケモンと会話してる!?)
とても驚いた。今までポケモンはおろか、人ともちゃんと会話をした事なんてなかったのだから。
(私は……私はエリー。あなたは?)
(僕はリグレーだよ)
リグレー。昨日ポケモン図鑑を眺めていた時に見た気がする。
(何で……何で私の言葉がわかるの?)
一番に思っていた疑問を直接聴いてみた。
(僕も分からない。人間の言葉が理解できるせいでタワーの中の皆が僕を追いだしてくるんだ……。皆気味悪がってくるんだよ)
(そんなことない! 私は……私はあなたに会えて感動しているの!)
(どうして?)
(私は耳が聞こえないの。……だからあなたと会話できてとっても嬉しいんだから!)
私は感情をありのままリグレーに伝えた。リグレーは私を見て、微笑んだ。
(僕と君、同じだね)
(……同じ?)
(うん。僕も周りの友達が何を言ってるのかわからない)
(そうなんだ……)
私はリグレーに思いを寄せた。ポケモンの中でも私と同じように言葉が通じないような子がいるんだ……。そして私は決心した。
(リグレー、一つお願いしてもいいかな?)
(ん、なんだい?)
(私のパートナーになってほしいの!)
リグレーは腕組をして少し考えた。そしてタワーオブヘブンを見上げてから答えを伝えてくれた。
(いいよ。僕も君と一緒にいたいな)
私は雨の中、自分の目から流れる水を感じた。雨の冷たい水とは違う、温もりを持った水。朝、お母さんが流した物とは違う歓喜の水。
(……ありがとう!!)
家に帰ると、びちょびちょになった私を心配するお母さんが何かを言っている。
「心配したじゃない! 怪我は無い? 大丈夫?」
やっぱり、人との会話はできない。けれどもこれからはリグレーがいる。この子と一緒なら私はポケモントレーナーになることができるんだ。私はお母さんにモンスターボールを見せた。
「あら……ポケモンが既に入っているわ……。まさか本当に捕まえてきたの?」
私はモンスターボールからリグレーを出した。リグレーはお母さんの顔を眺め、私に尋ねてきた。
(エリーのお母さん?)
(そうだよ)
するとリグレーはお母さんに対しても言葉を伝えた。
(初めまして、今日からエリーのパートナーになったんだ)
しかしお母さんはきょとんとしていた。お母さんはメモ帳を取り出し、私に言葉を伝える。
『この子が、エリーのパートナー?』
私はむっとした。
『リグレーが言った事を聴いていなかったの?』
そう書いてお母さんに見せた。が、お母さんの顔は疑問でいっぱいだった。
『エリーはリグレーの声が聴こえるの?』
(え……?)
私は動揺した。リグレーは私と会話ができるのに、他の人とは会話が出来ないのだろうか……? なんで私だけリグレーと会話ができるんだろう? 理由は分からない。
(リグレーは私の声が聞こえるんだよね?)
(うん。お母さんは僕の言葉がわからないみたいだね)
人間の言葉が理解できるわけではなく、人間の心の言葉が理解できるということなのだろう。私は言葉を発しない代わりに心の言葉が発達してしまった。リグレーも同じくポケモンの言葉が喋れないまま、心の言葉が発達してしまったのだろう。
(私とリグレー、二人でしか会話はできないんだね)
(多分そうだね。でも大丈夫だよ!)
私とリグレーの二人の会話を、お母さんはじっとを見ていたが、お構いなしにリグレーと話をした。
(大丈夫? どういうこと?)
(エリーと話が出来るだけでも、世界は変わったんだから!)
私も同じ気持ちだった。誰かと話をする。自分の言葉を伝える。そんな事はできずに一生独りぼっちのまま生きて行くんだろうと思っていたからだ。
(そうだね……一緒に頑張ろう!)
(おー!)
リグレーは手を上げて私と一緒に喜んだ。そんな姿を見て、お母さんは安心していたのだった。
その日の晩、お父さんにリグレーを捕まえた事を伝えた。勝手にモンスターボールを持っていったことも謝った。しかしお父さんは怒ってなどいなかった。逆にお父さんも喜んでいたのだ。
『エリーがトレーナーになった事、すごく喜んでいるよ』
お父さんは笑顔で私に抱きついてきた。そして、抱きつきながらもメモに何か書き、私に言葉を伝えようとしてきた。
『ごはん食べたら、バトルしてみるか?』
『する!』
お父さんとポケモンバトル……。夢にまで見なかったことだった。初めてのポケモンバトルが、フキヨセタウンでジムリーダーよりも強いと噂のお父さんとのバトルだと思うと、少しだけ緊張した。
ごはんを食べ終え、お父さんと庭に出ていった。雨は上がっており綺麗な月が空に浮かんでいた。お父さんは私と距離をとり、モンスターボールを見せつける。私も同じようにモンスターボールを見せる。お父さんが勢いよく投げたボールからはコジョンドが出てきた。私もモンスターボールを投げた。
(リグレー、お父さんとバトルすることになったの。戦ってくれる?)
(もちろんだよ! で、どうしたらいいんだい?)
(まずはどんな技を覚えてるか、教えてほしいな)
私とリグレーが目を見て会話をしている姿を、お父さんも見ていた。
「あれが母さんの言ってたリグレーか。人と会話できるポケモン……中々興味が湧いてくるな」
(えっと、サイコキネシスとめざめるパワー、ねんりきとテレポートができるかな。指示してくれたらその技を使うから、頑張ってね!)
(わかったわリグレー。じゃあこっちから先制攻撃だ! サイコキネシス!)
リグレーはサイコキネシスをコジョンドに撃つ。しかしお父さんもトレーナー。飛んできたサイコキネシスを見極め、コジョンドに指示を出しているようだった。
「コジョンド、跳んでかわせ!」
コジョンドは宙に跳び上がった。流石はお父さんのコジョンドだ、動きが素早い。するとコジョンドは空中で体制を整えた。
「そのままとびひざげりだ!」
コジョンドは膝を前に突き出し、リグレー目掛けて跳んできた。
(リグレー! テレポートでかわして!!)
(わかった!)
リグレーは一瞬で姿を消した。元にコジョンドがいた位置に移動しており、コジョンドはそのまま地面へ墜落して行った。
「コジョンド! 大丈夫か!?」
かなりのダメージを負ったコジョンドに私は追い打ちを掛けるようにリグレーに指示を出した。
(リグレー、もう一度サイコキネシス!)
紫色の光の塊が、コジョンドに直撃した。するとお父さんがコジョンドに近づき、ボールへ戻した。そしてお父さんはメモ帳を取り出し、私に言葉を伝えた。
『立派なトレーナーだよ。旅をしてもっと色んな世界を冒険してこい!』
私とリグレーの冒険は、明日から始まろうとしていた!
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