日本のSF界なんて衰退して結構たつのに、10選も何もないもんだが。
とりあえず、初心者に読んどけってのはこんな感じだな。順番付けるのめんどいから順不同だがなw
・戦闘妖精 雪風(神林長平、もちろん「改」じゃない方のやつな)
・幻魔大戦(平井和正、出来れば、角川版、早川版、徳間版、全部な。コミック版は読まんでも問題ない)
・大渦巻Ⅱ(アーサー・C・クラーク)
・歌う船(アン・マキャフリー)
俺の周りにそんな人多いが共通の特徴がある。
明るくて社交的。人に対して親切。外見も著しく悪くはない。けどとにかくモテない。本人はモテたいと思ってる。
そういう人がモテない決定的な理由
・批評が癖になってる
自分の仕事に関する事とか、その他社会生活一般の問題について真面目に考えてるし勉強熱心なのは良いけど、批評的な語り口が癖になっている。
「〜だから〜すべき」って話が多いし、他人の仕事についても「誰々はこういう考え方だからこういう仕事の結果になる」とか「どこそこのクライアントはこういう風潮があるからこういう仕事の仕方になる」という上から目線と受けとられかねない批評を無自覚にやっている。
一般的に批評というのはマナー違反と受け取られるシチュエーションの方が多いという事が分かってない。
そういう批評的な知識を持ってる事が女性から尊敬されると勘違いしてる。
・グルメ気取り
外食を好み、色々な店を知っている。それだけなら問題ないがやはり批評的。自分の得意ジャンルで「こういう店知ってるから一緒に行こうよ」と女性を誘うきっかけを作ろうと頑張ってはいるが、はっきり言って女性から見たら味にうるさい傾向というのはマイナスでしかない。自分の作った料理も批評して来るのかなって思うもん。
・人の世話を焼きすぎる
残念だけど良い人であることがマイナスになっている。自分の仕事そっちのけで後輩にアドバイスしたり、自分と違う専門職の人に対しても批評的な視点でアドバイスしたりする。それも多量の時間を割いて。本人は組織のために良い事をしていると思い込んでるので、その結果自分の仕事が遅れている事を全然問題視してない。
さらにここで決定的な非モテポイントとなるのは、批評的なアドバイスはするんだけど、自分自身のスキルが批評においついてないために直接仕事を手伝ったり手助けする事ができない点。正直言ってアドバイスされる側としては、そのアドバイスの結果考えなきゃいけない事が余計に増えるだけで仕事は進まないしありがた迷惑だったりする。
結局の所、女性から見ると「人の気持ちを分からない人」と映る。
こういうのなんとか障害とかなんとか症候群とかいう便利な言葉で片付けるのは簡単だけど、とにかく「語ることを止める」のを意識すれば改善されるんじゃないかなと思う。
そもそも、職場内で懇親会なんてやる方が間違いだけどね。
オタクの会社に限らず、大手の会社でも事務所内で懇親会やる所はあるけど、あれ、社内でも嫌がってる奴多いぞ?
後、新人にやらせるのなら、業務命令にしなきゃ駄目だよ。あくまで「仕事」なんだから。仕事関係の飲み会は「遊び」じゃないんだよ。殺伐としたものなんだぜw
http://d.hatena.ne.jp/Rootport/20130511/1368241656
読んでいてもたいして良いことはないSF名作私選十作
http://d.hatena.ne.jp/Lobotomy/20130511/p1
http://d.hatena.ne.jp/pub99/20130511/p1
10選書きたくなるような人はSFが好きな人が多いせいかSFに慣れてない人が読んでてつらくなってくるものが多いので、
ここに正しい10冊を挙げよう。慣れてない人が読んでもそれほどつらくならないものばかりを選んだつもり。
この10冊を読めばまず間違いない。
ん?、海野十三を忘れてねーか?と思ったのは俺だけなんだろーか?
彼は戦中にはもう書いてたし(つーか、従軍作家の一人で、巡洋艦「青葉」に乗艦すらしてる)、終戦後なんてのは間違いも良いところな気がする。
まぁ、海野十三は「孤高の先駆者」なんて言われ方もされてるんで、実際には戦後になってデビューした作家がメインになって、日本のSF界が勃興したのは事実だけどね。
とはいえ、アシモフと同じで原爆開発中の段階で、原爆を正確に予見してた事実は忘れないで欲しいものだがね。
定期的に自社で懇親会がある。
自分は2年目で、
新人たちに教える、そして先輩らしく振舞わなければならないはずだが
この準備が難しい。
・時間は定時後
・縁故採用が数名いる(対応は変えなくていいとは言われているが。。。)
先月教えたし、動いてくれるはずと思っていたら、
(3,4時間くらい吸いづらい時間があったためか、やっと吸えると一息ついていた。)
本来であれば準備させなければならないのだが、
自分は、頭ごなしに新人だからやれっていうのは間違っていると考えてしまう。
しかし、研修中でお金を稼げない新人が、先輩方に準備をさせてしまうのも、
礼儀面で角が立つため、身を弁えさせるにしてもどうすればいいのか。
できたら自主的に動いてもらいたいが、この体制って他者から見てどう映るのだろう。
勝負は時の運、そう思わないと落ち込むよ。
いまの新人ってこんななの?うぜー。
今後もこういうカップルが増えるか、
世の中には「新しもの好きな人」と「ほどほどに流行を気にする人」と「流行に無頓着、我が道を行く」人がいる。
自ら流行を周りに発信するほどの新しもの好きを「Aグループ」、
ほどほどに流行気にするが、そんなに熱心に新しものを追いかけない人を「Cグループ」、
Aグループが人口の5%、Bグループが15%、Cグループが60%、Dグループが15%、Eグループが5%、
そんな感じだろうか?
民間企業が新商品を売り込む場合、基本的に「AグループBグループCグループを相手にすればいい」。
DグループEグループは高い宣伝費用掛けても買ってくれないし、
その宣伝費用をABCグループに投入して、リピーター、ロイヤルカスタマーに育てた方がはるかに売上は上がる。
極端な話、DグループEグループは「捨ててしまってかまわない」存在であり、民間企業はABCグループを大切にすればいい。
特に流行の発火点のAグループ(アルファブロガーなど)は重要で、企業はカネ払ってでもAグループを抱き込みにかかる。
つまるところ、民間広告は、基本的にABCグループへいかに情報を伝えるか?が勝負。
最近のネットSNS社会では、Aグループを発火点にして仕掛ける宣伝手法が進化している。
ところが、行政の啓蒙広告は、情報強者のAグループやBグループへの宣伝は意味がない。
なぜなら、AグループBグループは、情報の内容を既に知っているから。
行政啓蒙の主旨は、「リテラシー低く情報弱者なCDEグループにこそ、伝えなければならない。」という点。
つまり民間企業広告とは真逆であり、民間企業広告のメソッドは通用しない。
特にEグループの人は「自分の思い込みが激しい」「行政の広告にわざと逆らおうとする」という、
極めて「あまのじゃく」な人種の塊。
電通博報堂などは、ABCグループへの宣伝などは極めて上手だが、その手法は行政啓蒙広告には全く通用しない。
しかし行政が啓蒙広告する場合、信用と実績の電通博報堂が選ばれる。だから行政啓蒙広告は失敗する。
女性手帳が果たしてCDEグループ啓蒙に有効なツールなのか、「啓蒙工学」の真価が問われる
「こんなこと、女性なら誰でも知っている、今更女性手帳などで啓発するなんて、女性をバカにしているのか?」
と反発しているのだろう。
A・Bグループの人は、
「リテラシーボトムな人、情報弱者な人に対してこそ、情報を正しく届けなければならない、という
とりあえず、これ見てみ?
http://anond.hatelabo.jp/20130512081129
とりあえず、100tハンマーで潰されてみる?
別に喧嘩売るわけじゃないけど、日本から本物のSFファンが居なくなって最低でも20年ぐらいは経過してると思ってたんで。
もう日本では「ガンダム=SF」で皆が納得してんだし、その時点で日本からSFファンなんて居なくなったんじゃね?
最近CDを買って聴くと、音割れしてるものばかり。素人が聴いても分かるし、波形見れば一目瞭然なのに。
CDってカセットテープよりダイナミックレンジ広いとか、テープヒスノイズが無いとか、フラッターが無いとか、価格に対して音質がアナログより優れているでしょ?
なのにわざわざ、アナログに劣る録音して販売してるなんて、素人が作ってるのか、嫌がらせなのか、音楽産業を衰退させたいのか分からんな。
ま、個人としては、アナログより音質の劣る(音が割れてるなど音質やノイズの問題外)CDなんて買いません。
CCCDよりタチが悪いわ、と思ったりする。
CCCDとか最近の音割れCD音源とか、わざわざ自滅しにいってるんじゃないのかね?
元々西洋ではインテリは左翼になりやすい。基本的には教育水準が高いほどリベラルになりやすい。文系理系問わず。
これには理由があって、元々西洋においては民主国家において市民権を守るために高い教養を身につけておく必要があるという考え方がある。いわゆる日本国憲法3本柱と言われる「国民主権」「基本的人権の尊重」「平和主義」というのは、元々GHQがそういう大前提をベースに原案を作っているので、西洋のインテリが日本の市民派とか護憲派とか左翼(非共産系)とかの考え方に近いのは当たり前だったりする。
ちなみにこの「市民」というのは「大阪市の住人」みたいな意味ではなく「参政権を持つ非奴隷の民」という意味な。「市民権」は「参政権があって個人としての考え方を尊重して貰える権利」だ。近代民主国家では国民と同じ集団を指すことが多いけど、市民という時は左記のニュアンスが強い。だから西洋の政治家は国民をcitizensと呼びnationsとは呼ばない。
9条周りに関しては西洋基準で見ても日本はかなり無駄に急進的すぎるのは確かだけど、無駄な戦争はすべきでないという考え方は基本的に有る。だってそりゃ西洋的な意味での民主国家においては、国民の人権を守ること自体が最優先の国益というか、そもそも国民主権と基本的人権の尊重を貫くことこそが国家の存在意義であり国体であり国益そのものであり、国民の「死にたくない」という人権=極めて上位の国益を一部とはいえ犠牲にしてまで達成すべき事案は極めて限られる。
で、元の話に戻ると、西洋の近代的な書物は上記価値観が当たり前の大前提になっているのでそっちばっかり読んでる人は日本の保守派の方が異様な集団に見えてくる。
西洋にも保守派はいるし(低所得者中心に)外国人排斥とか言ってる奴はいるけど、国民主権を捨てようとか基本的人権を捨てようとか言う奴はいないからね。そういう「自殺」をナチスでやらかしてドイツ国民えらい目に遭ったし。
たとえば「人体自然発火」の謎があって、その解決も
「火の玉を見たんです」
「そういう仕組みだったんです」
「ちゃんと理由があるんです」
今までにつぎ込んだカネが多すぎる、から止めたくないんだよね正直な話。
自分で責任を取るのは嫌なので、できれば先送りしたい。自分たちは逃げ切りたい。先送りすることで益々負担が大きくなろうが知ったことじゃない。
図を書けばいいのでは。理牌しないで麻雀打つのには(手を読まれにくくする)意味があるが、勉強でわかりやすくやらない理由はまったくない。
他の哲学者哲学書はともかく、ウィトゲンシュタインの論理哲学論考はあからさまな構造化文書なんだから、図を書いて欲しくてああいう書き方なんだろうしな。
「頭をポンポンすると女は喜ぶ」は間違い!? 頭ポンポンの重要な注意事項
遊び上手なアクティブ男性の中には頭をポンポンしたときの女性の反応で、その女性からの好意レベルを測る人がいますが、あまりオススメはしません。
後々、問題が起こることがあるからです。男性にその気がなくても、相手の女性が「頭ポンポン」されたことで舞い上がって好意を抱いたらいけませんよね。思わせぶりな男性の態度に「この人、私のこと好きなのかも」と、女性はうっかり勘違いしてしまいます。好きでもない女性に追いかけられるのは、それはそれで大変ですからね。
遊び上手なkotorikoは好きでもない女に追いかけられた末にTwitterに鍵をかけ、はてなダイアリーを終了することになった。