伊佐山元氏が投稿したこちらの記事、とても面白いですね。
IT長者が担う寄付経済 「品の良い富豪」とは :日本経済新聞
免罪としての寄付
フェイスブックの最高経営責任者(CEO)の5億ドル弱(約500億円)を筆頭に、上位10人で15億ドル近い寄付金が、公立学校での教育や医療といった多くの社会問題の解決のために提供されている。
ご存知の方も多いとは思いますが、海外では富裕層がバンバン寄付をします。日本でも震災後に富裕層の寄付が話題になることが増えましたが、まだまだ一般的な話ではありません。
文化的背景が複雑に絡み合っているので、ひとつの要因だけを挙げるのもナンセンスですが、こうした多額の寄付には「免罪」の意味もあるのでしょう。
ものすごい意地悪な言い方をすれば、「私は、私たちが生きるこの社会からたくさんのお金を頂いたので、積極的にその一部を還元をしていく。(だから、攻撃しないでください)」というエクスキューズです。
とはいえ、これはかなり意地悪な捉え方です。実際には、本人たちは「免罪のために寄付をしている」のではなく、多額の寄付をすると結果的に市民が「許し」を与えることになる、というのが正しい表現でしょう。現にビル・ゲイツの活動や発言なんかを見ると、彼が本気で世界を変えようとしていることが伝わってきます(まぁ、あれも演出なのかもしれませんが…)。
ネオヒルズ族も寄付すればいいんじゃない?
そこで外野からのご提案。昨今話題の秒速で稼いで億万長者になっている「ネオヒルズ族」の方々も、ぜひ積極的に利益を「寄付」してみてはいかがでしょうか。
「ネオヒルズ族」の社会的なイメージはぶっちゃけかなり悪いのが現状だと思います。が、本気で世界を変えるために資金を提供すれば、そのイメージはだいぶ好転するはずです。少なくともぼくは大いに見直します(強烈な上から目線で申し訳ありません)。
さらに注文をつけると、寄付をする際には、できれば自身の信念、ビジョン、原体験に基づいたチャリティ活動に資金提供すべきです。「とりあえず出し先がわからないから赤十字に寄付しました」というのも、ダメではないですが、ちょっと言い訳がましさが透けて見えます。
マーク・ザッカーバーグ氏はその点も巧み(?)で、寄付金の使途に哲学を読みとることができます。
米Facebookのマーク・ザッカーバーグCEOは12月18日(現地時間)、保有するFacebookの1800万株を米カリフォルニア州に拠点を置く非営利慈善団体「Silicon Valley Community Foundation」に寄贈すると発表した。
(中略)今回のSilicon Valley Community Foundationへの寄付は、同団体の教育と医療に関する新プロジェクト立ち上げをサポートするものとしている。
ザッカーバーグ氏は5月にFacebookの社会貢献機能「臓器提供ステータス」を発表した際、すい臓がんで肝臓移植を受けて闘病した後亡くなった米Appleの故スティーブ・ジョブズ氏との友情と、小児科医を目指しているパートナー、プリシラ・チャン氏の影響を受けたと語っている。
ちなみにザッカーバーグ氏は、2010年には公立学校にも多額の寄付をしています。教育にこだわりがあるようですね。
日本は「成り上がり」意識が強いのか、社会的強者にいる人たちが、社会的弱者に対して「お前らは頑張ってこなかったから弱者なんだ、自己責任だ」という視線を無意識的に投げ掛けてしまいがちだと感じます。
そりゃある程度は自己責任ですが、明らかに自分じゃどうしようもないケースなんて、世の中にはたくさんあります。それに目をつぶって自己責任の名の下に他者を断罪するのは、傲慢で鈍感、恥ずべき態度です。
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社会的強者であるネオヒルズ族の方々には、ご自身のイメージのためにも、ぜひとも寄付というかたちでの社会的なコミットメントを果たしてもらいたいところです。多分、悪い選択肢ではないですよ。
フェラーリやらランボルギーニやらを見せびらかすより、「1億円寄付しました」の方が、よっぽど尊敬に値します。ひとまず、それがどんな動機であろうとも。
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