【長文御容赦】
■「『半減期の長い方が安全』?−気楽で悲惨な安全論」記事への好意的反応
先日上記記事を掲載したところ、ツイッタ―やフェイスブックを介してアクセスが急増、自分で驚きましたが1日だけで2000件以上のアクセスがあり、拍手や拍手コメントも多数いただき、また、賛同のコメントも数多くあちこちでツイートされています。
多くの方々からの激励などもいただきましたが、その中で「とある巨大加速器プロジェクトのメンバー」でもあり「放射線関係の仕事もしている」という、ツイートを見てもすごく優秀そうな科学者の方から「このブログの説明は正しい」「科学者から見てもそれ以外の方から見ても、簡潔で分かり易く、違和感が無いだろう御説明だと思いました」とのコメントもいただき、同じ(と言うとおこがましいけど)科学者として、とてもうれしいものでした。
(もちろん、他の多数のコメントやツイートも本当に多謝!)
最近はひとつのツイートに対するリツイートなどをまとめて表示する自動サイトが各所にあるらしく、例えば
こちらとか
あるいは別の
こちらも御覧ください。
■御批判も少々
上記サイト(だけではなく、他にも同様のサイトが複数あり)を見ると、多数の賛同や賛意のコメント(や感謝も多数)の他、いくつか御批判もありました。
いやおもしろい。
このうち主な疑問や批判をピックアップしてみます。ツイッタ―からですね。
@
stevianote 引用部は科学的に全く正しく、かつ知らない人にとってミスリーディングだというのは断言できる。サイコミュ的には自信がないが、たぶん問題ない程度。だとすれば、不誠実の度合はナカヤマ氏のほうがはるかに大きい。2012年06月13日
A
Zarathustra1951-1967 うーん、あまり問題あるようには思えなかったなぁ。というより、こういうこと述べるなら「半減期が長いほうが怖いというものじゃないんだよ」を"「半減期が長いほど安全」?"に勝手にすり替えては駄目だ。2012年06月12日
B
njamota 何が言いたいのかわからん。佐藤氏の説明に事実に反する安全性強調はない。トーンが軽すぎるなんて印象で非難されてもね。安全という言葉を使うと、それだけで噛みつかれるみたい。2012年06月12日
全体として数は少ないのですが、だいたいこんな感じ。みな主張は同じようなもの。
つまり、
(1)佐藤氏の言っていることは科学的には間違っていない
(2)それなのに中山は知らない人を「ミスリーディング」(@の人が指摘している文脈がよくわからないけど、俺のことだよなあ?→違うかも。下記※補足参照)している。(だから)中山は「はるかに不誠実」(!)。
(3)それなのに中山は、佐藤氏が「怖いものでもない」と言っているのを「安全」と書き変えている。これこそ問題。
というものです。
ふむふむ。いろんな人がいるものですな。
※ちょっとここで補足:@の人の「ミスリーディング」は、文脈上、もしかしたら佐藤氏のことかもしれません。その上で「ミス」で「問題にならない程度」で、それに噛みつくナカヤマの方が不誠実、という意味なのかも。いずれにせよ、不誠実(!)と断じられている(苦笑)ので、きちんと反論しておく必要があります。
■御批判に答える−まず基本的な確認
これらの批判には、前回書いたことでも十分とは思いますが、あらためて。
まず、そもそも現実に即して「放射能」「半減期」を説明するならば
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ここに半減期30年の放射性物質セシウム137が500Bqがある場合、その物質からは1秒間に500回の崩壊とそれに伴う放射線の放出があるということであり、その崩壊の程度は徐々に減っていき、半減期の30年経つと250Bq、つまり1秒間あたり250回の崩壊の程度になる、そういうことを意味します。
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で、はい、以上終わり。・・・のはず。
放射能について「安全」を強調する書籍、「危険」を強調する書籍、中立的な書籍、だいたいどれをとってもこんなものです。
それをあえて佐藤氏は、原子ひとつひとつの挙動、という、現実の汚染の評価には全く意味もないことを持ち出し、ひねくり回して、意味がないどころか、ほぼあり得ない想定で話を展開しています(なぜ無意味であり得ないか、それどころか実は「有害」であるかを、あとで後述します)。
そして、今回紹介した方々は、このひねくり回しの論理が「科学的に正しい」ことから、「ナカヤマの方がはるかに不誠実」(!)などとおっしゃる。
いや、科学的事実かどうかの議論をしているのではなく、それが現実に即したものかどうか、と言う観点から批判していることは先の記事でも明確に述べたところです。
でも、どうもわかって頂けない人もおられるようなので、あらためてということで。
■まず、佐藤氏のスタンスを再び確認
そのために、前回引用を省略した部分も含め、佐藤氏の講演の冒頭部分を引用しましょう。
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けっこう勉強している意識の高いお母さん方でも、放射性物質というとずっと放射線を出しっぱなしだと思っている方が多いんですね。たとえば半減期が30年だと言われたら、30年間放射線を出しっぱなしになると思って怖がっているところがあるので、まずその辺の誤解から解いていくために、ちょっと極端な形で説明しているんですね。
(略)
たとえば半減期が30年の物質と言うと、30年間放射線を出しっぱなしで常に同じくらい放射線を出し続けていて、30年経たないと半分にならないと思いがちなんですね。その誤解を解くために、半減期というものの概念を絵で簡単に説明したりしている
(略)
福島のお母さん方にこういう話をするときに、いちばん手応えがあって皆さん「ああ、そうなの」と納得されるのは半減期の説明なんですね。
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そう、上記の、特に太線に留意して読んでいただければ、まさにこの「半減期」の話は、「たとえば半減期が30年だと言われたら、30年間放射線を出しっぱなしになると思って怖がって」いたり、「30年経たないと半分にならないと思」うことを「
誤解」と思わせ、「
ああ、そうなの」と、「
納得」させる、彼の講演のいわば「ツカミ」であり、話の中でももっとも重要なポイントのひとつとして位置づけられているものです。
そしてその展開方法は先の記事で書いた通り。
原子1個1個の挙動としての「科学的事実としては正しい」と書いてしまったけど、よく読むと、いわゆる「半減期」の「科学的説明」としては、「勉強しているお母さん」の本来至極まっとうな「理解」を「誤解」と断じているこの時点で、即アウトとも言えますね。
原子の挙動の話が正しいとしても、上記で語られるお母さんたちの理解は、放射性物質を「塊」で観る場合(というか、それが普通)、「誤解」などではありえない。
でもまあ、それではここで「一件落着」でストップしてしまうので、それはいったん置いておいて、さらに佐藤氏の論理のおかしさや今回紹介した方々の御批判がいかに筋違いなのか、述べていきたいと思います。
■現実にはあり得ない想定
「セシウム原子10個あれば30年立ってやっと5個崩壊」「プルトニウム原子10個は2万年以上経ってやっと5個崩壊」という、きわめて正しい(!)科学的事実は、頭の中で「原子の挙動」を考え、ひねくり回している人達にとっては「問題ない」としても、この佐藤氏の講演を聴講するような、私たちも含めて普通の市民にとって、現実にはあり得ない想定です(なお、「原子の挙動を考える」ことは、もちろん理論物理などの専門家にとってはきわめて重要であることは言うまでもありません)。
なぜあり得ないか?−そもそも、私たちの周囲の環境中に、「それぞれの原子が何個あるか」を同定することは、現実問題としてきわめて困難です。食品や土やごみを取り出して、これをさまざまな化学的手段で物質ごとに分離・抽出したりして、それらの種類と重量をなんとか苦労して割り出し、各物質の分子構造から原子の存在割合を計算し、そこからようやく個数を計算することになるでしょう。目的とする原子をあらかじめいくつかターゲットとしていたとしても、いずれにせよそれは複数の工程を経て初めて明らかにできる複雑なものです。
そうやって苦労して、そこから例えばようやくヨウ素の「個数」を割り出したとします(
あれ?なぜ「個数」を割り出すのか、そもそも目的がわからなくなってきたぞ・・?)。
さて、割り出したヨウ素の「個数」のうち、原発事故由来の人為的な放射性ヨウ素の汚染度合を割り出そうとしましょう。
・・・ここで、はたとストップです。それは事実上不可能なのです。なぜなら、ヨウ素は天然にもありふれて存在しているので、個数がわかっても化学分析だけでは人為的汚染による放射性ヨウ素の割合は当然わかりません(強力で高精度のな遠心分離機でも使えばわかるかな・・)。
で、結局原発事故由来のヨウ素でどれくらい汚染されているかを検査するには、シンチレーション型あるいはゲルマニウム半導体検出器によって、「放射能そのもの」を計測することになります。
あれ?おかしいぞ(笑)・・・つまり、「振り出しに戻る」です。
いったい何のために『個数』を検査したのだろう?と何が何だかわからなくなることになります(笑)。
■あり得ないどころか、むしろ有害
放射能の種類と量は、機器さえあれば、最初に原子の「個数」を同定しなくても容易に検出でき(ただ、β線やα線などのみしか放出しない核種は少々厄介)、そこから「まだ崩壊していない」ものも含めて、放射性ヨウ素やセシウムの原子の「個数」もほぼ正確に算出可能です。
実験室の特別な条件下や、放射能の問題集のような、いわば「頭の体操」的なシチュエーション以外には、佐藤氏の言う「例えば同じ10個ある」という想定自体が無理であり、現実にはあり得ないものです。
それどころか、「半減期が30年の物質と言うと、・・・30年経たないと半分にならないと思いがち」(←彼の講演録からの正確な引用です、念のため)なことを彼は「
誤解」と断言しているわけで、それが「誤解」であり、「怖がる必要は無い」んだ、と納得させるためにこの奇妙な論理が使われている(実際そのように誤解していましたという反応がいっぱい)のだから、これは無意味どころか「有害」と言えるでしょう。
■明らかに「誤解」を誘導
同じ程度のγ線エネルギーを放出する核種AとBがあったとして、
Aの半減期が1日
Bの半減期が10年
それぞれ放射能が同じく100Bqあったとしたら、これはどういうことを意味するか?
(生体への親和性や生物学的半減期、その物質自身の化学的毒性はいったん置いて)
(最初「どっちが怖いか」と論じようと思いましたが、そんな「問い」自体も現実的ではないのでやめました)
Aは明日には50Bqになりますが、Bは明日も100Bq近くあります。
単純に言えば、「B」が「ずっと(かなりの量の)放射線を出し続け」ます。
ほんとはこれで以上終わり。
ところが佐藤氏が示すのは(彼の想定はそもそも放出放射線のエネルギーなども条件として提示しておらず、単純化していることも問題)
A(半減期1日)が10個
B(半減期1年)が10個
を持ち出し、「どちらが放射線を出しにくいか」と問いかけ、
そりゃあ半減期1年の方がのんびり崩壊するから
「半減期が長い方が怖いもんじゃない」つまりBは怖くない、
という画期的で正しい(!)結論を示しています。
この勢いで「半減期2万4千年のプルトニウム」だったら、「気にしなくていいんじゃないですか」とおっしゃる。
繰り返し繰り返し指摘しますが、
「セシウム原子10個あれば30年立ってやっと5個崩壊」
「プルトニウム原子10個は2万年以上経ってやっと5個崩壊」
という、きわめて正しい(!)科学的事実は、それがどんなに正しくても、われわれが直面している事実とはかけ離れています。
直面しているのは「何個」ではなく、今瞬間に放出している放射線の量から算出される「ベクレル」であり、放射能の量(影響の評価は別問題)そのものです。
「科学」や「物理」を中途半端に(僕も他人のことは言えた義理ではありませんが)理解したつもりになって、頭の体操で「科学的には問題なし」などと言っている人が、いかに「お気楽」でめでたいか(佐藤氏は、この方々よりはきちんと考えているようには思う)。
ちなみに、ある放射性物質が 1 Bq 有る時、その原子数は 半減期の秒数/log2 = 1.44×半減期の秒数となります(現場を離れて忘れて頭から遠ざかっていましたが、冒頭の科学者さんがコメントしてくれました)。つまり、セシウムたったの「1Bq」でも、13億6千万個。プルトニウムは半減期2万4千年ですから、「個数」を計算すると文字通り天文学的数字となります。
これは、佐藤氏とはちょうど鏡の表裏と言える手法で「怖がらせる」ために、原子の個数をいかにも多く見せるために計算したのではありません。
しかし、現実に起きている事態が数百、数千、数万ベクレルといったオーダーだった場合、「30年経って5個」「2万4千年たって5個」などという想定が、いかに現実と乖離し、いかに無意味か理解できます。相当の、場合によっては天文学的な個数の数があるからこそ、「今現に」「1秒」間に数百、数千、数万という崩壊が続く放射能が各地を汚染している現象に、われわれは直面しているのです(それが環境や健康にどのような影響を与えるかという話はまた別次元)。
いったいどちらが「不誠実」なのか、一目瞭然です。
ちなみに、全く別の方がベクレル数と原子の個数との関係でFacebookで書き込んでいて、
https://www.facebook.com/yasuo.aoki/posts/463386817020632
このやり取りの中でも、やはり誤った理解に誘導する佐藤氏の説明について強く批判されています。
僕の指摘が筋違いでないことは明らかです。
■その他の議論
これらの点を押さえた上で、では若干「揚げ足取り」的とも思える御指摘についても触れておきます。
Aの方の「こういうこと述べるなら『半減期が長いほうが怖いというものじゃないんだよ』を"『半減期が長いほど安全』?"に勝手にすり替えては駄目だ。」について。
これは苦笑。まあこんな批判を受けないためには、今から考えれば正確に佐藤氏の発言をそのまま引用する形でタイトルにすればよかったかとも思いますが、それはここで示している問題の本質ではないと思います。以後、こうした揚げ足取り的批判を受けないように、もっと注意すべきとは思います。
しかし、その上で、このタイトルは不適切とは思いません。これは、佐藤氏の講演の冒頭部分、半減期の説明を読んで素直に導き出される帰結だからです。
「同じ10個」という、今まで述べてきたように、あり得ない、無意味で有害な想定を設定し、
「半減期8日のヨウ素」に比べて
「半減期30年のセシウム」が「崩壊しにく」く、「だから怖いというものじゃない」
「半減期2万4千年のプルトニウム」に至っては「
気にしなくていい」
と一連の文脈の流れの中で論じているのだから、彼の発言を素直に受け取ってつけた僕のタイトルに決定的で致命的な問題があるとは思えません。
※その後、佐藤氏は「半減期が長いほど怖くない」ことを断言してしまいました(苦笑)→こちら 彼を批判する僕のタイトルには、何ら問題がなかったことになりますね
もし彼が、僕が最初に示したような、「Bq数で放射能汚染を評価する」という単純で本質的な原則を示した上で、「まああり得ないけどこんな考え方が頭の体操としては言える(けど、ほとんど意味は無い)」と断った上でこういうことを述べているのなら、僕もこんな書き方はしないでしょう。
この方々の批判のように「科学的事実としては問題ない」ということを認めたとして、しかし現実には全く意味のない「事実」を持ち出す必要は一体どこにあるのでしょう?10個が30年経って5個、10個が2万4千年経ってやっと5個だから心配しなくていい、などという「概念」「事実」は、いったい専門家の頭の体操以外、日々普通の生活をする市民にとって、いったい何の役に立つのでしょう?
さらにBの「トーンが軽すぎるなんて印象で非難されてもね」との御批判。
僕は印象だけで言っているのではありません。先回の記事では、具体的にその理由と根拠なども示しています。
少し立場は異なりますが、例えば最近公開された「
やっかいな放射線と向き合って暮らしていくための基礎知識」というパンフレットがあります。
学習院大の物理学者・田崎晴明氏が、中学生以上の一般向けに公開しているものです。
この中で著者の田崎氏は、
「(福島では)健康を害する人が目に見えて増えることもない(だろう) さらに、ぼくの個人的な見解を言えば、これから先、放射線被曝のために健康を害する人が目に見えて増えるということもないだろうと思っている。」
としつつ(つまり、深刻な健康被害は起こらないだろうという展望を示しつつ)、
「ただし、これで安心してしまっていいとは思っていない。(略)チェルノブイリでの健康被害については未だに延々と論争が続いており、本当に何がおきたのかは誰にもわかっていない。子供の甲状腺癌が増えたことだけはすべての専門家が認めているけれど、それ以外の健康被害については、人によって、文献によって、主張していることがまったく違っている。だから、単に『チェルノブイリよりもまし』というだけでは、日本で何かがおきないことの保証にはならない。」
と慎重に述べています。
スタンスが異なるとはいえ、深刻な被害は起こらないだろうという展望を示した上で、それを断定せず、現に行なわれている議論も示しながら、こうした慎重な見解も示す田崎先生の立場や論調は、客観的な観点からは納得のいくものです。
こうした立場に比べても、佐藤氏の論調は、やはり「軽くてお気楽」だと思います。
最後に、先回の記事でも書いたように、佐藤氏が福島に残って暮らそうとする人々の立場に立とう、という想いや「善意」は理解できます。また、後半の議論では、危険性を過剰に煽る主張に対する反論が展開されており、科学的に考えて妥当な所も少なくありません。
しかし冒頭の「半減期」の「科学的には正しいが現実的には奇妙な」論理が、この講演のもっとも重要(彼自身「一番手応えがある」と言っている)なポイントでもあり、しかも、「お母さんたち」の至極まっとうな「理解」を「誤解」と思わせ、実際、聞いたり読んだりした多くの人が逆に誤解(という言い方が悪ければ「非現実的で、実態とは真逆の理解」か)しているだけに、全体の「お気楽さ」とともに指摘しないわけにはいきません。
しかも、批判する側も、わずかなものを除いては、相変わらず決めつけや罵言などが多く、きちんと批判する人が少ないので、役不足(←蛇足ですが「役不足」ってほんとはこういう使い方は間違っているらしいけど、一般的な意味ね)とは思いましたが、出しゃばった次第です。
ちょうど御批判をみつけたことをよい機会にして、さらに書くべきことを書くよいチャンスとなりました。また、どんなところを突っ込まれるのか、というよい勉強にもなりました(苦笑)。
御批判頂いた方々、ありがとう。

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