※(2012.6.21追記)記事をアップした直後から、多くの好意的反響がありました。一方で、「佐藤氏発言の『半減期の長い方が怖いものじゃない』の旨を『長い方が安全?』と書きかえるナカヤマこそ問題」との指摘もいただきました(苦笑)。しかし、このタイトルはそのような批判を受けるいわれはないと考えています。詳しくは、この記事をお読みいただいた上で、この記事の末尾にある追記記事へのリンクへ
ひょんなことから、郡山市の学習塾講師の佐藤順一さんという人の講演記録を読みました。
「
【ふくしまの話を聞こう】 福島で生きるための放射線知識 佐藤順一」
原発事故による汚染実態についてどう考えるか、放射能の基礎からできるだけわかりやすく市民に話そうとするものです。
危険を煽る過激な主張への批判や、福島に住む人々の気持ちの微妙な感情や感覚もよく述べていると思います。
山下教授の一方的な「安全神話」に比べれば、できるだけ事実に基づいた客観的な議論をしようとする姿勢は感じます。知人もFacebookで「わかりやすい」「必読」と書いていました。
しかし、放射線医学に関わった者として、この講演の主張の基礎となっている内容については明確に批判しなければなりません。多くの人がこの考えを簡単に「わかりやすく」「理解」したつもりにならないよう、重要な問題点を指摘したいと思います。
まず、彼の発言と、講演で使用したスライドの画像を示します。
==(以下抜粋。文意を変えない範囲で細かい語句も適宜省略)
「基本的に一個の放射性物質は一発放射線を出したらもう放射線は出しません。(例外もあるが)基本的にはずーっと出しっぱなしになるのではなくて、一回出したら安定した物質に変わります」
「たとえば半減期が30年の物質と言うと、30年間放射線を出しっぱなしで、30年経たないと半分にならな いと思いがちなんですね。」「半減期8日間の放射性ヨウ素は、仮に10個あったら8日間で5個崩壊して安定し、その際に5発の放射線を出す。半減期30年のセシウム137は、仮に10個 あると30年かかってようやく5個崩壊して安定することになります。」
↑佐藤氏作成の図
「だから、半減期が長いほうが怖いというものじゃないんだよ、というふうに説明しています。」「たとえば半減期が2万4千年のプルトニウムについては、10個のプルトニウムがあったら、2万4千年経ってやっと5個崩壊するということですから、1年くらいではほぼまちがいなく崩壊しませんよね。崩壊しないということは放射線を出さないということですから、気にしなくていいんじゃないですか。」
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こりゃひどい。
まず、彼の考えでは、「放射能=放射線を出す能力」という定義を意図的にか浅い理解からか「放射線を『将来的に』出す可能性」というふうに理解・誘導し、セシウムが将来何個崩壊するか、というふうにイメージさせています。
しかし、私たちが放射能汚染の計測で直面しているのは、「10個」とか「100個」のセシウムではなく、「10Bq」とか「100Bq」のセシウムです。そしてその値は、将来崩壊する可能性ではなく、現に今放出されている放射線のスペクトルとエネルギー量です。
また、確かに「原子」ひとつひとつを見れば、1本放射線が出て安定、という見方ができるでしょう。しかし、上の図で佐藤氏が強調する「確率的に低い割合でしか崩壊しない」セシウムが現に放出している放射線量がそれなりのものであれば、まだ崩壊していないセシウムも含めて、大量の数のセシウムが存在している事になります。
問題は「100個のセシウム」ではなく、「100Bqのセシウム」なのです。
100Bqのセシウムがあるということは、1秒に1個崩壊するセシウムだけで見ても現在100個あり、半減期は30年ですから明日もまだ100個近くあり、明後日もまだ100個近く・・・30年経ってようやく50個になり、その翌日はまだ50個近くあり・・ということになるのです。その意味では、佐藤氏が「皆さんの誤解」と言っているイメージの方が、実態には近いと言えます。
佐藤氏も、さすがにこういうことを言いっぱなしだと気が引けたのか、下のような図も示しています。
↑佐藤氏作成の図
そうです。むしろこっちが本質的・現実には重要です。
しかし、このスライドは話の流れでは本質ではなく、補助的にしか示されていません。また、「個数が多くてもベクレルに換算すると大したことが無い場合もある」などという喩えに使っています。
同じような話の流れで、プルトニウムの半減期が2万4千年、10個あっても2万4先年かかってやっと5個だから安心、と言うのはあまりにひどいと言えます。
プルトニウム238だけでも、すでに昨年9月段階の文科省の発表で1.9×10の10乗Bq放出されていることが確認されています。Bqは単位時間の崩壊量を基本とした単位です。
プルトニウム原子「1個」だけを取り出してきて、それが崩壊するかしないかと言われれば、1万年後か2万年後かわかりません。しかし、すでに全体としては「1秒間に1.9×10の10乗個」崩壊する程度の量が放出しているのです。
佐藤氏は「1個の原子」を取り出し、物理学的事実としては間違ったことを慎重に避けつつ、「半減期」の概念を悪用して安全性強調のためのレトリックとして使っていると言えます。また、そもそも、それぞれの核種で放射線のエネルギーも異なるので、半減期の違いだけで放射能が安全か危険かという議論の例えに使うことも根本から間違っていると言えます。
ここで少し補足ですが、「放射能」の原語は"radioactivity"です。そのまま素直に訳せば「放射活性」とすべきだったと僕は考えています。「能力」などと訳すことによって、あたかも「将来的に放射線を放出する可能性や確率」という、佐藤氏のような誤解もしくは意図的な誘導をもたらす要因にもなっている。これは「放射能」という訳語の弊害と言えるのではと思います。
また、この講演の全体の話しぶりも、外部から危険性を煽る言動に対する反感は理解できるとしても、全体を貫くトーンが軽すぎます。
1986年のチェルノブイリ事故では放射線防護の専門家たちが形ばかりの調査を行ない、その結果、5年後の国際会議で「何も被害は無い」と断じました。しかし、すでに当時から現地では甲状腺がんの増加も含めて健康被害を報告する論文などは発表されていました。そして10年後になるとさすがのWHOも爆発的な甲状腺癌の増加を認めざるを得ず、その後も権威ある医学雑誌ではその他の健康被害も複数報告されています。さらに先日報告アップしたように、昨年の事故後25周年の国際会議においても、ウクライナ政府などが深刻な健康被害を報告しています。
これらを福島に単純に類推すべきではないし、事実を歪めてまで危険性を過剰に煽る言説には僕も反対ですが、科学に対する態度は、もっと慎重にあるべきです。
山下教授のような権力者とは異なるのであまり批判はしたくは無いけれど、深く検証・考慮したものとはとても言えない中身と軽いノリ、浅い中途半端な知識と理解で「安全神話」を振りまく「お気楽で悲惨な」安全論と断じざるを得ません。
また、この佐藤氏を巡っては、ネット上でも議論になっており、好意的に紹介されているサイトも多いし、一方で噛みついているサイトやツイッタ―なども多くあります。しかし、噛みついている人たちも、ほとんどは明確な根拠を示さないまま悪言雑言で罵り、デマだと決めつけいているものがほとんどです。
科学を騙る(「語る」ではない)者には、まずは科学的反論を明確にしておくことが必要だと思います。
※この記事に関連して、多くの好意的反響をいただきましたが、同時に少々の御批判もいただきました。よい機会なので、それに対するコメントを後日記事で掲載しました。→こちらをご覧ください

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