THE WHILING FORBIDDEN FRUIT

其ノ一 《世界篇》

第一章 木の葉は揺れる
第二章 風は流れる
第三章 そして、世界は回り始める



著作者:瑞原隆史

TOP PAGE

←掲示板へ

其ノ一 《世界篇》

 

第一章 木の葉は揺れる

 YU−NO世界の最大の特徴、それは、「並列世界」の存在である。ここで言う並列世界とは、作中、今川由利香博士が「リフレクター・デバイス」の存在を理由に提唱したそれを指してそう呼んでいる。

 もっと明確に言うなら、「ブリンダーの樹」だ。

 種々の「因果」、言い換えるなら「可能性」によって、内包する事象に差違の生じた『同時刻の別世界』。

 一粒の種より出でて双葉となり、やがて巨きな幹を形作り、枝を張り、葉をつける『時間軸の樹』=ブリンダー。

 その成長とは、どういうことだろうか。


 我々の世界は、『因果律』の通用する世界、即ち、「物理世界」である。

『因果律』とは、時間の流れを見たとき、ある事の原因が過去にあって、結果が時間的に後、つまり原因が生じた時刻から見た「未来」にあるという、いわば、ごく当たり前のことである。

 原因が時間的に未来にあって、結果が過去にある、などということがない世界。それが、物理世界なのだ。

 因果律が通用するということは、乱暴に言えばそれだけでタイムマシンの存在を否定し、タイムトラベルの実現不可能を示唆することなのだが、とりあえず、ここではそれは置いておく(なお、この辺りのことを詳しく知りたいと思われる方は、量子力学と相対性理論に関する知識を持たれた上で、ホーキング博士の「時間順序保護仮説」をお読みになっていただきたい)。

 我々の世界がそうであるように、我々が今、論じているYU−NOの世界もまた、そうであったのだ。ある瞬間までは。

 リフレクター・デバイス。

 YU−NOの世界において、別の世界から持ち込まれた、事象素子を操ることで数十時間内の時空移動を可能にする製法不明の物体。

 この存在と能力、使用法が判明した時点で、YU−NOの世界における相対性理論は破綻を来した。リフレクター・デバイスの能力と用法、時空移動の原理などは、YU−NO本編、或いは、今川博士の「並列世界構成原理に関する一考察・上巻」に詳しいのでここでは割愛するが、それにより、YU−NOの世界では、因果律は一本の糸のように上から下へと垂れるものではなく、随時、流れ込んでは消えてゆくものになってしまったのだ。

 そして、驚くべき事に、その場合、質量保存の法則すらも消滅するのである。その代わりに出現するのが「因果律エネルギー保存の法則」であるが、これに関する説明は後述する。

 さて、時空移動が可能となったことで、YU−NOの世界では過去の時空に立ち戻ったり、未来の時空へと急行できるようになった。しかし、その能力は決して十全なものではない。

 作中に於いて語られているように、立ち戻った過去は決して自分の知り得る過去にあらず、また、未来に於いてもそれは同じなのだ。その上、このリフレクター・デバイス、確定されざる未来への移動は不可能であるらしい。この事については、読者諸氏が作中で確認されていることと思う(否、と言われるならば、YU−NOを初めからやってみられるがよろしい。)。

 だが、確定し、過去の時間に於いて必要なことを予めしておいた時空への移動は可能である。

 これにおいて、我々はこの目で、並列時空の存在を確認することができるようになり、同時に、ブリンダーの樹を成長させる要素を手にすることが出来るようになった訳である。

 ここまでお読みになった読者諸氏の中には、「これで、どこが並列世界を見られるようになったんだ?」と、思われる方もおられるだろう。

 当然である。連続している時間を、どこからどこまでが何で、どこからどこまでが何だ、と、明確に区切ることはできないのだから。

 では、どこで確認するのか。

 ようく、注意されたい。一度辿った道筋の過去の時点に舞い戻り、そこで別のことをしたり、以前は手に入れていないものを手に入れていたり、或いは、以前誰かに渡さなかった物を渡したりしていれば、そこで既に、以前とは違う道筋を辿っている、つまり、同時刻の別世界=並列時空に入り込んでいるのだ。これを、もっと明確な形で知りたいと思われるのなら、リフレクター・デバイスのコントローラー部分に触れてみるとよろしい。読者諸氏の辿られた道筋が、時系列の経路の形で表されているはずだから。そして、その経路の分岐の先、それこそが並列世界なのである。

 そして、並列世界を確認したという事は、それだけ、ブリンダーの樹が成長したということなのだ(実際には少し違う。ブリンダーは確認されるまでもなく常に成長している。)。

 よく見ていただきたい。辿った経路は枝。そして、その先にある事象は一枚の葉なのだ。

 ブリンダーの樹の成長とは、ある時間において発生した事象の差によって、その後の同一時間帯に二つ以上の別の結果へと向かう道筋が創られることなのである。

 ご理解頂けたであろうか?

 これから先、筆者はYU−NOの世界において自らが仕入れた様々な事物や情報に基づき、発生した様々な事象に対する筆者なりの解釈を論文という形で展開していくわけであるが、その根底となる世界観は、これまでに説明した「ブリンダーの樹」という非常にマクロなものである。

 筆者の解釈はすべて、そういったマクロ的視野の下におこなわれていることを、ここから先をお読みいただくにあたり、先ずはご理解いただくと共に、念頭に置いておかれることをお願いする次第である。

 

 

第二章 風は流れる

 前章では、ブリンダーの樹の成長について説明した。

 この章では、そのブリンダーの樹の成長に欠かせない、並列世界構成における因果律の持つ意味について説明する。

 「因果律」とは、原因が過去にあって、その結果が原因よりも時間的に未来にあるという、言って見れば至極当たり前のことである、ということは前章でも述べた。

 そして、筆者はこうも述べた。「原因が時間的に未来にあって、結果が過去にある、などということがない」ことだ、とも。

 ところが、YU−NOではそうはいかない。

 思い返して欲しい。超念石を手に入れるためには何をしなければならなかったか。亜由美を救うためには何をしなければならなかったか。何より、有馬広大博士の書斎で彼の手記を読み、(恐らく)最後の宝玉を手に入れるためには何をしなければならなかったか。本編をエンディングまで一通り終わらせたことのある人なら、即座にご理解頂けただろう。

 そう。ここに挙げた例はすべて、時間的な未来に原因を作り、過去に結果を発生させなければいけなかったことである。

 超念石を手に入れるためには、時間的にはその翌日の午前中、亜由美から青いIDカードを手に入れなければならなかった。自殺する亜由美を救ってやるには、彼女が自殺した直後に香織から豊富の謀略の証拠である写真を手に入れなければならなかった。

 そして、完全な状態で保存されている広大の書斎に入るには、実にそれから二日後の夜、神奈から書斎の鍵を受け取らねばならないのだ。

 この様に、YU−NO世界では我々の世界、即ち物理世界の因果律は通用しない。

 時間の中を移動できさえすれば何でも有りの世界なのである。

 だが、本当にそうなのだろうか?

 では、この世界では因果律はどうなっているのか? 壊れているのか、或いは狂っているのだろうか?

 答えはNOである。この世界の因果律は壊れているのでも狂っているのでもなく、この世界なりの因果律の通用の仕方によってきちんと通用しているのだ。

 ここから話は少し難しくなる。

 YU−NO世界における因果律の通用の仕方について説明する前に、世界の型について説明しなくてはならないからだ。

 ここで述べる世界の型とは、因果律の関わりかたにおける世界の分類のことである。  そして、ここから先の説明を書くに際し、今川由利香博士の「並列世界構成原理に関する一考察・上巻」から多数の語句や表現を引用させていただくことをお断りしておく。

 まず彼女は、並列世界構成原理・上巻において、因果律の関わり方によって、世界を二つのタイプに分けている。

 曰く、我々の世界のように因果律が完全な形で作用する世界を「ディリクレ世界」。

 曰く、様々な方向から因果が流れ込み、干渉しては消えてゆく世界を「ノイマン世界」。

 YU−NO世界は、この後者=ノイマン世界に属している(厳密に言えば違う。ディリクレ世界とノイマン世界の差は、並列世界からの干渉の有無によって発生し、すべからく世界は、本質的にディリクレ世界なのである)。

 では、ノイマン世界とは何なのか。

 今川由利香博士の手になる「並列世界構成原理に関する一考察・上巻」11ページ、第三章「ディリクレ世界とノイマン世界」によれば、ノイマン世界とは、

○存在していたはずの人間が消える(質量保存の法則の破綻)
○時間を逆行して過去の自分に干渉できる(相対性理論の破綻)
○未だ発現していない事象を予見し、遠く離れた地点で友人の死を関知する(共時性の出現)

などのことが起こりうる世界であるという。

 小難しい話になってきているが、YU−NOを一通り終わらせた人なら、これもまた、即座に理解可能であろう。そう、質量保存の法則の破綻とは、有馬たくやが元いた世界から有馬亜由美と龍蔵寺幸三(ただし、偽)(と、恐らく有馬広大博士も)が消失したことであり、相対性理論の破綻とは、多少ケースが違うが、リフレクター・デバイスによる時間移動を指している。最後の一項目、共時性の出現とは、即ち、神奈の予知能力のことである(もっとも、あれは真実、予知なのかという疑問は残るが、この際それは置いておく)。

 つまりは、万人に分かり易く、平たく言うと『YU−NOの世界そのもの』のことだ、と言ってしまえば済むことなのだが、この事を理解しておくのとおかないのとでは、この先、理解の点で大きく違ってきてしまう。読者諸氏には、この事をよく覚えておいていただきたい。

 我々の住む物理世界と同じ属性を持ちながら、大小様々な部分で違うノイマン世界。

 それでは、そこでの因果律の働きはどのようになっているのであろうか。

 ノイマン世界では、上に記したように因果律は様々な方向から流れ込み、干渉しては消えてゆく。

 その方向は、通常の『過去から未来』への流れをベースに、『未来から過去』へ、或いは同時刻の並列世界からの干渉や、未来の並列世界からや過去の並列世界からの干渉と言うのもあるだろう。

 我々の住む物理世界では、因果は過去から未来へ一定方向にしか流れず、すべての結果は原因よりも時間的な未来に顕れる。従って、すべての事象は積み重なり、その根幹が揺らぐことはない。

 だが、ノイマン世界では再三に渡って述べてきたように、様々な方向から因果が流れ込んでくるのだ。

 こう聞くと、様々な因果律に干渉された世界では、発生した結果(事象)が流れ込んだ因果によって新たに発生した結果に書き換えられたり、同時刻に発生したことになる結果Aと結果Bが同時に存在するのでは?

 と、考えがちだが、もしそう考えてしまったら、それは既に思考の罠に陥ってしまっている。実際、そんなことはないのだ。

 では、八方から流れ込む因果は、事象に一体どのような影響を及ぼすのか?

 その答えは一言で済む。即ち、『同時刻の別世界を発生させる』=『並列世界を分岐させる』だ。

 思い出して欲しい。

 筆者は前章で、ブリンダーの樹の成長とは、ある時間において発生した事象の差によって、その後の同一時間帯に二つ以上の別の結果へと向かう道筋が創られることなのであると説いた。

 つまり、作中、有馬広大博士が述べているように、「ケーキを食べた歴史」と「食べなかった歴史」が発生するわけである。

 ある事柄に対する因果のアプローチが複数あり、結果、同時刻に発生する事象が複数あったとしても、一つの世界で認識される(発生する)事象は常に一つ。

 これが、恐らく「因果律エネルギー保存の法則」であろうと思われる。

 結論づけるならば、先に述べた「神奈を助ける」、「亜由美を助ける」、「書斎で手記を読む」といった行動は、それ以前の、「神奈が死亡した」、「亜由美が自殺した」、「書斎から物が消えた」という『既に発生し、認識された事象』に未来から流れ込んだ因果が干渉し、分岐した別の世界の出来事であるということだ。

 つまり、神奈を蘇生させ、亜由美の自殺を止めたとしても、それは彼女らの死という事実を消去した物ではないということになる。

 並列世界で因果律が持つ意味は、「事象を変える」ものではなく、「別の事象を発生させる」ものであるのだ。

 かくして、ブリンダーは分岐し、成長していくわけだが、果たして、ブリンダーの分岐とは本当にこれだけなのだろうか?

 まだ何か、大事なことを見落としてはいないだろうか?

 そう、ここで述べたことはすべて、大きな流れから支流が発生するプロセスを詳しく述べたに過ぎない。

 筆者はまだ、物事のアーキテクチャーに関わる分岐についての見解を述べてはいないのだ。

 次章ではその辺りのことを、一人の人物を題材に簡潔に説明しようと思う。

 

 

第三章 そして、世界は回り始める

 波多乃神奈という少女がいる。

 読者諸氏の分身にして、ブリンダーの樹の成長源となることを運命づけられた有馬たくやという男の前に現れる、一種独特な(誰かに似ていなくも無いが)雰囲気を持った不思議な少女である。

 彼女は、事有る毎にたくやの前に現れては意味深なことを呟き、その姿を消す。

 ある時は海岸で落雷事故のあることを予言し、ある時は龍蔵寺邸の庭にある井戸の前で剣ノ岬の地下から脱出してきたたくやと澪を待ち受け、又ある時は、時空の渦に飲み込まれたたくやの前に現れて、意識喪失寸前のたくやに、彼を諭すようなことを言う。

 とかく、得体の知れない少女だ。

 その彼女には、ある重大な秘密があった。

 読者諸氏もよくご存じだろう。彼女は、ある結晶体の助力無しにはその生命を保つことが出来ないのである。

 『超念石』と呼称される、青く輝く材質不明の結晶体。環境の変化に弱く、未加工ならば大気に触れるだけでも変質し、また、たとえ加工したとしても水に漬けてしまえば溶けだしてしまうという、難儀な性質を持った鉱石。

 読者諸氏の中にも、その感情故か、或いは目的のためか、別の並列世界でそれを手に入れ、死に瀕した彼女を救う役に使った人も多いだろう。いや、或いは全員がそうか……。

 ともかく、彼女には色々と一般の人間とは異なる部分が多い。

 彼女は一体、何者なのだろうか。

 神奈の大まかな素性について、YU−NOを一通り最後まで終わらせ、且つ、オプショナルルームである「音楽室」まで到達した人ならば、知っている人も多いだろう。

 彼女は、純粋な地球人ではない。こう言って語弊があるならば、「現状、地球上に存在する地球人とは、厳密な意味で異なっている」としておこう。

 彼女は、デラ=グラントの住人であったアマンダという女性の子である。

 デラ=グラントの人間は、その特異な環境下で生き延びるために施された体質改造の故に、特定の環境以外の場所では生きてゆけなくなってしまったという、何とも皮肉な体質を持ってしまった。

 アマンダもその例に漏れることはないだろう。

 デラ=グラントの人間が生存可能な環境――それは、超念石、或いはその成分を含んだ鉱石が側にある環境である。

 神奈が超念石無くして生きてはいけないという、あたかもエルリックのような体質に生まれついてしまったのも、母親であるアマンダのその特質を遺伝によって受け継いでしまったためだろう。

 だが、そうすると、彼女の父親の遺伝子はどこへ行ってしまったのか。否、そもそも彼女の父親とは誰なのだろうか?

 作中、波多乃神奈の父親については、ついぞ語られることはなかった。彼女には近親者と呼べる者はおらず、また、彼女自身、父親については一言も語ることはなかったのだから、その正体について、真実を知らぬ我々は推測する以外にない。

 そこで、彼女の父親の候補として、まず挙げられるのが「有馬たくや」である。

 彼は、デラ=グラントで数年を過ごした後、帝都の兵に妻・セーレスを間接的にとはいえ殺害されてからその仇をとるために帝都へ向かう途中、アマンダと子供が出来てもおかしくないような関係になっている。その後、彼女は偽・龍蔵寺によって時空の間隙に追い落とされるのだが、その時、彼女が飛ばされた先はご存じのように地球である(ただし、その正確な時間までは明らかではない。たくやがいた時代から数百年前とも約五十年ほど前とも言われるが、情報が錯綜して正確なところが判らないのだ)。

 そして、そこで彼女はひとりの子を産んだ。その子がおそらく神奈であろう。

 これだと筋も通る上、かなり納得できる。考えて見れば、たくや自身もデラ=グラントの民であるケイティアと広大の間に出来た子である。神奈の特異体質が両者からの遺伝によってもたらされたものだとするとかなり据わりがいい。もっとも、この場合には「たくやは超念石無しで平気な顔して生きてるじゃないか」という至極尤もな意見が噴出してくるのは日の目を見るより明らかだが、この際、ひとまずそれは置いておく。

 この路線でいくと、神奈の父親はたくやでまず間違いなさそうに思える。

 しかし、本当にそうだろうか。

 何か、別の可能性はないのだろうか?

 ここで、前章の最後で述べたことが生きてくる。

 第二章で筆者は、多方向からの因果の流入による並列世界の分岐について述べた。そして、その最後でこう書いた。「まだ、物事のアーキテクチャーに関わる分岐についての見解を述べてはいない」と。

 そう、筆者は時間移動(主に過去への移動)によって引き起こされる小さな世界分岐については述べたが、それとは関係なく、何らかの要因によって常に引き起こされている並列世界の分岐については述べていないのだ。

 世界は常に、どこかで発生している何らかの、複数の結果を発生させ得る原因によって、並列世界の分岐をおこなっている。

 身近で分かり易い例を挙げれば、サッカー日本代表が98年のフランス・ワールドカップへの出場権を手に入れるか入れないかというようなことでも、並列世界分岐はおこなわれているのだ。

 我々は既に日本がワールドカップへの出場権を勝ち取ったことを知っている。

 それは、もちろん、あの日の試合結果を我々が知っているからなのだが、では、あの試合が始まるまでは、どうだったろうか?

 誰も、日本が勝ってワールドカップ出場を決める、なんてことを「知っている」人はいなかったはずだ。なぜなら、試合はまだ始まっておらず、その試合の「結果」はまだ発生していなかったのだから、その「結果」を知っている人はいないはずなのだ。お断りしておくが、勝利を「確信」するのと「知る」のとでは全く違う。「確信」しているのは飽くまでも信じているのであって、結果を知っているのとは訳が違う。予知や未来視でもすれば話は別だが、筆者は、これらの予知や未来視といった類のものが、勝ち負けという大きな分類ならばともかく、何分に誰がどんな形でゴールを決め、前半何対何、後半何対何、延長に入るなら延長のいつ、どこの誰が決めたVゴールでどちらが勝ったか、等という詳細な形ではっきり明確に的中させた例を未だ知らない。

 我々の前に示された結果は「日本の勝利」というものだったが、場合によっては「引き分け」というものもあっただろうし、「日本の敗北」というケースも無かったわけではないだろう。すべては可能性と確率の問題なのだから。

 つまり、我々は「日本が勝ってワールドカップ出場権を手に入れた」という歴史の中にいるわけだが、あの時、「引き分けた世界」と「日本が敗北した世界」も同時に発生していたわけである。

 これを波多乃神奈という少女の発生するプロセスにあてはめると、「あの時、アマンダはたくやの子供を身籠もった」可能性と、「あの時、アマンダはたくやの子を身籠もらなかった」可能性の二つが発生するわけである。もっともそれも、あの状況に照らし合わせて言っているだけであって、もっと大局的に見れば、あの時、たくやがアマンダを抱かなかった可能性というのもあるのである。

 このように、並列世界が様々な局面の可能性によって複数に分岐していくものならば、神奈の父親はたくやではないかも知れないし、また、仮にたくやであったとしても、他の並列世界での神奈の父親がたくやであるとは限らないのだ。なぜなら、たくや以外の男とアマンダの間に出来た子が、たくやとアマンダの間に出来た子とよく似た容姿をしている可能性は、どんなに低かろうとゼロでない以上、誰にも否定できないのだから。

 こう言うと、読者諸氏の中には、「YU−NOのマップは一本の幹から発生しているのだから、大元の原因は一つじゃないのか? だったら、神奈の父親はたくやかたくや以外の誰かの二つに一つだろう?」と思われる方もいるかも知れない。

 だが、思い出して欲しい。筆者は、この論文を展開するにあたり、第一章の最後で、世界観をブリンダーの樹全体で捉えて話を展開していくと言った。

 そして、そう言う捉え方をする以上、YU−NOのマップに表されたルートの分岐は、飽くまでも目安的なものになり、たくやが事象跳躍を繰り返している以上、飛んだ、或いは飛ばされた世界が、今までいた世界と同一のものではない、或いは、予測通りの世界ではない可能性もあるのだ。

 たとえ、マップ上の一点にいるとしても、リフレクター・デバイスに時空座標を正確に指定する機能がない限り、そこが「よく似た別世界」でないとは誰にも断言できないのである。

 ましてや、時空の渦に巻き込まれたのなら尚更である。どこへ飛ばされるか、解ったものではない。

 思い出してほしい。YU−NO開始時の世界ですら、リフレクター・デバイスの暴走により飛ばされた本来のものではない世界であるという事を。まして、その飛ばされた世界でも、翌日、再会した亜由美の反応が「昨日は徹夜した」というものと、「昨日の夜は一緒にご飯を食べた」という二通りの反応が存在してるのだ。

 この事実だけでも、マップ上にはいるが実際には別の世界にいるということのささやかな証明にはならないだろうか。

 結論づけるならば、波多乃神奈の父親は、「有馬たくや」である可能性が非常に濃厚だが、たくやが移動した別の並列世界では、彼女の父親は「たくや以外の誰か」である可能性も又あるということになるのだ。

 とはいえ、どんなに様々な情報を総合して答えを導き出したとして、それが真であるかどうかは未だ謎のままである。

 なぜなら、真実を知るただひとりの人間が黙して何も語らないのだから。

 正解は常に一つである。

 この様に足掻いてみたところで実は虚しいだけなのかも知れない。

 だが、筆者はそれを無駄なことだとは思わない。

 闇の中に隠された真実を掴もうと試行錯誤する。それもまた、ゲームの一つの楽しみ方ではないだろうか?

 筆者はそう考えるのだ。

 

TOP PAGE

←掲示板へ

 

1