コラム:「強い日本の弱い円」への道のり=佐々木融氏
佐々木融 JPモルガン・チェース銀行 債券為替調査部長(2013年1月7日)
ドル円相場の急激な上昇が止まらない。昨年11月半ばに野田佳彦前首相が衆議院の解散を表明し、当時は野党の党首であった安倍晋三現首相(自民党総裁)が日本銀行にさらなる金融緩和を求める発言を繰り返し始めた頃から加速し、79円台半ば近辺から今年1月4日には88円台半ばと約1ヶ月半で11%も急騰した。
筆者は今回のドル円相場の急騰を一時的なものとみて、2013年中も過去2年以上続いていた75―85円のレンジを抜けないと予想していたが、これだけの急騰を受けて、昨年12月28日に予想レンジの上方修正を余儀なくされた。現在では13年中のレンジを80―90円と予想している。
特に13年前半は上昇傾向が続くとみており、とりわけ今後2週間ほどは、懸案だった米国「財政の崖」も何とか急場しのぎで回避され、雇用統計の発表も終わったことから、日米ともに市場に影響を与えそうな材料がなく、90円を超えてくる可能性も十分にあると考えている(13年のクロス円相場は上昇基調が続き、ユーロ円の上昇率が一番大きくなると予想している)。
当初の予想の背景には、13年の世界の金融資本市場は、投資家が積極的にリスクをとる、いわゆる「リスクオン」の状態になる可能性が高く、その場合、世界的に株価やコモディティ・エネルギー価格が上昇し、資本調達通貨である円とドルはともに弱くなるとの見立てがあった。この想定の大枠は今も変わらないが、 円が全般的に弱くなるとしても、米連邦準備理事会(FRB)が政策金利をゼロに維持し、量的緩和政策をとっている中では、ドルよりもさらに、かつ大幅に弱くなるとは予想していなかった。
筆者が見落とした、あるいは過小評価した点は、以下の3点だろう。第一に、貿易収支の赤字転換と円安期待の高まりの相乗効果。第二に、海外投資家の日本に対する見方の大きな変化。そして、それに呼応して変化し始めたと思われる国内投資家の見方だ。
第一点目を過小評価してしまった理由は、これまで貿易収支が黒字であった時には、何かしらの期待感から造成された短期的な円売りポジションは、輸出企業による円買いにぶつかって、最終的に巻き戻しを余儀なくされることが多かったためだ。貿易収支が赤字化し、赤字額も徐々に増加していく中では、期待感から造成された円ショートポジションは、これまでとは異なり、輸入企業による円売りによってサポートされている。
第二点目については、筆者は海外勢の安倍新政権に対する期待は比較的早期に後退すると予想していた。加えて、昨年2―3月のドル円相場の上昇時とは異なり、当初は米長期金利がほとんど上昇していなかったことからも、ドル円相場の上昇基調は維持できないとみていた。しかし、安倍新首相や政権幹部からの日銀に対する圧力は執拗に続き、財政も積極化させるとの姿勢が強い中で、日本の経済・政治に対する海外投資家の期待感も高まり、多少のことではそうした期待感は失望に変わりそうにない。 続く...