2007/7/28 13:44
前夜はこのツールを決めたはずだったラスムッセンの勝利の後、渋滞のオービスク峠を下り、休息日からの拠点としているポーには23時半にたどり着いた。隣のラボバンクのホテルの人だかりに気づいた。聞けば「ラスムッセンが除外」。もう驚きを通り越した、これ以上ない最悪のジョークだった。ある程度の予想はしていたが...。
検査で決まった除外でなく、チームが決めた判断。しかもウソが原因。「メキシコに言っていたとウソをついていた。ラスムッセンはフランスに居るが、ホテルにはもういない」と広報担当が簡単に説明。ホテルには深夜1時まで詰めたが、これ以上の進展はなかった。「残りの選手でチームが走るかどうかは明日選手たちが決める。どうかお静かにお引き取りください」。ジャンダルマリー(憲兵)が鋭い目で見守る中、大挙して押し寄せたメディアも帰るほかなかった。
そして翌朝も早朝からラボバンクのホテルにはメディアが押し寄せた。マネージャーのテオ・デローイ氏が出てきて説明する。「ミカエルはメキシコにいたとウソをついていた。チームの判断で彼をツールから除外し、解雇する。たしかに検査で陽性反応が出たわけじゃない。しかし今もっとも大切なのは"強い信頼"だ。それが選手とレースをつないでいる。それを損なった彼を走らせることはできない。我々はツールに敬意を払い、この決断を下す」。
エリック・ブロイキンク監督は言う「今朝の話し合いは長くはなかった。今ここで投げ出して止めてしまうのは簡単だろう。けれど続けることにした。僕らは今いいチームで将来がある。もし止めたら、たくさんの待っていてくれる観客にも良くない。ツール・ド・フランスに対するリスペクト(尊敬)の念もある。ともかくパリまで走り続けようと決めたんだ。
ただ、メンショフだけはリタイヤする。彼と朝話し合ったが、もう頭の中が空っぽで走り続けることができないということだった。それはしょうがない。彼は帰すことにしたんだ。
エリック・デッケル助監督は言う「まずチームは大きく失望している。選手たちは昨夜の帰路までは誇りを感じていた。まさにツールに勝とうとしていたのだから、どんなに喜んでいたことか。昨夜この決定をした後、最初、選手たちは帰りたがった。こんな状況になった今、気温30度のなか時速45km/hで走り続ける理由がどこにあるのか?と...」。
スタートの準備を整えた選手、ブラム・デフロート(オランダ)は言う「ともかくひどい夜だった。走ることには決めたが、これからの4日間、パリまでもそうだろうか。でも続けるよ。ヴィノクロフの問題で、観客からのブーイングは本当に心に突き刺さってきた。それが今度は自分たちのチームに向けられるだろう。これ以上つらいものはない。しかし応援と励ましてくれる声も大きい。ツールがカオスな状況なとおり、僕の心もカオスだ」。
クリスティアン・モレーニの陽性で同じ朝ツールを去るコフィディス。同宿するほかのチームより早めに動き出し、荷物をまとめ帰り支度を始めていた。昨日のステージでついた自転車を汚れを洗うメカニックの仕草はいつもより荒く、作業をしながら泣いている者も居た。
バスの運転手がこうもらす。彼は5月のジロで見習いを始め、このツールから給料の出る仕事として来ていた。
「がっかり。でも僕はまだいい。仕事を始めたばかりだからね。でも選手のドーピングはスタッフも苦しめる。いったい何人の関係者が居ると思う?プロレースはアソビじゃない、仕事なんだ。生活そのものでもあるんだ。大馬鹿者の自分勝手な行動が関係者の職を奪うことにつながるんだ。責任の取れないヤツは選手になる資格なんかないよ」。
金曜の昼12時40分、つまりスタート5分前にオーガナイザーはラスムッセンのチームによる除外を正式に受け入れた。つまりマイヨジョーヌ不在でこのステージを走ることが決まった。
朝のヴィラージュで行われたASO代表のプリュドム氏とクレルク氏の声明発表の内容は後ほど詳細にお伝えするが、プリュドム氏は「ラスムッセンの離脱はここ数日に起こったことの中で最良の出来事だ。もっとも大切なことは、ツール・ド・フランスを愛する観客たちの手に返すことだ。ツールは続く。ルールを守り、このスポーツを愛し、ルールに乗っ取り鍛えてきた選手たちによって」と話した。
イェンス・フォイクト(チームCSC)は言う「ラスムッセンのニュースには本当に打ちひしがれた。受け入れがたく、失望した。僕らサイクリストのイメージはすでに大きなダメージを受けている。もう充分なぐらいに。それは取り返すのが難しいほどだろう。しかし何とかしないといけない。これからも真剣に考えていかなくちゃいけない問題だ。問題を起こす選手は蹴り出せ! この世界を壊すヤツは蹴り出せ! ビッグな選手もスモールな選手も、関係者皆が今よりもっと力をあわせていかなければいけない」。
ブリュイネール監督(ディスカバリーチャンネル)は「今までヴィノクロフの件で大きなショックを受けてきたけれど、昨日は夜遅くにその知らせを聞いてとても驚き、ショックだった。
昨ステージで我々は全力で闘って、勝てなかった。ラスムッセンがもっと強かったからだ。でも彼が居なくなり、今こうしてコンタドールが首位に居る。我々はもちろんツールに勝つことを狙って来たのだが、それはどこか変な感じだ。やはり"いい気持ち"ではいられない。レースはコースの上で決まるべきものだからね。しかも最後の山のステージが昨日で終わって、パリまでもう4日間しかない。ただ、選手には"色々な雑音があると思うがレースに集中すること"と伝えた。2日間のつなぎステージがあるが、タイムトライアルが非常に重要だ。チームは次の決定をして気持ちを切り替えた。
ツールは他のレースに比べられないほど大きなレース。見ての通り沿道に集まった観客はツールを愛している。その途中でこんなことになってしまったことについては、悲しい。他に何とも言葉が見つからない」。
「今日コンタドールはマイヨジョーヌを着ないのか?」と訊かれ、ブリュイネールはこう応えた。「マイヨジョーヌは昨ステージまでで勝ちとった者が着るもの。その選手が居ないのだから今日は誰も着ない。今までにも怪我でリーダーがいなくなったケースなどがあるけれど、それと同じこと。それは極めて普通のことだ。白か黄色か、我々に選択権があったとしても、今朝は黄色は選ばないよ」。
繰上げリーダーになったコンタドールは「ラスムッセンのニュースは、昨夜遅く、ゆっくり休んでいるときに聞いたから驚きだった。チーム(ラボバンク)が決定したことについては充分理解していないから、僕には何もジャッジできないよ」。
ヴィノ爆弾を受け、昨日スタート地点で起こったストライキ。「選手すべてがドーピングしているんじゃない、信じて欲しい」「ノーマルなレースが欲しい」...。ここまでの状況に対するフラストレーション。走る気持ちの下降。このままじゃツールがなくなるという危機感。フランス人選手たちを主とした動きに、選手同士の意思もまとまらない。しかし変わらずに応援してくれる観客たち。いろいろな感情が入り混じった、まさにカオスな状態だった。ますます悪化した状況に「今日選手たちはレースをボイコットするかもしれない」そういった心配の声もあったが、選手たちは走り出した。ラボバンクが走ることを表明したことで、選手の意識は昨ステージのストライキのときよりもまとまっていた。「ツールを今ストップすべきじゃない。自分たちのためにも、観客のためにも」。
逃げを決めてステージ優勝を飾ったベンナーティ。ただスプリンターというだけではない、新しいスタイルで成功した。ここまでも厳しい山岳の上りで先頭を引くなど、新たな能力を身につけ、進化した様子が見られた。
「ツール第3週の集団スプリントで勝つことは難しくなる。だから今日は逃げたんだ。でも最後は容易じゃなかった。一緒に逃げた選手は皆強く、そして最後は僕が一番スプリントがあると知っていたから、皆が僕だけに対してレースをしていた。しかし僕はとても集中していたよ。フォイクトが行ったときも逃さなかった。そして少人数でのスプリントならではの難しさもある。
そしてもうひとつ大切なのは、今日のような長い逃げの後のスプリントでは、フレッシュな脚が必要。いつもスプリントに強いからといって勝てるわけじゃないということ」。
マイヨジーヌはコンタドールのものになった。授与式での複雑な表情は、「勝ち取ったものじゃない」とでも言いたげだった。そしてそのマイヨジョーヌを着て記者会見に臨んだ。すさんだ記者からの質問は、またしても「君はクリアなのか? オペラシオン・プエルトとの関与を話してくれ」だった。
昨年のツールでオペラシオン・プエルトのリストに名前が挙がり、出場前夜に除外されたコンタドール。しかしその後の捜査で関与については認められなかったことが判明している。休息日のブリュイネール監督はプレスに対し「UCIはこの事件にコンタドールの名前を含めたことが間違いだったことを認めている」とコメントしている。何度も同じ質問が繰り返される。ツールを取り巻く空気は今、淀んでいる。
コンタドールは言う「僕はクリアだ。そうでなかったらここにいない。僕はタイミング悪く、悪いチームにいただけ。あの事件とは何の関係もない。レース中もそうでないときもドーピング検査はすべてクリアしている」。
夢だったマイヨジョーヌがこんなカタチで転がり込んできた。「マイヨジョーヌは夢だった。もちろん嬉しい。リーダーにもし落車や不運が起こったとき、2番目の選手が繰り上がる。今回のケースはちょっと変だけど、僕に有利な状況はいかさないといけない」。
振り出しに戻ったツールに残る日は少ない。しかも総合争いの勝負を決めるのは土曜日の個人タイムトライアルだけだ。
ツール・ド・フランス2007 現地レポート第17ステージ グラフィックス
photo&text:Makoto.AYANO
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ツール・ド・フランス2007現地レポート 第17ステージ by綾野 真
残り4日で振り出しに戻ったツール
『ラボバンクチームの周りには報道陣が集まる』 |
『スタート前に質問が集中するラボバンクのエリック・ブロイキンク監督』 |
『スタート前にインタビューを受けるブラム・デフロート(オランダ、ラボバンク)』 |
検査で決まった除外でなく、チームが決めた判断。しかもウソが原因。「メキシコに言っていたとウソをついていた。ラスムッセンはフランスに居るが、ホテルにはもういない」と広報担当が簡単に説明。ホテルには深夜1時まで詰めたが、これ以上の進展はなかった。「残りの選手でチームが走るかどうかは明日選手たちが決める。どうかお静かにお引き取りください」。ジャンダルマリー(憲兵)が鋭い目で見守る中、大挙して押し寄せたメディアも帰るほかなかった。
そして翌朝も早朝からラボバンクのホテルにはメディアが押し寄せた。マネージャーのテオ・デローイ氏が出てきて説明する。「ミカエルはメキシコにいたとウソをついていた。チームの判断で彼をツールから除外し、解雇する。たしかに検査で陽性反応が出たわけじゃない。しかし今もっとも大切なのは"強い信頼"だ。それが選手とレースをつないでいる。それを損なった彼を走らせることはできない。我々はツールに敬意を払い、この決断を下す」。
エリック・ブロイキンク監督は言う「今朝の話し合いは長くはなかった。今ここで投げ出して止めてしまうのは簡単だろう。けれど続けることにした。僕らは今いいチームで将来がある。もし止めたら、たくさんの待っていてくれる観客にも良くない。ツール・ド・フランスに対するリスペクト(尊敬)の念もある。ともかくパリまで走り続けようと決めたんだ。
ただ、メンショフだけはリタイヤする。彼と朝話し合ったが、もう頭の中が空っぽで走り続けることができないということだった。それはしょうがない。彼は帰すことにしたんだ。
エリック・デッケル助監督は言う「まずチームは大きく失望している。選手たちは昨夜の帰路までは誇りを感じていた。まさにツールに勝とうとしていたのだから、どんなに喜んでいたことか。昨夜この決定をした後、最初、選手たちは帰りたがった。こんな状況になった今、気温30度のなか時速45km/hで走り続ける理由がどこにあるのか?と...」。
スタートの準備を整えた選手、ブラム・デフロート(オランダ)は言う「ともかくひどい夜だった。走ることには決めたが、これからの4日間、パリまでもそうだろうか。でも続けるよ。ヴィノクロフの問題で、観客からのブーイングは本当に心に突き刺さってきた。それが今度は自分たちのチームに向けられるだろう。これ以上つらいものはない。しかし応援と励ましてくれる声も大きい。ツールがカオスな状況なとおり、僕の心もカオスだ」。
・コフィディスは帰る
『荷物をまとめて撤退中のコフィディスチーム』 |
バスの運転手がこうもらす。彼は5月のジロで見習いを始め、このツールから給料の出る仕事として来ていた。
「がっかり。でも僕はまだいい。仕事を始めたばかりだからね。でも選手のドーピングはスタッフも苦しめる。いったい何人の関係者が居ると思う?プロレースはアソビじゃない、仕事なんだ。生活そのものでもあるんだ。大馬鹿者の自分勝手な行動が関係者の職を奪うことにつながるんだ。責任の取れないヤツは選手になる資格なんかないよ」。
・マイヨジョーヌなしのスタート
『 ポーの街をスタートしていく選手たち』 |
朝のヴィラージュで行われたASO代表のプリュドム氏とクレルク氏の声明発表の内容は後ほど詳細にお伝えするが、プリュドム氏は「ラスムッセンの離脱はここ数日に起こったことの中で最良の出来事だ。もっとも大切なことは、ツール・ド・フランスを愛する観客たちの手に返すことだ。ツールは続く。ルールを守り、このスポーツを愛し、ルールに乗っ取り鍛えてきた選手たちによって」と話した。
イェンス・フォイクト(チームCSC)は言う「ラスムッセンのニュースには本当に打ちひしがれた。受け入れがたく、失望した。僕らサイクリストのイメージはすでに大きなダメージを受けている。もう充分なぐらいに。それは取り返すのが難しいほどだろう。しかし何とかしないといけない。これからも真剣に考えていかなくちゃいけない問題だ。問題を起こす選手は蹴り出せ! この世界を壊すヤツは蹴り出せ! ビッグな選手もスモールな選手も、関係者皆が今よりもっと力をあわせていかなければいけない」。
・戦いに負けたが転がり込んだ首位の座
『 監督としてツール・ド・フランス8勝目の可能性が高くなったディスカバリーチャンネルのヨハン・ブリュイネール監督』 |
昨ステージで我々は全力で闘って、勝てなかった。ラスムッセンがもっと強かったからだ。でも彼が居なくなり、今こうしてコンタドールが首位に居る。我々はもちろんツールに勝つことを狙って来たのだが、それはどこか変な感じだ。やはり"いい気持ち"ではいられない。レースはコースの上で決まるべきものだからね。しかも最後の山のステージが昨日で終わって、パリまでもう4日間しかない。ただ、選手には"色々な雑音があると思うがレースに集中すること"と伝えた。2日間のつなぎステージがあるが、タイムトライアルが非常に重要だ。チームは次の決定をして気持ちを切り替えた。
ツールは他のレースに比べられないほど大きなレース。見ての通り沿道に集まった観客はツールを愛している。その途中でこんなことになってしまったことについては、悲しい。他に何とも言葉が見つからない」。
「今日コンタドールはマイヨジョーヌを着ないのか?」と訊かれ、ブリュイネールはこう応えた。「マイヨジョーヌは昨ステージまでで勝ちとった者が着るもの。その選手が居ないのだから今日は誰も着ない。今までにも怪我でリーダーがいなくなったケースなどがあるけれど、それと同じこと。それは極めて普通のことだ。白か黄色か、我々に選択権があったとしても、今朝は黄色は選ばないよ」。
繰上げリーダーになったコンタドールは「ラスムッセンのニュースは、昨夜遅く、ゆっくり休んでいるときに聞いたから驚きだった。チーム(ラボバンク)が決定したことについては充分理解していないから、僕には何もジャッジできないよ」。
・止まることなく走り続けるツール
『 スタートしないフランスチームの選手たちをかき分けて前に出るウラディミール・カルペツ(ロシア、ケスデパーニュ)』 |
・逃げられるようになったベンナーティ
『 レース後のインタビューで笑顔を見せるダニエーレ・ベンナーティ(イタリア、ランプレフォンディタル)』 |
「ツール第3週の集団スプリントで勝つことは難しくなる。だから今日は逃げたんだ。でも最後は容易じゃなかった。一緒に逃げた選手は皆強く、そして最後は僕が一番スプリントがあると知っていたから、皆が僕だけに対してレースをしていた。しかし僕はとても集中していたよ。フォイクトが行ったときも逃さなかった。そして少人数でのスプリントならではの難しさもある。
そしてもうひとつ大切なのは、今日のような長い逃げの後のスプリントでは、フレッシュな脚が必要。いつもスプリントに強いからといって勝てるわけじゃないということ」。
・複雑なマイヨジョーヌ授与式、アンハッピーな記者会見
『 マイヨジョーヌに初めて袖を通したアルベルト・コンタドール(スペイン、ディスカバリーチャンネル)』 |
昨年のツールでオペラシオン・プエルトのリストに名前が挙がり、出場前夜に除外されたコンタドール。しかしその後の捜査で関与については認められなかったことが判明している。休息日のブリュイネール監督はプレスに対し「UCIはこの事件にコンタドールの名前を含めたことが間違いだったことを認めている」とコメントしている。何度も同じ質問が繰り返される。ツールを取り巻く空気は今、淀んでいる。
コンタドールは言う「僕はクリアだ。そうでなかったらここにいない。僕はタイミング悪く、悪いチームにいただけ。あの事件とは何の関係もない。レース中もそうでないときもドーピング検査はすべてクリアしている」。
夢だったマイヨジョーヌがこんなカタチで転がり込んできた。「マイヨジョーヌは夢だった。もちろん嬉しい。リーダーにもし落車や不運が起こったとき、2番目の選手が繰り上がる。今回のケースはちょっと変だけど、僕に有利な状況はいかさないといけない」。
振り出しに戻ったツールに残る日は少ない。しかも総合争いの勝負を決めるのは土曜日の個人タイムトライアルだけだ。
ツール・ド・フランス2007 現地レポート第17ステージ グラフィックス
photo&text:Makoto.AYANO
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