保育所や保育士を増やすのも大事ですが、働く母親たちが求めるものはさまざまです。
横浜市のNPOが子育て中の母親に行ったアンケートでは、4割の人が保育所探しで「不満」「やや不満」と答えました。
「自宅や通勤経路から遠い」「パートでは入所できない」「保育所の受け入れの時間が合わない」といった理由からでした。
そうした母親たちの声にきめ細かく応えようという動きが始まりました。
横浜市の保育所です。
駅からは徒歩3分。
保護者たちは通勤途中に子どもを預けていきます。
そして午前8時過ぎ。
こんどは、3歳以上の子どもたちが保育所から出かける準備を始めます。
子どもたちを乗せたバスが向かったのは、駅から離れた郊外にある別の保育所。
この保育所には広い専用の園庭があります。
子どもたちは、日中をここで過ごします。
この取り組みは横浜市が始めました。
駅に近い保育所には人気が集中する一方、郊外の保育所には、3歳以上に比較的空きがあります。
そこで、郊外の12の保育所に保護者に代わってバスで子どもたちを送り届けます。
施設のより充実した保育所に預けたいという、保護者のニーズに応えようという取り組みです。
夕方、再び駅前の保育所に戻ってきた子どもたちは、ここで保護者の迎えを待ちます。
最長で午後9時まで、子どもを預けることができます。
この保育所に子どもを預ける母親からは「大きいですね、毎日のことなので。すごく遠い保育園だったら、自分が毎日通わなきゃ行けなくなっちゃうんで」「駅に近くて便利で。保育園のおかげで仕事ができていると思っています」と、喜びの声が聞かれました。
一方、これまで保育所を利用できなかった母親たちに応えようという取り組みも始まっています。
ことし2月に横浜市に開設された認可外の保育所です。
子どもを預けているのは、パート勤務や就職活動中の母親たち。
いずれも認可の保育所には預かってもらえなかった人たちです。
この施設は、週1日、3時間から誰でも利用することができます。
求職活動中の母親は、
「やっぱり預け先が確保できていないと、採用する側も考えてしまうところがあるようなので、本当に『働くことをあきらめないですむ』という強い希望が持てたことになります」と話しています。
認可の保育所では原則、週4日以上働いていなければ子どもを預けられません。
そこでこの保育所では、広さや保育士の数について国の基準を満たしたしながら、あえて認可をうけないことで、こうしたサービスの提供を可能にしたのです。
この保育所を開設した菊地加奈子さんは、4人の子どもの母親です。きっかけは自身の体験でした。
出産を機に会社を辞めた菊地さん。2人目を出産後、再就職を目指しましたが、子どもを預ける施設が見つかりませんでした。
さらに2年前に社会保険労務士の資格をとり、個人事務所を開業した際にも、自営業で勤務時間が一定でないと、再び入所できなかったのです。
菊地さんは「認可の基準というのはやはり朝から夕方まで週5回、就労しているというのが、実態として条件になってきますので、それならば自分だけでなく、ほかのお母さんも助けてあげられるような場所を作りたい。では保育園を作ってみようということになりました」と振り返ります。
さらに、子育て中の保育士がこの保育所で働く際には、子どもを優先的に預けられるようにしました。認可保育所ではできない取り組みです。
1歳の子を持つこの保育士の女性も、保育所に子どもを預けながら働いています。「子どもを預ける先が会社にあったりとか、子どもを連れて仕事に行けたりとか、あとはお休みしやすかったりすると働きやすいのかなと思います」と話しています。
この認可外保育所では「子ども連れでも働けます」と募集したところ、10人の定員に50人が応募。
現在、子どもを預けて働く保育士は3人に上っています。
菊地さんは「本人たちも生きがい、やりがいが見つかって楽しそうですし、私も本当によかったなとうれしく思っています」と話してくれました。
さらに4月からは、企業との提携にも乗り出しました。
認可外の保育所ならではの取り組みです。
企業が子育て中の母親に働き方をあわせることで、再就職につなげようという考えです。
この日、訪問したのは、施設から歩いて5分の自動車販売会社です。
この会社では、店舗の拡大に伴って、パート勤務での子どもをもつ女性の採用を検討しています。
しかし、預け先が見つからず、採用できなかったケースが出ているのです。
そこで菊地さんは、自身が運営する保育所を、いわば企業の託児所代わりに利用したらどうかと提案しました。
子育て中の女性にとっては預け先を探す不安が無くなるうえ、企業にとっても採用がしやすくなります。
菊地さんは「事業所内託児が、ほんの歩いて数分のところにあるという感覚で利用していただけると、お母さんたちも安心ですし、手軽に保育と採用が進められます」とアピールします。
自動車販売会社の長瀬隆史社長は「託児所があったりとか、面接にも気軽にお子さんと来て下さいと書いて、募集していきたいと思います」と話していました。
菊地さんのように、子育て中の母親がみずから開設した保育所は、現在、横浜市内で10以上に上ります。
母親がみずから状況を変えようという動きが、広がり始めています。
菊地さんは「本当に能力のあるお母さんってたくさんいるんですけど、それを生かせずにあきらめてしまうというのは、すごくもったいないことだなと。いろんな多種多様な働き方、生き方があると思うので、そこをあきらめずに、まずは最初のハードルである保育園、子どもの預け先ということで多様な働き方を応援したい」と保育所への思いを語ってくれました。
取材にあたった横浜放送局の飯田暁子記者は、次のように話しています。
「これまでの取り組みというのは、事実上、フルタイムで働く人たちに重点をおいて、進められてきました。横浜市ではそうした取り組みが進んだ結果、それ以外の働き方の女性たちがこれまで置き去りにされてきた現状が、改めて明らかになってきていると思います。保育所を開設した女性のように、女性たち自身の取り組みだけでなく、働く意欲があるのに、保育所に子どもを預けられない、こうした女性たちへの新たな対応がいま行政には求められていると思います。
すでに企業の中には、短時間勤務やフレックス勤務など、子育て中の親たちがより働きやすい制度を整えているところも出てきています。
今後、待機児童の解消を進めていくためには、こうした取り組みを通じて、子育てしながら働く親のだれもが、安心して子どもを預けられる環境作りを進めていくことが必要だと感じました」。