エ ル ム の 鐘 交 響 楽 団 
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エルムの鐘交響楽団とは
>> エルムの鐘交響楽団とは   コンセプト /  指揮者 / トレーナー
 

 1994年、北海道大学交響楽団OB有志が発起人となって活動を開始したアマチュアオーケストラで、東京都内で活動しています。
 現在、約90名の団員のうち、北海道大学交響楽団OBは約3割にすぎず、 大部分はこのオケの「音色にこだわり、アンサンブルを楽しむ」という ポリシーに共感して集まった仲間たちです。

毎回の練習を楽しく、充実したものにすることをモットーに活動しています。 ただ本番だけうまく行けば良いというのではなく、音楽を作り上げていく過程の すべてを、皆で楽しもうということです。  演奏曲目も、北欧・ロシアものなどのほか、普段アマチュアが取り上げる事の少ない曲目にも積極的にチャレンジしています。

 また、読響のソロ・コンサートマスターである藤原浜雄氏を招いた「弦楽器合宿」、金管アンサンブル、歌の飛び入り大歓迎の「第九を楽しむ会」、「スティーヴのびっくり箱」など、演奏会以外の活動も活発に行っています。

「エルムの鐘交響楽団」という名前の由来  

昔、北海道大学には、時を告げるためにエルム(ハルニレのこと)の木に ぶら下げて使っていた「エルムの鐘」というのが ありました。設立の際、発起人たちの「北のロマンチシズム」を表現したい というこだわりを象徴する名前として、「エルムの鐘交響楽団」としました。

 なお、団員の間では団の略称として「ES"O」「エゾ」などを用いることがあります。
 これは「Elm Symphony Orchestra」の頭文字に、「”(=quotation mark)」を鐘(Bell)に見立てて付け加え、同時に北海道の「蝦夷」を引っ掛けたものです。

           
これまでの主な演奏曲目  

■シベリウス:交響曲全曲(1番〜7番)、ヴァイオリン協奏曲(独奏:藤原浜雄)
■ブラームス:交響曲全曲、ヴァイオリン協奏曲(独奏:藤原浜雄)
■プロコフィエフ:交響曲5番、7番、組曲「ロミオとジュリエット」
■エルガー:エニグマ変奏曲
■バルトーク:管弦楽のための協奏曲、ヴァイオリン協奏曲2番(独奏:藤原浜雄)
■ストラヴィンスキー:バレエ音楽「ペトルーシュカ」、組曲「火の鳥」
■チャイコフスキー:交響曲3番、5番、6番「悲愴」
■ハチャトゥリアン:組曲「ガイーヌ」、「仮面舞踏会」
■ベートーヴェン:交響曲6番「田園」、8番
■ドヴォルザーク:交響曲7番
■R・シュトラウス:オーボエ協奏曲(独奏:林憲秀)
■ヒンデミット:画家マチス、至高の幻想
■ミヨー:屋根の上の牛、プロヴァンス組曲

   
 

conductor
 

林 憲秀  Norihide Hayash林 憲秀  Norihide Hayash

東京生まれ。
桐朋高校(普通科)在学中よりオーボエを本間正史に師事。桐朋音大入学後に渡米、ニューヨーク・マンハッタン音楽院に編入し、オーボエをジョゼフ・ロビンソンに師事。同校在学中よりマンハッタン・バロック、アンサンブル・ハートレンチング、ニューヨーク・ユースシンフォニー等で活躍。ロングアイランド・ユースオーケストラにはコーチ兼ソロオーボエ奏者として、世界ツアーに参加。、ヨーロッパ、アジア各国にてコンサートに出演。その後ニューヨーク州立大大学院に進み、奨学生としてオーボエをロバート・ボッティに師事。修士課程終了の際、同校よりアルビン・ブレム賞を授与され、記念コンサートに出演。同年パーチェ−ス交響楽団の定期演奏会にて協奏曲デビューを飾る。

その後も、ニューヨークフィルハーモニックのエキストラ、ソロオーボエ奏者バート・ルカレッリ氏のアンサンブルにイングリッシュホルン奏者として参加するなどして活躍。その他ニューヨークのラジオ局「WQXR」主催のレクチャーコンサートに師のロバート・ボッティと出演、好評を得る。ニューヨーク州立大ストーニ−ブルック校博士課程にて研鑽を積みながら、助手として後進の指導、学内の仕事にも従事。また、メキシコ州立交響楽団の首席オーボエ奏者としても活躍し、メキシコ・サカテカス音楽祭にソリストとして招聘された。

帰国後は株式会社花曜社代表を務める傍ら、アマチュアオーケストラや、アンサンブルの指導を行っている。


 

― これまでお世話になった指揮者をご紹介します ―

 
 

佐々木 新平  Shimpei Sasaki

1982年秋田県生まれ。
秋田県立秋田南高等学校、東京学芸大学教育学部芸術文化課程音楽専攻(音楽学)を経て、 桐朋学園大学にて指揮を学ぶ。
2006年、ルーマニア・ブラショフで開催されたディヌ・ニクレスク国際指揮者セミナーに参加。 期間中ガラ・コンサートに出演。
2008年、2009年と上野学園大学にて「下野竜也氏による指揮マスターコース」を受講、同氏の指導を受ける。また期間中成績上位者として選出され、同大オーケストラを指揮する。
2010年より2年間、東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団指揮研究員をつとめ、飯守泰次郎、矢崎彦太郎両氏をはじめとする指揮者のもとで研鑽を積んだ。在任中尾高忠明、金聖響、鈴木雅明、パスカル・ヴェロ、阪哲朗、宮本文昭各氏のアシスタントを務めた。2011年4月の東京シティ・フィル特別演奏会ではワーグナー『ローエングリン』の編曲補筆を担当し、好評を得た。
2012年6月にはオーディションを経て、オランダはフローニンゲンにて指揮国際マスタークラスに参加。ヨルマ・パヌラの指導を受ける。ファイナルコンサートでの指揮は、オーケストラ、聴衆双方から絶賛を博した。
これまでに東京シティ・フィル、東京混声合唱団、北オランダ響(オランダ)、ブラショフ・フィル(ルーマニア)、オーケストラ・カダケス(スペイン)他多くのオーケストラ、吹奏楽団、合唱団を指揮。
指揮を秋山和慶、井崎正浩、小泉ひろし、曽我大介、ヨルマ・パヌラ、音楽学を久保田慶一、遠藤徹の各氏に師事。

ARCチェンバーオーケストラ常任指揮者。 豊島区管弦楽団常任指揮者。




 

 
 

江上 孝則  Takanori Egami

東京学芸大学教育学部音楽科作曲専攻卒業、東京芸術大学音楽学部指揮科卒業、同大学院修了。
ソルフェージュを佐藤幹一、作曲を住谷智、佐藤眞、指揮を伊藤栄一、遠藤雅古、マルティン・メルツァー、 ピアノを塚原晴美、ヴァイオリンを二村英比古、ヴィオラを浅妻文樹諸氏に師事。

文化庁在外派遣研修員として、ミラノ・スカラ座、ウィーン国立歌劇場に於いてカルロ・マリア・ジュリーニ、 リッカルド・ムーティ両氏のもとで研鑚を積む。松本市で開催されるサイトウ記念フェスティヴァルや、 新日本フィルハーモニー交響楽団オペラシリーズにて、小澤征爾氏のアシスタントを務めた。
N響団友オーケストラ、新日本フィルハーモニー、東京フィルハーモニー交響楽団、東京都交響楽団などを指揮。

現在、日本大学芸術学部講師、二期会オペラ研修所講師、日本オペラ振興会オペラ歌手育成部講師。
昭和音楽大学ジュニアオーケストラ常任指揮者。NHK交響楽団定期演奏会にて、シャルル・デュトワ、ウラディーミル・アシュケナージ氏と共演(二期会合唱団を指揮)。




 

 井田 勝大  Katsuhiro Ida

鳥取県出身。東京学芸大学音楽科卒業、同大学院修了。

2003年から来日オペラ団体日本公演の制作助手を務め、ミラノ・スカラ座、ウィーン国立歌劇場、バイエルン国立歌劇場、東京のオペラの森などで、小澤征爾、ズービン・メータなどのアシスタントを務める。
2004年には江戸開府400年記念東京文化会館事業「あさくさ天使」に副指揮者として参加。2006年東京バレエ団「ドナウの娘」日本初演にあたっては指揮者アシスタントとして楽譜の修正を含め大きな役割を果たした。
また国内外の多くの指揮者のアシスタントとしてオーケストラでは東京フィルハーモニー交響楽団や大阪センチュリー交響楽団、東京シティフィルハーモニック管弦楽団などと共に仕事をしている。
2007年からは熊川哲也率いるK-Ballet Companyの指揮者として活動している。
その他、アマチュアを含め多くのオーケストラや合唱団などを指導している。

トランペットを田宮堅二、田中昭、山城宏樹各氏に師事、指揮法を山本訓久、高階正光各氏に師事。




 

中橋健太郎左衛門(なかはしけんたろうざえもん)
Kentarozaemon Nakahashi

1971年大阪生まれ。桐朋学園大学音楽学部卒業。
'94年、第四回日本室内楽コンクール入選。
'95年、WAKI PIANO COMPETITION 入賞。
'96年10月、キーロフ歌劇場日本公演音楽スタッフ。
'97年、北九州国際音楽祭審査員特別賞。
'99年5月、松江市制110周年記念事業オペラを指揮。
'01年7月、東京混声合唱団を指揮。
新日本フィル、東京交響楽団の定期演奏会や、
新国立劇場、二期会、藤原歌劇団、日生劇場、
小澤征爾オペラ プロジェクト他のオペラ公演に於いて、
副指揮者、合唱指揮者、コレペティトゥーアとして活動している。
ピアノ奏者としても多くの演奏会に出演。


 
西村 友 You Nishimura
公式HP

神奈川県生まれ。
音楽好きの両親に育てられるが中学生まで純然たる野球少年だった。県立高校卒業後東京音楽大学器楽科に入学。後に作曲・指揮者の道を志し転向。

はじめ松本紀久雄氏の門をたたき、のち紙谷一衛氏のもとで研鑚を積む。オペラ「きらら」等で氏のアシスタントを務める。その後作曲家・三枝成章氏の事務所、メイ・コーポレーションでのアシスタント等を経て以降フリー。管弦楽、吹奏楽、合唱、ミュージカル、その他様々なジャンルで活躍している。

表現力豊かなイマジネーションをもって進めていくリハーサルは、音楽の全てを演奏者とともに余すところなく引き出していく。また、その内容も年毎に深さを増している。熱く情熱的なその音楽と、明瞭で情緒に富む解釈は演奏者、聴衆ともに惹きつけてやまない。他の表現手段、特に美術・文学への強い好奇心は、創造力と想像力、叙情性と描写性において、彼の音楽を根本で支えつづけている。また作曲者としての観点から現代音楽への造詣も深く、若い作曲家の作品の初演なども手がけている。

 指揮を紙谷一衛、故松本紀久雄両氏に、ピアノを鈴木かおり、渡辺真知子両氏に、和声・作曲法を糀場富美子、服部京子両氏に、楽器法を山本孝氏にそれぞれ師事。パレット・ミュージック・オフィス所属。

 現在劇団四季のミュージカル『ライオン・キング』の指揮者のほか、 ミュージカル「ルビチ」のアレンジ、バレエ「ジャン・コクトー」のアレンジ・音楽監修、ミュージカル「家なき子」のアレンジ・指揮、「椿姫」「カルメン」「愛の妙薬」等々オペラの副指揮、「兵士の物語」、市民ミュージカル・オペラなど舞台音楽も多く手がけている。また海外での演奏の機会も得るなど、ますます活動の場が広がりつつある。また 国内の様々なアマチュア楽団との演奏会も時間の許す限り積極的に行っており、プロ・アマ関係無く音楽の素晴らしさを体中から放っている。
'03サンクトペテルブルクで行われたプロコフィエフ国際指揮者コンクール本選出場を果たす。同地にて得た知己により海外での演奏機会も増えつつある。エドゥアルド・マータ国際指揮者コンクールの第一次予選も通過している。
(西村氏のHPより転載)


 
スティーヴェン・ドミニク・エレリ Stephen Dominic Ellery 

 1966年、イギリス、エクスター生まれ。
 1988年、バーミンガム音楽院をクラリネットと作曲で最優秀成績で卒業。特に優秀 な成績を納めたとして同音学院作曲賞受賞。また、サクソフォン奏者としてその年 のバーミンガム・ジャズソリスト賞を受賞。
 その後、ポーランド政府奨学金を得て、クラコフ・アカデミーでイェルジ・カトレヴィツに師事、指揮を学ぶ。 1991年、ソビエト文化省から奨学金を受け、サンクトペテルブルグ音楽院で、世界的に有名なイリヤ・ムーシン教授の元、さらに指揮を学ぶ。
 1997年、バーミンガム音楽院名誉会員となる。 ペルーのアレキパ交響楽団で芸術監督を務める。 サンクトペテルブルグでゴルコフスカヤ・オーケストラの助席指揮者、ヤクーツク・オペラ・バレエ劇場の指揮者及び、ウラジオストク・オペラ交響楽団の指揮者を兼任する。 ペルー国立交響楽団で3度指揮をする。
 1998年、日本の文化庁から奨学金を受け、東京藝術大学で指揮を学ぶ。
 1999年1月にクラスノヤルスク・アカデミック 交響楽団、同年4月に大阪フィルハーモニック・オーケストラ、そして最近では、 インドのカルカッタ基金オーケストラのラビンドラナス・タゴールの曲を含むプログラムでタクトを振る。
 同年、イギリスの「リーズ指揮コンクール」準決勝進出。 同年、イタリア、トレノの「アントニオ・ペドロッティ国際指揮コンクール」でメリット・ディプロマを受賞。 最近では、ポーランド、カトーヴィツェで、1999年度第6回フィテルベルク 国際指揮コンクール3位入賞。その際、特別賞として、アンジェイ・ジアデク作 曲の「交響曲第1番」の指揮に対してカトーヴィツェ・ラジオ賞、カトーヴィツェ音楽学校ベスト・アーチスト賞、そしてポーランド音楽出版社賞の3つを受賞。
 2000年12月かつしかシンフォニーヒルズで、オペラ「ガラコンサート」を指揮。
 2001年9月に、ポーランドのルブリン・フィルハーモニックでデビューを飾った。同年11月にはかつしかシンフォニーヒルズで、ヴィーナス・オーケストラを指揮した。2002年7月、東京シティフィルを指揮、2003年5月には、府中の森劇場で、歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」「道化師」を指揮する事が決まっている。
 
話すことのできる言語 :英語、ロシア語、スペイン語、ポーランド語、フランス語、イタリア語、日本 語、ドイツ語。


 
 中田 昌樹
  Masaki nakata 

 1951年、札幌生まれ。 北海道立札幌西高校卒業。国立音楽大学器楽学科に入学。卒業後フランスに留学。パリ・エコール・ノルマル・ドゥ・ミュジーク指揮科に入学、ピエール・デルヴォーに師事。 一年目にプルミエ・プリ(一等賞首席)を得て卒業。その後、キリル・コンドラシン(オランダ)、カラヤン=ベルリン・フィルハーモニーのもとで研鑽を積む。1980年からは、アメリカ・タングルウッドで小澤征爾、レナード・バーンスタインの教えを受ける。
 1981年4月、札幌交響楽団を指揮して日本デビュー。 同年10月、パリ・コンセール・パドゥルー管弦楽団(1861年創立)の定期演奏会に日本人指揮者として初めて登場、これがヨーロッパ・デビューとなり、注目を集める。 1982−83年、フランス・リヨンでの「ベルリオーズ・フェスティヴァル」に招かれ、その後、フランス国立リヨン管弦楽団で音楽監督セルジュ・ボドの副指揮者を務める。

 音楽国際交流にも尽力し、在日オランダ総領事館、オランダ・インターナショナル・ミュージック・ セッションの協力の下に、「日蘭音楽交流実行委員会」の活動としてユトリヒト・ステューデント・ オーケストラ、ヘルムステーデ室内管弦楽団と日本人作曲家のコンサートを企画/指揮し、現代日本の作品の紹介する。

1995年10月より、「新国立劇場」オペラ制作部に於いて、プロデュースに参画する。 オペラ制作担当に携わる傍ら、毎年4月に開催される国際オペラ会議(20カ国170団体/組織加盟)に新国立劇場の代表として毎回参加、インターナショナル・ディレクター会議で度々パネラーを務める。 1999年7月、新国立劇場を退職。再び、指揮活動に専念する。

所属音楽事務所:「ミュージック・プラザ」               (2000年 現在)


 
ロバート・ライカー
ロバート・ライカー Robert Ryker

 1960年、インディアナ大学を卒業と同時に、モントリオール交響楽団ソロチューバ奏者となり約2000回のコンサートで演奏。また、ピーバディ音楽院その他で指揮を学ぶ。1974年ボルティモア交響楽団指揮コンクール、1975年全米成人指揮コンクールで優勝。これまでに、モントリオール・フィルハーモニア音楽監督、カルカッタ交響楽団音楽顧問、新星日本交響楽団特別顧問を歴任。カナダ、アメリカ、ヨーロッパ、アジアなど世界各地のオーケストラを客演指揮。また、ノースベイ交響楽団、アーツペリアンス音楽祭、カルカッタ交響楽団指揮シンポジウム、ノーザン音楽芸術協会、国際チューバ協会(T.U.B.A)の創設に携わり、ミニコンサートとして国際的に知られる聴衆増員プログラムの創設者でもある。1996年にはこれまでの音楽への貢献からナイト爵に叙せられた。

 日本では、サントリーホールでのジャパン。シンフォニアとのコネセール・コンサート・シリーズの企画、東京カテドラルでのバッハ・ヘンデル生誕300年記念演奏会の指揮などの他、新日本フィル、東京フィルなどに客演。1997年のシーズンには、ジョルジュ・エネスコ・フィルとピッツバーグ交響楽団に客演した。1999年5月にはキエフ室内管弦楽団を指揮した。

 
 

― お世話になっている先生をご紹介します―

藤原浜雄
Hamao FUJIWARA (Violin)

 3歳より旧東京音楽学校出身の母にヴァイオリンの手ほどきを受ける。その後、桐朋学園音楽科にて鷲見三郎、江藤俊哉、海野義雄、斎藤秀雄の諸氏に、アメリカのジユリアード音楽院にてジョーゼフ・フックス氏に師事。又、桐朋学園在籍中、指揮を斎藤秀雄及び秋山和慶の両氏に師事。全日本学生音楽コンクール、NHK・毎日新聞社共催の日本音楽コンクール、各第1位優勝。

1968年イタリアのパガニーニ国際ヴァイオリンコンクール第2位、1971年ベルギーのエリザベート王妃国際音楽コンクール第3位銀賞(いずれも当時の日本人としてはそれまでの最高位)を受賞。
ジユリアード音楽院留学以来20年以上に渡りアメリカ合衆国に居を構え、ソロ・室内楽その他の多方面において活躍。

中でも、1971年昭和天皇・皇后両陛下ご訪欧の際のベルギー政府主催歓迎演奏会にての御前演奏、1972年米国ロチェスター・フィルハーモニー定期演奏会で20世紀屈指の名ヴァイオリニスト、ナタン・ミルシュタインの代役としてアメリカでのオーケストラ・デビュー等は特筆に値する。
1992年11月より、読売日本交響楽団の首席ソロ・コンサートマスターに就任。また、1993年4月以降、それまでのジユリアード音楽院、マンハツタン音楽院、ミシガン大学音楽学部教授などの経験を活かし、桐朋学園大学院大学教授、東京音楽大学客員教授として後進の指導にも当たっている。 
 エルムの鐘交響楽団第8回演奏会では、ヴァイオリン協奏曲(シベリウス)のソリストを務める。

 
楽団に関するお問い合わせ(上田)  
 
 



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