忘れぬ努力する一人に（明日も喋ろう：1）

　東日本大震災から２年。３月１１日午後２時４６分、岩手県釜石市。フリーライターの渋井哲也さん（４３）＝東京都在住＝は、津波で１００人を超す犠牲者が出た鵜住居（うのすまい）地区防災センターで、鳴り響くサイレンを聞き、そっと目を閉じた。

　震災直後から被災地に通う。「初めて来たときに多くの人に取材を断られて重たいものを感じた」が、今は話せる遺族ができた。

　栃木県生まれで、中学時代は野球部でエースと副キャプテン。生徒会副会長も務めた。ただ、期待する周囲の目に「僕がやることなのか」と居心地の悪さを感じ、「悩みを聞いてくれる人がいたら」と考えていた。当時抱いた思いは、少年犯罪や自殺、ネット犯罪という取材テーマにつながった。

　１０年近く前、「闇サイト」を取材したとき、掲載直前に携帯電話が鳴った。暴力団とつながる闇サイトの管理人の男からで「掲載するな」という内容だった。断っても納得しない。身の危険を感じて防犯カメラがある道を歩いたり、１人ではエレベーターに乗らなかったりした。

　「圧力」を受けても取材を続けるのは、人を自殺や犯罪に追い込む社会のあり方に疑問を抱くからだ。「見捨てられた人たちの声を拾い、救いのヒントが見つかれば」　伝える仕事に就き、発生当時は高校生だった朝日新聞阪神支局襲撃事件が、ひとごとと思えなくなった。２００９年、事件の日の５月３日に支局へ行くと、風化させないようにと、若者からお年寄りまで次々と訪れる市民の姿に驚いた。そばにいた学生が口にした。「みんなに伝えなきゃね」　東日本大震災発生から２年がたち、その報道は減っている。「被災者が見捨てられていきそうだ」。妻と次男を亡くした元小学校長や、母親を失った中学教諭の女性ら、被災者の声をウェブ雑誌で発信している。

　「伝え続け、忘れないでいようという努力が一つでもあれば、多くの人に伝わっていく」。その可能性を支局を訪れて肌で感じた。「その努力をする一人になろうと思っています」　　　　　◇　２６年前の１９８７年５月３日、朝日新聞阪神支局襲撃事件が起きた。何者かが侵入して散弾銃を撃ち、小尻知博記者（当時２９）が亡くなり、犬飼兵衛記者（６８）が重傷を負った。事件の資料室がある支局を訪れたことのある人たちに、「言論の自由」への思いを聞いた。

　　　　　◇　〈朝日新聞阪神支局襲撃事件の日〉　事件が発生した５月３日は、支局に拝礼所が設けられる。昨年は約４７０人が来訪。２００６年に新局舎になった支局には襲撃事件資料室があり、言論をめぐる出来事などを紹介する「『みる・きく・はなす』はいま」展を毎年５月３日に開いている。