バンドウイルカのフジ、人工尾びれで水上ジャンプ!
2004年11月15日 立山晃
病気で尾びれの大部分を失ったイルカに、タイヤメーカーのブリヂストンが人工尾びれを製作。元気だったころの泳ぎを取り戻すことに成功しました。
尾びれを失ったイルカ
沖縄県の美ら海(ちゅらうみ)水
族館の「フジ」は、体長271cm、体重235kgのバンドウイルカのメスです。静岡県伊東市川奈で捕獲され、沖縄に1976年にやってきました。現在の年齢は30代半ばと推定されています。フジは3頭の子供を持つ、優秀なお母さんだそうです。
2002年、フジは尾びれの末端から細胞
組織
が壊死(えし)する難病にかかってしまいました。壊死した部分を電気メスで切除することで一命は取りとめたものの、尾びれの75%を失いました。イルカのひれは、胸びれ、背びれ、尾びれの3種類。左右の胸びれで方向転換、背びれで左右のバランスを保ち、尾びれを上下に動かして前に進みます。泳ぐときに最も重要な尾びれの大部分を失ってしまったフジは、ただ浮くだけで、自由に泳ぎ回ることができなくなってしまいました。
イルカは小型のクジラ。クジラの近縁はカバ
ところで、イルカとクジラの違いを知っていますか? クジラは、シロナガスクジラなどの「ヒゲクジラ類」と、マッコウクジラなどの「ハクジラ類」に分けられます。そのハクジラ類の中で、体長が約4~5mより小さなものを、イルカと通称で呼んでいます。イルカは小型のクジラなのです。
クジラは私たちと同じほ乳類であり、ラクダやブタ、ウシなどと共通の祖先を持つと考えられています。最近のDNA
や化石
に基づく研究によると、現在、地球上にすむ動物で最もクジラに近いのはカバだそうです。
およそ5000万年前、クジラの祖先は陸上から水
中へ生活の場を移すようになり、やがて水
中を自由に泳ぎ回れるように進化
しました。クジラの鼻
は頭の上の方へ移動して「噴気孔
」となり肺呼吸
をします。前脚は胸びれとなりましたが、現在のクジラやイルカの胸びれにも、指の骨
が残っています。尾びれには骨
がなく、強くて丈夫な繊維質でできています。魚の尾びれは縦向きで、左右に動かして泳ぎますが、イルカやクジラの尾びれは横向きで、それを上下に動かす「ドルフィンキック」で泳ぎます。イルカはその強く、しなやかな尾びれにより、時速約50kmで泳いだり、ハイジャンプを行います。
タイヤメーカーと人工尾びれ作りに挑む
フジの話に戻りましょう。美ら海水
族館は、日本のタイヤメーカーであるブリヂストンにフジのための人工尾びれの作製を依頼しました。アメリカのタイヤメーカーがウミガメの人工前脚を作った例があることや、イルカの皮膚
はゴムに似た感触を持っているからです。
こうしてスタートした「人工尾びれプロジェクト」は、フジがかわいそうだという考えだけから始めたものではなく、次のような科学的検証が目
的だと、美ら海水
族館は説明しています。
・科学的検証により作製されたイルカの人工尾びれが実際に機能するのか
・人工尾びれを装着することで、尾びれがあったときと同じような行動ができるのか
・他のイルカと同じような行動ができるようになるのか
軽くて強い複合材料を用いる
イルカの人工尾びれをゴムで作るのは、おそらく世界で初めてのこと。参考にすべき前例がない中で、ブリヂストンの技術者たちは、人工尾びれの素材に生体に優しいシリコン
ゴムを用いることにしました。フジの尾びれのレプリカに合わせて、人工尾びれの第1次モデルを作製。肌と接する部分のクッションには防水
や耐久性に優れた発泡ゴムを使用しました。これをフジの残された尾びれにバンドで固定します。最初の人工尾びれはすぐにはずれたり、うまく泳げないなどの問題がありましたが、装着方法や形状を改良するうちに、フジはなんとか泳げるようになりました。
フジがさらに力
強く泳げるように、次のモデルでは、正常なイルカの尾びれを3次元測定したデータをもとに、幅が広く薄い人工尾びれを製作しました。このとき問題になったのが、ゴムの強度です。広くて薄い形状になったため、ペラペラになってしまったのです。
そこでブリヂストンの技術者たちは、CFRP(炭素繊維
強化プラスチック
)製の補強材を組み込みこむことにしました。CFRPは炭素繊維
をプラスチック
に混ぜた複合材料であり、軽く、しなやかで、強い材料です。
フジが力
強く泳ぐようになるとバンド方式ではどうしても抜けてしまいます。そこで、カウリン
グと呼ばれるカバーをスライドしてはめ込み、ネジで固定する方式に変更しました(上の写真)。カウリン
グにも、軽くて、しなやかで、強い素材が求められます。そこにはブリヂストンサイクルが2008年開催の北京オリン
ピックに向けて、競技自転
車フレーム用に開発中の先端複合素材を利用しているそうです。
このような改良によって、ついに人工尾びれを装着したフジは、水
上ジャンプができるまでになりました。より良い人工尾びれを目
指して開発は続けられています。人工尾びれプロジェクトは、イルカの尾びれの機能や役割の解明にも貢献していくことでしょう。