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【プロ野球】

長嶋さん3番でフルスイング 松井さん55番で投げた

2013年5月6日 紙面から

国民栄誉賞授与式後の始球式で、松井秀喜さん(左)の投球に、左手一本でスイングする長嶋茂雄さん(右)。捕手は巨人の原監督、球審は安倍首相=東京ドームで(北田美和子撮影)

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 巨人・長嶋茂雄終身名誉監督(77)、巨人とヤンキースなどで活躍した松井秀喜さん(38)の国民栄誉賞授与式と、松井さんの現役引退セレモニーが5日、東京ドームで開かれた。安倍晋三首相から賞状と記念品の金バットを受け取った2人は始球式で対戦。長嶋さんは左手のみのフルスイングで今季最多の4万6707人で埋まったスタンドを沸かせた。

 「4番、サード、長嶋茂雄、背番号3」。オールドファンには懐かしいアナウンスが響く東京ドーム。万雷の拍手の中、国民栄誉賞の受賞を記念する始球式に長嶋さんが姿を見せた。左手にはバット。上半身は背番号3のユニホーム姿だ。

 松井さんとの一球限定勝負。後遺症の残る右手はポケットに入れたままだが、顔の近くにきた白球を目がけて左手一本で力強く振り抜いた。バットは空を切ったが、打席にいたのは紛れもない「ミスタープロ野球」長嶋茂雄だった。

 松井さんと並んだ会見では「『打ってやる』という気持ちだった。球が顔のあたりで打てなかったけど、久しぶりにいいスイングができてうれしかった。いい球なら打てた」と笑いを誘った。

 「国民栄誉賞をいただきまして、本当にありがとうございます」。お礼の言葉をこう切り出した長嶋さん。2004年に脳梗塞を患ってから初めての球場スピーチ。聞き取りにくい部分はあったものの、甲高い“ミスター節”は健在。「ファンの皆さま、本当にありがとうございます」。感謝の念が自然と口を突いた。

 思い出として脳裏に浮かんだのは松井さんとの二人三脚で進めた「1000日計画」だった。グラウンドだけではなく、監督室や自宅、宿舎の大広間での素振りで強いスイングを作り上げた日々。それに耐えた松井さんは巨人とヤンキースで、ともに主力打者として活躍する長距離砲に成長した。

 そんなまな弟子とのダブル受賞。うれしさがこみあげる。「同じスーツで行きたい」という松井さんからの提案を快諾。鮮やかな濃紺のスーツと水玉模様のネクタイ姿でそろえた。引退セレモニーの場内一周ではオープンカーに2人で乗り、ともに場内へ手を振った。

 国民栄誉賞の賞状と金バットを受け取る時は松井さんが手を貸した。固い絆を感じさせた一日。涙で後楽園を一周した1974年10月14日の引退試合と違い、この日はミスタースマイルが絶えなかった。

 公式会見。隣に座る松井さんに「野球一筋だと思います。やはり、国民に対して応援するような形でやるべきだと思う。松井君しかできないと思うので、そういうような気持ちで野球道に集中してほしい」とハッパを掛けた長嶋さん。日本に向けこんな言葉を送った。

 「もっと強い野球になるよう小さいお子さんを育てていこうと思います」。77歳でも生涯青春。これからも野球道を歩み続ける。(川越亮太)

 

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