特集ワイド:製薬会社からの資金提供公開 医師ら異論で内容後退

2013年04月03日

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製薬会社が医師に提供している文房具やパソコングッズ、参考図書。資金提供とともに、薬の宣伝や普及につながる物品を配るのが習慣になっている(一部画像処理をしています)

 ◇原稿料など個別金額延期に/共同研究費は開示を要望/「企業秘密」と製薬側が難色

 製薬会社から医師や医療機関への資金提供をオープンにするためのガイドラインが今月から施行された。ところが、企業側も医師側も公開したくない部分を抱え、個人別金額の開示が先送りされるなど予定より後退した内容となった。研究や診療の公正さを担保し患者の利益を守ろうとする試みが、スタートから揺らいでいる。【高木昭午、写真も】

 正式名は「企業活動と医療機関などの関係の透明性ガイドライン」。日本製薬工業協会(70社)が11年に策定した。周知・準備期間後の12年度分から、決算終了後に各社がウェブサイトなどで情報公開する。内容は別表の通り。資金の流れを初めて企業側から公開し、社会の理解と信頼を得る狙いだ。

 だが昨年4月ごろ、医師側から異論が噴出し始めた。「あまりに拙速、一方的だ」「プライバシーに関わる」−−。特に問題視されたのは、講師料や原稿料を受け取った医師の個人名と個別金額だ。関係する医師は年間延べ100万人にも及ぶとみられる。

 日本医師会は今年1月、製薬協と日本医学会、全国医学部長・病院長会議に呼びかけて4者協議会を設け2度、会合を持った。医師会と医学会は個別金額の公開を3年程度延期するよう製薬協に文書で要求。製薬協は3月の総会で1年延期(13年度分から)を決めた。さらにネット上で公開するのは医師名だけとし、個別金額は開示請求を受けた後に出せばよいことにした。

 逆の構図になったのが1社ごとの総額だけを公開する、企業と医師の共同研究や臨床試験の費用だ。これらは新薬開発に不可欠で、医師会などは「社会貢献の指標でもある」と主張し、医師名と個別金額の開示を求めた。しかし製薬協側は「研究が(ライバル企業に)推察されては困る」と渋り、4者協で検討を続けることに。また医師への飲食提供を含む「接遇費」も総額での公開だが、医師側も製薬側も問題にしなかった。

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 製薬会社は医師や大学に、研究資金や謝礼、医学文献の費用などを提供する。薬の開発や説明、宣伝が目的だが、これにより医師たちが、患者よりも付き合いの深い会社側の利益を優先しないかとの懸念(利益相反)が生じる。

 京都府立医大の研究チームは「降圧剤『バルサルタン』で狭心症などを減らせる」との論文3本を発表したが、疑義を指摘され撤回した。指導した元教授の研究室は08年以降、販売元のノバルティスファーマ社から1億円余りの「奨学寄付金」を受けていた。同社は論文を宣伝に使い、11年のバルサルタンの売り上げは1201億円に上る。

 服用者に飛び降りなどが相次いだインフルエンザ治療薬「タミフル」や副作用で多数の死者が出た抗がん剤「イレッサ」では、薬のデータを分析・評価した医師らが企業資金を受けていた。

 海外では多数の医学研究を調べ「企業資金での研究は企業の好む結果が出やすい」などと分析した論文が多い。米国では10年に「サンシャイン条項」という法律が成立。医師や教育的病院への10ドル以上の資金や物品、サービスの提供を、一部例外を除き米政府に報告するよう製薬会社に義務付けた。その内容は来年9月末からネットで公開される。製薬協には外資系企業が多く本社が米政府に従い透明性を増せば日本の子会社も追従せざるを得ない。今回のガイドライン策定は国際的な流れで避けられない作業だった。

 しかし、企業と医師の思惑が入り組み、結果的に公開情報は減ってしまった。

 4者協議会の委員を務める宮坂信之・東京医科歯科大前病院長(膠原(こうげん)病・リウマチ内科)は「説明責任は果たしたいが、講師料などだけが公開され、大学教授選などで特定の候補者が(資金受領の報道などで)マイナスの影響を受けるのは困る」と話す。

 日本医師会の三上裕司常任理事も「我々は情報公開に消極的ではない」と言う。「ただ共同研究費は総額だけで、製薬会社にはあまり触れず学術的な話をする講師の謝礼は1円から公開というのはバランスが悪い。接遇費などの個別公開も必要なのか。(製薬会社と医師の)癒着だから公表するというのなら、他の民間同士の癒着も全て公表しなければならなくなる」

 「透明性向上に努力すべき医療界が公開に消極的な意見を出すのはおかしい」と憤るのは市民団体「薬害オンブズパースン会議」事務局長の水口真寿美さんだ。「元のガイドラインでさえ公開範囲が狭いのに、さらに後退した。経済的関係が研究や診療のゆがみを生むとの観点で、研究費や接遇など各項目とも個別金額を出すべきだ」と批判する。

  ■

 日本の医学研究は企業資金が頼りだ。文部科学省検討班の飯田香緒里・東京医科歯科大准教授らの調査では、全国の医学部を持つ大学などの研究費(10年度)は回答した46機関の合計で約983億円。その約4割、396億円が企業の提供だった。一方、米国立科学財団の調査では09年の全米の大学の研究開発費のうち66%が政府や州負担で、企業提供は約6%。日本の企業提供の割合の高さが際立つ。

 医薬研究の規制や倫理に詳しい栗原千絵子・放射線医学総合研究所主任研究員(生命倫理)は「企業資金で企業に不都合な研究はできない。欧米では政府資金による研究で効かない薬が確認され、保険適用の制限につながっている」とし、医療費削減の視点からも公的研究費の比重を増すべきだと主張する。

 バルサルタンで問題になった奨学寄付金は、飯田准教授らの調査で企業提供資金の62%を占めた。使途に制限がなく研究者が自由に使える。製薬協は「目的は研究推進。国が出さない研究費を我々が支えている」と胸を張る。

 しかし、日本製薬医学会の今村恭子理事長は、医学雑誌「臨床評価」3月号掲載の座談会で<奨学寄付金は(大学医局への)通行料という部分もある>と打ち明けた。払わないと薬がボイコットされかねず、医師から支払いを要求される例さえある、とも。今村さんは昨年まで17年、外資系製薬会社に勤めた医師だ。「奨学寄付金は営業部門の支出で販売促進の側面もある。海外では株主に説明できない支出として約10年前になくなり、今や日本だけの慣習」と言う。ガイドライン施行で研究室名と件数、金額が公開されるが、影響は未知数だ。

 医師への利益供与に詳しい宮田靖志・北海道大病院特任准教授は「日本の医師は資金提供問題に関心が薄く、寄付や物品をもらうのが当たり前になっている。もっと議論が必要だ」と指摘する。イタリア政府は製薬各社から販売促進費の5%、年約50億円の提供を受け臨床試験の資金にしている。日本も学ぶべきだ。

 ◇製薬協の透明性ガイドラインが定める公開基準

▽原稿執筆料、講演会の講師を務めた謝礼など=受けた医師の肩書、氏名、件数と金額を公開

▽寄付金(奨学寄付金含む)、学会共催費など=受けた大学や研究室、学会などの名と件数、金額を公開

▽企業と医師らの共同研究、委託研究などの費用▽薬の安全性や有効性を患者で調べる「臨床試験」の費用など▽医療機関や医師会などが薬の講演会、説明会を開く際の会場費、弁当代、交通費など▽医学・薬学文献の提供費▽会社から医師への接遇費=いずれも製薬会社ごとの年間総額と、一部は総件数も公開

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