WEB特集
米軍制服組トップ 同行取材記
5月2日 22時00分
アメリカ軍の制服組トップ、デンプシー統合参謀本部議長が、4月後半、韓国、中国、日本の3か国を訪れました。このうち、中国は初めての訪問でした。今回の歴訪は、安倍政権の閣僚らによる靖国神社参拝に中国・韓国が反発を強め、中国の海洋監視船8隻が一度に日本の領海を侵犯するなど、日中・日韓の対立がひときわ先鋭化したタイミングとも重なりました。
中国側はデンプシー議長に対し、沖縄県の尖閣諸島について「核心的利益」だと発言。日中の対立のはざまでアメリカは、同盟国・日本の立場を尊重する一方で、米中2か国の軍事交流の進展をはからなければならないという難しい立場に立たされました。
デンプシー議長の訪問に、ワシントン支局の樺沢一朗記者が同行取材を特別に許可され、制服組トップの一挙手一投足を追いました。訪問の舞台裏でどんなやり取りがあったのか。樺沢記者の同行取材記を紹介します。
アメリカ軍トップの中国訪問に同行 外国人記者で初
アメリカ軍の制服組トップ、デンプシー統合参謀本部議長は4月21日から27日の日程で、韓国、中国、日本の順で東アジアを歴訪しました。デンプシー議長が議長就任後、中国を訪れたのは今回が初めてです。オバマ大統領が、アジア重視の国防戦略を打ち出したことで、米軍トップにとって、今や最も重要な外遊先となった中国。海や空で、艦船や航空機の接触が起きるなどした際、誤解に基づいて事態がエスカレートしないよう軍事交流を進め、中国軍と一定の信頼関係を築くことが、訪問のねらいでした。
さらに出発直前に北朝鮮が挑発的な言動を繰り返し、朝鮮半島情勢が緊迫化したことから、今回の歴訪はアメリカにとって非常に重要なものとなりました。
多くのメディアが同行を希望しましたが、認められたのはNHKを含め3社だけ。ほかの2社は、いずれもアメリカの有力メディアでした。米軍トップの中国訪問に外国メディアの記者の同行が許されたのは、今回が初めてです。
政府専用機の中の様子は
4月19日。デンプシー議長を乗せた政府専用機は、ワシントン郊外のアンドリューズ空軍基地を出発し、経由地のアラスカ、エルメンドルフ空軍基地に向かいました。
議長が今回使用した航空機は、大統領専用機「エアフォース・ワン」を運用する部隊が保有する数機のうちの1機で、政府高官が交代で使用している機体です。およそ50人が乗り込める専用機には24人の統合参謀本部の幹部らと記者3人の合わせて27人が乗り込みました。
随行員の中心は、統合参謀本部で「J5」と呼ばれ、政策や外国との交渉を任されている部署の責任者や対中国、対日本政策の担当者です。さらに国務省で長年アジア政策を担当した議長専属の外交補佐官や報道官、さらに屈強なボディガードも含まれます。
専用機の前の部分には議長と夫人のための個室が設けられ、次に最高幹部が作業テーブル2つにそれぞれ4人ずつ向かい合って座ります。さらに5列ほどのエリアに担当者が座り、カーテンで仕切りもできる最後列付近にメディアやボディガードが座ります。ただ、一度もカーテンで仕切られることはありませんでした。
機内では、デンプシー議長以下、スタッフは皆、ジーンズにTシャツやポロシャツというカジュアルな服装でしたが、私が座る席からも休みなく地上と連絡をとりながら、仕事を続ける様子が見えました。世界中から集まる最高機密情報を休みなく議長に説明し、議長から命令が下される様子が目の前で展開されたのです。まさにアメリカ軍の「空飛ぶ司令室」でした。
ソウル、滞在わずか3時間
給油地のアラスカに一泊し、専用機は4月21日に韓国、ソウル郊外のオサン(烏山)空軍基地に到着しました。滞在時間は、わずか3時間。デンプシー議長は、側近数人だけを伴ってヘリコプターでソウル市内に移動し、韓国軍のチョン・スンジョ合同参謀本部議長と会談しました。
今回のアジア歴訪には、当初、韓国は含まれていませんでしたが、議長本人のたっての希望で、急きょ、韓国訪問が決まりました。北朝鮮が挑発的な言動を繰り返し、弾道ミサイル発射の構えを見せるなか、同盟国・韓国の軍トップと直接会談し、情勢分析や双方の方針を改めて確認するねらいがありました。
オサン空港出発前には、在韓アメリカ軍のサーマン司令官が専用機を訪れ、われわれ同行記者に対して、「北朝鮮に特段の動きは見られず静かな状況だが、監視態勢は維持している」と万全の備えを強調しました。
“あなたではなく中国に直接考えを伝える”
韓国を出発し、中国・北京に向かう専用機。わずか2時間半の飛行時間でしたが、機内は、緊迫した空気に包まれていました。中国到着前、私は、機内でデンプシー議長に「中国とはどんなことを話すのか?」と尋ねました。
議長は最初、「そんなことは事前には言えない」と笑いながら答えていました。しかし、しつこく尋ねる私に普段は陽気な議長も「君を通して中国にメッセージを送るつもりはない。中国には、直接、われわれの考えをはっきり伝える」と苛立った様子で答えました。
この時点では、習近平国家主席との会談が設定されているのか、最終的な確認が取れずにいました。高官の一人は、中国との調整はあらゆる面で一筋縄ではいかないとぼやいていました。
中国人民解放軍高官と相次ぐ会談
中国での公式日程初日となった4月22日、デンプシー議長は、カウンターパートとなる中国人民解放軍の房峰輝総参謀長と会談しました。
軍事交流の進展状況など実務的な議題は、この会談で協議されます。会談は、予定を1時間以上オーバーしましたが、デンプシー議長は会談後、「非常に有意義な内容だった」と満足した様子でした。
会談後の共同記者会見で房総参謀長は、尖閣諸島の問題などを念頭に「お互いの核心的な利益を尊重すべきだ」と述べ、こうした問題にアメリカが介入しないようけん制しました。
これに対し、デンプシー議長は「アメリカは同盟国などに条約上の義務も負っている」と述べて、日本を防衛する義務があることを強調しました。会談で米中は、双方の立場を主張し、平行線をたどったということですが、記者会見でも、それぞれの異なる立場が鮮明にあらわれていました。
国家主席ら軍最高幹部と会談
翌23日、デンプシー議長は、習近平国家主席と会談しました。中国の国家主席がアメリカ軍の制服組トップと会談するあたり、中国がいかにアメリカを特別な存在と見ているのかが分かりました。
習主席との会談では、尖閣諸島の話は出ず、アメリカと中国の基本的な考えについて意見を交わしたということです。つぎに議長が会談したのが、中国共産党中央軍事委員会の范長龍副主席です。 副主席は人民解放軍の最高責任者である習主席に次ぐ、軍の序列第2位です。デンプシー議長が最初に会談した房総参謀長よりも序列は上で、アメリカ側は、制服組トップのこの人物との会談をより重視していました。
実はここで日本の尖閣諸島を巡って緊迫した議論がありました。しかし3日後にデンプシー議長がNHKとのインタビューに応じるまで、議論の中身は明らかにされませんでした。
議長「日本を選ぶと」と強調
中国での公式日程3日目となる24日、デンプシー議長は、陸軍航空部隊の士官学校を訪れました。メディアには一切非公開で、同行メディアの私たちも取材を拒否されました。
アメリカ軍高官によりますと講演のあと、人民解放軍の幹部候補生からの議長への質問は、尖閣問題と、日米の安全保障条約の範囲などに集中したということです。中には、中国が日本と戦争になった場合、本当にアメリカは日本側につくのかという質問もありました。こうした質問に対して、デンプシー議長は、「中国と日本のどちらを選ぶのかというような質問をすべきでない。条約上の義務がある以上、アメリカの答えは決まっている」と答えたということです。
尖閣「核心的利益」発言を明らかに
最終訪問国、日本を訪れたデンプシー議長は26日、都内のホテルで、NHKの単独インタビューに応じました。
私は事前に議長の側近から「中国が尖閣諸島を一切譲歩することができない『核心的利益』だと主張していた」という話を聞いていました。そこで、その質問を議長に直接ぶつけました。
議長は「会談したほとんどの指導者が尖閣諸島は中国の『核心的利益』だと話していた」と認めました。NHKがこの内容を正午ニュースで報じたところ、その日のうちに中国外務省報道官は「この問題は中国の領土主権問題に関わり、当然、核心的利益に属する」と発言しました。中国政府が、尖閣諸島について「核心的利益」だと公の場で明言したのは初めてです。これまで中国政府は、「核心的利益」という言葉は主に台湾やチベット問題などに限定して使っていました。
中国政府が、尖閣諸島を「核心的利益」と明確に位置づけたことで、今後、特に中国国内に向けては、この問題を巡り日本に妥協できない立場に立たされることになるとも言え、領有権を巡る中国側の主張がさらにエスカレートする可能性もあります。
同盟国日本への期待
日本での全日程を終え、横田基地を出発したデンプシー議長はジーンズにオレンジのパーカーというリラックスした姿で専用機の中を私の方に歩いてやって来ました。議長は、陸軍士官学校「ウェストポイント」を卒業し、湾岸戦争やイラク戦争など多くの戦場を経験してきた歴戦の軍人です。一方で大学院でアイルランドの詩人を研究し、陸軍士官学校で教官としてイギリス文学を教えたキャリアもあります。ことばでは言い表し難い「凄み」と「知性」が同居したデンプシー議長が、私につぶやきました。
「アジア重視と言っても、アメリカ軍は当面、シリアやイラン、アフガニスタンの対応で忙殺される。アジア重視の戦略実現のためには、アジア最大の同盟国・日本に期待せざるを得ない」
日本を取り巻く東アジアでは、北朝鮮が核兵器の開発を加速させ、中国が急速な海洋進出を進めています。日本は中国とどう向き合うべきか。同盟国、アメリカをどこまで頼りにすることができるのか。アメリカ軍の最高幹部らと議論を交わすことができた今回の同行取材を通じて、改めて日本の置かれた安全保障環境の厳しさを痛感させられました。