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世界初“腹びれイルカ”無念の突然死… 先祖返り?謎の解明は続く

2013/05/04 12:53更新

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水槽で泳ぐ「はるか」。胸びれと尾びれの間に腹びれがある(太地町立くじらの博物館提供)  

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屋外のプールから観察用の透明水槽に移動させるためつり上げられる「はるか」(平成19年12月 太地町立くじらの博物館提供)
ジャンプのトレーニングをする「はるか」。訓練は体調管理の一つとして行われた(太地町立くじらの博物館提供)
「はるか」が飼育されていた太地町立くじらの博物館=和歌山県太地町(加藤浩二撮影)
「はるか」が追い込み漁で捕獲された畠尻湾=和歌山県太地町(加藤浩二撮影)
「はるか」が飼育されていた観察用の透明水槽。今はその姿を見られない=和歌山県太地町(加藤浩二撮影)

記事本文

【関西の議論】

 世界でも例のない腹びれのある珍しい雌のバンドウイルカ「はるか」。「捕鯨の町」として有名な和歌山県太地町にある町立くじらの博物館で飼育されていたが、4月4日に死んだ。腹びれは鯨類の進化の過程で不要になった後ろ脚の可能性があり、「後ろ脚の消失という最大の謎の解明につながる」と研究者の注目を集めていた。子孫誕生に向けて今年1月に雄との“同居”も始めていたが、突然の死に、飼育、研究に携わった関係者は無念の表情を浮かべた。「はるか」はどこから来たのか。謎は残ったままだ。(加藤浩二)

 ■あらゆる治療も…

 「微熱があるな」。平成18年10月に同博物館に搬入されて以来、はるかの体調を見守り続けていた阪本信二獣医師は3月19日、はるかの体調の異変を感じた。翌20日、はるかはエサをほとんど食べなくなった。

 阪本獣医師は、はるかの食欲が落ちるのを何度もみている。朝はエサを食べなかったが、夜には食欲が戻る。そんな状況もあった。

 「今回もそのうち食べてくれるだろう」。体調が回復することに期待していたが、高熱が出たり血尿が出るなど体調不良が続いた。

 スタッフが24時間態勢で見守り、千葉県鴨川市の水族館「鴨川シーワールド」の獣医師らも駆けつけた。点滴などあらゆる治療が施されたが、4月4日に体調が急変。泳ぐ力をなくし、立ち泳ぎをするようになった。担架に収容し生理食塩水を入れるなどしたが、午後1時55分にはるかは死んだ。推定年齢は20歳。人間でいえば30歳くらいになる。

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記事本文の続き 「急変する前日までは泳いでいた。回復するかもしれないと希望を持っていたが、立ち泳ぎをする姿を見て、だめだと思った」。阪本獣医師は無念の表情を浮かべた。

 ■偶然が生んだ大発見

 平成18年10月28日、和歌山県太地町沖約13キロの熊野灘で伝統的な追い込み漁を行う「いさな組合」の船団が100頭以上のバンドウイルカの群れを発見し、畠尻湾に仕掛けた大網に追い込んだ。

 町立くじらの博物館は群れの中から10頭を展示用に購入。通常は飼育に適したイルカの体長は230~250センチとされるが、購入したイルカの中にやや大きめの体長272センチの雌がいた。それがはるかだった。

 「コバンザメがついていたと思った」。イルカには不思議な突起物がついていたため、漁師らは当初そう考えたが、博物館の職員は通常では見られない1対の腹びれの可能性があると気づいた。

 旧ソ連やカナダ、日本などで陸にいた鯨類の祖先の後ろ脚のなごりと思われるひれ状など突起物のあるイルカやクジラが見つかったという報告例はこれまで約10件に上る。しかし、いずれも捕鯨で捕獲されたか、沿岸に打ち上げられたケースで、生きた個体が捕獲されたことはない。

 「これは世界的に珍しいもので世紀の大発見となる」。鯨類研究の権威といわれ、記念イベントで太地町を訪れていた大隅清治・町立くじらの博物館名誉館長は写真を見て、興奮を隠せなかった。大隅名誉館長の見解に鯨類の研究者らも色めき立ち、はるか捕獲は大きな反響を呼んだ。

 腹びれイルカの飼育と観察のため、博物館は透明水槽を大改装。19年12月には愛称が一般公募され、「はるか昔から来たイルカ」という意味で「はるか」に決まった。

 「伝統的な追い込み漁を守ってきた太地町だからこそ生きた個体が捕獲できた。あの時は少し大きめのイルカでも購入することにしていた。はるかとの出会いは多くの偶然が重なった」。6年以上飼育に携わったくじらの博物館の桐畑哲雄副館長は振り返る。

 ■子孫残せず残念

 大隅名誉館長の見解がきっかけとなり、東京海洋大や東大、三重大、慶応大とくじらの博物館などの研究者らによる研究チームが結成された。エックス線撮影で腹びれに骨格があることも判明。

 「腹びれは後ろ脚の可能性がある」。研究チームは23年、ついに学会でこう発表した。

 研究チームが重視したのがはるかの遺伝子。腹びれが一過性なのか、「先祖返り」なのかを探る上ではるかの遺伝子を受け継ぐ子孫誕生は不可欠といえる。

 はるかは成熟した雌と確認されており、鴨川シーワールドで繁殖実績のある雄イルカ「レグルス」が“花婿”に迎えられた。はるかと同じ水槽で今年1月から同居。はるか、レグルスとも定期的に発情がみられた。

 「2月末にもはるかの発情が確認された。はるかはいつ妊娠してもおかしくなかった。体調が悪くなったころに次の発情がきたかもしれない」

 桐畑副館長はこう語る。はるかの死は子孫誕生への期待が高まる最中だったのだ。

 研究チームを総括している加藤秀弘・東京海洋大大学院教授は「はるかの遺伝子のゲノムがどう継承されるか。子供の誕生をねらっていた。はるかの遺伝子を次世代に残せず残念だ。研究は道半ばにも届かなかったかもしれない」と繰り返した。

 ■研究は継続へ

 はるかの死因は「多臓器不全」とされた。病理解剖で詳しい死因を解明することもできたが、研究チームは死因の解明は断念し個体を冷凍保存した。

 遺伝子情報の解析のため背びれの付け根付近から細胞を採取。学術解剖し腹びれ周辺の構造などを分析していくという。

 「病気の解明も大切だが、腹びれイルカの研究のチャンスは二度とないかもしれない。はるかの個体を残すことを優先した。苦渋の選択だった。今後も研究は継続する」と加藤教授は説明する。

 ■複製で“再会”へ

 「出会えるのは世界中でくじらの博物館だけ!」。太地町に隣接する那智勝浦町内では、博物館への来場を呼びかける看板が立つ。はるかは博物館のシンボル的な存在だった。

 当初は人口約3400人の小さな町の博物館で飼育することに異論もあったという。「太地町で捕獲されたので、当然、ここで飼育すべきだ。透明水槽など十分に飼育設備も整っていた」。加藤教授は強調した。

 とはいえ、世界で唯一の個体を預かった博物館には大きなプレッシャーがあった。林克紀館長は「こういう結果になって申し訳ない」、桐畑副館長も「繁殖への期待が大きかったが、実現できず残念」と神妙な表情を見せた。加藤教授は「世界で1頭の個体を預けられたプレッシャーは相当大きかったはず」と、博物館の職員をねぎらった。

 はるかは冷凍保存される前に複製を作るため全身の型をとった。「町の資産として残す必要もある」(加藤教授)。複製が完成すれば、はるかが太地町で生きていた証しになることは間違いない。

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