プロフィール
鈴木ひろ子(すずきひろこ)
明治大学卒業。福島中央テレビに入社しアナウンサーとして活躍後、KENSOと結婚。KENSOのWWE入団に伴い渡米。日本人女性初のWWEディーバとして世界をまわる。その後KENSOの移籍に伴い、メキシコへ移住するなど国際経験豊富。著書に「ゲイシャガール リングに上がる」がある。




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ひとまずのお別れ
2013年04月27日

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KENSOはこの3年、何があっても腐らずに頑張ってきた。それが出来たのは、とにもかくにも全日本に心を決めているからという一語につきる。理由はそれしかない。その心意気は、いちいち私が言葉で説明しなくても、リングにあがる彼を見ているファンの方が一番わかってくれているはずと私は信じている。

KENSOはレスラーには珍しく、れっきとした社会人を経験している。大学を卒業し、東海テレビの社員だった期間は決して長くはないが、極めて短期間でも、その経験があることが今のKENSOを相当助けていると私は思う。
海外でのどさ周りも伊達ではない。東海テレビを辞めた後悔は、今も彼を《限界》の1.5倍頑張らせる。新日本という最大手を飛び出した経験は、彼の甘い姿勢を根底から叩き直した。WWEで肺に穴が開き、病気で解雇を受けた時の絶望で、彼は自分の《精神》と一から向かい合った。術後、二度とプロレスは出来ない、と言われたところから人生と闘い直し、数年後、メヒコでレギュラーになったKENSOは、町中で子供たちが鳥のポーズを取って追いかけてくる姿を見た時、自分が何のために頑張ったか、その本当の自分の《心》に気が付いた。
沢山後悔をした分、本気になった。
沢山失った分、言葉にならない経験とご褒美も貰った。
そんな歴史すべてが、今のKENSOを作り上げている。
私は今の彼の判断力に絶大な信頼を置いている。昔とは違う。彼は体を張って、その《瞳》も磨き上げてきたのだ。KENSOの瞳に映る《未来に続く道》に、私はなんら心配していない。
・・・・というのは、言い過ぎだ。
そりゃ心配だ。相手は、なんせKENSOだ。が、それに続く覚悟はある。
彼にとって、私は一番の戦友だ。彼の《千里眼》を心から信じてあげられるのは、世の中広しと言えど、私しかいない。

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みこすり半劇場
05月04日更新
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