クローズアップ2013:遠隔操作容疑者逮捕 携帯に猫の写真 首輪の物証、突破口

2013年02月11日

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 4人の誤認逮捕を認め、警視庁、大阪、神奈川、三重の4都府県警察が謝罪してから4カ月。13件の犯罪予告事件の犯行声明を含め、相次いだ挑発メールに翻弄(ほんろう)された警察は、ようやくメールの送り主とみられる男にたどり着いた。ネット空間を舞台とした劇場型犯罪捜査で決め手となったのは、防犯カメラの映像だった。だが全容解明には、サイバー犯罪捜査の課題も浮かぶ。【小泉大士、喜浦遊、松本惇】

 威力業務妨害容疑で逮捕された片山祐輔容疑者(30)が浮上したきっかけは、神奈川県藤沢市の江の島に設置された防犯カメラの画像だった。

 警視庁などの合同捜査本部は、1月5日に報道関係者らに送り付けられたメールの内容通り、猫の首輪に取り付けられた記憶媒体を発見した。さらに、島の防犯カメラを調べたところ、この猫の写真を撮影する若い男の姿が映っていた。メールの送り主に翻弄されてきた捜査員らは色めき立った。さらに、警察が入手した片山容疑者の携帯電話に、この猫の写真が保存されていたほか、片山容疑者が昨年11月下旬、東京、埼玉、山梨の3都県にまたがる雲取山に車で向かっていたことも確認された。「真犯人」が1月1日に報道関係者らに送信したメールの指定した場所だった。

 犯行声明メールで「真犯人」が関与を認めた13事件では発信元の特定を困難にする匿名化ソフトが使われていたことから捜査は難航。犯罪予告が書き込まれた横浜、大阪両市役所や航空会社など22カ所のホームページの約90億件に上る通信記録を解析したが、有力な手がかりは得られず、捜査の長期化が懸念されていた。だが、新年早々、真犯人が猫の首輪と記憶媒体という「物証」を残したことが突破口になった。

 首輪などから指紋は検出されなかったが、記憶媒体には遠隔操作ウイルスの設計図にあたる「ソースコード」があり、捜査本部は真犯人が保存したものと断定した。江の島に設置されていた計35台の防犯カメラなどの解析の結果、首輪を取り付けた男は片山容疑者の可能性が高いことが判明。追跡捜査から居場所のマンションも突き止めた。

 捜査員は1月11日にはマンションの管理人を訪ねた。「防犯カメラの解析をしたい」と要請し、建物に設置されていた24台の防犯カメラの映像を回収した。さらに片山容疑者の動きを24時間態勢で追った。防犯カメラの解析から容疑者の足取りをたどる手法は、地下鉄サリン事件で特別手配されたオウム真理教の元信者の逮捕などでも威力を発揮した。

 捜査本部の中核を担った警視庁捜査1課は「ネット世界ではなく、ようやく自らの土俵で勝負することが可能になった」(捜査幹部)と話す。

 ◇全容解明、ハードル高く

 防犯カメラの解析などから重要参考人として浮上した片山容疑者。しかし逮捕に踏み切るまでの証拠は乏しく、合同捜査本部は立件に向けさまざまな道筋を検討した。今後の捜査にも高いハードルが立ちはだかる。

 捜査関係者によると、捜査本部は一時、江の島で見つかった記憶媒体にウイルスの設計図にあたるソースコードが保存されていた点に着目。片山容疑者が遠隔操作ウイルスを記憶媒体に保管した疑いなどで立件することを考えた。

 だが、設計図を持っているだけでウイルスを保管したと解釈するのは飛躍があるのではとの指摘があり、それだけを根拠に立件することは断念した。

 一方、関連サイトに犯罪予告の「書き込み」が行われた時間帯の接続記録を調べたところ、片山容疑者が働く職場のパソコンからアクセスした痕跡があったことが判明。捜査本部内には、職場のパソコンについて「別の人間が使用した可能性を排除できるのか」と不安視する声もあった。しかし、捜査が長引けば逃亡や証拠隠滅を招く恐れもあり、このタイミングでの着手に踏み切ったという。

 今後は起訴に向けた裏付けと、他の12件の犯罪予告についても捜査を進める方針だ。しかし、遠隔操作につながる書き込みに匿名化ソフトが使われている上、片山容疑者は容疑を全面的に否認している。押収したパソコンの接続記録などの分析でいかに証拠を見つけられるかが焦点になるとみられる。

 一方、警察当局が事件の捜査と同時に進めなければならないのが、情報通信技術の急速な進歩に対応できる体制作りだ。警察庁は1月、サイバー犯罪捜査の強化に向けた「緊急プログラム」を発表。高度なコンピューター技術を持つ「ハッカー」との協力関係の構築にも踏み込んだ。

 匿名化ソフトによる犯罪は今後も続く恐れがある。誤認逮捕を防ぐ慎重な裏付けと、予告された犯罪の実行を食い止める迅速さ。その両立に向けた対策は緒に就いたばかりだ。

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 ◇PC遠隔操作事件を巡る経過 ※肩書などは当時

2012年

 7月 1日 横浜市ホームページ(HP)への小学校襲撃予告事件で、神奈川県警が男子大学生を威力業務妨害容疑で逮捕

   20日 横浜地検が男子大学生を家裁送致

 8月15日 横浜の事件で男子大学生が保護観察処分。10月30日に取り消しに

   26日 大阪市HPへの無差別殺人予告事件で大阪府警が大阪府の男性を威力業務妨害容疑で逮捕

 9月 1日 東京都内の幼稚園に対する襲撃予告事件で、警視庁が福岡県の男性を威力業務妨害容疑で逮捕

   14日 ネット掲示板への伊勢神宮爆破予告事件で、三重県警が三重県の男性を威力業務妨害容疑で逮捕。大阪地検が大阪府の男性を偽計業務妨害罪で起訴

   21日 有名子役タレント事務所への殺害予告事件で、警視庁が福岡県の男性を脅迫容疑で再逮捕。大阪府の男性と三重県の男性が釈放される

   27日 東京地検が福岡県の男性を処分保留で釈放

10月 9日 「真犯人」から東京の弁護士に「犯行声明」メール届く

   10日 TBSにも「犯行声明」メール届く

   18日 片桐裕警察庁長官が誤認逮捕の可能性認める

   19日 4都府県警が合同捜査本部を設置

11月13日 「真犯人」から報道関係者らに自殺を示唆するメールが届く

12月12日 有力情報に公的懸賞金

   14日 4都府県警が誤認逮捕に至った捜査の検証結果を発表

2013年

 1月 1日 「真犯人」から報道関係者らに「謹賀新年」と題したメールが届く。リンク先に遠隔操作ウイルスのデータが入った記憶媒体を雲取山に埋めたとの記載があるも、見つからず

    5日 「新春パズル~延長戦~」と題したメールが届く。合同捜査本部が江の島(神奈川県藤沢市)にいる猫の首輪から記憶媒体を回収

 2月10日 片山祐輔容疑者を威力業務妨害容疑で逮捕

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