トルコの抑制の効いた発言を評価したい

沢利之

2013年05月01日 09:48

4月26日のニューヨーク・タイムズに猪瀬東京都知事が「2020年のオリンピンク開催候補地トルコのイスタンブールの悪口を言った」という報道があり、やがて日本でも取り上げられた。その後恒例の「言った・言わない」発言、「そんなつもりで言ったんじゃない」発言、そして「お詫び発言」とお決まりコースを経て現在に至っている。

オリンピク招致ルール14条によると競争相手の悪口を言ってはいけないことはもちろん、Any comparison with other cities is strictly forbidden(他の都市とのいかなる比較も厳しく禁じられている)から、猪瀬知事の「二つの都市(競争相手のマドリッドとイスタンブール)には、インフラは未整備で、非常に洗練された施設はない」といった発言は招致ルールに違反していることは明白である。

本件について興味のある人はたとえば記事を書いたニューヨーク・タイムズの田渕記者のツイッターhttps://twitter.com/HirokoTabuchiを見るのも参考になるだろう。

さて本件について私のコメントは悪口を言われたトルコ側の対応である。

ニューヨーク・タイムズはイスタンブール2020年オリンピック招致委員会のコメントを伝えている。

Istanbul 2020 completely respects the I.O.C. guidelines on bidding and therefore it is not appropriate to comment further on this matter(イスタンブール委員会は招致競争に関するIOCガイドラインを完全に尊重しているので、本件についてさらにコメントすることは適切ではない)

つまり悪口の言い合いをトルコは避けたのである。IOCのポイントを稼ぐ戦術的な対応、といえばそれまでだが、私はこの時ある小説の一場面を思い出していた。それは塩野七生の「ロードス島攻防記」の最後の場面、つまり半年にわたってトルコとロードス島で戦ってきた聖ヨハネ騎士団が開城して島を去る場面である。

開城後、騎士団の幹部はトルコのスルタン・スレイマンの天幕を訪れる。「二十八歳になるトルコ帝国の専制君主は、背が高く堂々とした体格の男だった。・・・・(騎士団の)アントニオは、呆然としていた。幼時から聴かされていた野蛮なトルコ人という概念と、どうしても一致しなかったからである。・・・・スレイマンは、アラーの神と預言者マホメッドとメッカの聖石にかけて、条約のすべてを守ることを誓った。騎士たちは、この異教徒の宣誓を、キリスト教徒の騎士が誓うのを聴くのと同じ素直さで聴いていた。」

今から約500年前、キリスト教徒の騎士団が立てこもり、トルコ商船に攻撃をかけることに業を煮やしたトルコの専制君主は力攻めで騎士団を降伏に追い込んだ。しかし「騎士団は所持品や聖遺物を島外に持ち出す権利を有する」などの開城条件は完全に履行されたのである。

☆    ☆    ☆

このエピソードは500年も前にトルコには「異教徒相手とはいえ外交上の約束を誠実に履行する」騎士道(=武士道)があったことを如実に物語っている。「イスラム世界に共通のものはアラーしかなく、お互いに戦争ばかりしている階級社会だ。」(猪瀬知事)という類の発言は、オリンピック招致のためのレトリックだろうが、トルコにはフランスや英国にも劣らない騎士道精神があったことは知っておくべきだ、と私は思っている。

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コラムニスト。元三井アセット信託銀行執行役員

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