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多い心不全死、ホント? 国の死因統計に疑問 神戸大チーム【大阪】 1990年12月4日朝日新聞
日本人の循環器系死因のなかで多いといわれている「心不全」について、神戸大医学部の溝井泰彦・前教授(法医学、現大阪医科大教授)のチームが追跡調査した結果、監察医制度がない地域で心不全が突出しており、原因不明の場合、ほとんどが急性心不全で処理されている疑いが強い−−などの事実が明らかになった。以前から医療関係者の間で「欧米に比べて日本では心不全が異常に多く、原因不明死の逃げ道になっている」との指摘があったが、系統的に解明した研究は初めて。同チームは「国の死因統計が誤っている可能性が強い」として、全国規模の調査を計画しており、結果次第では、医療の基礎となる死因統計が揺らぐ恐れが出て来た。
調査は1986年から3年間、病院にかからずに突然死したケースなど、警察への届け出が義務づけられている死体(不自然死体)の死因について、監察医が置かれている神戸市(北区など一部を除く)とその他の兵庫県下で実施した。86年の場合だと、2695例を調査、その結果、全病死の中で心不全が占める割合は監察医地域で2%に過ぎなかったのが、県下では59%に達した。
循環器系病死に限ると、心不全は、監察医地域が4%、県下は70%。心筋梗塞(こうそく)、狭心症などの「虚血性心疾患」は監察医地域で50%なのに、県下では9%だけだった。この傾向は、3年間変わらなかった。
また、県下の死体検案書に、「急性心不全」とだけ書かれた例が極めて多いことのほか、「薬物中毒なのに、薬物名がない」「解剖例にしかないはずの診断名が、解剖なしで書かれている」などの不正確な記載がかなり交じっていることを確認した。
「心不全が便宜的に『病名』として使われている。食生活の違いから心筋梗塞など虚血性心疾患による死亡が少ないとされてきた日本の『特徴』は、誤りではないか」と結論づけている。
日本の心臓病による死亡は年々増え、がんに次いで2位、全体の2割近くになっており、その7割近くを心不全が占める。
溝井教授は「監察医制度は、7都市から5都市に縮小された。死因解明が医療の基礎となるというのに、逆行している。一般の病死でも死亡診断書の記載には心不全が多い。臨床医の死因に対する認識が不足しているのでは」と指摘。今後、東京、大阪なども調査する考えだ。
厚生省統計情報部の松栄達朗・人口動態統計課長の話 日本の死因統計のなかで心不全が多いことに対する疑問は承知しており、参考にさせてもらう。しかし、神戸市のデータを欧米と比較しただけではなんともいえない。
○便利なため使いがち
横山英世・日本大医学部講師(公衆衛生学)の話 心臓病死が増えているのに、統計の上で虚血性心疾患による死亡が横ばいか、むしろ低下しているのは、医療上の問題とされてきた。神戸大チームの監察医地域の死因分析は、大変貴重だ。原因不明の病死を心不全にする傾向は、埼玉県北部の開業医を対象に行った私らの意識調査でもはっきり認められた。「あいまいな概念で便利」「遺族に受け入れられやすい」などの理由を挙げる医師が多く、我が国の死因統計の精度に重大な偏りを生む原因になっていると思われる。さらに広範囲の分析を期待したい。
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心不全なぜいけない 正確な死因基本に予防や保険(みんなのQ&A) 1993年12月9日朝日新聞
Q 死亡診断書の様式が一九九五年一月から変わって、心不全、呼吸不全を死因として書かないようにという注意書きが付くそうだ。どうしてかな。
A 心不全というのは、極端にいえば、心臓の調子が悪くなって止まったといっているだけで、なぜ死んだのかという原因を説明していることにならないからだ。呼吸不全も同じだ。死因とは、心筋こうそくなど心臓や呼吸が止まった原因の病気のことなんだよ。
Q 言われてみれば、当然だね。なぜれっきとしたお医者さんが、心不全なんて書くんだろう。
A 外出先で急死した、家族が起きたら死んでいた、といった異状死の場合、その人を一度も診断したことのないお医者さんが死亡診断書(この場合は死体検案書という)を書くことになる。いくらお医者さんでも、見ただけでは死因が分からないこともある。
Q それで心不全と書いてしまうことがあるというわけかい。
A うん。文部省の研究班(代表、溝井泰彦大阪医大教授)が、九〇年に、監察医制度が整っている東京二十三区や大阪、神戸市などの地域と制度のない都下などの地域で死因がどうなっているかを調べたんだ。
Q そうしたら?
A 監察医制度のあるところでは、必要とあれば、解剖もするから、死因もはっきりする。その結果、制度のある地域では全死因の七%が心不全だったのに対し、ないところでは、なんと五一%が心不全だった。
Q ただ、公衆衛生や統計上は死因が正しくなければ困るだろうが、ぼくは解剖までして死因を調べてもらわなくてもいいな。
A 君も生命保険に入っているだろう。あれは病死より事故死の方が保険金が高い契約の場合もある。柳田純一・慶大教授(法医学)は、こんな例を紹介している。肝臓が悪くていつ死んでもおかしくない人が路上で死んでいた。病死と思ったが、念のため解剖したらひき逃げだった。死因一つで遺族のその後の生活が変わるよ。
Q そりゃ、そうだけど。自分が死んでしまった後では……。
A いろんな病気の原因がどんどん明らかになっている。診断、予防法も進歩するだろう。両親や兄弟姉妹は何で死んだのか。身内の死因がはっきりしていれば、自分の健康を守るのにも役立つ。それに、殺されたのに心不全で片付けられた実例もある。死因をはっきりさせることは、人権を守ることにもつながるよ。
Q でも、恐ろしい病名を書かれるのはちょっと嫌だな。
A そんな人が多いのかな。吉村昌雄・近畿大教授(法医学)が、かつて大阪市内で十年分の死亡診断書を調べたら、胃がんを胃かいように、自殺を心不全に、脳卒中を老衰に、などが続々出てきて、あ然としたといっている。しかし、死因に良いも悪いもないんじゃないの。
Q 考えてみれば、死は人生の締めくくり。はっきりしておきたいよね。お医者さんにも頑張ってもらわなくちゃあね。
A 厚生省も、記入のマニュアルを作り、今年度末から、都道府県単位で新しい死亡診断書の書き方の講習会を開くそうだ。
(内山幸男 東京・科学部)
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今から十数年前の報道だが、これを読むと、日本がいかに抜本的な改革を避けていることがわかる。
この当時は、死亡診断書や死体検案書には、なんでも「心不全」と書く医者が多く、死因統計が国際的に全く信用できないことが問題になった。
問題の本質としては、死亡時に解剖やCT検査などの医学的、科学的検索をしっかりしていないことが最大の原因なのだが、厚生労働省のしたことは「心不全と書かないように」との指導をしたことだけだ。そのため、この翌年から、心臓疾患で死ぬ方の割合が、脳血管障害に逆転された。しかし、最近はどうかといえば、この通達を忘れた医者も多いせいか、また死因の第1位は心疾患に戻っている。いまだに急死事例での医学検索がいい加減なので、今の死因統計も当てになるものではない。そんな統計を元に出される衛生行政が正しいはずもないし、税金の無駄遣いであることは明らかだろう。
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