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  シーカー 作者:安部飛翔
ダイジェスト版
第1章ダイジェスト
 扉を軋ませ探索者ギルドに黒髪黒瞳のそれなりに整った顔立ちの、黒い服装をした一人の青年が入って来た。
 腰まで伸ばした赤毛と茶色の瞳の闊達な美少女、迷宮探索者シーカー達の間でアイドルの様な人気の受付嬢リリアは少々驚く。
 その青年は年若い身ながら熟練した探索者が漂わせる風格の様な物を纏っていた。
 青年の雰囲気に探索者ギルドは一時静寂に包まれるも、すぐにギルドには喧騒が戻ってくる。
 気にする様子も無く青年はリリアに向かって歩み寄ってきた。
「探索者として登録したいのだが」
「は、はい。ギルドへの探索者としての登録でございますね?かしこまりました。それではこちらの書面に必要事項を記入して頂けますでしょうか」
 思わず上擦ってしまった声に羞恥に頬を染めるリリア。
 スレイと名乗った青年は、その様子を気にも留めずに、そのままリリアと会話し書類に必要事項を記入していく。
 そしてリリアは他の職員の手が空いていないのを見て、審査と探索者としての肉体改造まで、初めて自分が最後まで担当できる事に喜びつつスレイをカウンターの横の扉から奥へと案内するのだった。

 スレイは案内されながら過去に想いを馳せていた。
 スレイの人生が変わった二年前を思い出す。
 あれからスレイは剣の師と魔法の師について学び、実戦においては二人の師すら越えた上で、五ヶ月前に故郷のトレス村を旅立った。
 腰に提げた刀も、剣の師が用立ててくれた故郷のシチリア王国の軍刀サーベルの中でも特別に質の良いものだ。
 魔法の師も魔力付与を行ってくれた。
 そのようなそれなりの業物故に盗賊に狙われる事も多かったがスレイは全てその刀と自らの魔法で解決してきた。
 そしてようやく辿り着いた目的地である迷宮都市。
 誰もが富と名声を手に入れられる可能性のある、野望を持った者が集まる場所。
 だがスレイがここにやってきたのは贖罪の意識から力を求めての事であった。
「こちらです」
 辿り着いた部屋には探索者になろうとする者の現在の力を測り、肉体を探索者として改造し、資格を発行する魔導装置と魔法陣があった。
「それではスレイさん、この魔法陣の中央に立って頂けますでしょうか?」
 リリアの言葉に従い魔法陣の中央に立つスレイ。
 そんなスレイに肉体改造により魔物の魂の力を経験値として取り込み肉体を強化できるようになるレベルアップのシステムを説明するリリア。
 そしてスレイの了承を受け、リリアは装置を発動した。
「え?何これ!?」
 スレイの肉体改造の儀式が終わり、発行されたスレイの探索者カードの特異な能力値を見て驚愕の声を上げるリリア。
「どうした、何か問題でもあったのか?」
 後ろから覗き込み声をかけるスレイに、ビクッと反応したリリアは恐る恐るスレイを振り返り探るように見る。
 黒髪黒瞳のそれなりに整った顔立ちに、細身で引き締まった身体をしているが、それ以外は何てことのない十代後半の青年だった。
 その特異な能力値を反映するような特徴は外見上どこにも無い。
「い、いきなり後ろから声をかけないでよ!驚いたじゃない!」
 近づいた顔になぜか心臓の鼓動が速くなったリリアはごまかすように大声で怒鳴り、スレイは素直に謝罪するのだった。

 カードに書かれている年齢は十八歳とまさに見た目通りの年齢だ。
 だがスレイの能力値は肉体改造をしたばかりで、しかも神の祝福も無いというのに、とびっきりに無茶苦茶だった。
 筋力のEは鍛えられた体から順当と言っても構わない、体力と魔力のDもかなり高めだが異常というほどではない。
 だが敏捷のSは既に超一流の領域だ、器用のAも一流の探索者に与えられる評価だ。
 精神のEXに至っては伝説級と言ってよいだろう、動の極致を極めたバーサーカーも、静の極致である明鏡止水を極めた聖職者でも精神のステータスはせいぜいSSといったところだろう。
 ごく普通の性格にしか見えない青年がEXなどという精神力を持っているのが逆に恐ろしい。
 さらに運勢のG、運勢の悪い人間は強力なモンスターとエンカウントする確率が上がる、この最悪の運勢ならば邪神とエンカウントしても不思議ではないとすら思える。
 そして特性の「天才」、これが一番の問題だ。
 歴史上天才と呼ばれた者は数多くいるが実際に特性として備えていた者など全くの皆無だ。
 神の祝福が無いのは、どこの神殿にも属していないという事で多少珍しい、職業が無いのはLvをある程度上げないと初級職に就く事ができないので探索者に成り立てでは当たり前の事であった。
 職業は初級職で系統を決め、後は→中級職→最上級職と一本道だ。隠し最上級職があるという噂があるが、リリアにはそれが本当かどうかは分からないところであった。
 ちなみに迷宮都市の存在するクロスメリア王国は「称号:勇者」と「職業:勇者」の者に特権を与え、全員囲い込んでいる。それ故に小国でありながら大国と同等の発言力を保持していた。
「それで俺の強さは、現時点ではどのくらいなんだ?」
 リリアの話を聞きながらも、そっけないスレイの態度にリリアもやっと落ち着きを取り戻す。
 そして能力値の内訳と探索者ランクの計算方法を簡単に説明し、スレイの能力値はあまりに偏っていて参考にならないかもしれないが、現時点ではC級相当の探索者だと説明した。
 最後に、迷宮探索は能力値だけでどうにかなるものではないので、最初は初心者用の迷宮で探索に慣れ、後は神殿に寄付して何かの神の祝福を受けておくべきだと助言する。
「色々と教えてくれて助かった、感謝する。だが、悪いが俺は無神主義者なのでな。祝福を受けるのは止めておく」
「本当に無茶はしないようにね!それと今度来た時も私を担当に指名してね!色々とアドバイスしてあげるから!」
 スレイは頷き、そのままギルドを立ち去った。

 腰まである明るめの茶色い髪をカールさせ、髪と同じ茶色の瞳をした目の下になきぼくろのある二十八歳の妖艶な未亡人、宿屋“止まり木”の女主人フレイヤはいつものように仕事をこなしていた。
 結婚前まではS級相当の探索者だった凄腕で、不埒な事を考える輩は皆手痛いしっぺ返しを受けている。
 そこに黒髪黒瞳の青年、スレイが訪れた。
 フレイヤはすぐに探索者になるために迷宮都市にやって来たのだろうと当たりをつける。
 そして客として宿の帳簿に名前を記してもらい、十日分の宿泊費1000コメルを受け取った後、フレイヤは何故か、客に対し普段はしないような問いかけをしてしまう。
「スレイさん、ですね?やはり貴方も探索者になる為にこの都市へ来たのですか?」
「ああ、先ほど登録してきたところだ」
 やはりと思いながらも、フレイヤは自らの行動に僅かに疑問を覚える。
 その時、母譲りの茶髪と亡くなった父譲りの碧眼のフレイヤの六歳の娘サリアが、カウンターへと走りこんできてスレイにぶつかる。
 そしてスレイをじっと見たサリアは突然耳を疑うような言葉を発してスレイに抱きつく。
「パパーッ!!」
 集まる客の視線、だがスレイの若さに一部フレイヤに気のある男の客達を除き、他の客はそのままそれぞれの話題に戻っていく。
 そしてフレイヤはスレイの顔立ちや雰囲気が在りし日の主人に似ている事に気が付いた。
 サリアに遊んでと頼まれ了承したスレイは、最後にフレイヤの名を尋ねると、サリアを抱き上げて外へと歩いていった。
 フレイヤは久しぶりに自らの胸が高鳴るのを感じていた。

 スレイは探索者登録から二日目にして、探索者にとって最初の関門と呼ばれる『始まりの迷宮』の最下層『試練の間』まで潜っていた。
 「始まりの」とうだけあって、舗装された通路に、整えられた石壁や天井、光源は不明だが何故か明るい内部。出てくるモンスターも皆弱い。
 その為、スレイは全てのモンスターをあっさり薙ぎ倒し、尋常ではないスピードで最下層へと辿り着いていた。
 スレイとてリリアの忠告を忘れた訳では無いが、その類稀な才能故に、彼の命が危険と感じられるような状況は一度も無かった。
 そしてモンスターの死体より換金できる部位を剥ぎ取ると、道具袋に収める。
 胸ポケットから探索者カードを取り出すと、経験値欄の数値が増えレベルが5に上がり、特性に闘気術と魔力操作が増えていた。
 これらの能力を身に付けた事により、探索の途中から劇的に進行スピードが上がった。
 闘気術とは身体や武器の内部を闘気で強化し、直接的に様々な能力を数値にして+1ランクずつ強化する技術だ。
 魔力操作とは身体の外に魔力で干渉し、世界の法則そのものを書き換える、すなわち空気抵抗や重力といった物理的束縛を無視して、相対的に+1ランクの能力値と武具の強化ができる技術である。
 そしてこの両者を併用すれば、体内と体外への干渉で、+2ランクの強化が可能となる。速度一つとっても闘気により自らの動きを音速まで引き上げ、魔力により空気抵抗などの阻害要因を無くす事で容易く超音速、雷速を実現できるのだ。
 しかし強化された能力を扱うのはスレイであっても慣れるのに時間がかかった。
 そしてレベルがなかなか上がらない事に苦笑する。
 スレイは無職でありながら闘気術と魔力操作を併用できるのがどれほど稀有なことであるか気付かなかった。
 ただレベルが5になっているので、刀を扱う事が本分であるスレイは、特に職業に拘りは無いがこの迷宮をクリアしたら剣士になろうと決めていた。
 ちなみにカードに表示される能力値の内、名前・年齢・レベル・職業は誰にでも見えるが、その他の部分は持ち主以外には見せないようにもできる。情報秘匿機能もきちんと備わっていた。
 スレイは自分の刀を見て僅かに苦笑する。
 今の彼の装備は迷宮都市を訪れた時点と比べ、防具を布製のものから多少丈夫な黒革のジャケットとズボンに替えた程度だ。
 その布の服や革の服も、カードの装備欄に表示される以上は装備としての効果のある特殊な製法で作られた物ではあるのだが。
 スレイはスピード優先の剣士として軽装を信条としていた為鎧などに興味は無かった。
 しかし、故郷からの旅の中で数多くの盗賊や野生のモンスターを刃こぼれ一つ起こさず屠ってきた刀が、迷宮の魔物との戦いでかなり切れ味が落ちているのに、迷宮の魔物の質の高さを感じずには居られなかった。
 師からの餞別とは言え、使えない武器に拘ってはいられない為、この探索後の武器の交換を考える。
 ちなみにこの階層が『試練の間』と呼ばれるのには理由がある。
 初心者用の迷宮にあって、ようやく初めてのボス級モンスターと遭遇する階層なのだ。
 ちなみにボス級モンスターは何度倒しても一日経つと復活するらしい。
 中級までの迷宮では魔法陣で同種の別個体のモンスターを召喚し、上級以上の迷宮では他に同種が居ない単独の個体ばかりなので、強引に魂の力を回復させ生き返らせているらしい。
 スレイは神々の悪趣味さに苦笑する。

 突然女性達の悲鳴が響き渡り、『試練の間』最奥部に駆け付けたスレイが見た物は、重武装をした人型のモノが三つ死体となった凄惨な光景だった。
 他三人の生きている人間と、惨劇を引き起こしたであろうモンスターを確認する。
 生存者はスレイと同年代の青年一人と悲鳴の主だろう少女二人。
 バルディッシュという形状の戦斧を構え、茶色い瞳に戦闘意欲を宿し、ツンツンの尖った茶髪の青年は傷だらけになりながらも少女達を守るように立っている。
 尖った耳をして豪奢な金色の髪を腰まで届くツーテールにした、髪と同じ金色の瞳に恐怖を湛えながらも、もう一人の少女を抱きしめているのは、絶世の美貌を持ったエルフだ。
 片や抱きしめられてる腰まであるストレートの茶髪に同じ茶色の瞳から涙を流している少女は全く動けないでいるようだった。
 三人は全員名門の探索者養成学園、エルシア学園の制服を着ている。
 そして惨劇を生み出しただろう、重武装を纏った巨大な人型の骸骨、B級ボスモンスターのアンデッド・ナイトは、巨大なハンマーを青年へと振り下ろそうとしていた。
 スレイはこの場に相応しく無い強敵に驚きながらもすぐに闘気術と魔力操作の併用で雷速に加速する。
 一瞬で茶髪の青年の前に躍り出たスレイは、振り下ろされたハンマーを弾き、その体格差からは信じられない事に、一撃でアンデッド・ナイト本体ごと吹き飛ばしていた。
 広間の石壁にめり込むアンデッド・ナイト。
 落ち着いて三人に語りかけるスレイだが、アンデッド・ナイトがめり込んだ身体を石壁から引き剥がす音が聞こえると、そちらに向き直る。
「いや、話は後で聞くことにしよう。今はあいつを片付けるから、お前達は大人しくしていろ」
 再び雷速に突入したスレイは、コマ落としのように一瞬で消え去り敵の眼前に現れると、敵の右肩を肩当てごと容易く切り裂いた。
 それでも左腕を伸ばす敵に、スレイは空中に魔法で空気の足場を作って踏み込み、勢い良く地上に着地、伸ばされた手を躱す。そしてまた一瞬で敵の前まで移動し、敵の片足の脛の部分を叩き斬る。そして残った逆の足も同じ様に叩き斬った。
 膝立ちになったような状態のアンデッド・ナイトに、スレイは瞬時に頭蓋骨目掛け飛び上がると、そのまま魔力操作を解除し、空気抵抗のある中で超音速の刀を振るい、巻き起こる衝撃波と同時に魔力の刃を放ち、敵を頭蓋骨から股関節まで真っ二つに斬り裂く。
 空中にまた足場を作り、思いっきり踏み出すと、敵の胸元、人体で言う心臓の部分にあった、アンデッド・ナイトの核に思いっきり突きを放つ。
 アンデッド・ナイトの核は砕け散るが、それと同時に師から授かった刀も粉々に砕け散ってしまった。
 スレイが三人に向き直ると、青年は糸が切れたように気絶し、二人の少女は動けず立ち尽くす。

 探索者ギルド本部、ギルドマスターの個室。
 なぜかそこにはギルドマスターとスレイと三人の被害者の他に、ギルドの受付嬢リリアがいて、今回の事件のおかしさをスレイに説明していた。
「それで、どうしてお前までここにいるのだね。リリアよ」
 威厳ある声の、厳しい顔つきをした壮年の男性、年齢故のアッシュブロンドとなった髪と髯を蓄えた四十代後半と思われる茶色い瞳の男性、探索者ギルドのギルドマスターである。
 ギルドマスターとは、光髪ヴァレリアの最高司祭・聖王が神託により選んだ人物であり、神々が作り上げた修練場である迷宮都市を管理し、国家と同等以上の権力を持つ探索者ギルドを束ねるに相応しい傑物だ。
 そして繰り広げられる会話に、リリアがギルドマスターの娘と知り納得するスレイ。
 ギルドマスターはゲッシュ・アルメリアと名乗った。
 次々に名乗るスレイと三人。
 そして三人に真摯な態度で謝罪し、今回の探索がエルシア学園の卒業試験だったことから、三人の成績を調べ、卒業に問題無いレベルと判断し、卒業に便宜を図り、犠牲となった試験官だった教師達の家族にも便宜を図る事を約束するゲッシュ。
 スレイはその言葉に嘘が無いと感じ、ゲッシュに好感を抱いた。

 三人は怪我と精神の療養ということで連れていかれ、室内には三人が残るのみとなる。
 ふと微笑するリリアに、ゲッシュは三人も死者が出ているのに不謹慎だと注意を促す。
「ええ、そうだったわね。ごめんなさい、お父様」
 素直に反省するリリア。
 つい好奇心から何を笑っていたのか尋ねてしまうゲッシュ。
 リリアは登録時にスレイの運勢の悪さから、邪神にエンカウントしても不思議じゃないと言ったのだが、いきなりアンデッド・ナイトに遭遇したことに、本当にそういう運勢なんだなと思って、と応える。
「すまないがスレイくん、君の探索者カードを全能力値まで含めて見せてもらっても構わないだろうか」
「まあ、隠すような事も無いし構わないが」
 カードを見て驚きを隠せないゲッシュ。
 思わず色々と推測してしまうが、確証は無い。
 ただ、スレイが特殊だということは理解したゲッシュはスレイに語りかける。
「スレイくん、君に話しておきたいことがある」
 そしてリリアに席を外すよう告げるゲッシュ。
 だがリリアは今回の事件は人為的なもので、召喚の魔法陣がランダム召喚に描き換えられていたという事だろうと指摘してみせる。
 微かに驚くゲッシュ。
 そんな父親に舌を出して見せ、リリアは自分にも色々情報網があるのだと告げた。
 呆れたような感心したような溜息を吐き、スレイに向き直り語りかけるゲッシュ。
「何故俺にそのことを?」
 ゲッシュは彼なりの茶目っ気を出し、運勢Gのスレイなら今回の犯人の工作にまた巻き込まれる可能性も高いと思ったので心構えしてほしかった事、もしかしたらそのままスレイが事件を解決してくれる可能性もあるからと答える。
「それはギルドの仕事では?」
「だから、念の為に、なのさ」
 ゲッシュは悪戯っぽく笑う。

 ギルド本部を出て、職業神の神殿に向かうスレイ。
 リリアはスレイに本当に初級職が剣士でいいのかと何度も尋ねる。
 スレイが考えを変えない事に呆れたリリアは魔法を使える可能性についての話をするが、その事から既にスレイが魔法を使える事を知り驚愕する。

「魔法なんて魔力と知識があれば誰でも使えるようになると思うが」
 不思議そうなスレイに、何処で習ったのかと聞くリリア。
 師から習ったと答えるスレイに、リリアはスレイの師匠が魔法剣士だったのかと尋ねる。
 スレイは剣士と魔術師の二人の師がいただけだと答える。
 そしてスレイの二人の師匠が元A級相当探索者で、シチリア王国の元宮廷騎士と元宮廷魔術師である事を知り驚くリリア。
 なぜそんなに自分の事を知りたがるのか聞くスレイに顔を赤くして好奇心だと答えるリリア。
「なるほど、確かにあんたは『好奇心は猫をも殺す』を地で行きそうなタイプだな」
 リリアは思わず思いっきり怒鳴るのだった。

 雑多な賑わいを見せる職業神の神殿に、思わず疑問を零すスレイ。
 そんなスレイに、学園に通えないような子供や、外から来て基本的な技能も持たずに探索者になったような人間に色々と教える職業訓練所の役割も果たしている事を説明するリリア。
 ふと、酒に酔った赤ら顔の男が寄ってきてリリアに声をかける。
 公爵家の息子を名乗ったその男は、リリアに突然婚姻を迫る。
 うんざりした様子のリリアに、言葉を挟むスレイ。
 そんなスレイに男は酔っ払いの中に紛れていた屈強な男5人を呼び寄せる。
「何を考えているのよダグ!この神殿で騒ぎを起こすつもり?そんなことをしてただで済むとでも」
 リリアの言葉に父が公爵だから問題無いと、現実を見据えていない答えを返すダグ。
 5人の男達が剣を抜くも、闘気術で手の固さを強化し、魔力操作により剣の原子構造を分解した結果、スレイは手刀で5本の剣を斬り落とす。
 そこへ駆け付ける無造作に腰まで伸ばした金髪と碧眼が美しい、白皙の麗人たる神殿騎士。
 ダグと五人の男達は陳腐な捨て台詞を残して逃げ出す。
 呆れたような雰囲気が満ちる場に入った神殿騎士は戸惑いを隠せない。

 神殿騎士としてのジュリアに与えられた宿舎の個室。
 先程起こった事を聞き、興味深げにスレイを眺める神殿騎士ジュリア。
 ジュリアは探索者カードの見せ合いを提案する。
 ジュリアのカードを見ながらこれが一流と呼ばれるS級相当の探索者の能力値だと説明するリリア。
 明確に彼女以上の探索者となると世界中に知れ渡るSS級相当の探索者か、レベル99まで到達した『称号:勇者』ぐらいのものだろうと告げる。
「そうなのか?」
「ええ、それに選ばれた一部の人達以外は、レベル80未満で成長限界に到達してしまうから、レベル81でまだ成長の余地のある彼女はかなりのものよ」
 納得するスレイに、ジュリアが驚いたような声で問いかけた。
「スレイ君、君は無職なのに闘気術と魔力操作の両方を扱えるのかい?これは驚いたな。それならあの状況も納得できる」
 ジュリアの言葉に、リリアが魔力操作とは何かと質問する。
 魔力操作についてリリアに説明するジュリア。
 スレイは何故公爵家の息子とやらがここに居たのか尋ねる。
 リリアは次男だから一旗上げようと取り巻きを連れて迷宮都市にやってきてると答え、ジュリアは笑いながら、リリアに一目惚れしたのも理由のようだねと補足する。
 そして先程のダグの様子に不思議そうにするスレイに、実力も性格も目標に見合っていなければああなってしまうという典型だ。大人しく父親から一部の財産を相続して自分に見合った人生を楽しく生きれば良いと思うんだがね。と辛辣な言葉で話をしめくくった。

 あれから、スレイに非は無いので好きにしていいと言われたので、スレイは一人クラスアップをする為の受付へとやってきていた。
 番号を呼ばれ、剣士へのクラスアップを望む旨を伝えたスレイは赤い札を渡され奥へと進むよう案内される。
 奥にはいくつかの扉があり、一人の男がいた。
 赤い札を渡すと、剣士へのクラスアップですか、と言われ、右から二番目の扉を案内される。
 部屋に入ると巨大な魔法陣と機械装置があり、白銀の髪と蒼い瞳の、儚げな雰囲気なスレイと同じ年頃の少女が立っていて、何故かスレイを見ると驚いたような表情をする。
 だがすぐに平静を取り戻しフィーナと名乗ると、クラスアップについての案内をしてくる。
 肉体への苦痛を注意され、儀式が始まるが、スレイは苦痛の声一つもらす事なく、立ち位置も動かずに立っていた。 それに驚いたように感心するフィーナはスレイに名を尋ねてきた。
「スレイだ」
 フィーナはスレイにカードを見るよう案内する。カードの職業の項目には確かに剣士の表示が追加されていた。
 そしてスレイに別れの挨拶をするフィーナ、その瞳には何か希望の色が宿っていた。

 スレイが閑散としたクラスアップの待合所に戻るとリリアとジュリアがいた。
 そしてリリアはそのままギルドの換金所を案内する旨を告げる。
 不思議そうなスレイに不機嫌そうなリリア、含み笑いをするジュリア。
「あんたも一緒に来るのか?」
 ぶしつけに問いかけるスレイに苦笑するジュリア。
 そしてそのまま三人は探索者ギルドへと向かった。

 探索者ギルドに入った三人にいくつもの視線が集まる。
「神狼?」
 そんな中ジュリアに向けられた呼び名に疑問の声を上げるスレイ。
 その二つ名の由来を語るリリア。
「ところで、未知迷宮とはなんだ?」
 ジュリアに感嘆しつつも、出てきた知らない言葉を尋ねるスレイ。
 リリアは呆れつつも上級者用の迷宮よりずっと深い、ギルドや超一流の探索者でも何階層まであるか把握していないいくつもの迷宮があり、それを総称して未知迷宮と答える。
 その後もリリアの説明は続き。
「なるほどな。感謝する。おかげで良く分かった」
 率直に礼を述べるスレイに顔を赤くしてそっぽを向くリリア。
 そんなリリアの様子をジュリアは生暖かい視線で見つめていた。

 探索者ギルド内換金所で順番待ちをする三人。
 三人の番に回って来ると、ふくよかな体格をしたまとめてアップした黒髪に茶色い瞳の三十代くらいのメアリーというらしい夫人がリリアとジュリアにちゃん付けで呼びかける。
 恥ずかしそうなリリアとジュリアだが、メアリーは気にしない。
「ふむ、リリアちゃんと一緒に来たって事は、この子がスレイくんかい?」
「ああ、確かに俺がスレイだが」
「あんた3000コメルとミスリル製の装備と、どっちの方がいいかね?」
 いきなりの問いにとまどうスレイ。
 メアリーはスレイの倒したアンデッド・ナイトの装備がミスリル製だったため、換金するか、ギルド内の鍛冶工房で素材にして武具を作るか選べると説明する。
 スレイはミスリル製のサーベル二本を注文し、残りは換金してもらうよう頼む。
 メアリーは計算し、ミスリル製のサーベル二本の素材分と手数料を引くと残りは1000コメルと案内する。
 それで頼むと告げ、スレイは道具袋の中の換金アイテムを300コメルに換金した。
「ところであんた、魔法の袋はまだ持っていないのかね?」
 訝しげなスレイにメアリーは説明する。
 空間系魔法で作られた、入れる物の量や大きさを無視でき、重量も感じず、必要な物を念じるだけで取り出す事もできる魔法の袋。
 迷宮の到達した階層にマーカーを付けておいて、一瞬で迷宮を脱出したり、次の探索でマーカーした階層にすぐ転移して探索を再開できる、同じく空間系魔法で作られた飛翼の首飾り。
 ある程度以上の探索者ならば必須のものだという。
 説明を忘れていたリリアを見やるスレイ。うなだれ殊勝な態度のリリア。
 流石に言い過ぎたかとスレイはフォローする。明るい顔になるリリア。
 スレイはメアリーに値段を尋ねるとどちらも500コメルだという。
 そして金貨13枚、換金分の1300コメルを受け取ると、サーベルは鍛造に二日はかかるだろうから、二日後にでもギルド内の鍛冶工房に行ってくれと案内される。
 ついでにメアリーはギルド内の銀行についても説明する。
 ギルド内の銀行にお金を預けると、探索者カードを使った支払いが、ギルド内の銀行に預けたお金の分だけこの迷宮都市の店ならどこでもできるようになる。
 また探索者カードは本人認証の為、他人が持っても何も表示されないようになっている為、安全かつ便利になっている。
 だから換金したお金はすぐにギルド内の銀行に預ける事をお薦めするとメアリーは〆た。
 都市外でお金を使う時には流石に引き出す必要があると最後に付け加える。
「なるほど、大変為になった。説明感謝する」
 頭を下げ礼を言うと、スレイは踵を返し換金所の出口へ向かう。その後を慌ててリリアとジュリアが追った。
 メアリーは面白そうに笑うと仕事へと戻っていった。
「次の方どうぞー」

 その後、スレイは早速ギルド内の銀行へ全財産を預け、道具屋で魔法の袋と飛翼の首飾りを購入、預金欄が300コメルになったことを確認すると、都市の武器屋で当座の武器として鋼鉄のロングソードを二本用意した。刀が扱われてなかった為仕方が無い。
 その日は、そのまますぐリリアとジュリアとは別れた。

 宿に戻ると不機嫌なサリアに抱きつかれる。そんな様子を笑いながら見ているフレイヤ。
 出会ってからほんの二日だというのに、この母娘は完全にスレイに心を開いていた。
 スレイ自身もこの環境を気に入っている事に気がつく。
 そして明日一日サリアと遊んでやる約束をし、何とか離れてもらう。
 結局次の日はサリアと遊んでやり、フレイヤと際どい会話などして親交を更に深めた。

 その日まずは初級者向けと言われる『静炎の迷宮』に潜り、スレイは自らの肉体の変化を確かめていた。
 岩盤が掘られてできた迷宮で足場も広さも安定しない。
 何体もの魔物を倒し奥まで進み、そして今また二匹のオルトロスと一体のウィル・オー・ウィスプを相手にしていた。
 闘気術と魔力操作を併用したスレイは岩盤の足場の悪さを物ともせず、一気に雷速に至り、壁や天井なども足場にしてウィル・オー・ウィスプを容易く切り裂く。
 そのまま壁に蹴りを入れ、一瞬で地面に着地し、ドンッと大きな音を響かせ地を蹴る。
 そしてオルトロス達に反応する間も与えず、二本目の剣を抜き放ったスレイは、二本の剣でそれぞれ二つずつ、計四つのオルトロスの頭を首を斬り裂き刎ねていた。
 無造作にオルトロスの胴体に近づくと、喉の奥から固い感触のものを抜き出す。
 それは二つの赤く燃えるような輝きの宝石であった。
 火炎石、火を吐くモンスターはたいていこの炎の力を込めた宝石を体内に持っている。
 スレイはそれを腰に下げた魔法の袋に無造作に突っ込むと、戦闘の感触を思い出す。
 自らの身体の一部のように自在に動いた剣。
 剣士職になってからの剣技の補正というものが確かに大きいと認めざるを得ない。
 そして新しく取得した思考加速の特性。
 雷速すらもスローモーションに感じられる程の思考の加速をもたらし、完全に動きを制御できていた、さらに魔法の構成を編む高速化にも利用できる優れた特性だ。
 さらに闘気と魔力の融合という特性も手に入れていたが、これはまだ未使用だ。
 スレイは辺りを見渡すと、この迷宮もまた光源が無いのに一定の明るさが保たれてる事に疑問を覚える。
 そしてカードを取り出し、現在自分が単純に計算してB級相当の段階にいる事を知る。
 そのままスレイは階層にマーカーすると、飛翼の首飾りで迷宮を脱出した。

 ギルド内の換金所でスレイはテーブルいっぱいに戦利品を広げる。
 呆れたようなメアリーだが、程なく鑑定を終えると1500コメルを渡してきた。
 次にギルド内の銀行へ向かう。
「すまない1500コメル預けたいんだが」
 カウンターの女性はメアリーと同じく三十代のようだが、まだ若々しく大人の色香を感じさせる、細身の身体に豊かな胸を備えた金髪碧眼の女性であった、アリアというらしい。
 そのまま15枚の金貨を預けると、以前の事を覚えていたのか驚いたような顔をする。
 そして差し詰めギルド期待の新人ってところかしら、まあケリーに比べればまだまだですけど、などと呟く。
 スレイは何気なくケリーとは誰だ?有名人なのか?と尋ねる。
 それにアリアは恋人だと答え、まあ彼には他にも恋人がいますがと当然の様に言い、ギルドの子飼いでS級相当探索者だから有名じゃないけど実力は折り紙付きだと答える。
 恋人が一人でないという言葉に、上級の探索者は多くの女性を囲う事も珍しくないと思い出す。
 そして銀行を出ると、ギルド内の鍛冶工房へと向かう。
 そこには様々な武具が整然と並べられ一人のドワーフが中央のテーブルに座っていた。
 そしてスレイが用件を告げると、両手を触り探られる。
 ドワーフに名を尋ねるとダンカンと名乗り、剣の柄の調整の為奥へと入っていった。。
 スレイは両手で二本のサーベルを握り、素振りをして感触を確かめる。
 ダンカンはスレイに剣を握った年月を聞き、二年と聞いて驚いていた。
 スレイはついでにロングソードの柄の調整も頼むのだった。

 数分後、工房から出てきたスレイはちょっとした興味で仕事依頼の掲示板を見ていた。
「あ、あの!」
 そこで突然声をかけられる、相手はアンデッド・ナイトより助けた、エルシア学園の三人であった。
 高慢なエルフの中でも唯一他種族に対しても友好的に接するグラナダ氏族のエミリア。
 探索者として功績を上げ、一代貴族となったグラナリア男爵家の長男アッシュと長女のルルナ。
 今ではエルシア学園を卒業し、初級探索者と変わらない身である。
 三人は先の事件により迷宮探索にトラウマを抱き、スレイにパーティを組んでくれるように頼み込む。
 結局三人の勢いに負け、パーティを組む事を仕方なく了承し、三人の意向で、一回限りの短期登録ではなく、登録解除を行うまでは解除されない長期登録を行う事になるのだった。
 そして互いに探索者カードを見せあい、三人はスレイの能力値に驚愕の声を上げる。
 三人組と明日の待ち合わせを約束するとそのままスレイは帰途についた。

 宿に戻るとサリアが出迎えてくれる、フレイヤやサリアとはまるで親戚のように親しい関係を築いていた。
 そして夕飯時はフレイヤとサリアと共に団欒の一時を過ごした。

 スレイは過去の悲劇を夢に見た。
 人の魂の転生の輪へと入り込む事で神々の封印を逃れた邪神ロドリゲーニ。
 自らを守って死んだ幼馴染フィノがその魂を宿し、死んだ事により邪神として覚醒したその日。
 彼女はフィノ自身の両親を殺し、そしてスレイの恐怖の感情を全て喰らう、スレイが覚えているのはそこまでであった。

 目覚めたスレイは外を見る、まだ日の昇らない早朝、スレイにとってはいつもの起床時間、日課の剣技の修練を行う為に宿の外に出る事にする、何時も通りのスレイの朝だった。

 スレイが今日も探索に出かける事に不満なサリア。
 連日での探索は探索者としても珍しい、迷宮の危険性を考えれば常に最高の状態で望むべきだからだ。
 フレイヤも心配するが、スレイは今日は約束があると伝え、早めに終わらせると告げると、帰ってきたら遊ぼうとサリアに約束すると、昨日の三人との待ち合わせ場所に向かった。

 静炎の迷宮、スレイは確認したい事があった為襲い掛かってくるモンスターを全て屠りつつ、三人とオルトロス一匹の戦いを見守る。
 三人はスレイの予想通り、連携して実力を発揮すればアンデッド・ナイトにも勝てただろう強さを発揮し、オルトロスを屠る。
 三人にどうやって自分がいなくてもいい様に、先日の事件の恐怖を克服させるか悩むスレイ。

 探索を終えた後、スレイは三人に目的を聞く。
 アッシュはクロスメリア国王、勇者王アルスから公爵位を賜り、強大な戦闘種族、竜人族の国、晃竜帝国の第二皇女、癒しの竜皇女エリナに求婚することだと答える。
 竜人族の第一皇女、闘竜皇女イリナと、第二皇女、癒しの竜皇女エリナは国民人気も高い。
 過去のいきさつでエリナと文通しているというアッシュに感心するスレイだった。
 ルルナは普通にそれなりの功績を上げ新しい爵位を手に入れ良い殿方と結ばれる事だと答える。
 エミリアはグラナダ氏族の為有望な人間族の男性と婚姻する事も考えていると告げる。
 スレイを挟み火花を散らす二人をアッシュはニヤニヤと笑いながら見ていた。

 換金所で収入を山分けし、約束通りサリアと遊び、むずかる彼女を寝かしつけたスレイ。
「まったく何が精神EXだか。運勢Gは妥当だが」
 戦闘に関してしか評価基準にされない能力値に愚痴を零すスレイ。
 思うようにいかない現実に愚痴ばかりが零れ出る。
 ただ強さを求めているつもりだった、ロドリゲーニを殺し贖罪をする為最強にならなければならなかった、だが周囲の人間関係に巻き込まれる自分の弱さに呆れるスレイ。
 その時ドアがノックされた。

 豹のライカンスロープであるフレイヤはこの満月の夜発情期を迎えていた。
 スレイという夫に似た青年に惹かれる女の自分と、強い雄へと惹かれる雌の自分。
 夫が居た時でさえなかった抑えきれない欲情に突き動かされ、そのままにスレイの部屋の扉をノックする。

 フレイヤを部屋に招きいれたスレイは後悔していた。
 扇情的な格好のフレイヤが酷く発情している様子で立っている。
 そのままスレイは唇を奪われ、濃厚で甘いキスをされる。
 冷静にフレイヤを諭そうとするスレイ。
 だがフレイヤの妖艶で魔性な色香に蜘蛛の糸に絡められていくような気がする。
 そして自らの欲望に対する抵抗を諦めたスレイは、そのままフレイヤを激しく求めていた。

 乱れ疲れ果てた様子で自らの隣で寝ているフレイヤに、自らの女癖の悪さに頭を抱えるスレイ。
 十八歳になった日から今まで、スレイの女性関係は爛れたものだった。
 自分の最低さと独占欲に呆れるスレイ。
 フレイヤの格好を整えてやり、日課の剣技の修練の為、宿の外へ出るのであった。

 円形闘技場、迷宮都市で神々が唯一迷宮以外で創った建造物。
 今となってはその性格な使用目的は謎であるが、現在は多くの探索者達が鍛錬場として使う場所である。
 ちなみに探索者養成学園の生徒達の実技授業の場も、殆どがこの円形闘技場だった。
 模擬戦闘を開始するスレイと三人組。
 軽く三人をあしらうスレイ。
 その後、最初から中級魔法を使ってきたエミリアに、無詠唱で下級魔法を使いスレイの強化を阻止するべきだったと告げる。
 その後闘気と魔力の融合について質問するアッシュ。
 闘気と魔力の融合は、その構成要素であるエーテルでの純強化をでき、圧倒的な強化が成される事と、発展系として、闘気と魔力の融合により、分離された第一質量プリマ・マテリア、全ての原質となる要素を留め、スレイの適性により“切断”の“絶対概念”を持った剣を創造できる事を説明するスレイ。
 その後ノリノリで説明していたスレイに理由を尋ねるアッシュ。
「昔、二年前まで俺の夢は学校の先生だったんだ」
 アッシュは爆笑していた。

 数秒後、粗大ゴミとなったアッシュ。
 エミリアが闘気と魔力の融合について具体的にどのような物なのか尋ねる。
 エーテルによる強化は未使用で、プリマ・マテリアの剣はまだ使用不可なので分からないと答えるスレイ。
 説明に意味が無かった事を告げるスレイに笑う二人の少女だが、今度は粗大ゴミが誕生する事はなかった。

 エミリアは結局自分はどうすればいいのか訪ねる。
 ただ単に牽制の重要性を知ってほしかったと告げるスレイ。
 明日三人の連携で自分に勝てれば三人で十分やっていけると分かる筈と言うと去っていくスレイ。
 パーティを解消するつもりらしいスレイに、それを阻止する為の作戦会議を行う三人。

 朝、剣技の修練から戻ったスレイを待っていたのはカウンターの前でアッシュ、エミリア、ルルナの三人が土下座するという奇妙な光景だった。
 パーティを解消しないでくれと頼む三人。
「これは、どういう状況なんだ、フレイヤ?」
 後輩から相談を受け、誠意を見せてみたらどうか、と言ったというフレイヤ。
 そして自らもエルシア学園の卒業生である事を明かす。
 フレイヤの為にももう少しだけ付き合ってやるから、迷惑だから土下座を止めろというスレイ。
 喜ぶ三人に、言葉を聞きとがめるスレイ。
「“あの”フレイヤさん?」
 そして元S級相当探索者で、“疾風のフレイヤ”などと呼ばれ、今でも時々エルシア学園で臨時講師をする事があるという情報を知る。
 フレイヤを見やるが、女は謎が多い方が魅力的でしょう?などと言われスレイは苦笑するしかなかった。

 次の日、再びの模擬戦闘でエミリアはアドバイス通り下級魔法でスレイの強化を阻止してくる。
 スレイは左腕を犠牲として多大なダメージを受けるも、そのまま三人を一蹴するのだった。

 スレイの無茶に回復魔法をかけながら説教をするエミリア。
 パーティを解散する為なら負けても良いのに、パーティを続けるとなると途端に負けず嫌いを発揮するスレイの面倒くさい性格に呆れる。
 スレイは真面目な表情になると、エミリアに謝罪した。
 それでは、と明日自分の買い物に付き合ってもらう事を提案するのに、ルルナがずるいと抗議の声を上げる。
 明日二人の買い物につき合わせてもらうと答えるスレイ。
 不服そうに見つめ合うエミリアとルルナだが、諦めたように女性の怖さを思い知らせるとスレイに告げるが、スレイは遠い目をして幼馴染達の事を思い出しつつ、充分それは思い知ってると言う。
 そんな中、アッシュが自分には何もないのかと騒ぐのに、イリナにエリナとの仲を応援してやれという手紙でも書いてやると提案するスレイ。
 イリナと知り合いなのかと不思議そうな三人に、昔誤解で戦って引き分けた事があると答えるスレイ。
 そしてその時点からさして成長していない自分の力にどこか自嘲気味なスレイをルルナが焦る事は無いと慰める。
 大陸全体を見れば平和だと言うその言葉に、スレイは自らの抱える秘密を思い、何も言えず頷くも、力への強い渇望を胸に秘めたまま、宿への帰路についた。

 夜中、窓から抜け出そうとしてフレイヤに見咎められる。
 三人が居る間は夜中の探索で不足分を補うと言うスレイ。
「迷宮でそんな無茶が通用するとでも」
 スレイは二つ目の比翼の首飾りを弾いてみせつつ、闘気と魔力をフル活用すれば充分可能だとニヤリと笑ってみせる。
 心配するフレイヤに自分を信じるよう告げ、自信に満ちた笑みを浮かべるスレイ。
「スレイさん」
 フレイヤはただ無事を祈り、彼の名前を静かに呼ぶしかなかった。

 静炎の迷宮を突き進み、一気にボスモンスターが存在するだろう広間の前までやってくるスレイ。
 モンスターを一掃すると、スレイはフレイヤとのやり取りを思い出し、自分の女への弱さに苦笑いする。
 故郷でも何故かやたらとツンケンしていたもう一人の幼馴染の村長の娘を助けたところ言い寄られて肉体関係を持つことになり、近所に住んでいた五歳ほど年下の女の子に大きくなったらお兄ちゃんのお嫁さんになるー、とせがまれ、仕方なく玩具の指輪をプレゼントしてやったこともある。
 他、旅の途上での事を思い出し自己嫌悪に陥りそうになるも、思考を切り替え能力値を確認し、闘気と魔力の融合を一度試してみようと思い立ち、純エーテル強化を行う。
 光の反射を目で受け取り脳が映し出すタイムラグのある世界とは違う、エーテルが捉える本当の“現在”そのものの世界。
 感覚に酔いそうになりながらも、スレイは今までとは全く違う段階に到達した自分を確信する。

 静寂がたゆたい、赤く輝く部屋、中央に居る炎を纏った巨人、B級ボスモンスター・イフリート。
 知性を感じさせないその姿、だが現在のスレイにはそれが擬態であることも、正体までも理解できる。
 そしてスレイは炎の精霊王とイフリートに呼びかける。
 叡智を感じさせる瞳を見せたイフリートはより高温の蒼き炎を身に纏い、広間までもが蒼く染まる。
「おぬし、何者だ?」
 S級相当、炎の精霊王イフリート、神々にこの地に縛られボスモンスターのふりをして、探索者に経験値を与えてやる、イフリートの尊厳を踏みにじる神々の作り出したシステム。
 自由が欲しくないかと尋ねるスレイに、しかしイフリートは神々に縛られてるのは事実だが、か弱き人々を高みに導くのは自ら望んだ事、そうでなければ自らの消滅してでもこの呪縛から逃げていると答える。
 自分を縛り付けるシステムが無くなっても、今果たしている使命をこれからも果たし続けるかと問うスレイに、当然と答え、我が誇りを疑うかと怒りを見せるイフリート。
 スレイは得たり、と笑い、ならばイフリートを縛るその鎖を自らが砕こうと告げる。
 神々の力に人の子の力が及ぶ訳も無いと答えるイフリートだが、スレイが纏う輝きに、純粋なエーテルを感じ、驚愕する。
 スレイはエーテルにより世界の理からその身を外し、亜光速で走り抜けながら刀を一閃させる。
 そして呪縛は破られる。
 スレイに礼を告げたイフリートはスレイに特性:炎の精霊王の加護を与えた。
 カードの表示を見て、これじゃあ人に見せられないなと苦笑いするスレイ。
 エーテルの強化による反動で倦怠感を覚えるも、そのまま迷宮を脱出する。
 その夜のスレイの探索は終わった。

 グラナリア家の邸宅、ルルナはスレイとの買い物に着ていく服を選んでいた。
「うわ、お前、何だよこの有様」
 そこへ現れた双子の兄アッシュの無遠慮な態度に怒りが芽生える。
 そのまま何も考えない発現でルルナの逆鱗に触れるアッシュ。
「お兄さまの馬鹿ーーー!!!」
 闘気を込めた渾身の拳に気を失った兄を放置し、ルルナは服の吟味を続けるのだった。

 エミリアは悩んでいた。
 元々グラナダ氏族のエルフの中でも抜きん出た美貌を持つという理由で、人間との交流を、特に有望な人物との関係を深める為に送り込まれたエミリアである。
 そんな命令に反発し、その責務を果たすつもりなど無かったエミリアはかわいい服など持ってきていないし、この迷宮都市でも必要を感じず買う事は無かった。
 今回ばかりはそれが災いしていた。
 スレイとの出会いに運命すら感じたエミリアはギルドで彼をみかけた時、彼との縁を失わない為強引にパーティを組む事を願い出た程に思いいれている。
 エミリアは決意した表情をすると、祖父が自分に持たせた大きく胸元の開いた少し過激な衣装を取り出す。
 そして恥ずかしさを我慢してその服を着る事にした。

 約束の一時間前にスレイは待ち合わせ場所にやって来た、今は三十分前というところだ。
 時間の余裕を持って待ち合わせ場所にいるのは幼馴染達の薫陶の賜物である。
 そしてさらに十五分程待っていると、喧騒を引き連れルルナとエミリアがやってきた。
 周囲を男達が追うように歩いている、面倒臭い事この上なかった。
 スレイに待たせてしまったかと声をかけるルルナとエミリア、返す言葉は決まっていた。
「いや、まだ約束の十五分前だし、何より俺も今来たばかりのところだ」
 三人のやり取りに男達が捨て台詞を告げながら去っていく。
「二人とも綺麗だ。よく似合ってる」
 幼馴染達の躾の賜物か、自然と褒め言葉を発していた。
 ルルナとエミリアは頬を赤くしつつも「二人とも」と纏めた事に苦言を呈す。
 だけど総合的にはプラスだし、そんなに女心を勉強されても困ると言う二人。
 そして三人は買い物に繰り出した。

 見事に荷物持ちとして扱き使われたスレイ、流石に女性服や下着売場に付き合うのは勘弁してもらったが。
 買い物が終わり、カフェテラスでお茶をしている時、突然エミリアがカップを落として割ってしまう。
 顔色の悪いエミリアは先の事件で死んだ筈の試験官だったアレスタ教官を見たと告げる。
 ルルナは他人の空似ではと言い、エミリアも納得を示す。
 そしてルルナとエミリアは莫大な散財をし、スレイはエミリアとルルナをそれぞれの宿と邸宅へと送り届け、エーテル強化による疲れが回復しない為その日夜中の探索を諦めた。

 ギルド内でアッシュがルルナとエミリアの散財に叫び声を上げる。
 迷宮探索に必要な回復薬や魔力回復薬のアイテム類は、特に迷宮都市では非常に高価だった。
 スレイ自身は必要と感じた事は無いがそれらは間違い無く探索者としての必需品である。
 かなり余裕のあるアッシュの預金で消耗品や必需品をやはり経験不足故か「必要以上」に準備して、探索の準備は終わった。

 静炎の迷宮で、一昨日の夜中、スレイが放置したモンスターの換金部位は、どうやら他の探索者により持ち去られていたようで、三人が不審を感じる事が無かった事にスレイは安堵した。
 そしてスレイ自身は自らに襲い掛かってくるモンスターのみを倒す事に徹し、殆どのモンスターの相手は三人組に任せ観察する。
 実戦経験を得て、三人の連携や個人技能もどんどんと成長していく。
 これならあと少しでパーティを解散しても問題なかろうと考える。
 パーティ解散の際には友人付き合いは続けたい事と、自分の事情も差し支え無い範囲で話そうと思う。
 それに時々だったら臨時のパーティ登録をしても構わない。
 そうして目処を付けたスレイは三人の後を付いていくのであった。

 やはり素質があるのだろう、三人はイフリートとの戦闘で見事に勝利を収める。
 イフリートがB級ボスモンスター程度に力を抑えていたとは言え、あのアンデッド・ナイトと同レベルである。
 倒されたふりをしたイフリートはスレイへ意味ありげな視線を向け笑っていた。
 送られてくる魂ではなく精霊の強大な力。
 流石にこれはやりすぎだろうと思い、苦笑するスレイ。
 三人とスレイは大幅なレベルアップを果たしていた、三人に至ってはランクもC級相当へと上がっている。
 これならあと一つくらいの迷宮の探索後パーティ解散も可能だろうとイフリートに感謝する。

 ギルド内換金所、メアリーはパーティの戦利品から一つの火の精霊石を持ち上げるとその純度と大きさに溜息を吐く。
 あり得ない事だが火の純元素が籠ってるんじゃないかと思える程の純度だと感心する。
 そして他の戦利品は全部で1万2000コメル、その火の精霊石一つで10万コメルになるが、火の精霊石だけは武器強化に使ってはどうかと尋ねる。
 スレイは全部換金して構わないと言おうとするが、他三人は世話になっているし、スレイの武器の強化に使ってくれと頼み込む。
 スレイは他の換金額は他三人で山分けしてくれと言い、それでも自分の方が得をしてしまっているがと三人の厚意を受け取る事にする。
 気にしないでくれという三人にスレイは笑う。
「そうか、こういう時には他に言うべき言葉があったな。ありがとう三人共」
 メアリーは四人を見て目を細めて笑っていた。

 鍛冶工房でダンカンにミスリルのサーベル一本と火の精霊石を渡し、刀の強化を頼む。
 強化に丸一日かかるので次の日に来てくれと告げられ、そのまま鍛冶工房を後にする。
 するとギルド内が常になく騒がしかった。
「久しぶりだな、リリア」
 スレイがリリアに話を聞くと、ギルド内の死体安置所から、アンデッド・ナイトの事件で死亡した教師の内一人の遺体が消えた事と、アンデッドに殺された為アンデッド化した事も考慮して人海戦術の捜索依頼を出しているので、初心者探索者や、ギルド職員が慌しいのだと答えが返って来た。
 エミリアはその遺体とはアレスタ教師のものかと尋ねる。
「確かにそうだけど、どうしてその事を?」
 エミリアは以前カフェテラスでアレスタ教師らしき姿を見掛けた事を話す。
 リリアはアンデッド化している可能性が高い事を知り、上にも伝えて置くと言う。
 エミリアは協力を申し出るが、休むように告げられ、他の仲間からも説得され、納得して頷く。
 四人が出て行く中、スレイの背中にリリアがもっと顔を出すように呼びかける。
「そうだな、考えておこう」
 そしてギルドの外へと出て行った。

 そのままスレイは三人に一緒に宿に来てもらう。
 そして次の迷宮探索後、パーティを解散する事を切り出す。
 驚く四人に、スレイは自分にも目的がある事と、三人にも自信が付いてると思うと語り、友人としてはこれからも付き合いたい旨と、臨時のパーティなら組むのも構わない事を話す。
 フレイヤは本当に三人で問題無いか確認し、スレイが頷くとそれならと納得する。
 そしてルルナは目的を聞くが答えられず、エミリアはパーティ解散は必須なのかと聞き肯定され、アッシュは重々しく次が最後でだが俺たちとの友人関係は続けていきたいと言うんだな、と重々しく告げ、肯定され黙り込む。
 数十秒後。
「わかった」
 アッシュは頷くとエミリアとルルナを説得する。
 そしてけじめの為にと、フレイヤはパーティ解散の晩餐を作り、四人はテーブル席で明るく騒がしい一時を過ごし、時間が遅くなった為、三人も宿に泊まる事になった。

 夜、スレイはルルナとエミリアに呼び出され、二人の部屋を訪れた。
 買い物の時と同じ服装の二人は真剣な表情で待っていた。
 そして二人揃ってスレイに告白をする。
 スレイは自分が今関係を持っている相手がいる事を話すが、二人は知っていると答え、フレイヤのことだろうと尋ねる。
「知っているなら何故?」
 二人はそれでも自分達二人も恋人として愛してくれるなら構わないと告げ、次で最後の探索と聞き友人関係では物足りない、恋人になりたい、証が欲しいと言う。
 フレイヤも後押しをしてくれたと言い、スレイが独占できるような相手じゃない事は分かっていると告げる。
 スレイは自分にとって都合が良すぎる展開に呆然とするが、二人はあまりに魅力的だった。
「本当にいいんだな?」
 最後の確認、二人の肯定の返事、そしてスレイは二人の身体を征服し尽くすために、あらゆる方法でその身体を開かせていった。

 翌朝、スレイは両脇に温もりを感じて目を覚ます。
 昨夜、初めての痛みを感じていた二人に、少しやり過ぎたかと自省する。
 部屋を出て、宿の廊下、アッシュは通過儀礼としてスレイを殴る。
 そして満足したように笑って拳を収めた。
 そのままエミリアの豊かな胸について下世話な質問をしてくるアッシュ。
 スレイはボディブローを見舞うと、このことはエリナに報告しておこうと言い、そのまま宿の階段を下りる。
 フレイヤに昨日の二人の事はどういうつもりか尋ねると、後悔しないよう後押ししただけだと言い、それにスレイが二人をそういう対象として見ている事にも気付いていたと言う。
「ただ、あの娘達にかまけて、私の事を忘れたりはしないでね?」
 スレイは何故かただ頷くしかなかった。

 ギルドにやってきた四人は鍛冶工房で強化の代金1500コメルを支払う。
 ダンカンが持って来たミスリルのサーベルは柄の火の精霊石が填められ刀身が赤く染まっていた、その空気にスレイ以外の三人は思わず気圧される。
 刀身が赤く染まっているのは魔力が完全に浸透している証、ここまで鮮明な赤に染まっているのは火の精霊石の純度とダンカンの腕の賜物だろう。
 実にとんでもない代物だったというダンカンの言葉。
 礼を告げるスレイ。
 ダンカンは笑い、次も何か手に入れた時は自分の所にもってこいと言った。
 換金なんかしてどっかの貴族に流れるなんてもっての他だと。
 頷いたスレイは鍛冶工房を出ると受付に向かう。
 そしてカウンターに居た受付嬢にリリアを呼び出してもらうと、慌てて奥からリリアが走り出てくる。
 だがスレイの後ろの三人を見てリリアのテンションは下がり、不機嫌そうな顔になる。
 気付かずスレイは昨日の教師の死体の件はどうなったか尋ねる。
 『始まりの迷宮』での目撃談から、初心者の探索者達が『始まりの迷宮』に潜って捜索していると答えるリリア。
 そのまま何やら言いたげなリリアを残し、スレイはギルドを出ると、スレイは三人に対し、最後の探索を『始まりの迷宮』にする事を提案した。
 三人の同意を得たスレイは、今回の件はなるべくなら自分達の手で片を付けようと言うのだった。

 闘気も魔力も使わず素で振るったのに、モンスターを斬り裂く時、全く抵抗が感じられない事に、強化された刀の性能に瞠目するスレイ。
 圧倒的なスピードで迷宮の地下九階まで下りてくるが、他の探索者達に全く出会わない事に不吉な予想が脳裏を過ぎる。
 だが予想は予想に過ぎず、そのまま四人は奥へと進むのだった。

 最下層、最奥の広間の手前で濃厚な血臭と圧倒的なプレッシャーに立ち止まり三人を制止するスレイ。
 以前旅路で見た竜化した闘竜皇女イリナすら遥かに越えたプレッシャーを感じる。
 また血臭からここに潜った初級探索者達の末路も知れた。
 一度戻りギルドに知らせるか、と検討するスレイ。
「だ、誰か助けてくれぇ!」
 助けを求める悲鳴に、他の三人が最奥の広間に突入していく。
 しまったと思うも、もう遅い。
 こうなってしまっては、スレイとしても三人を見捨てるという選択肢は無い。
 すぐさま闘気と魔力を融合し、純エーテルによる強化を行い、亜光速で最奥の広間へと突入した。

 最奥の広間へ突入した時、生きた人間はアッシュ達三人だけであった。
 先程の悲鳴の主も殺されたらしい。
 アッシュ達は圧倒的なプレッシャーに地に押さえつけられ動けないでいる。
「ほう、まだ新しい客人がいたか」
 視線と共にプレッシャーがスレイに向けられる。
 エーテル強化したスレイならば動けない程では無いが、少し様子を見る事にする。
 プレッシャーが逸れた事で、何とか上体を起こしたアッシュが、その男にアレスタ先生と呼びかけ、アレスタ先生のアンデッドが何故それほどの力をと尋ねる。
 先生と呼ばれ、肉体が生前教師だった事を知り、男はどこか面白げに会話を続ける。
 なぜ私がそのアレスタという男のアンデッドなどと思ったのか、と。
 だが視線とプレッシャーはスレイに向けられたまま、スレイ以外の三人を脅威と思っていないのだろう、そしてそれは事実だ。
 アレスタ教師がランダム召喚の魔法陣によって召喚されたアンデッド・ナイトに殺されたからだと、ルルナが答える。
 ランダム召喚、見立てた未熟者の顔が見てみたいと笑う男。
 エミリアも上体を起こし、ランダム召喚だからアンデッド・ナイトが呼び出されたのでは、と問いかける。
 アンデッド・ナイト、やはり異物は混ざる様だな、肉体も脆弱に過ぎんし、改良の必要があるようだ。
 言うなり、男は教師の真似事のように、知者が愚者に智を与えるが如く説明を始める。
 まずあの魔法陣は封印の地より這い出る為応用を施したランダム送還の魔法陣、その出口だと。
 もっとも送り出せたのは意思の一部のみ、しかも何処に出るのか分からない、そんな無数の試みの末に、一部とは言え、自らの意志をアレスタ教師の肉体に宿しここに居るのだと。
 そして常軌を逸した名乗りが発せられる。
 彼は遥かなる過去に封じられし、上級とされた三柱の邪神の一柱、“智啓”の邪神シェルノートだと。
 それが、スレイにとっての二度目の邪神との邂逅であった。
 静寂するその場。
 だがスレイはエーテルの囁きを聞き、ひたすらに目の前の存在を打倒する方法を探す。
 “切断”の“絶対概念”の剣ならば邪神の本体にすら通用すると囁かれるが、それは今のスレイにはまだ扱えない。
 そこにエーテルと精霊が別の選択肢を与えてくれる。
 時間稼ぎは三人に完全に頼り、スレイは時間との戦いに没頭するのだった。

 封印された邪神がこの世に出てくるなんて不可能な筈と、ルルナは叫ぶ。
 邪神ではなく邪神の一部だと訂正し、永遠に続く封印などあると思うのかと尋ねるシェルノート。
 神々に創造された勇者様達の封印を、邪神とは言え破るなんて、と叫ぶアッシュ。
 シェルノートは尋ねる、君達は我々邪神について、そして自分達が崇める神々についてどれだけの事を知るのかと。
 口ごもるエミリア。
 シェルノートは続ける、恥じる事は無い、知らされてないものを知るはずもないのは当然の事だ、と。
 そして“智啓”の邪神たる自分が智を啓こうと言う。
 まず邪神がこの世界を訪れた理由は、この世界が壊せない世界だから惹かれて来たのだと、シェルノートは告げる。
「壊せない、世界?」
 スケールの大きさに理解ができないアッシュ。
 シェルノートは続ける、邪神とはかつて自ら世界を創り、そしてその世界を自らの力で滅ぼしてしまった真の神、創造神にして破壊神、別の世界で最高神だったものだと。
 最上級の邪神“憤怒”イグナートに至っては無数の高位多次元世界を一瞬で塵と化したらしいとも。
 そしてこの世界で崇められる最高位の神、光神ヴァレリアや闇神アライナは人間や闇の種族を創造しても、世界を創造などしていないと言う。
 この世界を創ったのはかつて真に最強たる最高神として全次元全世界に知られた超神ヴェスタであり、その身体が材料な故に最高位の世界であり、世界の名はヴェスタと呼ばれ、自分達邪神すら壊す事ができないのだと。
 だからこそこの世界に惹かれ邪神は集ったのだと。
 アッシュ達三人は理解すらできない話にただ呆然とするだけ。
 シェルノートはまだ続ける。
 不完全な神々でありながら、彼らが作り上げた“後期対邪神封印システム 職業:勇者”は巧みで面白い封印で、邪神を一時封じるには足りたが、永遠の封印など不可能で既に封印は緩み始めていると。
 まだ直接世界に顕現する事が不可能だから、自分のような知能派の邪神はこのような小細工を弄している訳だが。
 もはやこの場は語り続けるシェルノートの一人舞台であった、三人に理解できているとはとても思えない。
 苦笑したシェルノートは話を締めると、スレイに尋ねる。
「準備はできたかね?」
 プレッシャーを緩めるシェルノート。
「どういうつもりだ?」
 シェルノートはただ笑い告げる。
 自分の悪い癖で自分のプレッシャーに耐えたスレイとスレイの用意した手段に好奇心が湧いてしまったのだと。
 さあ、見せてくれ、と促すシェルノート。
 スレイは今は下らないプライドは要らないと、敵に与えられたチャンスに無様に縋りつく。
 いずれ邪神にさえ届く刃を手に入れるため、なにより守らなければいけないものがあるのだから、今は生きなければいけないのだ。
 エーテルで周囲の世界の法則を弄り、仲間達を守りながら、亜光速でシェルノートに襲い掛かるスレイ。
 だがその斬撃は全て防がれる。
 そしてシェルノートの真の神の力を用いての反撃。
 スレイに向かい光速で迸る光球。
 スレイはより強く自らの肉体をエーテルで強化し、世界への侵食も深くして、ついには光速へと到達する。
 スレイとシェルノート以外の世界は静止し、スレイは全ての光球に対応する。
「素晴らしいな。その若さで我が光速の攻撃に対処するとは、とんでもない才能だ」
 止まったままの世界の中で、数え切れない程の斬撃を放つスレイに、その刃を片手で防ぐシェルノート。
 シェルノートは何かに気付いたようにハッとした顔をする。
 スレイの纏うのがエーテル光だと気付いたシェルノートは、純エーテルを自在に操るスレイを、世界を構築した後残った最高神ヴェスタの遺骸の全てを使い、邪神を滅ぼす為に神々が創り出した“前期対邪神システム 特性:天才”と看破する。
 かつて特性:天才のその無限の成長力と傲慢な性格を恐れた闇神アライナの手によって魂の全てまで滅ぼし尽くされた筈のヴェスタの御子たる者が、今また自らの同類を全て滅ぼした神々の尖兵としてまだ働くとは皮肉だな、と言いながら、力をより高めていくシェルノート。
 やはりこのままでは及ばないと確信したスレイは、力を借りて邪神を貫く刃を手にすると決心する。
 通常のミスリルのサーベルを床に突き刺し後方に飛び退るスレイ。
 そしてシェルノートの言葉に答える。
「そんなつもりはない。ただ俺は、俺の成した事の責任を取る為、そして守りたいものを守る為に戦うだけだ」
 それから自らに囁きかけるエーテルと精霊の声に答え、まずは一言告げる。
「ブレイク!」
 シェルノートの眼前に突き刺したサーベルが込めておいたエーテルの遠隔操作で粉々に砕け散り、スレイの編んだ構成のままミスリルの粉末が立体型かつ積層型の魔法陣をシェルノートを中心に創り上げていく。
 続きスレイが強化したサーベルの柄に填められた火の精霊石を叩き割ると赤い小さな輝きが現れる。
「火の純元素だと?」
 驚くシェルノート。
 スレイはエーテルと火の純元素を融合させる、燃え上がる炎。それは純粋なる炎、世界の始原たる炎だ。
 驚愕するシェルノート。
 スレイは始原の炎を叩き斬るように魔法陣の内側に放つ。
 始原の炎と魔法陣は、その内側に宇宙開闢の熱量を現出させる。
 焼滅していくシェルノートの仮の肉体。
 滅びながらも悦びの表情を湛えるシェルノート。
 スレイに何れ自らの真の肉体で見える時までに、更なる高みを至れと言い残す。
「もとよりそのつもりだ!!」
 そしてシェルノートが滅びると同時に、スレイの持っていた強化されたミスリルのサーベルも虚空へと消滅していき、全てが終わった。

 ギルド本部ギルドマスターの個室。
 ゲッシュは大っぴらにできない事情の為相応の報酬を出せない事を詫びるが、スレイはそれよりも邪神などと荒唐無稽な話を信用されたことが驚きだと言う。
 あれから今回の件は強力なアンデッドと化したアレスタ教師の仕業として片付けられた。
 都合の良い事に、シェルノートのプレッシャーでアッシュ達三人の記憶は曖昧だ。
 ゲッシュはギルドの子飼いの探索者の占術により邪神の力を確認したと告げる。
 しかしそれでも半信半疑なスレイ。
 あと、占術に長けた子飼いの探索者の存在に、邪神を倒した手段が探られていないかと微かに警戒する。
 そしてゲッシュは用意していた大きめの木箱を開き、赤い刀身と蒼い刀身を持った二振りの刀とその鞘を見せた。
 明らかにディラク刀の造作、感じる力は先日の強化したミスリルのサーベルの比ではない。
「これはいったい?」
 神々の武具の一つ、シークレットウェポンの双刀だと答えるゲッシュ。
 既に究極アルテマ級のシークレットウェポンを持っていたアルス王の探索者時代にとある迷宮で入手したのを買い取ったものらしい。
 伝説レジェンド級だろうと鑑定されているもので申し訳ないのだが、と謝罪する。
 手に握るとしっくりとしすぎるほどに手に馴染んだ。
「どうだろう、これが報酬で不足は無いだろうか?」
 過剰なくらいだと答えるスレイ。
 最上級である究極アルテマ級のシークレットウェポンを持つのは『職業/称号:勇者』達とSS級相当探索者でも有名な鬼刃ノブツナくらいとされる。
 SS級相当探索者でも中級の神話ミソロジー級か双刀と同じ最下級の伝説レジェンド級が大半らしい。
 そしてS級相当探索者に至ってはシークレットウェポンを持つ者はごく僅かで等級は言わずもがなだ。
 いったい何を企んでるか勘繰りたくなる高すぎる報酬だと言うスレイに苦笑するゲッシュ。
 邪神の復活に備え単純に戦力が欲しいとゲッシュは言う。
 ギルドの子飼いや勇者連中などこの国には腐る程戦力が居るだろうとスレイは言うが、ゲッシュはそれでも不足だと言う。
 苦笑し、不用意な発言だというスレイに、ここだけの話で頼むと気軽に続けるゲッシュ。
 他国にも話を伝え戦力を募ろうとさえ思っているらしい。
 闇の種族の国ヘル王国にまで頼ろうというゲッシュの器に驚くスレイ。
 以前の邪神との“聖戦”で傍観者に徹していた闇の種族への偏見は根強いのだ。
 尚更自分の力が必要とは思えないが、まあ手を貸すくらいは吝かじゃないというスレイ。
 邪神となれと決して他人事ではないのだ。
 スレイは部屋を去る。
 ベルを鳴らし現れたギルド諜報員に早速各国に知らせを送るよう告げるゲッシュ。
 驚く壮年のギルド諜報員、スレイの言葉を信用するのかと尋ねるが、ゲッシュは彼は信用できる、私の勘だと断言する。
 すぐに頭を下げ、謝罪し、早速通達を出すと答え去る諜報員。
 ゲッシュは自分の代で邪神の復活などに立ち合いたくないものだが、せめてリリアだけでもと、子を持つ父親としての思いを零した。

 いずことも知れぬ空間。
 絶望の邪神クライスターと言葉を交わす享楽ロドリゲーニ。
 上級と呼ばれた邪神ロドリゲーニが人の肉体となり弱くなった事に笑うクライスター。
 まあねと気軽に肯定しつつ、別格のイグナートに比べれば自分達なんてどんぐりの背比べだと思うけどとロドリゲーニは告げる。
 そしてその空間にやってきた用件を尋ねるクライスターに封印を解きにと答えるロドリゲーニ。
 いがみ合っていた過去から訝しむクライスター。
 ロドリゲーニは過去にクライスターと同じ下級邪神、希望エクスターを滅ぼした特性:天才の中でも最強と呼ばれたオメガの話を出す。
 そして転生した肉体の幼馴染がそのオメガの生まれ変わりだと告げる。
 面白い偶然と言うクライスターに、ロドリゲーニは自分が彼の魂に引き摺られた可能性も考えていると言う。
 そして、弱くなった代償に色々と面白い術を手に入れた自分ならクライスターを解放できると告げる。
 代償を尋ねるクライスターにオメガの生まれ変わりスレイと戦ってほしいと答えるロドリゲーニ。
 何を企んでるか尋ねるクライスターに、あっさりとスレイに期待しているから、君を当て馬にしたいと理由を告げる。
 当て馬扱いは腹立たしいが、提案を受け入れようというクライスター。
 かの男の生まれ変わりの絶望の表情、貴様の思惑を破り現実にしてみせようと告げる。
 ロドリゲーニは早速儀式を始めると告げる。
 そしてクライスターは別れを告げ引き篭もる。
 そしてスレイに語りかけるような一人言を呟くロドリゲーニ、スレイの本質である箍の外れた戦闘本能のままに楽しんでくれ、と。


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