
ものすごく頑固なのである。確固たるポリシーがあり、それを守るためには素材も厳選せねばならないし、それを調理する人にもこの番組ならではの“腕”が要求される。そしてそれを守り続けてきたから、ならではのステキな物語を多く発掘することができたのだ。 そして、間もなく5年目に突入する。最初、試写を見た社内の人々の頭を疑問符で満たしたこの番組は、どんなふうに受け入れられるようになったのか。
—どの街でも「ここには必ず立ち寄る」という場所はありますか?
下見のときはあらゆるところに行きます。ロケのときは、下見次第です。ディレクターは市場をよく撮りたがるんです。活気があるしいろんな人に会えるから。でも、コアな視聴者の方はいろんな街で市場が出てくるのを知っています(笑)。その市場が何か特別じゃないと興味を持ってもらえないんです。教会の塔に上りたがる人も多いですね(笑)。街が一望できるから。この場合も市場と同じ。よっぽどのことがないと上りません。 先日、塔に上ったのはクロアチアのスプリトの回。その教会は修道女が営んでいて、最上階まで案内していただけるんです。石造りの古い教会なんですが、中に入るとエレベーターがある。「高齢のシスターだけが乗ることを許されているんです」って、説明してくれてるシスターがすでに70歳超えてるんですけど(笑)。彼女は乗らずにずんずん階段上っていき、カメラもついて上っていく。上から景色を見て降りてくるとシスターがいないんですね。あれ、どうしたんだろって思うと、シスターがエレベーターでシューっておりてくる(笑)。「あれ? 乗らないんじゃないんですか?」「たまには乗るわよ」って(笑)。そういうのはオッケーなんです。そこに物語があるから。
—これまで数々の街をご覧になって、なんとなくの「街の法則」みたいなものって見出せたりしましたか?
男の人が平日昼閒からブラブラしてる街は安全で楽しいですね。退職したおじいさんだけじゃなくて、ヨーロッパとか、アメリカでもそうですけど、公園にチェス盤を備え付けたテーブルなんかがあって、昼間っからいい大人が集まってゲームしてるような。いろんな職種の人が住んでいて休日もバラバラだからでしょうね。この場所に行けばチェスができる、この酒場に行けばみんながいる……というたまり場があってオープンにされている。フラッと行っても覗かせてくれる。そういう街って余裕がありますね。お金持ちの住んでいる街のほうが、ガードが堅い場合があるし、田舎だからみんな純朴で人がいいかというと、むしろ閉鎖的なこともある。それは行ってみないとわからないんですけどね。
—一番印象深かった街はどこですか?
一番の街っていうのはないけど……この番組酔っぱらいがよく出てくるんです。この前ひどいな~って思ったのは——いや、ひどいな~っていうか面白かったんですけど、これもクロアチアのスプリト。番組後半で酒場から出て来るおじさんがいるんですよ。サングラスしててちょっとコワモテで。話しかけると、店の奥の方からものすごくでかい声で聞こえてくる『生きろ、ダルマチア』とかなんとかいう人に向かって『俺が行く!』とか怒鳴ったりして。どういう人なんだろうと思ってると、「この町が気に入ったならいい所に連れてってやる。窓から海が見えるから」って。近くのマンションの3階か4階に連れて行かれて、そこでおじさん、呼び鈴を押すんです。おじさんの家じゃなくて(笑)、おじさんの知り合いの奥さまの家。おじさんは「奥さま、この人たちがお部屋からの景色を見たいと申しています。案内してください」って言い残して帰っちゃうんです。奥さまは70歳ぐらいのすごくおっとりした人で、部屋に招き入れてくれるんですね。テラスから海が見えてすごく綺麗でね。その先に石造りのビルがあるんです。実はそこのオフィスの窓辺で、奥さまのだんなさんが働いてたんですって。もう亡くなっちゃったらしいんですけど。
「この窓に立つと主人が、私のほうを見るのがわかった」って言うんです。「私はお昼休みとか3時とか、夫がこっちを見そうだなって思う時間に、この窓際に立って夫のほうを見てたのよ」って。「夫が私の方を見るのがわかったわ」。
—いい話だなぁ。
だから、自分の家じゃないんだけど、自分の街のいいところだから見せたいっていう気持ちが、そのおじさんにはあった。そういう人がいるのがいい街の特徴かもしれませんね、昼間に暇なおじさんがいるのが(笑)。世界中どこへ行っても、女性って朗らかでフレンドリーなんです。けど、男性は不機嫌な人やらぶっきらぼうな人もいれば、優しい人もいる。お国柄は男性のほうによく出ると思うんです。朗らかで大らかで、“よし、面白いもの見せてやろう”っていう人がいると街の印象はいい方にグッと変わりますね。
—歩きの間にインフォメーションが挿入されてますよね。あの意図は?
バランスですね。44分間ずっと同じスタイルだと、見ている方も疲れますから。あと、この番組は“旅行者の域を出ない”というのが原則だから、実はフラストレーションがたまるんですね。路地についてはよくわかったけど、歩いていても歴史とか名物はわからない。そこを補うべく入れてるんです。ずいぶん前、アメリカのサンタフェの回ですが、アドベっていう日干しレンガで作った家がずっと並んでいるんですね。ピンクとオレンジの中間色みたいな色の壁がずーっと続いている。こういうことをインフォメーションで、説明してもらうわけです。街の観光課の人に出てもらって「アメリカ原住民の拠点のひとつだったから、そのスタイルを維持することが法律で定められているのです」って。
—おそらくは、一般的にジャンルわけすると紀行番組になると思うんですが、でもそれでは言い表しきれない気がするんです。
紀行ものでいいですよ。「どんな番組ですか」って尋ねられたとき、「手打ちそばみたいな番組です」って答えることが多いですね。見た目は立ち食いそばも手打ちそばも変わらないんですけど、材料の選び方から加工の仕方から職人の腕から全部違う。両方とも“そば”は“そば”なんですけど、日本人はその違いをわかってくれる。手打ちそばの値段が高くても、値打ちを認めて食べてくれる。海外の街に行って撮影して編集して出すという形は旅番組そのものです。だけれども、その街でしか得られない情報や、見られない風景、出会えない人たちを全部発掘してきて、違和感のないように編集して2日間かけて音声をキレイにしてコメントを厳選して、見る人たちに気持ちよく歩いてもらう……番組はそこに集約されている。「そういう意味で手打ちそばをわかってもらえる人のための番組ですよ」と。
—さて、最初の試写での悪評というか疑問みたいなものは払拭されて、いま社内的な評判はどうなんでしょう?
それは私が聞いてみたいぐらい(笑)。でも、再放送がとても多い番組ということは言えます。何か編成上の変更が出たときに「ふれあい街歩き、何かありませんか?」ってよく電話がかかってきます(笑)。正直、人畜無害な番組ですし、何か問題を起こすような要素が極端に少ない。2005年に作った回をいま流しても違和感はないですし。再放送に向いてる番組なんでしょうね。 あと、褒めてくださるのは、1回見て終わりではなくて、2回3回見るとだんだん面白くなるという点。こちらから情報を押し付けることをしないので、自分なりの見方ができるようになるからだと思うんですよね。何度放送しても楽しんでいただける番組だと思って作っていますし、それを楽しんでいただけるようになってきたんじゃないかな。
—こういう層に見てほしい、っていうのはありますか?
私と同じ、30〜40代の男性ですね。私も担当する前は、何かまどろっこしくって見てられなかった(笑)。男性は情報がないと不安になるんです。いや、本当は、見方によっては非常に多くの情報が込められてるんですけどね。もっと『クローズアップ現代』みたいに「これはこういうことです」「先生の話はこうです」「以上、わかりましたね」っていう方が安心できる。この番組は「歩いて気持ちよかった」っていうだけですからね。男は「で、何が言いたいの」って真っ先に思っちゃうんだけど、女性の見方は成熟してる。そこに映っているものをとりあえず受け入れて、見て、最後に「よかった」とか「もう見なくていいや」って判断するわけですから。
—ちなみに、藤波プロデューサーは街を歩かないんですか?
行きたいんですけど、行かせてもらえません(笑)。「オマエが行くと情が移るからダメ」って。私はあくまでも視聴者の立場にいて、行かないで素材を見た感じどう思えるか、ということを大切にしないといけないから、だそうです。だから私はもっぱら自腹で普通に旅行しています(笑)。
(取材=小杉文彦/MEDIACo)