
ものすごく“異質”なのである。いや、番組自体はひょんなことから始まったのだ。44分間の大半、画面は主観で、街をブラブラ歩くだけ。それを番組として実現するためには意外にもたくさんのハードルがあって。そのハードルをクリアしていくことがむしろ、この番組を“異質”なものにしたのであった。 先ずは、そこの背景から……。
―番組が始まった経緯を教えてください。
立ち上げたのは私の上司だった人間です。こういう逸話がありまして……。その人が夫婦でベネチアに旅行したときに、手持ちの現金がなくなっちゃったそうなんです。観光できなくなったので、仕方なしに毎日街をブラブラ歩いていたら、なんだか楽しくなって「こういうのが本当は旅行としてステキなんじゃないかな」って考えるようになったんだそうです。そこから「グルグル街を歩き回る番組ってできないかな」と。
—最初から今みたいなスタイルだったんですか?
もともとあったのは“街を歩いているような番組を作りたい”ということです。それをテレビでどうやって伝えるか。歩きだとするとカメラワークがガタガタするのは耐えられないから、ステディカムを使って滑らかに移動しよう。テレビが視聴者に届けられるのは画と音だけだから、飲み食はいらないよね。疑似体験を提供するのが目的なので、出会いを仕込むのはやめよう。そうしたら、特にレポーターは要らないよね……って、目的に沿ってだんだん決まっていったんです。いろいろな部分をそぎ落としてシンプル化していって、必要な部分を加えることでコンセプトが固まっていったんですね。
—なるほど。
これも聞いた話なんですが……。NHKの中で新しい番組を作ると必ず試写会が行われるんです。この番組の試写では『なんですか、これは?』という反応が一番多かったそうです。ずっとカメラがウロウロしてべつに重要じゃないないところばっかり歩いていて、その辺の人にどうでもいいことを聞いて、最後は丘に登って「終わり」(笑)。むだなんじゃないかという反応もあったらしいんです。でもBShiだったのがよかったんでしょうね。見たい人が見る電波だから「こういうのもあっていいんじゃない?」って。総合テレビだったらダメだったかもしれませんね。
—それが総合テレビでもやるようになったのはどういう経緯ですか?
BShiの認知度を上げるというのが目的だったんです。が、今は実際、総合テレビでご覧になってる方が圧倒的に多いですね。 意外に知られてないんですけど、実は総合テレビでは再放送なんです。新作はBSハイビジョンでの放送日を基準に制作しています。ただ、それを本放送(総合テレビ)の何日か後に定期的に流すのではなく、本放送とはまったく別に組み立てているんですね。具体的には番組としては謳っていませんが「南半球特集」とか、季節に合わせてテーマを持って編成してるんです。BShiのほうは特集枠でない限り、エリアが重複しないようにバリエーションをつけて制作しています。
—番組はずっと、街を歩く人の視点で移動していきますが、なぜワンカットにこだわってるんですか?
その方が違和感なく見てる方に「歩いている気分」になってもらえるからです。歩く速度で街のいろんな場所に移動していき、人に出会うのが気持ちいい。ある場所の紹介が終わると、次の場所になって『ところでここはナニナニです。こんな名物があるんですよ』って引っ張るのは、番組の都合ですよね。だからそれだけは避けたい。とくに番組初めの10分ぐらいをできるだけワンカットで押さえているのは視聴者の方に歩いている気分になってもらいたいから。いくら後半に面白いものがあるっていっても、最初に『街を歩いている気分にはなれない』って思われてしまうのがコワイので。
—ワンカットで街を撮り続けながら、番組を45分もたせるためにどういう工夫をされてるんですか?
撮れるものが面白くないと話になりません。大切なことはいかにして面白い素材を得るか。この番組は、とにかく下見をします。仮に撮影期間が1週間だとすると、下見も1週間。ディレクターは事前にその街に行って、道1本、路地1本まで全部歩くんです。そして、こういうオジサンが街角にいるとか、変わった構造の家があるとか、引っかかることを持ち帰ってきて、日本で待ってる私に説明する。撮ってきた写真や書き込みをいっぱいした街の地図を見ながら。 私は番組を俯瞰できる立場にいて、ディレクターたちはピンポイントでの参加ですので、下見で集めてきたネタがよその街と重なっていてもわかりません。そのネタが特別なのか、珍しいのかを判断して重ならないように考えながら、バランスを見て歩くルートを決めていくんですね。
—街で出会う人とか起こる出来事は偶然なんだけど、ものすごく丹念な下見の上に成り立っているということですね?
はい。誤解してほしくないのは、演技指導はないということです。もちろん下見の段階で面白いオジサンがいたり、ある店に入って撮りたいというときには、事前に話はします。といっても「オジサン、いつもここにいるの? 今度カメラ持ってくるから、もしいたら話をしようよ」とか。お店も「撮影に来るので入ってお店の中の様子撮ってもいいですか」っていう程度。話の内容とか、どこに連れてかれるとかはノープランです。綿密に調べてはいるけれど、作っちゃいけないと思うんです。作ってしまうと、長回しですから、その空気が全部画面に出てしまいます。もちろんご覧になってる方々にも判ってしまう。なるべく新鮮な出会いをカメラに収めたいと思っているんです。
—下見でいたおじさんが、本番にいないこともあるわけですよね?
よくあります(笑)。でもそれは撮れたもので勝負するしかないから。あのおじさんはいなかったけど、こんな面白いおばちゃんがいましたよっていうことを撮れればそれでいいんです。
—視聴者に歩いている気分を疑似体験させるとおっしゃっていましたけど、ならば、番組としてはカメラの影とかショーウインドーに映り込むとかしちゃダメですよね。
その通りで影はなるべく映像で見せたくない。だから日の当たる方向はつねに計算して歩いています。夕方になると影が伸びるので、歩く方向も考えながら。それに照明係(日陰や部屋の中で撮影用に照明を準備する人)がいないので、天気にすごく左右されるんですよね。でも「カメラマンが撮ってるんだな」って意識させないようにすごく気を遣ってます。 よく聞かれる話なんですけど、オンエア上、たとえばナレーションの矢崎滋さんが「こんにちは、ごきげんいかがですか?」って言うと、花売りのおばあちゃんが「ええ、いいわよ。どうしたの?」って答えてます。そのときに撮影チームの、現地語で話しかけるコーディネーターの声がするはずなのに、矢崎さんの声になってる。「あれはどうしてるんですか?」って。特別なことはしていないんです。ナマのテープを見るとコーディネーターとおばちゃんが普通にしゃべってる。そこからコーディネーターの声だけ1個1個を消してるんです。この作業含めて音声には丸2日かかってます(笑)。で、その前後にある街の雰囲気の音をベースに敷いてるだけなんです。あたかも矢崎さんがそこで聞いてるように、スタジオで全部構成してるんです。