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  盗作の末路 作者:RbH
二 承
 まず私は、ただ怒りを爆発させそれを彼に叩きつけるよりも、証拠の全てを押さえることを優先した。罵詈雑言を叩きつけたとしても、彼の性格を鑑みた場合、それにどれだけの効果があるのか怪しかったからだ。
 何よりも、彼の犯罪行為を許せないからこそ、彼の逃げ道の全てを塞ぐ必要があった。
 私は彼が盗作した証拠の全てを魚拓サイトで保存した上で、まずは有料配信サイトの運営会社へ直接電話をし、詳しく事情を話した。
 メールではなく直接電話で話したのは、メールではこちらへの返信までタイムラグがあり、最悪被害が拡大する可能性があったからだ。
 そして、メールではこちらの怒りが伝わらず、対応が疎かになることもあると考えたからだ。
 その上で、活動報告上において盗作をされた事実を公表し、彼に対しての警告を記した。それで彼がどう反応するのか、それによって今後の対応を決めようと思っていた。
 正直、彼がこの件について素直に謝罪するとは考えていなかった。
 電話で事情を話し「傭兵戦記」が私の著作物であることを確認して頂いたことで、即座に有料配信されていた盗作作品は削除された。そして有料配信サイトにおける彼のアカウントは凍結処分となった。
 ただ、私の活動報告に対する彼の反応は、私の想像のはるかに斜め上へと突き抜けていた。
「善意でやった盗作だから罪ではない」
「盗作されたくらいでぐだぐたいうケツの穴の狭い奴に謝罪するつもりはない」
 挙句の果てには別の小説投稿サイトにアカウントを作り、「俺と勝負して勝ってから文句言えよ」と意味が分からないことを言い出す始末だ。
 正直、唖然としてしまった。盗作の被害者である私が、加害者である彼とどういう理由で勝負する必要があるのだろうか。全くもって理解できなかった。
 さらには別のアカウントを使い、自演まで行い、自分の正当性を主張し始めた。
 それら彼の言葉は全てが詭弁にしか感じられず、その言葉尻からは「この程度のことで警察沙汰になんかするはずがない」という、ある意味で私を小馬鹿にしている様子すらも伺えた。
 この時、実は私は既に今回の盗作について、著作権の専門家に電話相談をしていた。
 概要を軽く話した時点で、相談を受けてくれた専門家は「明確な著作権の侵害であり、警察へ被害届を出すことも視野に入れるべき」という返答をもらった。
 ただ正直に書くとこの時の私は、多少の落ち着きを取り戻したこともあり、今回の盗作について、被害届を警察に提出することを躊躇っていた。
 彼の推測はこの時点では当たっていたのだ。
 同時に幾つかの不安を感じていた。
 一つは、多少なりとも文章で報酬を得ているとはいえ、プロの作家ではない私の作品に対する盗作について、警察が動いてくれるのかという不信。
 もう一つは、この盗作騒ぎを大きくすることによって私が受ける可能性がある、誹謗中傷を含めた被害の大きさについての不安だった。
 だが私のそんな迷いを断ち切ったのは、当の彼が記したこの一言だった。
「そんなに金に執着してるのなら、百万くらい裁判通さずに払うよ」
 その一文を読んだ瞬間、自分の中にあったそういった様々な打算や、些少なりとも残っていた彼に対する仏心の全てが消し飛んだ。
 ここに到るまで、彼は一切の謝罪をしておらず、更にはまるで小馬鹿にし、挑発するかのように、私の活動報告に自分の氏名、住所、携帯番号まで晒していたのだ。
 私は幾つかのインターネット犯罪と著作権侵害についての相談窓口へとメールで相談をしてみた。数日待ってみたものの、それら国の機関が私の訴えに対して動いてくれたかといえば、結果としては電話どころか返信すらもしてくれなかった。
 理由は分からない。そういった国の機関が求めているのは、もっと大きな事案なのだろうか。こういった庶民の著作権なんぞ眼中にない、そういうことなのだろうか。何の為の通報機関なのか、正直疑問に思った。
 ただ、メールという手段でこちらの苦しみが全て伝わったのかと問われれば、それも疑問ではある。
 だがそれが私に所轄の警察署へと相談させることにつながったのだから、結果論としていえばこれでよかったのだと思う。
 私は所轄署へと電話をし、「インターネット犯罪についての相談をしたいのですが」と告げた。すると、生活安全課へとつなげてくれた。
 応対した下さったのは、声の感じからして老齢の刑事さんのように思えた。事情を説明したところ、「私どもはそういった案件を扱ったことがない」と前置きされた上で、「一度著作権の専門家とも話した上で、近日中にご連絡します」と何とも頼りない返事をされた。
 年齢から鑑みても、あまりネットにも詳しくはなさそうだと思った。
 この時点で、実はもう体調がおかしくなっていた。一般常識や社会通念、理屈が通じない彼とのやり取りは、とにかく私の精神を削り続けた。そして精神状態が体調に直結しやすい体質だった私は、まともに食事が喉を通らなくなっていて、野菜スープと栄養ドリンクで命を繋いでいた。
 正直に書くと、所轄警察もこのまま動かないに違いないと思っていた。それは結果として、著作権というものの価値は立場によって無価値になることがあるということを意味していた。
 もしもそうなれば、民事裁判へと考え方を変えなければならない。
 それからも彼の行動は常軌を逸していた。強引に世の中の不景気と自殺、盗作を関連付けて無罪を主張してみたり、そこから「盗作如きでゴチャゴチャいうな。そんなことをいうくらいなら自殺者を救え」と無茶苦茶なことを要求したり、更には公開自殺騒動を起こしたりと、最早何を話しても無駄としか思えなかった。
 ついには、民事訴訟と刑事告訴を考えているとする私に対して、「お互い裁判になったら大変だ。息子さんに苦痛を与えることになる。そうなりたくなかったら僕のいうことをきいて金で解決しなさい」と、脅迫とも取れる発言をしてきた。
 その時、確かに背筋を悪寒が走った。彼は無罪になる為には手段を選ばないと宣言しているのだ。いくら何でも家族まで巻き込みたいとは私でも思わないと理解した上での言葉なのだろう。
 この頃になると体調はガタガタになっていて、ストレスから私は心療内科を受診し、念の為に診断書まで作成してもらった。
 だがその数日後事態が大きく動いた。生活安全課で応対してくださった刑事さんから連絡が入った。
 相談した時、私は彼のHNと盗作の概要しか話していなかったのだが、刑事さんは今回の盗作について、驚くほど事細かに調べられていた。思わず「どうしてそんなことまで」と尋ねてしまったほどのものだった。


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