ご存じの方もいるかもしれません。
1945年に、カール・ドゥンカーという心理学者がこの実験を考案し、様々な行動科学の実験で用いました。ご説明しましょう。私が実験者だとします。私はあなた方を部屋に入れて、ロウソクと、画鋲と、マッチを渡します。そしてこう言います。
「テーブルに蝋がたれないようにロウソクを壁に取り付けてください」。
あなたならどうしますか?
多くの人は画鋲でロウソクを壁に留めようとします。
でも、うまくいきません。あそこで手真似をしている人がいましたが、マッチの火でロウソクを溶かして壁にくっつけるというアイデアを思いつく人もいます。いいアイデアですが、うまくいきません。5分か10分すると、たいていの人は解決法を見つけます。
鍵になるのは「機能的固着」を乗り越えるということです。
最初あの箱を見て、単なる画鋲の入れ物だと思います。
しかしそれは別な使い方をすることもでき、ロウソクの台になるのです。
これがロウソクの問題なのです。
サム・グラックスバーグという科学者が行った実験です。
この実験でインセンティブの力がわかります。
彼は参加者を集めてこう言いました。
「この問題をどれくらい早く解けるか時計で計ります」。
そして1つのグループには、この種の問題を解くのに一般にどれくらい時間がかかるのか、平均時間を知りたいのだと言います。
もう1つのグループには報酬を提示します。
「上位25パーセントの人には 5ドルお渡しします。
1番になった人は 20ドルです」。これは何年も前の話なので、物価上昇を考慮に入れれば、数分の作業でもらえる金額としては悪くありません。十分なモチベーションになります。
このグループはどれくらい早く問題を解けたのでしょう?
答えは、平均で3分半余計に時間がかかりました。3分半長くかかったのです。人々により良く働いてもらおうと思ったら報酬を出せばいい。
ボーナスにコミッション、あるいは何であれインセンティブを与えるのです。ビジネスの世界ではそうやっています。しかしここでは結果が違いました。
思考が鋭くなり、クリエイティビティが加速されるようにとインセンティブを用意したのに、結果は反対になりました。思考は鈍く、クリエイティビティは阻害されたのです。
この実験が興味深いのは、それが例外ではないということです。
この結果は何度も何度も、40年に渡って再現されてきたのです。
この成功報酬的な動機付け―If Then式に「これをしたら これが貰える」というやり方は、状況によっては機能します。
しかし多くの作業ではうまくいかず、時には害にすらなります。
これは社会科学における最も確固とした発見の1つです。
そして最も無視されている発見でもあります。
If Then式の報酬は、このような作業にはとても効果があります。
単純なルールと明確な答えがある場合です。
報酬というのは視野を狭め、心を集中させるものです。
報酬が機能する場合が多いのはそのためです。
だからこのような狭い視野で目の前にあるゴールをまっすぐ見ていればよい場合には、うまく機能するのです。しかし本当のロウソクの問題では、そのような見方をしているわけにはいきません。答えが目の前に転がってはいないからです。周りを見回す必要があります。
報酬は視野を狭め、私たちの可能性を限定してしまうのです。
これがどうしてそんなに重要なことなのでしょうか?
西ヨーロッパ、アジアの多く、北アメリカ、オーストラリアなどでは、ホワイトカラーの仕事には、ロウソクの問題のような種類の仕事が増えています。ルーチン的、ルール適用型、左脳的な仕事、ある種の会計、ある種の財務分析、ある種のプログラミングは、簡単にアウトソースできます。
ソフトウェアのほうが早くできます。世界中に低価格のサービス提供者がいます。だから重要になるのは、もっと右脳的でクリエイティブな考える能力です。
科学が見出したこととビジネスで行われていることの間には、食い違いがあるのです。この潰れた経済の瓦礫の中に立って私が心配するのは、あまりに多くの組織が、その決断や、 人や才能に関するポリシーを、時代遅れで検証されていない前提に基づいて行っていること、科学よりは神話に基づいて行っているということです。この経済の窮地から抜け出そうと思うなら、21世紀的な答えのないタスクで高いパフォーマンスを出そうと思うのなら、間違ったことをこれ以上続けるのはやめるべきです。人をより甘いアメで誘惑したり、より鋭いムチで脅すのはやめることです。まったく新しいアプローチが必要なのです。
いいニュースは、科学者たちが新しいアプローチを示してくれているということです。内的な動機付けに基づくアプローチです。重要だからやる、好きだからやる、面白いからやる、何か重要なことの一部を担っているからやる。ビジネスのための新しい運営システムは3つの要素を軸にして回ります。自主性、成長、目的。自主性は、自分の人生の方向は自分で決めたいという欲求です。成長は、何か大切なことについて上達したいということです。目的は、私たち自身よりも大きな何かのためにやりたいという切望です。これらが私たちのビジネスの全く新しい運営システムの要素なのです。
今日は自主性についてだけお話ししましょう。
20世紀にマネジメントという考えが生まれました。
マネジメントは素晴らしいです。服従を望むなら、伝統的なマネジメントの考え方はふさわしいものです。しかし参加を望むなら、自主性のほうがうまく機能します。
自主性について少し過激な考え方の例を示しましょう。
あまり多くはありませんが、非常に面白いことが起きています。
人々に適切に、公正に、間違いなく支払い、お金の問題はそれ以上考えさせないことにします。そして人々に大きな自主性を認めます。
「Atlassian」
Atlassianはオーストラリアのソフトウェア会社です。
彼らはすごくクールなことをやっています。1年に何回か、エンジニアたちに言うのです。「これから24時間何をやってもいい。普段の仕事の一部でさえなければ何でもいい。何でも好きなことをやれ」。エンジニアたちはこの時間を使って、コードを継ぎ接ぎしたり、エレガントなハックをしたりします。そしてその日の終わりには、雑然とした全員参加の会合があって、チームメートや会社のみんなに何を作ったのか見せるのです。オーストラリアですから、みんなでビールを飲みます。
彼らはこれを「FedExの日」と呼んでいます。なぜかって? それは何かを一晩で送り届けなければならないからです。この1日の集中的な自主活動で生まれた多数のソフトウェアの修正は、この活動なしには生まれなかったでしょう。
これがうまくいったので次のレベルへと進み、「20パーセントの時間」を始めました。Googleがやっていることで有名ですね。エンジニアは仕事時間の20パーセントを何でも好きなことに使うことができます。時間、タスク、チーム、使う技術、すべてに自主性が認められます。すごく大きな裁量です。そしてGoogleでは、よく知られている通り、新製品の半分近くがこの20パーセントの時間から生まれています。Gmail、Orkut、Google Newsなどがそうです。
科学が解明したこととビジネスで行われていることの間には食い違いがあります。
<科学が解明したこと>
(1) 20世紀的な報酬、ビジネスで当然のものだとみんなが思っている動機付けは、機能はするが驚くほど狭い範囲の状況にしか合いません。
(2) If Then式の報酬は、時にクリエイティビティを損なってしまいます。
(3) 高いパフォーマンスの秘訣は報酬と罰ではなく、見えない内的な意欲にあります。自分自身のためにやるという意欲、それが重要なことだからやるという意欲。
大事なのは、私たちがこのことを知っているということです。
科学はそれを確認しただけです。
科学知識とビジネスの慣行の間のこのミスマッチを正せば、21世紀的な動機付けの考え方を採用すれば、怠惰で危険でイデオロギー的なアメとムチを脱却すれば、私たちは会社を強くし、多くのロウソクの問題を解き、そしておそらくは世界を変えることができるのです。