愛媛大学の鈴木靜(すずき・しずか)准教授です。
憲法が保障する「生存権」について、毎年、授業を行っています。
授業ではまず、生存権と生活保護の関係を学んでいます。
はじめに、生活保護についてどのような印象を持っているかリポートを書いてもらいます。
生活保護を否定的にとらえる学生も少なくありません。
“受給者は質素に生活するべき。”
“受給者が喫茶店でくつろぐことは考えられない。”
鈴木准教授が、生存権について考えてもらうために取り上げているのが、50年以上前に起こされたある裁判の記録映画です。
「生存権」について国を相手に裁判を起こした「朝日訴訟」です。
原告の朝日茂(あさひ・しげる)さんは、結核で療養生活を送っていました。
当時の生活保護費は月600円。
肌着が2年で1枚、ちり紙が1ヶ月で一束など、生活保護費の支給基準は今よりとても厳しいものでした。
これが憲法で保障された生存権を侵害していると訴えたのです。
“ひとりの朝日さんの闘いは、同じ苦しみと闘っている全国の労働者・国民の間に次第に燃え広がっていった。”
映像には多くの支援者が映っています。
生活保護をはじめ、社会保障が今ほど整備されていなかった時代。
多くの人がこの訴訟を自分の問題だと受け止めていたといいます。
1審は、憲法が保障する生存権を侵害しているという判決を言い渡しました。
生活保護の基準はこの裁判の後、大幅に引き上げられました。
愛媛大学法文学部 鈴木靜准教授
「朝日訴訟を学んでいく中で、生活の中で権利とは何なのか、問われていることの本質は何なのか考えた時に、生存権の重さがわかるようになってくれたらいい。」
生存権に基づく生活保護には今、かつてない厳しい視線が注がれています。
受給している人はどう感じているのか、当事者から話を聞きました。
都内で一人暮らしをしている84歳の男性です。
支給額は家賃を含めて1か月9万5千円あまり。
貯金はありません。
生活保護を受けている以上、ギリギリの生活は仕方ないと考えています。
最近、知り合いが相次いで亡くなっているという男性。
一番つらいのは香典を出す余裕がないため、葬式にほとんど行けなくなったことだといいます。
「長年付き合って、最期のお別れができないのがつらい。
お祈りはできるけど、やっぱり(葬式に)行って『本当に世話になった』と、それが人間じゃない。」
今の自分の暮らしが憲法で保障された生活と言えるのか。
男性は疑問を感じています。
生存権についての授業を続けている愛媛大学。
学生は生活保護を受けている人から話を聞いたり、制度を学んだりしてきました。
その結果、憲法が保障する生存権のとらえ方が変わってきたといいます。
「学校の授業で『生活保護は権利』と習うより、そういう実態を知ったら心に響く。」
「(生活保護に対して)完全にバッシングの流れじゃないですか。
入ってくる情報がそれしかないので、それを信じてしまうというのはあった。」
「私が考える憲法25条の最低限度の生活は、衣食住というのは前提で、ちょっと息抜きできたり、ほっとできる時間・場所・空間が持てるもの。」
鈴木准教授は生存権の授業をこれからも続けることにしていて、学生が自分の暮らしの問題と捉えてほしいと考えています。
愛媛大学法文学部 鈴木靜准教授
「これは私たち社会の問題なんだ、隣で暮らしている人、同じ街で暮らしている人、同じ日本で暮らしている人たちの問題だから、真剣に考えなきゃいけないというふうに変わってほしいと思う。」
阿部
「取材にあたった、社会部の宮脇記者です。
今日は生存権と生活保護について見てきましたが、こういう形で憲法は暮らしに関わっているんですね。」
宮脇記者
「そうなんです。
今の憲法には大きな役割が2つあって、1つは『国家の権力を制限する』こと、もう1つは『私たち国民の権利を保障する』ことなんです。
また、憲法の考え方がさまざまな法律の元になっています。
だから私たちの暮らしに密接に関わっているんです。」
鈴木
「この『生存権』でみると、ほかにも暮らしの制度と関係しているのでしょうか。」
宮脇記者
「今見てきたような生活保護だけではなく、国民年金や国民健康保険、それに高齢者福祉といったさまざまな社会保障制度の根本になっているといわれています。
制度の中には財源論から見直しの検討が行われているものもありますが、まず憲法がベースになっていることを私たちは認識すべきだと思います。」