■「みる・きく・はなす」はいま
【多知川節子】これで、もう人の目を気にして暮らさなくていい。
4月19日、大阪地裁。足の不自由な大阪府枚方市の佐藤キヨ子さん(73)は、車を持っていることを理由に市に生活保護を打ち切られ、法廷で争った。判決は勝訴。「車を使うことは自立を助ける」と認め、市に賠償を命じた。
生まれつき股関節に障害がある。60歳を過ぎて手術を受け、痛みは少し和らいだが、筋肉が弱くてよく転んでしまう。座席を改良した車は、通院にも買い物にも欠かせない。10年を過ぎた車だが、一人息子が贈ってくれた宝物でもある。
数時間後。ネット掲示板に判決を報じる記事を貼りつけたスレッドが立った。
〈歩けないなら車いらないだろ ねとけよ〉
〈保護とめられても生きてたんだし。要するに不正受給ですな〉
身近にも陰口をたたく人はいた。でも、裁判で勝ってもそうなのか。
「私の痛みや苦労なんて全然知らんのでしょう。もっと見るからに痛そうにしてたらいいんですか」
この4月、佐藤さんの住む枚方市に「生活保護情報ホットライン」ができた。財産を隠している。内緒で働いている。必要のない治療を受けている。そんな受給者を見たら、市に知らせてほしいという。
隣の寝屋川市が2年前に始めた。通報はこれまで380件超。保護の一時停止や廃止につながったのは22件。大阪府内で通報窓口は6市に広がっている。
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昨年7月、小雨の降る東京・新宿の公園。
片山さつき参院議員が人気お笑い芸人の母親の生活保護受給を追及して2カ月。「不正受給に切り込む議員を応援しよう」というネットでのデモの呼びかけに約180人が集まった。
東京都在住の男性会社員も参加し、ハンドルネーム「junzou」で動画を投稿した。追及する片山議員に胸がスッとした。「不正はもっとあるはずだ。よく声を上げてくれた」
怒りはどこから来たのか、記者が尋ねると「日本人としての義務感」という。
自分もワーキングプアの人たちも必死で納税している。しかし、生活が苦しいと受給者が訴えればマスコミは取り上げる。医療費までタダなのに。「不公平じゃないですか」
公園に薄紫のジャケットを着た片山議員が姿を見せた。「正直者がバカを見てるって声を上げる時。マグマを盛り上げていこう」。歓声と拍手が沸いた。
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監視か、自立支援か――。今年3月、兵庫県小野市にできた条例をめぐり波紋が広がった。ギャンブルで浪費する受給者を見たら、速やかに市に伝えるのが市民の責務とうたった。蓬莱(ほうらい)務市長は「監視ではなく見守りだ」と話す。
ネットで書き込みが広がった。〈ナマポリストを国民に配布しろ〉。生活保護を略した「生保」からつくられた「ナマポ」という言葉に、受給者への敵意が浮かぶ。
大阪市の男性(33)は保護を受けて3年目になる。落ち込むとわかっても書き込みを見て、重たい気分にさせられる。
大学院を修了後、飲食チェーンの正社員になった。1年余りで店長に。1年のうちにさらに2店舗のオープンを任された。残業は多い月で160時間。制服のまま眠る日々。うつ病と診断され、会社を辞めた。今も薬を欠かせない。
自分が受給者になるとは想像すらしなかった。「ナマポ」と揶揄(やゆ)する人たちもそうだろうと思う。
「自分は大丈夫と思っていても、いつか泣きを見るかもしれないぞ」。そう言いたくなる時がある。
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朝日新聞社会部