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二章 ロッツガルド邂逅編
学園の夏休み
 学園都市は今、夏休みである。

 この都市を構成する大きな要素である学生が大幅に減る時期だから、この都市の経済活動も縮小する、かと言えば実はそうでもなかったりする。

 中央にあるロッツガルドの場合特にその傾向が顕著だ。周辺都市から観光やら、講師が自主的に開講する進級単位に含まれない夏季講座を目当てに学生が集まってきたりする。

 もちろん、周辺都市の学園に通う生徒はロッツガルドの学生に比べて未熟な者も多い。講師もそこはある程度考えて講座の内容を定めているようだ。ちなみにこの講座を開講するのは非常勤講師だけ。彼らにとっても良い小遣い稼ぎになっている。常勤講師は夏休みとは言えそれなりに仕事があるのか、それとも長い休みを謳歌しているのか、夏休みに講義を行なう事は無い。本当に誰一人いないのは慣習となっているのかもしれない。

「いくら正規の授業料から見れば破格の安さだとは言っても……良く夏休みに学校なんかに来たがるもんだなあ。僕なんか部活以外は寄り付きもしなかったのに」

「少しでも他人に差をつけたい、追いつきたいと願う者がそれだけ多いのでしょうね。私たちからすれば、お店のお客様が増えて嬉しい限りです」

「レンブラント姉妹も家に帰ってないみたいだね。休みに入る直前にレンブラントさんから娘をツィーゲに連れて帰ってくれって無茶な手紙が来たもんなあ」

「何故か同日に奥方からも手紙が届いて、夫の手紙は無視してくださいと即座に撤回されましたね」

 少しばかりの無音の空間。

「ああ、夏だなあ」

「夏ですねえ」

 僕と識は学園の図書館で調べ物をしている。午前はここで本を読んで午後は商会の様子を確認して、夕方から夜は亜空で報告を聞いたり修練したりしている。一時は何やっても駄目駄目な自分に嫌悪感を抱いていたけどこの頃は自分なりに前に進もうと思えるようになった。これはきっと、ジンやアベリアたち学生の必死な姿勢に感化された結果なんじゃないかと考えてる。他人と自分は違う存在だけど、努力した者が少しずつでも先へ進んでいるのを確認できると自分への励みになるのもまた事実。

「ああ、そう言えば。ジンはこの前の講義の時、何かを言いかけたみたいだけど。識は何か聞いてるかい?」

「いえ。相当追い込まれていましたから口に出す余裕も無かったようですね。確かに何か迷っている様子を感じました」

 夏休み前の最後の講義。僕は後半にお楽しみ講義として模擬戦闘をやらせた。だけど何故か七人が戦慄した様子で僕を見つめて、その後いきなり膝を突いた。

[シフとユーノも一度実戦の空気でこれまでの講義内容を確認してみろ]

 そう言って、これまで五人で戦っていたお楽しみ講義に姉妹を編入した。予想していた事だったのか、スムーズに生徒達は陣形を組んでいった。

 だから僕も特に何を言うでもなく頷いて、アオトカゲ君ことミスティオリザードを召喚した。……人数が増えたから二匹。

[紹介しよう。アオトカゲ君ツヴァイだ]

 流石に紹介無しで戦闘と言うのも無粋かなと思って安直ながらツヴァイ君を紹介したんだけど、その瞬間だったな。全員が硬直したのは。

 なにやらガタガタ震えている者まで出る始末。基礎能力もそれなりに向上して戦術の幅も広がっていると言うのにまさか七人がかりで一人を相手にする心算だったのか? 何と言うヒューマン思考。

 案の定一人を相手にする心算だったようで、ジンが一番に意味のある言葉を叫んだ。

「ふえ、増えたーーーーー!?」

[何を当然の事を。七人がかりで一人を相手にして何の修練か。だがそうだな。個人すら倒せていない状況だったな。ふむ、七対二でやるのと四対一、三対一に別れるのは選ばせてやろう]

 あんた、それに何の意味があるんだい?

 生徒の瞳が口ほどに物を言った。

 何と言う事か。彼らは集団戦闘のプロフェッショナルだぞ。七対ニの方が遥かに難易度が高いに決まっているだろうに。まあ、その分連携なども学べるから身に付く事も多いと思うけど。

「え、えっと。ライドウ先生? 参考までに聞きますけど同じ位の強さなんです、よね?」

[当然だろう。アオトカゲ君は技に秀でているが、ツヴァイ君は力に秀でている。両名とも優れた戦士だぞ。ちなみに集団戦闘が得意だ]

 アベリア。当たり前だろう。そんなに実力差のある二人にしてどうしようと言うんだ。

「せ、先生はそのお二人も召喚して負担は大丈夫なのかなあ、なんて」

[問題無い]

 本当は召喚ですら無いんだから。門を開けるだけなので一人だろうと全員だろうと負担は大して変わらない。

 まだ考える頭は残っていたのか、生徒諸君は二手に分かれる方を選んだ。それぞれのチームの面々も大体予想通りだった。

 ジン、ユーノ、アベリア、イズモ。

 ダエナ、ミスラ、シフ。

 まあ結局どちらのチームも勝つ事は出来ず。しかし前回より遥かに良い戦いをして講義は終了した。

 ジンが講義後に何か相談があると言うから聞いてやろうとしたんだけど。

「ま、またにします」

 と息も絶え絶えに言われて別れて以来、今日に至る。休みに入ってしまったと言う事はそこまで重要な事では無かったのかもしれない。昼飯奢って下さいとか?

 そんな用事だったら確かにあれだけ動かされた後だと言い難いだろうなあ。全部リバースしそう。

「あの時は淑女然としたシフも大の字に倒れてましたね。しかし、やりようによっては彼らの実力ならもう先のステップにいけそうなのですが。どうしてあそこまで圧倒されるのでしょうか?」

 識は疑問を口にしながらも書物を読み進める手は止めない。彼は同時に二つの事を思考できるらしい。

「慣れなんじゃないかな? あの分なら次回までには対策をしっかりして一歩前に進むと思うよ。後はほら、皆頭の良い子だから必要以上に慎重になっているんだろうね」

「第二段階ですか。力と速さが跳ね上がったのを知ったら、また喚くのでしょうね」

「頭に浮かぶね。一段目と同じ感覚で受ければアオトカゲ君はまだしも、ツヴァイ君の方は吹っ飛ばされるか一撃で戦闘不能だろうから」

 人の気配が少ない図書館で僕と識は学生の話をしていた。ミスティオリザードも、まあそれなりに楽しんでいるようだし彼らには手加減の練習にもなるだろう。今後必要になるかは別にしてね。

 あんまり成長が遅いとリザード達にストレスが溜まるから、ジン達の健闘を祈るばかりだ。

「……ライドウ様」

[うん、誰か来たね。って噂をすれば、か]

 こちらに近づいてくる気配を把握。筆談に切り替えるも、見知った気配だった。

 お互いに本を読んでいる姿勢で彼らを待つ。

「失礼します、ライドウ先生少しお時間よろしいでしょうか?」

[ジンか、何の用だ?]

 近づいてきたのは僕と識が話題にしていた学生たちだった。やはり、まだ帰省してなかったのかシフとユーノもいる。レンブラントさん、泣いているだろうなあ。奥さんの手紙を考慮しても、一回は帰省して欲しいものだね。

「はい。その折り入ってご相談があるのですが」

 丁寧に話すジンには非常に違和感を覚えるな。同時に、そういう話し方も出来るんだと感心もする。

[聞こう]

「実はこの夏休みなんですが、先生の時間の合う時間帯で構いませんので私どもを鍛えてもらえないでしょうか」

[夏休み中にか?]

「はい、先生は外来の生徒相手の講義を開講されないと伺ってます。もちろん講義をして頂いた回数分きちんと報酬を用意しますので是非」

 ……。

 長期休暇だって言うのに随分とやる気があるんだな。僕はこの休みで、主に仕事方面で自分を鍛えようと思っていたんだけど。

 しかも、ちゃんとお金を払うからお願いしますと来たもんだ。凄いね。自分で金を稼いで塾の夏期講習に通いたがる高校生がいたら、現代ではかなり希少だと思うよ。

[それは全員の総意なのか? 帰省を望む者はいないのか? 特にシフとユーノ。君たちはご実家から帰るように言われている筈だが]

 それに僕が講義をしているので二人を帰せません、なんてレンブラントさんに言えるか? 僕は言えない。うちの父さんも姉さんや真理を一人暮らしをさせまいと大人の癖に駄々をこねまくったからなあ。父親の娘に向ける愛情は桁が違うと思う。

 我が家では親馬鹿全開の父さんが出てくるたびに母さんが突っ込んでいたから、レンブラントさんとこも大体同じような構図なんじゃないだろうか。

「私からもお願いします。将来的にツィーゲに戻る身としても今の私たちの実力ではあの街で通用するとは思えません。半年くらい帰らなくても問題ありません」

 いやいや。別に腕っ節で通用しなくても、レンブラント家は商人なんだから経済力で通用させればいいでしょうよ。ユーノも頷いているんじゃないよ。

 むう。何とも意思の強い事で。

 何とか短期でも帰省させないと、またレンブラントさんから恨み節が届く気がするな。軒先をお借りしている身だし、共存共栄していきたい得意先。ここはやはり引き受けるべきじゃないような気がする。

[識、どうだ? 予定はもう]

「いえ、週に一度くらいなら何とか」

 おい。

 僕はお前をだしにして体良く断ろうとしてだね?

 七人が期待に満ちた目で僕を見てるじゃないか。週に一回でも学生の相手をしているような時間は凡人の僕にはだね。

 ……。

[わかった。週に一回だけだ。それからシフとユーノは後半は実家に帰る事。これが絶対条件だからな]

「ええ~っ、ボクとお姉ちゃんだけ後ろは欠席なんですか!?」

「ライドウ先生! 私達も他の生徒と同じように」

[駄目だ。お父上から頼まれている。まだ病み上がりなんだ、帰省して親を安心させてあげなさい]

 約二名から恨みがましい目で見られたものの、概ね学生には感謝された。

 あーあ。まあ基礎的なトレーニングとトカゲ君召喚で済ませれば良いや。

 日取りなどは識に任せて僕はまた読書に戻るのだった。夏休み、充実させないとな。





◇◆◇◆◇◆◇◆





 ライドウが学生らに休暇中の講義をせがまれている頃。

 同図書館の一般利用者が入る事は無い区画に一人の女性がいた。

 司書のエヴァだ。

 彼女は学園に危険が無くなった事を知らされてからすぐに図書館勤務に復帰した。長期休暇だろうと学者や研究者、それに講師に一般利用者と図書館を訪れる人は絶えない。彼女がしばらく欠勤した所為で周囲に皺寄せがいってしまった事もあって、エヴァは率先して他の司書の休みの為に代替出勤を引き受けていた。その為、この夏休みに彼女の長期休暇はほぼ無いも同然だったが、彼女は司書と言う仕事に一応のやり甲斐は感じていたし休み中に何としてもやっておきたい事もあったので不満は感じていなかった。

 エヴァは今ある論文を探している。

 それは彼女がライドウに読んでもらいたいと思っている物だった。エヴァは元貴族と言う身でありながら、司書としても非常に優秀だった。ライドウをマークしてから、彼女は彼が読んだ本を記憶しその読書の傾向から彼が知りたがっている事、知りたいだろう事を予測した。相当広範なジャンルに渡るライドウの読書だったが、エヴァは幾つかの傾向を見出していた。まこと、優秀な司書である。

「ええっと、この教授の研究じゃなくて、こんな先の物でも無くて……」

 研究や論文は、重要性が認められたものは場所を移されたりするが一般的には図書館の決まった場所に収蔵されている。もちろん、過去学園で綴られた論文の殆どと外部の研究機関で発表された内容も収蔵されているのでその数は膨大だ。現に専門家であるエヴァでさえ、その論文がどこにしまわれているか、埃まみれになって探しているような状況だ。著名な論文では無いのは間違いなかった。

「ライドウさんには命を助けてもらったものね。お金はいらないからお勧めの本を紹介して欲しいなんて気を遣われたんじゃ、やらない訳にはいかないわ。ライドウ先生が飛びつくような内容を用意してみせる!」

 エヴァがライムに提案した莫大な報酬。それはアーンスランドの財産。それもかの奪われた領地にあるものだった。ライドウはその話を聞いて微妙な顔をしたかと思うと、エヴァに金銭的な要求ではなく知識の提供を望んだ。彼からすれば、今も存在するか怪しい金銭よりも余程現実的な報酬を提示した心算である。

「あの人は何でも読んでいるようだけど、特に興味を持っているのは魔法分野。それも魔力の活用や召喚について。後はケリュネオンにも興味を持っていた。後は地理も知りたいみたい。でもまずはあの論文よ」

 エヴァが探しているのはとある教授が一生をかけて研究し、そして結論として挫折したという特に注目する内容でも無いありふれた論文。しかし、エヴァにはそれが、ライドウが求める物の一つではないかと言う強い推論があった。他にも彼が望みそうな書物はリストアップしてある。それらは探すのも難しい物ではない。何より難解なのは今探している名も無い教授の遺した凡庸な論文。

「借りを返して、今後も彼とは好意的な関係を保たなきゃ。もう、私には彼とクズノハ商会しか頼る所が無い」

 クズノハ商会の従業員の実力、そしてライドウと識。他にも居ると言う腕利き達。

 エヴァの目にはクズノハ商会は非常に魅力的に映っている。並外れた力を持つフリーの商会。約束通り学内に巣食う組織の勢力を潰して見せた。それが温厚な講師ブライトであった事は少なからず彼女に驚きを感じさせた。それにルリアの身には一切の危害が及んでいない。十分、その力を認める成果だった。

 今はまだ商会の規模も小さく、大きな事は出来ないかもしれない。だが将来的には?

 領地の復興を願う無謀な司書はその願いを未だ捨ててはいない。

 だからこそ、ライドウと親しく在りたい。力を持ち、性格も悪くない。商会運営も順調で人材にも恵まれている。顔、は確かに整ってはいないが、人の顔など見慣れてしまえば特に問題にならないとエヴァは考えている。初めて見る時の印象が多少悪かったとしても、それがどうしたと言うのか。見た目で中身を判断しようとするのは愚行である。かの女神の力が及ばぬなら容姿に如何ほどの価値が残るのか。それがエヴァと、そしてルリアの持つ現在の価値観だった。

 女神に頼らない者、彼女への信仰を揺らがせたり失ってしまった者。そういう者ほど、種族を問わず容姿への執着を失う傾向があるのかもしれない。

 女神の沈黙がもたらした価値観の多様化とも言える異世界の状況。この現状はライドウこと、深澄真には僅かながら追い風になるかもしれない。

 後に控えるロッツガルドの学園祭、そして再び大きく高まる戦争の気運。

 学園の夏休みは、穏やかに続いていく。嵐の前の静けさを体現するかのように。

 三人の異世界人にとって、二度目の秋が近付きつつあった。
 アルファポリス様で開催されているファンタジー小説大賞期間も今日も終了です。応援して下さった皆様、本当にありがとうございました。
 結果がどうなるのかは、もう来月末まで待つしかありませんが最後まで更新を滞らせる事無くやり切れたので個人的には満足しています。

 さて、これにてロッツガルド邂逅編は終了です。

 次は、三章 ケリュネオン策動編(仮)です。
 九月の暴動更新終了に合わせて章も分ける事にしました。
 前半は学園都市が舞台で進行する予定です。
 閑話やextraを挟みながら本編開始は10月20日頃からを予定しています。

 ちなみに閑話は夏休み中の事を幾つか。全部載せるよりは
より望まれている話をと言う事で、

1.学生(ロッツガルド)
2.姉妹帰郷(ツィーゲ)
3.コモエ(亜空)
4.亜空住人勧誘記(亜空&荒野)
5.全部(次章開始が遅れます)

 から二つ選択で行こうと思います。残りはさらっと本編にて触れます。万が一ですが5を選ばれる方は選択は一つです。

 巴と澪は前回メインでやりましたのでお休み。ルトは諸事情により取り下げです。

 と言う訳でご希望などございましたら10月3日10:00までの感想にてどれが見たいか選んで頂ければ。どれでも構わないと言う方はスルーでOKです。
 純粋に数の多い物で行こうと思っています。10月4日に一番多かった話を投稿します。

 長文の後書き失礼いたしました。それではご意見ご感想お待ちしています。
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