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二章 ロッツガルド邂逅編
閑話 澪と料理と勇者と(2)
「では、響たちは武器を求めてツィーゲに向かう途中だったのですか」

「はい、本当なら黄金街道沿いを転移して終点のツィーゲを目指す予定だったのですが、少し事情がありまして船と目立たないルートの転移を使ってここまで」

人が歩いて均された街道を五人が歩いていた。

まだ日は天高くあり、人の通りがまばらな様子はこの街道がさほど活発に利用されていない事を指している。

コランとツィーゲを結ぶ最短の道だ。左右に外れると幾つかの山、森、湖に出る事ができ、ツィーゲに住まう冒険者が依頼を果たす為に、また腕を磨く為に立ち入っている。

澪と響の出会いから二日後。

澪は彼女が異世界人であると知らぬままに響から魚介類の調理について様々な知識を教えてもらい、また幾つかの食堂に立ち寄って初めて食べる料理を味わったりして過ごした。今は響の目的地であると言うツィーゲまでの同行を申し出て、こうして一緒に街道を歩いていた。

響は澪に自身の出自や勇者である事を明かしていない。異界の料理を再現したいと話す澪に意気投合して、彼女自身が持つ元の世界の料理知識を話したりしている。

一応、お忍びであり周囲に警戒しながらの旅路であったリミア勇者一行だったが、その勇者が相棒の様に交誼を結んでいた仲間の死で精神的に疲労している事を案じており、澪との会話が気晴らしになっていると受け取った彼女以外の一同は無言で示し合い澪の同行を承諾した。

「お話中すみません、ちょっとよろしいですか?」

澪と響が料理話を始めた所で静かに歩いていた魔術師ウーディが会話に割り込む。二人が料理の話を始めると長い事は数日の付き合いながら良くわかっていたからだ。聞くべき事や感じた疑問は先に消化しておくべきだと思った彼の判断は正しい。

「なに? ウーディ」

「手短に。今日は落し蓋の事を聞きたいんですから」

「勿論です、澪殿。今更な質問なのですが、貴女は何者なのです? 料理人なのか冒険者なのか商人なのか。コランで相当な買い物をなさっていたのにお手には何もお持ちではない。それに馬車などもお持ちでは無かった。あれだけの物資を個人が収納できる魔術など私は聞いたことがないのですがね」

澪は料理人とするのには少々世に慣れていない感が強い。それは商人としても冒険者としても同様だ。世を捨てて長年隠居しているような、大金持ちの深窓の令嬢のような、どうにも俗世に馴染んでいない雰囲気が漂っていた。

なのに、彼女はこうして一人で旅をしてツィーゲからコランまで辿りつき、また帰路にもついている。ウーディからすると何か噛み合わない、気持ち悪い感じがしていたのだった。

「……私は料理に現在一番心惹かれている冒険者登録もした、さる商会の一員です。何者かと聞かれればそう答えるしかありません」

「……無茶苦茶な経歴だな。冒険者でもあると言うのなら誰かとパーティは組んでいないのか?」

ベルダだ。彼は澪の同行を承諾しながらも、彼女に警戒をしている。魔族がこの辺りにまで勢力を伸ばしているとは流石に考えていなかったが、それでも勇者を守りながら旅をしている以上、彼の姿勢は間違っていない。

「ええ、レベルが合わないとかで。本当なら若様と組みたいのですけれど、差がありすぎる上に今は遠出をなさっていますし。一番近いレベルだと巴さんと言う同じ商会の仲間がいるのですが、それでもパーティを組めるほどではなくて……。ああ、そうですね。元々は若様の護衛がお仕事でしたので私は一応護衛という事になるのかしらね」

悪意も何も無くベルダの質問に淡々と答える澪。取りようによってはとぼけている様にも取れる。

事実彼女は誰ともパーティを組んでいない。組みたいと彼女自身が語った真はレベル一、そして一番近い巴ですらレベルは千三百余。千五百というレベルにある澪とは誰もパーティを組めないのだから仕方がない。

「失礼ですが澪殿のレベルは?」

「ごめんなさい、若様に他人にみだりにレベルを教えるなと釘をさされていますのでお答えできません。代わりに私もそちらのレベルを伺いませんので許して下さいな」

「ちょっとウーディ、ベルダも! 尋問じゃないんだからもっと楽しく行きましょうよ! 一応急ぎのペースで最短ルート進んでいるけどそれでも一泊は一緒にする同行人なんだから!」

雰囲気が悪くなってきたのを嫌って響が仲間二人を咎める。

二人は口々に謝罪を述べて大人しく引き下がる。旅の空気を悪くするのは彼らの本意では無い。

巴と澪が進む予定だったツィーゲからコランへのルートは途中に幾つものヒューマン、亜人の集落を経由する遠回りなルートで何日もかかる道程だった。それに対して、今五人が進んでいるのは険しさは多少あるものの確実な最短ルートで、大の大人が魔術の助けも借りたなら全力で一日かからずに踏破できる。馬車を連れていては通れない上に魔物との遭遇もあるが冒険者なら選択肢に入る道だった。体力的に不安のある少女チヤを含む一行はこのルートで二日使ってツィーゲを目指していた。

「響、ありがとうございます。ところでレベル云々で思ったのですが、響たちはそれなりには強いですよね?」

「……一応、戦える方だと思います」

ベルダが気色ばむのを抑えて響が澪の質問に答える。その回答には含む想いがあり、響パーティの表情が微かに曇る。

「そう……普段はあまりしないのだけど今日は私、周りを警戒してそちらとご一緒しているんですが、ちょっと珍しいモノがこっちに向かっているんです。お任せしても大丈夫? それとも、私が片付けた方が良い?」

「ご冗談を。何も感じませんが?」

「うん、私も周りに何かいる感じは……」

ウーディとチヤが澪の言葉に反論する。魔術師二人は敵性の反応を感知出来るように交代で術を展開していた。言われて休憩していたチヤも再度術を展開するが感知出来る範囲に反応は見つからない。

「少し広く張ってますから無理もありません。ああ、感知するまでもありません。ほら、あそこ」

澪が遠く山脈の見える方角を示す。

「何、あれ……」

「風が、荒れ狂っている?」

そこでは木々が空に舞い上がっていた。そして見てわかる程に森が揺れている。

音はまだ届かないが、かなりの異常が起こっている事が見て取れた。そして異常は響たちがいる方向に速度を上げつつ向かっている。

「おわかりですか? それでどうします?」

「澪さんはあれが何かわかっているんですか!?」

「あの距離で、感知だと? ありえんだろう……」

「これとわかっているわけではありませんけど……多分荒野で何かしら変異した昆虫系の魔物が山を越えたんでしょう。稀にあることです」

ウーディの独白めいた言葉を澪は無視して響の問いに答える。

「荒野の魔物!?」

ベルダはわかりやすい位に焦っている。ツィーゲで装備を整えてから荒野へ出てみようと思っていたのに、街への到着を待つ事無く魔物と出会う事になるとは想定していなかった。

話している間にも森の中を方角を変える事も無く突進して向かってくる魔物。

すぐに勇者パーティの術師の感知にもひっかかる。

「これは!?」

「凄く、強い! それに大きいよ!?」

「どうする!? 響!」

「……澪さん。こっちに向かってるのって、災害の黒蜘蛛より強いですか?」

「え、蜘蛛?」

「はい、飢えた蜘蛛の化け物です。知りませんか?」

「いえ、知ってはいますけど……どちらがと言われると、まあ蜘蛛の方が強いですね。だけど比べる意味なんてあります?」

澪に言わせれば蜘蛛、つまり彼女自身は真に会うまで誰とも本気で戦った事など無い。つまり、能力を比較した上での強さの定義など何の意味があるのかという考えになる。

それでも、契約前の力でも”飢えを除外”して本来の能力で戦えば間違いなく今迫ってくる輩より自身が勝るのは間違いない。だから響にそう答えた。

間違いではない。けれど、響らが想定する蜘蛛と澪が想像した蜘蛛の間にある勘違いは、響に間違った判断を下させることになった。

「私たちには十分意味があるんです。皆、戦うから! 準備を!」

響は剣を抜く。それに合わせて残る三人もそれぞれに戦闘準備をして体勢を整える。

(あら、本当にやるの。間違いなく格上なのに。この娘たち、荒野に出たら早死にするタイプ? それは困るわね。まあ響が危険になるようなら助ければ問題ないですわね)

「そうですか。ではご健闘を。まずいと思ったら言ってくださいな」

澪が言うとほぼ同時に周囲に強風が吹き荒れる。彼女がふわりと浮くと、少し離れた木の枝に腰掛けて頬杖をつく。

そこには腹部についた四つの脚で身を支え、人の様な上半身に特徴的な大きな鎌の両手を持った――

「カマ、キリ?」

そう。響が口にした通り、蟷螂をベースにしたと思われる巨大な化け物がいた。頭までの身の丈は三メートルあまり。

一瞬の間も無く。

蟷螂の魔物にとって勇者一行が目的では無いのだと容易にわかる所作だった。それまでの障害物と同様に蹴散らそうと凶刃を一行に向けて薙ぎ払う。

(あら)

横薙ぎに振るわれる鎌の周辺に舞う木の葉が一瞬で切り刻まれるのを見て澪はある事に気付く。

(なるほどね。どこかで弱った風の精霊でも取り込んだ変異体。体の大きさはその後に大分食ったからでしょうね。それで餌に困って山越え。本来なら緊急依頼になってツィーゲが騒がしくなるケースですか)

澪は攻撃の範囲外から冷静に蟷螂を観察する。

彼女もまた荒野関連の依頼をこなし、また足手まといの冒険者を連れてのお守りも経験してそれなりの振舞いを見につけていた。

はっきりと言ってしまえば、巴と澪によるブーストが加えられた状態のツィーゲでは、響達は澪から見て精々三番手くらい。レベルはどうか知らないが、生存能力や総合的な判断力も含めれば何とか埋もれない程度の実力を持ったパーティの一つに過ぎない。

「ベルダ!」

「応!」

響の声で一歩前に出たベルダが鎌の一撃を幅広の剣で受け止め、そして受け流した。

(へぇ、中々見事な防御。でも武器が目に見えて傷んだわ。会った時にも思ったけどお粗末な装備ねえ。……え!?)

澪の驚き。

その原因はベルダにあった。澪は一撃を受けた彼の剣が最早まともに用をなさない事を即座に理解したが、当のベルダにはそれが把握できていないのか、もう片方の鎌の一撃に剣を構えて備えていたのだ。

しかも、攻撃の性質の違いにもまるで気付いていないようだった。

彼らの観察力の低さに澪は舌打ちする。どうやら、響たちを過大評価していたようだと失望する。

「馬鹿! 避けなさい!」

仕方なしに警告する澪。

「えっ?」

ベルダの様子に澪の言葉を気にした風は無い。言葉を発したのはカウンターを狙っていた響だった。

一閃。

蟷螂の二撃目。

受け止めるベルダ。

だが結果は先と同じにはならない。

右の鎌は、振り抜かれた。

ベルダの剣は真っ二つにされ、それだけに留まらず右肩から斜めに金属の鎧を紙の様に裂かれ。

鮮血を噴き出して仰向けに倒れていく重装備の青年。

絶望ではなく、驚きを湛えた瞳が余りにも哀れ。

だがまだ死んではいない。回復を担当するチヤの癒しの光がすぐにベルダを包む。ウーディの詠唱も止む事なく、戦闘はまだここから、になる筈だった。

「ベルダっ! い、や……。み、澪さん、すみません、お願いします!」

ざわりと。

ウーディとチヤに動揺が走る。

澪もあまりにも意外な言葉に驚く。確かにベルダが重傷を負ったがまだ戦闘は継続可能だ。むしろ何とか立て直さないと全員殺されるのは明白だった。

この時点で逃げの思考に切り替えるのは早すぎる。

澪は勿論知る由も無いが、ナバールを失った響のトラウマが思いの外、深かった為だった。表面上は克服した様子に見えて実の所、完治には程遠い段階にある。

実は響に芽生えた元の世界への軽い逃避感情が、澪との料理談義に繋がっていたりする。

本来の彼女なら、砂浜の澪の力量を見たら彼女の質問に答えながらも手合わせを願い出ていた所だ。だと言うのに澪に言われるまま乞われるままに料理の話ばかりしていた。平和を感じさせる話題に無意識に安心したのかもしれない。

魔物の方には人の都合などまるで関係ない。

澪は少々予想しなかった段階での助勢ながらベルダが倒れた場所付近まで高速で移動する。

「響、失望しました。情けない。未熟ならば未熟を理解して危険を避けなさい。迷惑です。そこの二人、その騎士の治療は任せましたよ」

ビクリと。響の肩が大きく震えた。

「まったく。虫けらの分際で森を荒らして。これでキノコや果物の収穫場所が減ったらどうしてくれると言うんでしょう」

牙を鳴らして耳障りな音を発しながら澪の問いに答えることも無い魔物。

振り下ろされた鎌の一撃を閉じた扇子で受け止め、それどころか弾き上げる澪。

「な!」

「ええええ!?」

「死になさい」

横に扇子を払う。誰かの驚きの声など気にもしない。

背後の森の木々と一緒に蟷螂をあっさりと真っ二つにする澪。

人を模した上半身と昆虫の姿を濃く残した下半身に分けられて崩れ落ちる魔物。

「お仕舞い。これなら素材も取れるでしょう」

『……』

言葉も無いとはこの事だろう。間違いなく強者の存在感を放っていた蟷螂を、ほとんど道で絡まれた暴漢を片付ける程の様子で倒してしまう存在。

戦闘で汗一つかいていないのに、開いた扇子で顔を仰いでいる澪。

「騎士の方は大丈夫?」

「あ、えっと、はい。何とか傷は塞げると思います」

「そう。なら手伝いは要らないわね。響、解体を手伝いなさい」

「澪さんっ!」

切羽詰った響の言葉は間に合わなかった。

振り向く間も無く、澪の背が袈裟斬りにされる。

体勢を崩して、何歩か前に踏み出る澪。悲鳴は無い。

澪の背後に宙に浮いた魔物の上半身があった。

背についた羽が見えぬ程に高速で羽ばたき、体を浮かせていた。

「澪、さん?」

「……ねえ、響」

響に向けられる声のトーンが明らかに低い。砂浜の一件よりも遥かに。

真が見たら「一歩手前だ」という危険域にまで澪は怒っていた。

体を両断されて怒り狂った蟷螂は狂ったように澪を背後から斬り続けている。だが、当の澪は全く動じていない。当然、血が吹き出る事も無く攻撃の苛烈さに反して静かなものだった。

「着物、ほつれてないかしら?」

「……えっと」

「ズタズタ、だよ。澪お姉ちゃん」

「……そう」

言い難い様子で言葉を選んでいる響に代わってチヤが着物の状況を説明する。扇子を懐にしまう澪。深く息を吸い、大きく吐き出した。

くるりと蟷螂の方に振り返る。そこには二つの大鎌の刃が荒れ狂う死の領域がある。

だと言うのに。

澪は躊躇い一つ無く両手を突っ込んだ。

「この、虫けらぁぁぁぁ!!」

左の鎌を片手に掴み、右掌から噴き出した闇がもう一つの鎌を腕の根元ごと縛り付けている。

一声の下に闇が蟷螂の腕に入り込んだかと思うと、はちきれんばかりの筋肉に包まれていた腕が一瞬で萎びて根元で千切れ落ちた。息を呑む響たち。耳障りな絶叫を上げる魔物。

だが澪はそんなもので止まらない。

空いた右手を左手で掴んだ残る鎌の腕に運び、しっかりと掴む。

そして、チヤの悲鳴を背後にさせながら。

引き千切った。

華奢な女性の細腕が。

巨体を誇る強力な魔物の固体の。

自慢であろう大きな鎌のついた腕をだ。

再び周囲に響く凶悪な人外の叫び。

下半身を失い、両の手を失い。

もう魔物も己の負けを悟っている。だが、それでもまだ生にしがみつこうと自らに残った飛行能力を持って戦場からの離脱を試みる。

しかしそれすら叶わない。

澪の右手はまだ、魔物の腕を掴んだままだ。左手は千切った鎌を放り捨てたが右手は本体を掴んだまま。

羽音を強くさせ、風を巻き起こしながら飛んで逃げようとする蟷螂の原型さえ失いつつある魔物。

「うるさい!」

巨体が自身が望んだ形では無く宙に浮く。澪が片手で持ち上げたのだ。そのまま、地面へと叩きつける。魔物の体を受け止めた地面が幾分かへこみ、ひび割れを見せた。

「若様にお褒め頂いた着物をよくも……!」

力無く身を横たえていた下半身と、叩きつけられた上半身を同時に闇が包み込む。

魔術による闇だと言うのにどこか生物を思わせる、うぞうぞした蠢く闇がはじめ大きくその巨体を包み、徐々に小さくなっていく。

やがて闇は空中に散り、そこには何も残っていなかった。

「……ああぁぁ。私が油断していたばかりに。着物、直るかしら……」

同じ人物と思えない程に困った表情に変じて背中の様子を気にする澪。しかし響たちはその様子を言葉も無く。格の違う実力者の存在に圧倒されていた。

「駄目。やっぱり悠長に戻っている場合じゃありません」

何事か思案した様に考え込む澪。

(む、念話? 誰と話しているのか)

チヤにベルダの治療を任せたウーディ、は響の様子を伺いながら澪の考え込む様子が誰かとの念話であることを察して興味を持つ。

やがて澪は三人の方を向き直る。

「急いでツィーゲに戻る事にしました。置いていく訳にもいきませんので、許してくださいませ」

闇が三人を包む。

力なく崩れ落ちる音。

響たちの意識を奪った澪は様子を確認すると再び念話を繋ぐ。

(巴さん、全員落としました。ツィーゲまでよろしくお願いしますわ)

(儂はタクシーではないんじゃがなあ)

(たくしー? 私のまだ知らない言葉ですか。これは和食の完成に関わる事だと言っているじゃありませんか)

(ああ、そうじゃったな。まあそういうことなら協力してやる。ツィーゲの、門前で良いな?)

(ええ)

激しい戦闘の跡が残る場所から、五つの気配が消えた。
次でお仕舞いです。

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