二章 ロッツガルド邂逅編
春夏冬二升五合を願いまして
寝たのは遅かったというのに、まだ辺りが薄暗い内に目が覚める。
学園で講師を勤めるようになって二週間。
この間ゴテツには十回行った。個人的にはしばらく鍋はいらな……じゃなかった。それは置いといて。
今日はクズノハ商会念願の初店舗をオープンする日だ。
一号店よりも先に出張所がツィーゲにある不思議は忘れることにする。複雑な事情の中、ようやく店をオープンする時が来たんだ。
巴と相談の上で森鬼を二人送ってもらった。あいつの人選だから信じるけど、二人というのは僕を襲ったアクアとエリスだった。
送られてきたその時は、二人の顔を見るや否や「チェンジ」と言って人員の変更を考えたけど、本気で涙目になって二人に縋られたので一応思いとどまった。
一度郊外に連れて行って実力を確かめたけど、結構強くなっていた。巴と澪と、何故かコモエちゃんの名前を出してもビクつくのが謎だけど、厳しい修練を積んだんだろうな。
仕事の内容を伝え、当座の給料を先渡しした所、凄く真剣な顔で忠誠を誓われた。
どうやら亜空での日々よりもここは大分楽な模様。だらけないように定期的に締めないと駄目かも。従業員が十分に確保出来ていない状況だから二人には結構厳しい条件を伝えた心算だったんだけど……。
ここの労働条件って一日十時間労働(サ残有り)で週休一日だよ? 住み込みみたいなものだから一応の衣食住は保証しているとは言っても、それで喜ぶなんて亜空でどんな暮らしをしていたというんだろう。基本内部調整を重視している段階で森鬼の連中にはそこまで負担はかからないはずなのに。
何か仕事前と昼、それに仕事を終えた後に自由時間があるとか喜んでいたし食事は外食しても良いって言ったら泣かれたからな。亜空で独房にでも入れられて終日監視でもされていたのでも無いだろうに大袈裟な。
昨夜巴と澪と識、それに僕で最終的な打ち合わせをした時には、さらにエルドワも二名当日に送ってくれると言う話になっている。こちらはツィーゲの出張所に何度か行ったこともある商店スタッフ経験者らしく、素直に頼りにさせてもらう心算だ。
初期メンバーとしては彼らと僕、それに識で全員になる。結局ギルドで面接や能力云々のことを聞いてみたら、雇ってから勉強させるのが普通で、事前に能力を求めたりはしないようだった。それどころか求人を幅広く実施することさえ稀なことで、大抵は紹介を経て雇われたり店主の友人や家族が従業員になるケースが多いのだとか。バイト募集、みたいな求人はこの世界では一般的ではないようだった。ギルドから人を回そうかと心配そうな顔で提案してもらったけど、ひとまずは辞退した。
そんな訳でまだまだ(僕の感覚では)人数が全然足りないけど、僕がやろうとしている店の営業方針として力は十分にあるメンバーが揃った。
僕はこの店の特長としてまずは深夜遅くまで、水商売の方々やお客さんが家に戻る深夜零時くらいまでの営業から始めようと思っている。人が揃ってきたら常時営業のコンビニ形態を目指すつもり。幸いにもこの街で薬や雑貨を扱う店の営業時間についての規制は無かった。単にどの店も、お客の数と治安のバランスを考えて日暮れくらいの時間、この街だと十八時くらいを目安に閉店しているだけ。つまり治安上十分な防衛力があるなら店を開けておくことで夜のお客さんは全部頂ける、はず。ついでに遅くまでやっている薬のある雑貨屋ということで名前も覚えてもらえればラッキーかなと思ったり。
ただ零時以降のお客さんがどの程度いるのかで、このままの時間で行くか本当にコンビニを目指すかは考えないといけないとも思っている。深夜まで頑張る人がこの世界では思ったほど多くない。ここは学園都市で特殊だとは思うけど、それでもね。
だから場合によっては夜間はデリバリーでこちらから商品を宅配したりするのも考え中。その場合は注文をどうやって受けるかを工夫しないと駄目だ。色々試行しながらにはなるけど、深夜零時までの営業はとりあえず市場調査の意味も込めて実施することにした。
あ、そうだ。期待と言えば、メンバーはこれで全員じゃなかった。
巴がエルドワと一緒に一人使えるのを寄越すとか言っていたな。あの巴が使える、と言うからには期待できそうだと思う。彼女自身は僕がいた戦場の調査に向かってくれたから今日この場にはいないし来れない。澪も何やら先約があるのか、思ったほど学園都市に執着していなかった。彼女にも僕以外との繋がりが出来始めたんだろう。少し嬉しい。
サプライズ、ですから。
そう言って笑った巴の言葉と表情に一抹の不安を感じたけど……。
着替えを済ませて部屋の外へと出る。
まだ人の活動している気配の無い屋内。
僕は自分の部屋のある二階部分から一階の店舗へと降りる。
そう、三日ほど前から、僕と識は宿を引き払って居抜きで買い取った店の二階に住んでいた。
二階の部屋数は六。うち僕と識で一部屋ずつ、森鬼で一部屋、エルドワで一部屋、それにサプライズ用の人に一部屋、空室一。倉庫なんかは今のところ一階でまかなえているから二階は完全に住居だ。森鬼とエルドワについては定期的に入れ替わったり亜空に戻ったりもするだろうから本来寝泊りする部屋として機能するかは怪しい所かもしれない。
それぞれの部屋は四~六畳程度。亜空での部屋よりは狭いけど識の内装リフォームのおかげか中々センス良く仕上がっていると思う。僕も参加していたんだけど、途中から自分の内装センスの無さに絶望して識に任せることにした。店のリフォームでも感じたけど、識は意外にこういうセンスがある。元は骸骨の癖に。
気を取り直して僕の指示と識のセンスで出来上がった店の内部をチェックしていく。昨夜遅くまでかけて陳列した商品の確認と在庫の把握。人任せにするのも気持ちが悪くて、つい遅くまであーだこーだと配置を変えてみたり、臨時で作った目玉商品の棚が動線の邪魔になっていないか確かめたり。
同じ事やっているなと思いながらも何度も繰り返してしまう。
苦笑しながら手を動かしていると、外から薄明かりが差し込んできた事に気付く。
いよいよ、かあ。
開店は昼を予定しているからまだ先だけど、それでも陽が昇ると意識が高まる。
当面取り扱うのは、識が見繕った薬関係、僕が提案して皆が形にしてくれた栄養ドリンク、南方の珍しい果物(要は亜空産だね)のカット、それにエルドワの武具修繕。武具関連については販売を見合わせて修繕のみ受け付けて見ることにした。ツィーゲで武具作成依頼が相当数になり業務を圧迫しだしていると報告があったからだ。
亜空の果物をカットして原型をわからないサイズで容器に盛り合わせた状態で販売するのもツィーゲの実績が影響していた。果物そのものの「効能」も然る事ながら、その種子に少々問題があることがわかったからだ。なので珍しい果物が食べやすくカットした状態でお求め頂けます、と誤魔化して予め種子を排除して売ることにした。冷蔵などの設備面を簡単に魔法でフォロー出来る辺りに、科学を超えた便利さを感じたりもした。
薬については識が宣伝してくれた傷薬、汎用的な解毒薬、解熱や鎮痛など複数の効用がある所謂風邪薬、それに一時的に対応した能力を高める強化薬。それぞれある程度加減して辛うじて常識の範囲内に収まるレベルになっている(識談)ので安心できる。
冷静に考えると初日からお客様が溢れるというよりも、徐々に口コミで評判を得て常連さんがつくのを待つタイプの店だと思う。今日は栄養ドリンクと果物が興味本位の人を中心にでも売れてくれれば翌日以降への種蒔きとして十分なのではと目標も低め。あまり大量にばら撒いても問題が起きかねないので扱う商品は一日の取扱い量を決めてある。上手くいってくれるといいんだけどね。不安で仕方ない。
今日は講義も無いし、開店してからは店に張り付いていられる。夜は亜空に行って初日の状況を巴と澪にも話しておかないとな。
外に出て店の入口上部に設置したヒノキの看板に刻まれた漢字「葛葉」の文字を見る。僕らにしか読めない字、マイナスの拘りではあるけどついやってしまった。後悔はしていない。上に読み仮名はつけたしね。
匂いが好きって理由だけで看板の材質を決めちゃったけど、和の雰囲気が出ていて良い感じだ。建材としての質もエルドワが褒めていたし、ヒノキって結構凄い木なのかもしれないな。
屋号の書かれた看板を見て気を引き締めた僕は店内へと戻った。
◇◆◇◆◇◆◇◆
時刻は朝十時ごろ、森鬼娘二人と識に店内の掃除をしてもらっていると久々にエルドワのベレンさんから連絡が入った。
エルドワ二人と助っ人を送る準備が出来たという報せだ。彼に言われるままに二階に門を開き、やってきたエルドワ二人を迎える。
その後ろから出てきた人物。
どこかで見た事のある人だった。彼が助っ人だろうか?
だけど、ヒューマンとは。驚いたな。
しかし、どこで会ったんだろう。うーん……。
「お久しぶりです、旦那」
向こうは僕を知っているようだ。つまり僕のこの思い出せない感じは正しいってことなんだけど。だけど僕はヒューマンに旦那なんて呼ばれたことは一度も無いぞ?
微妙に何か気持ち悪い感じが口に湧く。ヒントだろうか、体が覚えている的な。
それにしてもヒューマンか。となると筆談か。面倒臭い。
「だ、旦那? 巴の姐御からこちらで旦那を手伝うように申し付けられたんですが?」
巴の姐御? ますますこいつが誰かさっぱりわからない。
短く刈られた銀髪、長身で腕と足は細い。その所為か痩せた印象を受けるけど全体的に筋肉はしっかりと付いている。顔立ちは顎先が鋭く目つきもつり上がって野性的な獰猛さが伺える。瞳に宿す冷静な意思の光でクールな雰囲気も……、クール?
ええっと。何か不味い味で飲み物な感じが……。あ、思い出せそうな気がするかも。
[ひょっとしてツィーゲで会った人か]
曖昧ながら何とかそんな気がして問いかける。
「ひ、ひどっ! もしかしてあっしのことお忘れですかい!?」
[済まない、何かとごたごたしていて]
「ライムです! ライム=ラテですよ旦那! 以前旦那に見逃してもらった冒険者でさあ」
おお!
そう言えばそんな気持ち悪い名前のがいた! そうそうライムラテ。美味しくなさそうだったんだよ。あ~、彼か。
「……思い出してもらえたみたいで」
[ああ、巴に剣は持たせたが、貴方がどうしてここに?]
そう。確かライム=ラテは愛用の短剣を巴に折られた上に澪に強盗を働かれて悲惨だったから、エルドワにそこそこの剣を一本作ってもらって、それを巴に持たせてギルド経由で渡してもらったはずだ。
ただそれだけの関係だったんだけどなあ? 巴、何かしたのか?
「あの後、巴の姐御から剣を頂きました。相応どころか見た事も無いクラスの業物で腰が抜けそうになったんですが……」
あれ、巴にはギルドに預けておくように言ったし、エルドワにも無茶な武器は作るなって言ったぞ?
「あれから何かと姐御には目をかけてもらいやして、時には依頼に同行なんかもさせてもらい」
聞いてないぞー巴ー。
「見込みがある、なんて嬉しい言葉も頂きましてね」
人差し指で嬉しそうに鼻をこするライム氏。
「もちろん、こんな業物に見合う腕はあっしにはまだありません。それでもあっしを見込んでくださった姐御と旦那に報いたいと、分不相応ながら巴の姐御のお手伝いをするようになりやした!」
……。巴、お前この数ヶ月で一体彼に何を仕込んだんだ。
腰から抜いて手にした脇差程の長さの刀を何やら決意の目で見つめるライム。か、刀あげたんだ。短剣の代わりにしては……どうかと思う。
朱塗りの鞘が鮮やかで目を引く一振りだった。彼が鞘を手にしているので柄辺りも露わになっていて様子が見える。柄巻きは菱形が並んだ形、鍔には何かの花の模様があしらわれていた。あの鍔は巴と同じ物だな。見覚えがある。
偶然と言うよりは、巴が彼を手懐ける為の手の一つだと思う。何ともまあ、竜の癖に人の心に頭の回る奴だ。
「時折ツィーゲで起きるようなキナ臭い事だとかをご報告したり、修行を付けて頂いたり。毎日が楽しくて仕方ありやせん!」
[そうか]
本人が微塵も後悔していないのは、はっきりとわかる。なら、良いのか?
「へい! それで姐御に頼まれましてクズノハ商会のお手伝いをと参上した次第です。どうぞ、如何様にもお使いください旦那!」
ライムは一息に言い切ると膝をついて頭を深く下げた。
巴、まさかお前、こいつをツィーゲでの密偵にしていたのか。恐ろしい奴だな。味方で良かった。
完全に信頼出来るかは僕の中ではまだ確定できないけど、少なくとも巴が亜空に連れて行けると判断した人材だ。頼らせてもらう、か。
だけどこの人、ツィーゲの一番レベル高い人だろう? 抜けちゃって大丈夫なのか?
ちなみに学園都市には冒険者ギルドは本部というのがあるだけで依頼を受けたり割り振ったりする下部組織は無い。だからここは冒険者が稼ぐことが基本的に難しい場所なんだよな。当然数も少ないし。
[使え、と言ってくれるのは有難いし頼らせてもらうが。貴方はツィーゲの筆頭冒険者だろう? こんな場所にいて大丈夫なのか?]
「ご心配には及びません。あっしは既に筆頭じゃありやせんし。今はトアのパーティが筆頭からズラッと名前を連ねてます。それから、あっしのことはライムと呼捨てになさって下さいまし」
[そうか、今はトアさんたちが筆頭か]
巴に小判鮫みたいに張り付いていた彼女たちも何かと成長していたんだなあ。もう一度、彼女たちが再び荒野の奥地に踏み出す日も近いのかもしれない。
「ええ、目標があるのか今は必死に上を目指してやす。ああいうのは、伸びると思います」
[だと良いね。冒険者の先輩の言葉なら信用できそうだな]
「……あっしはもう先輩でもありやせんけどね」
[どういうことだ?]
「へい。姐御に命を預けた時にギルドに引退の届けを」
[引退?]
冷静を装って筆談を続けたけど、内心相当動揺した。引退って冒険者、辞めたってことか!?
「姐御と旦那の目指すモノを及ばずながらあっしも見たいんでさ。後悔なんざ自分でも驚くくらいしてないんで」
せ、洗脳とかしてないよね?
巴の目指すモノなんてEDO以外に何があるんだよ。というか僕に至っては両親の軌跡を知るのと女神に一撃入れるのと、商売するくらいしか目的らしいものは無いぞ?
あいつがライムに何を吹き込んだのか、ちょっと怖くなってきた。
[後悔が無いならとやかくは言わないが。ここでライムにやってもらう予定の仕事は主に店番くらいだがそれでいいのか?]
凄く勿体無い使い方に思えるんだけど。何だったら学園に連れて行っても通用しそうな人だろうし。
「構いやせん。後、姐御からは街の噂や動向にも目を光らせて欲しいって頼まれてやすが……」
どうしましょう。とライムの目が訊いてくる。
ここでも密偵をやろうってことか。なるほど、確かに情報収集してくれるのならそれに越したことは無い。学園内なら識に頼めるけど街中だと彼の方が適任かもしれない。慣れていそうだし、森鬼やエルドワたち亜人にはやりにくい仕事でもある。
そうだな、アクアとエリスもライムに預けて勉強させてみるか。ライムは一時期ツィーゲの冒険者をまとめる顔役みたいな立場にいたこともある。ならば人を使うのも苦手ではないだろうしね。
[わかった。そちらも頼む。ただ、お金がかかった時は遠慮なく言う事。危険な情報に踏み込む前は僕らに報告して判断を仰ぐ事。そういう類の無理を僕は好まない]
「承知しました。それじゃあ早速、掃除のお手伝いをしながら商品を見せてもらいまさあ」
意外は意外だったけど、ヒューマンも一人確保できた。しかも彼は大活躍してくれた。
ライム=ラテを得てクズノハ商会の開店初日はつつがなく終えることができた。彼が上手に立ち回ってくれたおかげで、商人ギルドのお偉いさんやら土地の有力者さんやらが突然に来店しても、何とか識と僕とで揃って対応出来た。開店初日なんだから挨拶に来る人なんかもそりゃあいるよね。完全に失念してた。危ない危ない。
初日の結果としては、武具修繕の依頼はゼロ。学生レベルで運用する武具とは言っても、やっぱり命を預ける物だから信用が第一、この結果は仕方ない。用意したカットフルーツは昼下がりには無くなり、追加を夕刻に並べるも即完売。薬品などはそれぞれ少しずつ売れていき、講義で宣伝をした学生らが夕刻に来た時に一気に売れた。個数制限、しておくべきだったかな。
ただ馴染みが無かったのか風邪薬はあまり売れなかった。まあ、実際に病人が出て効能が伝わり始めたら違った動きを見せるだろう。総合感冒薬って異世界風に言うとどうなるんだろうな? 識は僕から概念を聞いた時に画期的だとはしゃいで開発に取り組んでいたから、あまり考えられていなかった種類の薬なのかもしれない。それだけに初動最下位の結果に何気にへこんでいたな。無理に訳すと軽い病に効く簡易万能薬、なんだろうか? 万能薬ってのは大袈裟な気もするから要検討だ。
意外と頑張ったのが栄養ドリンク、薬を手にしたお客さんが高確率で数本買っていってくれた。値段を抑えたのが良かったんだろうか。各強化薬は今ひとつの売れ行きだった。効果を考えると冒険者向けの品物だから、これはツィーゲで売った方が良いかもしれないな。武具製作を一時止めているから何らかの新製品は並べたいと思っていた。それに、学園で出回るとその内試験時の使用とかで規制がかかりそう。
ともあれ。
クズノハ商会はまだ動き始めただけ。
商売敵も出てくるだろうし、扱う商品への疑問や、方々からの圧力だってあるかもしれない。
ここからが本当の商会運営。十代の僕と人外の面子でどこまでやっていけるかわからないけど、頑張ろう。
100話にしてようやく主人公は店舗を入手しました。
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