ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
二章 ロッツガルド邂逅編
ステラ、決する
「なん、だと!?」

一度下がった剣士が輝きを纏って戻ってきた。

牽制でイオが放った一撃を明らかに先程までとは違う速度を持ってかわし、そのまま走りがけに脇腹にその剣が走る。

腹筋を締め、何度も弾いたようにやり過ごす筈の一撃は、しかし鮮やかに巨人の身を斬り裂き、血を流させた。

「斬れる!」

「ナバール、どんな魔法よそれ!私も後ろ行ってもらってくる!」

「ははは、響それは無理だ。これには特殊な触媒がいるからな!ここは大人しく私の援護をしておけ!」

響が後ろに行こうとするのをナバールは止める。

「うううう、そんな奥の手があるなら早く使いなさいよ!!キラキラしてて何か綺麗だし~」

「どんどん行くぞイオ!」

元々、速さではナバールが圧倒している。流麗な体術で硬質化された身を自在に使うのがイオの戦法とは言え、サイズの違うヒューマンで速さも優れる彼女が相手では完全な回避など出来ない。攻撃が確実にダメージに繋がるならこれまでの図式は反転する。

付かず離れずの距離を保って徹底的に魔将イオにまとわりつきながら次々に斬りつける一方的な展開だった。

響にまで手が回らず彼女は攻撃し放題、ナバールを追うもそのスピードに翻弄されて何度となく斬りつけられていた。

治っていくよりも、傷が深く残っていく。但しこのままでは致命傷には至らない。最初につけた脇腹はもう癒えてしまっているし、狙うとしたら失血による戦闘力低下までになる。流石に首や胸、腹などは中々狙わせてもらえない。

響の攻撃も両手持ちで浅く引き斬る、筋肉で止められない攻撃に切り替えている。裂くことを目的にして先の二の舞にならないよう留意している。

だがその展開の中、攻撃をパリィすることも受け止めることもほぼ無くなった騎士が一人、呆然とした顔で戦況を見ていた。

「……あれは、ローズサイン?嘘だろう?どうして、彼女にあんな……」

何かに気付いたのかベルダは後方のウーディを振り返る。

彼の王子たる地位を知るウーディは問い詰めるようなベルダの行動に目を逸らすことしか出来なかった。

ウーディ以外の仲間は知らない、ベルダの王子たる地位。それ故に彼は普通の人の知らない特殊な情報に触れる機会も多い。その中に今、有利を作り出しているナバールの変化の原因があった。

薔薇の欠片ローズサイン

見た目はコイン程度の大きさの土くれ。実際には凄まじい効力を持つマジックアイテムの一つ。

使い捨てで、使用すると首筋に真紅の薔薇を模した紋様が浮かぶ。名前の由来でもある。

効果は単純。生命の根源を糧にして力を無理矢理に引き出す。生まれてから死ぬまでにゆっくりと消耗していく、決して回復しない力を貪るように食い散らかし、使用者に限界を超えた力を与える。

効果時間はその者が死ぬまで。決して長い時間ではない。つまり、使用者は決して現状で得られない力を得る代わりに死を決定付けられる。

「あんなもの、策だって?ナバール、貴女は……」

純粋な剣士である彼女に発動させることは出来ない。ベルダにはそこまでわかっている。ウーディかチヤが協力したのだということにも考えが至る。

(恐らくはウーディ。チヤだったらあんなにはしゃいで応援はしないだろう。あいつ、響殿と俺を守る為とでも言う心算か!?)

確かに状況は誰の犠牲も無く乗り切れる局面では無かった。

だが責任全てを一人に背負わせて死を強制するなどベルダには到底容認できない。地位を偽り騎士として一行に加わる彼は、王族として持つべき考え方をまだ完全に身につけてはいない。犠牲は時に必要になるという事実は政治において避けては通れないもの。

実際、ローズサインの効果は絶大だ。現状においてもあれだけ苦戦していたイオも防戦一方になったし、かつては四倍の祝福をハンデにして一騎打ちに勝った逸話まである。

「あ、ナバール!駄目、その攻撃はっ」

響の注意が彼女に届いたかどうか。空中に跳ね上がったナバールが剣を真っ直ぐ振り下ろし魔将の腕を捕らえ、そして剣は腕の半ばまで進んで、止まる。

「もらったぞ!」

イオが剣を食い込ませた腕を締め、反対の腕で強烈なアッパーをナバールに放つ。

「まだだ!!」

空中で右手で振った剣の背に左腕を置き身を預けるように力を加える。一度は半ばで止まった剣がイオの体を蹴って加速した彼女の勢いを加えられ骨を、残りの肉を断ち切った。

迫る下からのアッパーに、何と拳に足をかけて加えられた力の方向に自ら飛んで威力を殺すナバール。

腕を飛ばされて悲鳴一つあげず、拳も止めなかったイオ。しかしながら見てわかる程に汗を流していて、地に落ちた己が腕を見てようやく表情を歪ませる。

これまでで一番の血飛沫が起きる。

「恐ろしいな、白い女。ナバールと言ったか。攻撃が来るとわかって、それでも貪欲に腕を取りにくるとは。しかも私の拳を蹴って威力を殺す。剣の鬼か、お前は」

「魔将に鬼と呼ばれるか。悪くないな。腕の斬り方はわかった。防ぐ腕が無くなれば首も撥ね易い」

不敵に笑い、血の付いた剣を払う。最早剣まで淡い輝きが包み、彼女が内から放つ白いオーラはどんどん強くなっていく。輝くオーラは端々で鱗粉が舞い散るように消えていく。

「人の世にも私の知らぬ魔法があるのだな。正直、心底驚いている」

「何、私も驚いているよ。こうまでしても圧倒は出来ない貴様の力にな。流石は四つの腕の巨人族。私達でいう天才か」

「……私は元々二つの腕しかない普通のギガントだよ。お前が今落としたのは本来の私の腕ではないのさ」

イオはナバールからの賞賛に語って返す。

「蜘蛛に襲われた時、私は親友を救えなかった。満身創痍で撃退した後、残った奴の腕を持ち帰り、私は自分に移植した。上手く動くようになるまでも相当な時間を要したがな」

「それは、失礼。済まないが終わりにさせてもらうぞ、お前の他に女狐とかもいるんだろう?四人の魔将最弱で貴様なんだ。手間取っていられん」

ナバールの体から出る光がピークを超えて少しずつ弱まっている。

自覚があるのか無いのか、彼女は再び攻撃を始める。

「私が最弱?ふむ、君達はどうも妙な固定観念でもあるようだな。どうして弱い将軍から戦線に出るのだ。私は戦闘であれば魔将で最強だ。一対一で私に勝てる魔将などいない」

ナバールの猛攻に、イオは防御する場所を限定して硬質化を高めたのか傷を少しずつ浅く済ませている。そこら中から血が吹き出る光景は、イオの劣勢が続くかに見えるが現状は少し彼が立て直しつつある。

「それは、朗報だな!貴様を討てば我らは大きく前進できる!!」

最強の言葉に怯むことも無い。ナバールは全力で魔将イオを討ちにかかる。

拳の連撃を捌きながら、剣を手にした腕に力を込めて少しずつ全力の一撃に適した間合いに体を移動させていく。

その作業の最中、ナバールは一度ステップで身を翻す。約束組手の如く、イオの目論見通りに動かされている感覚を覚え、嫌ったからだった。

(いけない!ナバールは、気づいていない!?)

その一連の攻防を複雑な気持ちで見ていたベルダはナバールの様子から次の魔将の攻撃に彼女が対応できないかもしれないと危惧する。

ベルダは攻撃を受ける機会が多いからか、相手の呼吸を読む事に優れていた。

今回はナバールが流れを嫌って下がることまでイオが含んで動いていた。

「っ、蹴り!?」

そう。イオはこれまでで一度も使ってこなかった蹴りを攻撃に入れてきた。

拳よりも間合いは広く、ナバールがいる場所は安全圏ではない。射程圏内である。

間合いの外に逃れたという意識の空白に巨体に似合わない十分に速度の乗った蹴り。回避は無理だ。

「油断はいかんな!」

「まったくだ!」

放たれた蹴りに横から突っ込む影が一つ。

イオの思惑に気付いたベルダがフォローに動いた。真正面からでは防御は危険な一撃だが、蹴り足を横から攻撃してずらす位なら何とか叶う。ベルダの判断は正しかった。

思わぬ障害に蹴りの方向がずれ、当然体全体もバランスを崩してしまう。ナバールの目が攻め時に輝く。

「殺った!!」

イオの足と入れ替わりに彼に迫るナバール。光の粉を散らしながらの所作は全てが舞いの如く美しい。

彼女の狙いを正確に読み取ったイオは体を支える手を残したまま二つの腕で首を守る。

「邪魔はさせない!今なら反撃も出来ないでしょう!?」

響がその腕の一つに強引に切りつけて体ごと叩きつけて動かす。切り落とすまで至らなくとも首を守る腕を一つ減らす事は可能だった。

「響、ありがとう!!」

残る一つの腕を掻い潜って、ナバールの剣がイオの首を突く。

「ぬううう!ぐっ!!」

撥ねることは出来なかった。腕を掻い潜って突きを放つのが精一杯だった。

だが彼女の剣は首を確かに貫いた。剣までも包んでいた白い輝きは既にナバールの身を薄く守るのみ。

残る力で首を裂こうと横方向に力を入れる白い女剣士。

動かない。

首を貫いた剣が微塵も動かなかった。

「見事。まさかこれほどまでにやるとは。つくづく君たちを侮った非礼を詫びよう」

「……貴様、その身体は」

イオの薄紫の皮膚が、真っ黒に染まっていた。

「この戦いで、まさか私の全力を見せる相手に会えるなど思いもしなかった」

黒の巨人の言葉にナバールは背筋を走る悪寒を感じる。両手で無理に力を加えて確かに喉元を貫いた剣を横に払う。剣が、折れた。

構わずに響とベルダに目配せしてイオから距離を取る。追撃は無い。

首に刃を残したまま、巨人は立ち上がる。

「……冗談でしょう?ここから第二段階だ、なんて言う?」

響の言葉が掠れている。今までで十分実力の及ばない相手が、更に強力になる。これだけ絶望を誘う状況も無い。

「馬鹿な、あの状態のナバールを全力を出さずに相手にするなんて」

ベルダの言葉も悔しげで、絶望を孕んだものだった。

「すまぬな」

静かに構えるイオ。

「ウーディ!!!!!!!」

イオの言葉をナバールの絶叫が打ち消して一帯に響き渡る。

はっと我に返ったウーディが用意していた術を素早く展開する。

「チヤ、高速移動します。フォローを!」

「は、はい!」

前に突き出して開いた手を手前に戻すと同時にぐっと握り込む。その目は響とベルダを捉えていた。ナバールの姿は見ていない。

「えっ」

「うあっ」

響、ベルダ両名が何かに引っ張られるようにウーディの元へ引き寄せられる。

彼は目を閉じる。決意の為に。

敵に予想外の事態は起きたが、彼女との念話で既に予測していた未来を受け入れる。

見開かれたウーディの瞳はただグリトニアの英雄が通った道を見据えていた。多少は兵が戻り塞いでいるとはいえ、一番防御の薄い場所に違いない。

杖を掲げる。

「ちょ、ウーディ?」

響の言葉を無視する。

それどころか術を発動させてチヤの支援をも加え、かつてないレベルの高速で戦場を突き進み離脱していく。

「え、ウ、ウーディさん!ナバールさんがまだ!」

「チヤ、絶対に支援を切らせてはいけませんよ」

「ウーディ!何をしてるの!」

「ベルダ様、勇者殿を押えていて下さい。少しの間で構いません」

誰の意見も聞かず。

ウーディはナバールとの約束を守ってパーティを戦闘区域から離脱させるべく全力で魔法を行使した。パーティを包む優しい緑色のエリアに触れた魔族の兵たちは切り刻まれ、悲鳴と一緒に倒れ行くそれは本当に全力で。響を迎えようと前線に出てきつつあった王国の残軍と合流して尚、半ばまでその勢いを衰えさせることは無く。

術が解けた瞬間に彼は言葉も発する事無く無言で気絶してしまった。

一方。

ナバールの絶叫の意味を悟ったイオは追撃を命じた。だが相当なスピードで戦線を越えていくパーティに対してはきわめて難しい命令で、忠実に命令に従った者は無惨になますにされ、放たれた弓は折られ、魔法は避けられたり防がれた。

「ウーディ殿、本当に感謝する」

「これはお前の作戦か」

苦渋に満ちた顔でイオは目の前に残ったヒューマンの女に問いかけた。

「ああ、そうだ。私の切り札は少し物騒なのでな」

言うと同じくしてナバールは折れた剣を構える。身体から満ちていた輝きはもう虚ろにその残りカスを散らすだけになっていた。

「最早戦えるようには見えないが、それでも続けるのか」

巨人の言葉は嘆息として場に響く。

「当然だ。まだ全てを出し切っていないのだからな!」

ナバールの目はむしろこの状況でも輝きを強めている。折れた剣を握り締めてイオまでの距離を駆け進む。

「玉砕を願うか!」

「私の命など、どの道戦場で無慈悲に無価値に散るだけしかなかったのだ!!その私が死ぬ場所を決め、死ぬ意味を得て、何より気の置けない友の記憶に残って逝ける!剣の鬼が死ぬには勿体無い程の晴れ舞台だよ!!」

「なっ」

イオは、真っ直ぐ放った拳をナバールが回避して懐に入り込んでくると考えていた。その予測が完全に裏切られた事に思わず声を出す。

彼女は、魔将の拳に身を貫かれた。誰の目にも致命傷とわかる勝負を決める一撃。背から拳を生やしたナバールにこれ以上何が出来るのか。

血を吐いた女の口が口角を上げる。

「来たれ死炎」

「っ!?」

絶命の直前、ナバールの呟きはイオの耳に届かなかったが。

一瞬で周囲に広がった青い炎が彼の視界を覆う。徐々にナバールと彼を囲むように収束していく炎は全てを塵に変えていった。

目が覚める鮮やかな空の青、では無い。

黄昏の後に見る、暗く淀んだ蒼色だ。

「これは、これはっ!?」

命を犠牲にする系統の魔法だと、イオは思い至る。彼女が剣士であったから意識から抜けていた可能性だった。魔法を扱う二人がいなくなった以上、ナバールの選択肢に魔法は無いとどこかで決め付けていた。

極めて密度の高い蒼色の炎球がナバールの骸と、黒の巨人を包み込む。

今にも弾けそうに表面を張りつめさせながら大きさを縮め、場にはイオの絶叫だけが響く。ひときわ大きくなった彼の叫びに呼応したのか、蒼炎は変化した。

大きく輝いたかと思うと、次の瞬間一気に大爆発を引き起こしたのだ。

爆発は広範囲に及び、周囲の魔族や撤退を目指すヒューマンをも巻き込んでいく。

一帯を支配する轟音と戦場を焼く炎。

二つが消えた時、焦げた大地には一つの黒い塊が残っていた。

イオ、であった物。

蹲るような形で溶けた肉体は大きな石のようにも見える。

その石にどこからか現れた青い肌の女性が手を触れた。

魔族、であろうがその顔には特徴的であるはずの角が無い。ほっそりとした外見に最低限の部位を隠す過激な衣装。

つまらなそうな目で黒い塊を見ている。

「イオ、起きなさいよ。死んでないんでしょ?」

「……」

「こっちは”奈落”の補修もあるんだからさっさとしてよ。あまりにもキレイに決まったとは言え、手入れはしっかりしないと。ほら、起きろ!」

彼の生存を微塵も疑わない様子で黒い石を蹴り飛ばす魔族の女性。機嫌が悪いようだ。

智樹に焼かれた腕が響の目の前で再生したあの光景が、全身で再現された。

「やってくれおったわ、あの女」

「……やっぱり生きてた。貴方を殺すのも相当の手間ね。……帰りましょう、色々と報告もあるし」

「ああ、先に行っていてくれ」

「あ、そう。じゃ歩いてきなさい。せっかく迎えに来てあげたのにつれないこと」

「……ナバール、か。その名、覚えておこう」

一人のヒューマンを貫いた腕を感慨深く見つめるイオ。彼女の姿は何処にも無い。肉体は愚か剣も防具も、全て塵になった。

「あ、そうそう。リミア王国への電撃作戦は失敗よ」

「何!?」

予想外の言葉にイオが言葉を荒げる。ナバールという女の行動には予想外もあったが、全体の作戦としてはほぼ上手く進行していた筈だった。

一番確実だと思っていた部分の失敗に声を出してしまうのは無理からぬことだ。

「貴方が不細工な石になってる間に予想外の事が幾つかあったのよ。で、向こうは失敗。後で把握出来ている範囲で教えてあげる」

「あの化け物どもが失敗か?」

「そう、今なら私と貴方で殺せるレベルに弱ってるわ。一体何があったのか、私もあっちに同行してたら見れたのに」

「信じられん」

「世の中何が起こるかなんてわからないってことじゃない? 私だって最後の最後でこれじゃあ、面白くないわよ。こんな事になるならグリトニアの勇者、殺しておけば良かった。あっちは指輪の効果が覿面。一気に雑魚になっていたのよね」

既に空を飛んでいた彼女も不機嫌を隠さず顔に出して、やや投げやりにイオの独白のような言葉に答えた。その後は先の言葉どおり、一人でステラ砦に戻っていく。

まだ完全ではないのか身体を引き摺りながら、兵に連絡を出してヒューマンの残党始末を命じイオは女性の後を追って砦に戻る。

こうして、今回のステラ砦の攻略戦は終わった。

ヒューマンに大きな傷跡を残して。

世界が少しずつ、動き出していく。
いよいよ彼の登場です。

ご意見ご感想お待ちしています。
小説家になろう 勝手にランキング


+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。