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二章 ロッツガルド邂逅編
対価の決断
さらに数刻後。

「朝か、随分と粘るじゃないか」

「追い詰められればね、誰だって実力以上の力を出すのよ!」

余裕に溢れるイオの言動に響がその攻撃を避けながら半ば投げやりに叫ぶ。

「それは違う。追い詰められて更なる力を発揮出来るのはその者の内にきちんと修練による伸びシロが築かれていた場合だけだ。君たちは戦士として実に優秀だ。私は勇者に対して多大な誤解をしていたようだ」

淡々と口から出る賛辞。三メートル、人から見れば十分な巨躯といえる。その身を軽やかに使い、一流の格闘家も嘆息する身のこなしを見せるのは魔将イオ。

パワータイプの木偶、などとはよく言った。響がその分析をした馬鹿に心からの怒りを覚える。実に洗練された体術だった。

てっきり斧とか棍棒とかをそれぞれの腕に持って振り回す印象しか無い巨人。実態はまるで違った。

「まともに攻撃が通らん!こいつ蜘蛛よりも性質タチが悪いぞ!?」

ナバールの悲鳴。それも道理。何故なら彼女の手から放たれる一閃は一撃として通っていない。初手から数撃はそれなりの角度で腕を捕らえたが、皮膚すら裂けなかった。しかも彼には同じ場所さえ攻撃させてもらえない。巧妙にずらされ、何らかの手段で硬質化された皮膚に刃が滑る。

「そう卑下するな白い女よ。非力ではあるが素晴らしい剣技だ」

「武技の師範でもしている気か!?ぐっ、うううう!!」

ベルダがナバールに向かう豪腕の一つを受け止めようと攻撃の軌道上に自ら躍り出て攻撃を受け止める。

「師範か!それも良いかもしれん。お前程私の攻撃を受け続ける者も珍しい。どうだ?魔族に来ないか?っと」

イオが身体を瞬時にずらしたように見えるステップで位置を変える。一瞬前まで彼がいた空間を何かの魔力が通り過ぎる。

「見えない風を何で避けれる!詠唱が読まれているのか!?」

「違うな、風の術師。どの程度の魔力で術が組まれているのかがわかれば、やってくる攻撃も大体読める。狙う箇所や発動場所はお前の目が教えてくれる」

それを、膨大な経験則による高度な予測とも言う。言った風に実行できる者はそう多くは無いだろう。

「いい加減、前に進ませてもらうわ!」

「っ!やる!」

響の鋭さを増す斬舞にイオもやや押され出す。だが、決して魔将のいる領域に響が上った訳ではない。彼が当初予想し設定した響の実力の枠を彼女が超え始めただけ。

歴戦の将軍の予測を超えるのは並大抵の事ではないが、精々少し驚いた程度のことに過ぎない。

確かな手応えが響の手に伝わる。剣が骨にまで届いた感触。イオの腕の一つ、中程まで響の剣が斬り込んでいた。

「おお、見事。だが次の関門はどう越える心算かな、勇者」

「っ、抜けない!?」

「筋肉を締め付ければ刃は抜けん。そしてお前の動きは止まる!」

「!!」

響は理解する。この後の展開を。

咄嗟に剣を放す。響の直感に従った行動だ。

鈍い音。この戦闘で彼女が初めて受ける一撃。しかも、これまでの異世界生活を通じて初めて受ける女神の加護が一切無い状態で受ける一撃。

蹴られた小石の様に飛ばされる響。ただちにチヤが駆け寄る。

「が、はっ! う、ごほっ、うう……」

(痛い痛い痛い痛い!)

響の思考が一色に染まる。これが、女神の力を失った影響か。一旦、響はそう考えた。

(痛い痛い痛い!でも!女神の加護がどうとかはあんまり関係ない!折れるな!だって私はそんなに変わらない動きで立ち回れた。問題はあいつだ、イオ。ただ強過ぎるだけ!)

痛覚に支配されそうになる心を、理性的に思考することで少しでも繋ぎ止めようとする。考える。とにかく考える。それで正気に戻ろうと響はもがきながら考え続ける。

(骨も折れてる。殴られたのはお腹か。女の腹を殴るなんて紳士の風上にも置けないわ、お仕置きが必要ね。あーあ、口の中血の味で一杯。喉から来てる感じだなぁ。ここ魔法あってラッキー。普通なら今夜はご飯食べれないけど回復魔法でいきなりお肉だってイケる、私ツイてる)

取り留めの無い思考で痛みから意識を逸らす。即座に展開した自己回復の魔法が徐々に効果を上げてきたのか痛みが和らいでいく。チヤの回復魔法が上掛けされて相乗的に回復速度を上げる。

まだ覚束無いながら、響は短時間で立ち上がった。

「あの瞬間に剣を離し、不完全ながら障壁まで張ったか。木っ端微塵にする心算で打ったのだがな。実に見事。天才的なセンスだ」

「子供生めなくなったら、どうしてくれるのよ。それとね、木っ端微塵とかグロいの。冗談じゃないわ!」

「元気な娘だ。剣を返そう、君には意味の無いことかもしれないが少しは良い剣を探してはどうかな」

投げられた剣を受け取る響。当然のように、その剣が斬った腕にはもう傷一つ無い。

「……明日になったらご忠告に従うことにするわ」

相変わらず緊迫感の無い落ち着いた言葉に、何とか減らず口を返してみせる。

「明日君達の命があって、帰るべき場所がある。前提が二つとも無理だな」

『!?』

魔将の何気ない言葉。しかし帰るべき場所を指摘されて響らは一様に目を見開く。

「おお。やはり驚くか。今頃、別働隊がリミア王都に進軍を開始している頃だ」

「ふざけるな!王都がそんな部隊一つで落ちる訳が無い!」

ベルダが真っ先に反論する。魔族に抗する双璧の一つ、リミア王国がそう簡単に陥落するはずが無い。故郷に戦火が迫っていることを知り彼の様子が明らかに変わる。

「であろうな。規模は二千程度、本来なら大国の首都を攻める戦力では無いな」

イオの言葉はどこか哀れむようだった。彼が嘆息する。ベルダの言葉を肯定しながら、後半で不安を掻き立てている。

「何をしました?」

王都に家族のいるウーディからすると寝耳に水とも言える事態だ。何があっても家族は戦火から遠ざけておきたい彼からするとあってはならない事が起きようとしている。

「術師か。何、頼もしい援軍がいるだけだ。私を圧倒し得るだけの戦力が同行してくれている」

「魔王軍ってびっくり箱?貴方みたいなのがそこら中に居たらヒューマンなんてとっくに全滅していそうだけど?」

響の皮肉。されど言葉には余裕は無い。

「勇者よ。それだけ私たちも必死なのだよ。さあ、幕引きにしよう。君達の健闘は忘れない。人の身でありながらたった五人で蜘蛛を退けて、全員が無事であるという実力は真であったよ。親友と二人で私も奴を退けたことはあるがその友は死なせてしまった。若気の至りと反省している」

『!?』

響の言葉にイオは答えを明言しない。ただこの戦いの終結を宣言する。そして、響たちが心の支えにしている災害の蜘蛛の撃退を彼女たちだけの経験でないことを伝え止めを指そうとする。

効果はかなりあったようで、明らかな動揺が勇者のパーティに広がる。リミアへの伏兵と、蜘蛛撃退を示唆する言葉。これでリミアの勇者たちが揺らがない訳が無い。

(……とことん、私も甘い。十の努力をすれば必ず十の実になる。そう思ってやってきた。命、懸けてんのよ。百でも千でも、万でも!私はやるべきだった。やるべきだった!)

この圧倒的に不利な現状をどうするか。

イオを倒して王都を救う。流石に断言できた、絶対に無理だと。

足りない。絶対的に力が足りない。響からすれば、それは本来求めたはずの挫折。死力の先にある彼女の本願である。故に受容するかと言えば、答えは決まっている。否だ。

汗で頬をはじめ、顔に纏わり付く髪がただただ鬱陶しく感じる。自分という個が全力を尽くして敗北する。それは正しく響の願いだが、彼女はその先に気付きつつあった。

そう、勇者が敗北し失われるという現実の先。彼女、音無響が希望の象徴たる存在に他ならない事実の意味するもの。彼女の敗北は、もう響個人だけのものでは無くなっている。

時に戦場には負けることは許されない戦いがある。平和の国で育ち、どこか他の世界の争い事と思っていた響に現実が警鐘を鳴らし始めていた。今までの考え方ではいけない、と。

だが、黒蜘蛛の時の比ではない敗北感が響を包む。一応、パーティ全体はまだ戦えるコンディションにある。それでも、勝てる気がしないという、心の方を折られつつあった。

『!!』

遠く。

彼方の場所で。

確かにリミアの王都があるその方向で。

膨大な魔力を撒き散らす金色の光が、天から雲を裂き地面を貫いた。

勿論遥か遠方の出来事。目で見ることは可能な現象だったが、光がどれほど魔力を持っていたかまでは、響達のいる場所からは測定できない。

ただ強烈な光の柱が立った。それは金色だった、というだけのこと。

しかし何かが起きたのだ。もう悪い方には転がりようの無い事態。響は、無理矢理にでも精神を高揚させる。

「あれは、何だ!?」

イオも、全く予測していなかった出来事が起きたらしい。これは、多少の期待は持てる。初めて聞く魔将の狼狽を響は心地よく聞いた。

「アレ、逆転の秘策だったりして。皆!もう少しだけ、悪足掻きしましょうか!!」

「付き合おう!」

「もちろんです!」

「魔力はまだ尽きてませんしな!」

「頑張る!」

勿論、都合よく逆転の策があったとも思えない。全員が理解していた。

それでも鼓舞に応える仲間達。最後の一瞬まで諦めない。それこそがリミアの勇者と仲間達の持つ最大の武器。

(ウーディ殿、済まない。少し良いか)

(ナバール殿、どうされました)

響の隣で剣を構える仲間の女性からの念話にウーディは集中を解くことなく応じる。二人で話をしたことなど数える程しかないナバールからのコンタクトにウーディは驚きを感じていた。

(この状況、打破できるかもしれない方法があるんだ)

(なんと!……私の協力が、必要なんですね?)

(ああ。チヤには……頼めない)

(……聞きましょう)

(私は、堅牢な敵を相手に手数を僅かながら寄せる位の仕事しか出来ていない前衛だ。攻撃力に乏しい。強力な武器を探しても見たがこの様だ)

ナバールは先刻までと変わらぬ動きでイオの攻撃を回避しながら攻撃を続けている。防御の弱そうな場所を次々に狙う様子は発言の気弱さを感じさせない。

(魔将を基準にそのような決め付けは早計かと思いますが?)

(いや。私自身で理解しているさ。だが悩んだ末の武器探しがこんなところで役に立とうとはね)

(と言いますと?)

聞き返すウーディも支援も、攻撃魔法もこなしながらの会話。二人とも戦闘の集中を切らすことなく念話を続けるだけの技量を持つ、優れた人物だ。

(ああ、爆発的に力を増大させる秘策を手に入れてね。それに絶大な攻撃力を得られる手段も。どちらも一回限りだというのが惜しいが)

(……ナバール殿、それは)

(術師であるウーディ殿ならご存知かもしれないな。薔薇の欠片ローズサイン死神の札デスリワードという代物だ。発動準備にそれなりの魔力が必要で私には仕えないのだが貴方なら楽に満たせる筈)

(お断りします。そのような方法は響殿も認めないでしょう)

(言われるまでも無く響の反対はわかっている。だが、わかるだろう?ここで勇者の脱落はあってはならない。ある意味で智樹殿の判断は響よりも正しく大人だ)

(ぐ!それは、確かに……)

勇者、音無響は今失われてはならない存在。勇者としての戦闘力を差し引いても、そのカリスマも考え方も、時に何気無い言葉から得られる閃きも。何もかも王国に必要な存在だった。

(だから、頼む。私に響を助けさせて欲しい。貴方も、家族と生きて再会したいだろう?)

(!?その台詞は、卑怯ですよナバール殿。……どちらをお使いになるお心算なんですか?)

(ありがとう!せっかくだから両方使うさ。バラでギリギリまで戦って死神で決める)

(両、方。貴女はそこまで覚悟を……。良いでしょう、私の全力でお手伝いします。合図で皆を連れて一気に、反応する間も無い速度で軍を振り切って見せます)

(最後のお願いは既にご承知か。有難い、本当に……有難い)

ナバールが巨人の攻撃の回避を機に前衛からベルダの構えるやや後方まで下がる。

「済まない響、ベルダ。ちょっとした策を思いついたので少し任せても良いか!」

「ナバール!この化け物二人で捌けって言うならよっぽど自信があるんでしょうね!?」

「鬼、貴女は鬼だ!」

当然文句が二人から次々に吐かれる。その言葉は期待に満ちた表情からで、本当の反対では無かった。ナバールは二人の態度に笑顔になる。戦場で滅多に笑わない彼女には珍しいことだった。

「少しだけだ、頼んだぞ!」

ウーディ、チヤの控える後衛に下がるナバール。ウーディは張り詰めた覚悟の表情。チヤは純粋にやる気に満ちた顔だ。ナバールは両名の顔を見て尚、どこか穏やかに笑ったままだ。

「ウーディ殿、頼む」

腰の携帯袋からコインと同程度の大きさの土色の物体を取り出す。砂漠の薔薇と呼ばれる物が小さくなったような形状だ。

続いて一枚の札。厚みがあり、布を思わせる生地に何か紋様が刻まれている。

ウーディは出された二つのアイテムに眉をひそめ、大きく息を吐いた。二つともが、ナバールが先に言った物に相違なく偽者でもないと判断したからである。

「あ、あの!私は何をすれば?」

チヤが状況に追いつけずに訳知り顔でやりとりする二人に自分の役割を聞く。

まだ幼いというのに、二人になった巨人に対峙する仲間に気を配りながらこうやって話が出来る。チヤ自身はまだわかっていないが、これも相当な成長だった。

長いと邪魔になるからと髪も短く切り、ナバールに剣を習い、ウーディから魔法も習っている。姉のように慕う響を見て、彼女とずっと歩きたいと感じた彼女なりの頑張り。実戦を繰り返しながらのそれはチヤの中で順調に育っている。

「チヤは、いいんだ。あの二人を……」

「いえ。チヤ、ナバール殿に全力で支援を。しばらく掛け直しが必要ない強力な魔法を掛けてください」

「わ、わかりました!!」

「……ウーディ殿」

「さて、後はローズサインですか。札はどうやって忍ばせるのですか」

「柄に巻く」

「では固定化もしておきましょう。起動キーは覚えていますね?」

「流石に笑えない冗談だ。問題無いとも」

場を和ませようとでもしたのか、他愛も無い質問をするパーティの魔術師に笑みを苦笑に変える。

「……冗談の気は無かったのですがね。一世一代の舞台に向かうなら万が一も気にするべきですよ」

ウーディの手から魔力が流れナバールの手にあった土色のアイテムが液状に溶けて彼女の中に吸い込まれる。

チヤの気合の入った支援魔法も掛け終わる。

ナバールは身に溢れてくる力に肩を震わせた。最初はチヤの支援魔法の効力かと思ったが、際限無くこちらの都合も無視して高まる暴力的な力は彼女の魔法ではないと断ずる。

「発動を確認しました。スタートです」

ウーディの事務的で硬い声がナバールの耳に届く。言われるまでも無く既に彼女の目は戦場を、イオを捉えていた。

その白い髪が風に揺れて首筋が露になる。首の横側に何かついていた。真紅の色をした薔薇を模した模様。

「……ローズサイン。出来れば身内に見たくは無いものでしたよ」

「……ウーディ殿、これは私の願いだ。そのような顔をされるな。では……参る!」

駆け出すナバールの全身からうっすらと輝きが放たれている。本来美しくさえある姿に、ウーディは痛々しい泣きそうな雰囲気を出して見守る。

「あの、策って何だったんですか?」

「必殺技を使う準備みたいなものです」

「凄い!ナバールさん、そんな技を使えたんですね!!」

無邪気に喜ぶチヤにウーディは少しだけ魔法を練る準備を止めて天を仰いだ。

「……ええ。一度限りのね」

小さく。

その声が闇に溶けた。
次で勇者終わりです。

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