「智樹、岩橋智樹!待ちなさい、話を聞いてなかったの!?」
「話なら全部聞いて理解してる!相手が一番油断してるのはこっちの後衛がのろのろ下がっている今だ!道なら開いてやるから黙ってろ!」
先行する竜を響たちが追う。
「後退が終わってないのに戦闘なんて仕掛けたら部隊への被害が広がるだけよ!既に相手は展開して待っているのよ、油断なんてそこまで期待できるわけないでしょう!」
「少しでもありゃ、それでいい!戦場にいるんだ、死ぬのは皆覚悟してる!響さん、あんた甘いよ!」
「ふざけないで!自軍の混乱も深めて何になるの!そんな状況で開いた脱出口なんてどれだけの部隊が利用できると」
「ああもう!五月蝿いんだよ!まだわからないのかよ!勇者って看板が助かるのと!ここで多少多くの人が助かるのと!どっちが有益かなんてわかりきってる!俺らは特別なんだよ!選ばれた人間なの!あんたが死にたいって言うなら好きにすりゃいいよ。そんな自己満足どうでもいいね。リミアも纏めて俺が勇者してやるから安心しなよ!」
だが響達は後退する後衛部隊を縫っての移動、智樹は竜に乗っての空中移動。その差は元々のスピードもあってぐんぐん開く。
もう、言葉も通らない。彼らの通った後は焼け焦げた残骸があるだけ。戦いながらの行軍とは比べ物にならない速度とはいえ、竜と人の差は埋められない。
「何て奴。兵を鼓舞し、自ら先頭に立ち旗手になることこそ勇者の在り方ってものじゃないの?何が何でも自分だけは助かるのが優先なんて、私認めないわよ」
「だが、智樹殿の言うことにも一理ある。この戦いでお前が失われれば、それは響の犠牲で救われる数百の兵よりも遥かな損失だ」
「ナバール黙って。それ以上は聞きたくない。聞かない。貴方とまだ相棒でいたいから」
「響殿……」
ベルダの言葉にも響は首を横に振る。
「あの勇者の在り方も一つ。そう言いたいのはわかったわ。絶対に生きて帰るのが役目ってね。でも私は嫌。それに、死中に活ありとも言うわ。敵の将軍と戦っている最中、どこかに切れ目が出来るようなら一気に抜け出る。そうも考えているわ。虫の良い話だとは思うけどね」
あまりにも希望的な観測だとは思うが、それでも全く絶望的だとは自らの口から言いたくも無い。まともな偵察状況は伝わってこないのだ。それならせめてこの位の希望は持ちたい。現代に育った響の甘さでもある。
「貧乏くじ、には変わりないが。誰かがやらねば、魔将に統率された軍に残った軍が囲まれる恐れもあります。それが勇者の役割だと言われれば、それも確かに納得できますな。やれやれ」
ウーディ。響の在り様にも勇者を見出したのか、彼もこの先を覚悟したようだ。
「私、頑張るよ。この前みたいに途中で倒れちゃったりしないから!」
チヤ。黒蜘蛛との一戦で響を残してドロップアウトしてしまった過去を思い出し気合を入れている。
「済まなかった、私の選んだ勇者は響だ。最後まで付き合おう」
「私も、あの時のように無様に潰されはしませんとも。何、五人で災害を押し返したのです。魔将ごとき、どうとでもなります」
そしてナバールにベルダ。
圧倒的な火力で魔王軍を焼き尽くしながら中程で速度を緩める智樹たちを確認する響。
待っている心算か、ただ手間取っているだけか。どちらにせよ、あの勇者の在り方は認めない。響はそう決めた。
一段と速度を上げて緩やかな下りを走る彼女は、王国の伝令兵の姿を目に止めて彼の所に駆け寄る。
「こ、これは勇者様!!ただいま指示通り全軍を後退させております!」
天上人である勇者に肩を叩かれたことに感激して、伝令兵の青年は直立不動で敬礼を返す。
「ご苦労様。変更続きで申し訳ないけど、各部隊の将軍にもう一回伝令を回して。後退を止めて速やかに再編、私たちと……グリトニアの勇者が活路を開くから後に続け、とね」
「それは」
「わかってるわ。そんなにころころ動きを変えられるわけじゃないってね。でもお願い。後、帝国にも同じ事を伝えてあげて。こんな状況よ、王国も帝国も無い。絶対に、切り抜けるの」
「……はっ、了解しました!」
大きく息を吸い、そしてゆっくりと吐き出す。
急ぎ伝令を広めるべく駆ける青年の背を見ていた響は深呼吸を一つ。
静かに目を閉じて、呼吸の再開よりも先に開く。剣道で強敵との試合の前、いつもしていた癖。
「行くわ!」
智樹が開いた屍の道を響たちが駆け抜ける。悔しいが、この殲滅力は確かに特筆に価すると彼女も思う。響には出来ない芸当だ。少なくともこの短時間には無理だ。
モーラが呼んだ竜の機動力に、ギネビアの騎乗する竜さえも守る堅牢な防御、それに神器も含む智樹の高火力、そしてギネビアの防御と智樹の火力を支援するユキナツのレプリカ群と、彼女の錬金術で乱造されるゴーレムたち。
魔族の張る障壁を叩き壊して余剰する火力で突き進む姿は凄まじい。平均的な兵卒の展開できる障壁が役に立たない以上、彼らを止められるのはそれだけの力を持った者だけということになる。つまり今の魔族の兵隊相手には彼らは無双の活躍ができる。
その男がただ自身の無事を得る為に退路を作っていることに、この戦場のどれだけの者が違和感を感じるのだろう。響は既に遠く離れたその背を見てふと思った。
「これで、ラストォ!」
四腕の将軍の前にいたやや高級そうな装備を持った部隊さえ、智樹の槍が放つ強化された薙ぎ払いの光になす術もなく焼かれていく。追撃に放たれたナギのブレスも、近づこうとした兵を切り刻む。見えざる風の刃を吐いているようだ。
飛竜に組み付いて動きを阻害しようと試みる者はゴーレムが蹴散らす。人、獣様々な形をした命無き人形がナギへの接近さえ許さない。
「無粋な勇者もいたものだな。徒に暴れる童子のようだ」
組まれた腕を解くと、薄紫の肌の巨人が拳を作る。三メートルほどの肉体は彼が巨人族としては小柄であることを示していたが、その身体に詰まった筋肉と、滲み出てくる威圧感が体格通りの落伍者ではなく将軍たる立場に相応しい魔族であることを知らせている。
勇者に向けられる言葉にも重みがある。静かで重い。作られた四つの拳の存在感もかなりのものだった。
「無粋とかわかんねえよ!実戦で素手とか頭沸いてるんじゃねえのオタク!」
挨拶代わりに放たれる光。
「むんっ!!」
闇を裂く光を腕の一つで殴りつけて迎撃する魔将。
衝突を迎えて光が掻き消える。だが、その迎撃に使った腕もまた黒く焦げ、原型を失ってしまっている。
「……流石に一撃ってわけにはいかねえな。ま。あんたの相手は別だ。俺はこれでさよならさ。戦っても絶対に負けないが約束は守らないとな!」
余裕満々の智樹らは方向を変更して魔将の抑える正面を避けて左側の部隊に攻撃を始める。
「そうはさせぬよ!……む!」
智樹への追撃に移ろうとする魔将だったが、何かを感じて智樹達が通ってきた道を見据える。
赤光を纏った三日月型の何かが迫ってくる。まるで智樹の乗る竜を追いかけるように。
「ほう、こちらは武人のようだな。言葉を覚えた甲斐があるか」
面白そうに呟くと魔将は赤い攻撃を腕の一つで消し飛ばす。剣に赤い光を纏わせる響の姿が見える。この力の衝突では、彼の腕に傷ひとつ無い。智樹と響の間にある攻撃力の差だった。
「お待たせしたかしら。先に来た連れが失礼をしたなら謝るけど?」
もう先に進む男勇者は眼中に無いのか、顔に獰猛な笑みを浮かべたまま響の到着を待つ様子は実に堂々としている。
「いや、実にヒューマンらしい勇者であったよ。言葉は通じても会話が出来ぬのだからな」
痛烈な皮肉。
「それをヒューマンの当然の反応と取られるのも癪だわ」
「ならば君が証明したまえ、ただし。言葉では無く、その実力でな」
拳を前に出す巨人に、響も彼の顔を見上げバスタードソードを構える。
「勿論そうさせてもらうわ。リミア王国勇者、音無響よ」
「これはこれは丁寧に。私は魔王軍第三団将軍デミギガントのイオだ」
響の名乗りに一瞬目を見開いた魔将が応えるように自らの所属を名乗り返す。
「多勢に無勢、それでも勝たせてもらう。これでも、災害を退けたこともあるんだから」
「蜘蛛か。報告は聞いている。中々にやるようだな。それと、多勢に無勢は思い違いだ。勇者殿たち一行に触れるのは私だけだと約束しよう」
「っ!?ちょっと、あいつに腕一本焼かれて、それでもそんなこと言う訳?」
恐らく使い物にならないであろう黒くなった腕を見た彼女は驚きに動きを止める。
「ん、ああこんなものハンデにもならん。ふんっ」
黒く焦げた腕に細かなヒビが入る。腕を一振りするとその黒く焦げた皮膚が払われて何事も無い腕が現れた。
「……高速再生、ってやつ?」
「その通り。もっとも、黒蜘蛛程のデタラメなものでは無いのでご期待には添えないかもしれないがね」
「嫌なものを思い出させてくれるわね。それに色々知ってるみたいだし、随分な罠を仕込んでくれるし!」
「何、今回は色々と、押し付けられたものも多くてな。私一人の一存で戦っているわけでも無いのだよ。あの罠などは策士を気取る女狐の仕業だ」
ややばつの悪そうに響の嫌味に申し訳無さそうに弁解するイオ。再生能力は別に嫌がらせで所有しているわけではなく生まれつきであり、策は別人が仕込んだもの。
彼自身は正々堂々力の限りに戦うのを良しとする、良くも悪くも武人だった。
「責任は別の奴にあるってわけ?汚いんじゃない?」
「ふふふ、挑発か?別に責任逃れなどしない。それに私は今のところ数万のヒューマンを撃退した英雄になる予定なのだぞ?功をも逃す事をする必要も無かろう。それなりの立場で部下を得れば、己自身の欲望のままには戦えぬ。ただそう言ったまでよ」
響の言葉を軽く流すと。イオはその野太い指に嵌められたシンプルだが品の良い指輪を見せる。
「なに?結婚指輪?」
「いやいや、面白い冗談だな。だが私は独り身だよ。これは先程言った押し付けられた物の一つでな。勇者を射程に含めて使うように言われておるのよ。今なら二人とも入るし丁度良かろうさ。ghjkop\kkjjgf」
彼の意味不明な言葉が発されるのを合図に、指輪が土くれで作られた代物だったように崩れ去る。
「っ、何?」
身体から力が抜けていく。祝福から感じていた能力の強化が、彼女の身体から抜け落ちていく。それどころか、彼女を守る様に寄り添っていた狼が薄れて、そして消えた。
「ほう。本当に効果が出るか。これはいよいよ我らの世界が見えたかもしれぬな」
狼の消失を見た巨人がその目を大きく開いて満足げに笑みを作る。
「なにを、したの?」
「お前らの祝福をな、消してみたのよ。ごく短時間しか有効では無いようなのだがな。眉唾だったが成功したようだ。素晴らしいことよ」
「仮にも神の力を、そんな指輪ひとつで!?」
「馬鹿げた費用と使い捨てで、限られた状況でなら何とか可能だという不完全さだがな。大体、四倍の呪い、など。我らがいつまでも指を咥えたままでいると思う方が不思議ではないか?第一、この戦いで我らの力が半減でもしていたように思っていたのか。悪いが呪いについては既に対策は出来ている。十年前と同じ相手を想定するなど愚者でもせんぞ?」
「う」
確かに。もしも自分が常に四倍の差をつけられるのなら、先ずそこから手をつけようとするだろうと響も思う。
「さあ、ヒビキとやら。始めよう。見せてくれ勇者の力を。魔王様に届き得る力なのかを私に示せ!」
心底楽しそうな声が戦場に響き渡る。
返事代わりに響が、ナバールが駆ける。撤退さえ困難な状況の中、魔将と勇者の戦いが始まった。
「響、あいつ何やってるんだ!」
智樹の焦った声が戦場を飛ぶ竜の上から聞こえる。
突然に身体が重くなった。いつもより、少し重く感じる位にまで制限がかかっている。だが大切なのはそこではない。全く自分に反応しなくなった槍と靴、それに鎧が問題であった。
ネックレスと倉庫代わりの指輪は起動できる。だが他がまるで反応しない。重さも感じず、各種優れた防御効果を発揮してきた鎧がただの重い鎧になっている。こうなると下地のラバースーツさえ密着感が気持ち悪い。
指輪から呼んだ武器も殆どが沈黙したまま。反応したのは細身の剣一本だけ。
ほとんど近接戦をこなさない彼にとってあまり意味のある装備ではない。少なくとも騎乗状態で使える武器ではなかった。
おそらくこの異常を生み出したのはあの魔将。となると、食い止めている筈の響の不手際ということになる。
(女神の力が封じられてるのか!?神の力なんてこんな序盤のボスが妨害できていいのかよ!?つか、女神からもらった力が使えないかもしれないなら、何か?魔眼もやばいのか!?すぐにここから離れないと!)
だがそこまで考えて智樹は、もっと重大な事実に気付く。女神の加護が失われたのだとすると最も重要な前提が崩れるかもしれないことに。天を見つめる智樹。
(まさか、まさかまさかまさか!今俺って、不死状態も解除されてる!?)
智樹から血の気が引く。
冗談では無かった。もしそうだとすると夜を選んだ意味も全く無くなる。最悪の場合でも夜ならば自分は不死であるという特典があるからこそ、この大規模な作戦への参加を決めたのだ。
確証は無い。だが推論で十分だった。今の彼はもしかしたら流れ弾一つで死ぬかもしれないのだ、という。
死の恐怖が彼を支配していく。
(駄目だ、こんな所にいたら死ぬ!だけど、今焦って戻ったりしたら疑われるか?……どうせ、今まで散々上げてきた好感度だ、強引に撤退して最悪今いくらか下がったところでこの状態から解放さえされればすぐに取り戻せる。ナギだって死んだら次のを捕まえてやれば良いんだ。無理にでも後退しなきゃ!)
強気な思考が、死を感じただけで一気に弱気に変わっていく。
死を遠ざけて最強クラスの装備に身を包んでようやく戦場で強気に振舞ってきた彼だ。レベルが高かろうと、それに見合うだけの死線はくぐっていない。この反応も、無理の無いことだ。
これまでも被弾の可能性のある状況では月夜にしか出撃していない。
「智樹、どうした?」
「ギネビア、状況が変わった!すぐにでもリリの所に戻る!」
彼の身を案じたギネビアに智樹は怒鳴り声を返す。
「だ、だけど響達はどうするの?それに帝国軍の皆も……援護くらいならまだ安全に出切ると思うんだけど」
「黙れユキナツ!リリの身が心配なんだ、嫌な予感がするんだ、とにかく急げ!ナギ、急げ!」
嘘だ、リリの事も嫌な予感も。彼は今、自分の安全をひたすらに願っている。
「お兄ちゃん……」
突然の彼の変貌にモーラも言葉を失ってただただ呟く。こんな彼は初めてだった。
気が触れたように帰還を口にし始めた智樹に三人の仲間は不審を覚える。だが、一度は智樹の方針に従って脱出を決めていた三人だ。それが早まったり強引になったとて、今更断れるものでもない。
「急げ!早くここから離れるんだよ!」
「わ、わかった。ナギ、一気に抜けるよ!頑張って!」
「仕方ない、智樹は落ち着くまで戦えそうにないし、ギネビア頼むわよ。あーもう!!私も大赤字覚悟でレプリカもゴーレムも大放出する!」
「了解だ!」
虜に近いレベルまで魔眼に染められた三人だ。今、その呪縛が一時的に解けたとて、それまでに蓄積された効果は身を縛る。智樹の思惑通り、散々に高められた愛情が彼女たちを縛っている。
響らがイオとの激戦を続ける中、グリトニアの英雄は敵陣を抜け帝国軍の野営地へ、リリ皇女の待つであろう天幕に翻って行った。
敵陣さえ越えれば、後の妨害は無かった。どうやら魔王軍は進軍した連合軍の後ろに展開はしても後方の支配までは出来て無かったようだ。
野営地から出撃したと思われる一軍との接触まで、さしたる時間を必要とはしなかった。
「智樹様、ご無事でしたか!ああ、良かった!!」
傷つきながらようやく目的地に到着出来たナギも疲れ果てたように羽を畳むことも出来ず大地に伏した。そこから降りてきた一行の中に目当ての勇者を見つけた皇女は真っ先に智樹の下へ駆けつけ、そして抱擁と帰還を喜ぶ言葉で迎えた。
智樹の体が死から逃れた安堵で力を失う。汗が一気に吹き出てきて震えが止まらなくなる。
「皇女、このような失態、申し訳ありません!」
ギネビアは膝を突き抱擁を続けるリリに謝罪する。勝利を約束して出撃したというのに自分達だけが帰還する、何という無様か。
「ギネビア、状況の報告をまとめなさい。天幕に来て。誰か!モーラの竜の世話を。可哀相に大分弱っているわ。モーラ、みんなを救ってくれてありがとう」
「って、ちょっと!私には何かないの!?」
ユキナツだ。てきぱきと指示した癖に自分に何も言ってくれないのに相手は皇女にも拘らず突っ込みを入れる。関係の近しさを思わせる様子だった。
「ユキナツ、その様子だと、相当な散財になったみたいね。でもお金より仲間を選んでくれて嬉しいわよ?目録をくれたら全額私がみるから安心して。貴女はゆっくり休んで」
「散財はこの際どうでも良いわ。それよりもこの作戦全体の指示が必要な局面なの、リリ、やれる?」
ユキナツの真面目な様子にギネビアも顔を上げて同意する。
「わかっているわ。そのために出てきたのよ。結局、すぐ戻ることになったけれど。智樹様、さ、戻りましょう。私にも何があったのか教えてください」
リリは戦場を一瞥する。そしてすぐに身を返すと野営地へと戻った。
ギネビアからの報告を聞きながら、リリは智樹を宥め、励まし、慰め、あやし。彼の口からも戦況を確認していく。
(完全な負け戦になったわね。そうなると、帝国が如何に損害を出さずに退くかが重要。幸い、王国の勇者はまだ戦ってるみたいだから、ここは王国軍に殿をやってもらって盾として使わせてもらいましょうか。王国の力も削げるし、丁度良いわ。欲を言えばここでリミアの勇者には死んでもらえると戦後も楽になるのだけど……。これは欲張りすぎか。何とか勇者も壊れずに戻ってきたのだし、魔族の出方と戦術も少しはわかった。収穫は十分ね。元々今回は勝てなくても良かったんだしこれで良しとしましょう。それに今頃王国は……ふふふ)
「智樹様、大変でございましたね。私の情報収集が甘かった所為で辛い目に遭わせてしまって本当に御免なさい!」
「リリ。良いよ、リミアだって何もわかってなかったんだ。それより、俺リミアの勇者と共闘すべきだったかな。やっぱり二人の方が勝つ可能性も上がったかも」
「いいえ!愚かなのは響とかいう勇者モドキです。勇者たる者、在り続けることこそが希望。途中で自己満足で死ぬなど、ただの使命の放棄です。智樹様は特別な方。万の兵士の犠牲で助かるなら安い物です。正しい判断ですわ、どうか自信を持ってくださいませ」
「……そうか。そうだよな!俺が死んだらなんにもならないもんな!ありがとうリリ、俺、自信持つよ。んでもっと強くなる!!」
「ええ、存分に強くなられませ。リリは智樹様のお望みのまま、ずっとお傍にいますから」
(女神の加護を押さえ込まれると現状コレに利用価値は殆ど無い。元々扱える魔法具の相性を見て、神槍と同じくらいの練度で扱える武器を増やすべきね。使えもしない武器を指輪にしまっていても邪魔なのだし。世話の焼ける。少なくとも今回のような無様な姿を見せるのは論外、後始末も大変だわ。あれだけ恵まれた環境と装備、それにレベルを与えて尚、みっともなく震える。女神のくれた勇者は、本当に屑ね)
もう一度智樹を深く抱きしめる。うっすらと開かれた目はおよそ仲間の三人には無い冷たい光を潜ませたまま。
(帝国の兵で勇者の無様を直接見たのは大抵があそこで死ぬでしょう。万が一戻るようなら実験用に。そうすれば結果は同じ。沈黙が得られる。銃はどうも暴発が多くて完成には人がたくさん必要ですもの。どれだけいて困ることも無い。ステラは後三ヶ月、いえ半年程は寝かせておきますか。例えあちらの作戦とはいえ、一時砦の開門寸前まで攻め入ったのは事実。こちらの良い様に話せば、その位の時間稼ぎは出来る)
リリは考えを纏める。
ステラ砦奪還戦は失敗。足止めを自ら買って出てくれたリミアの勇者の好意に甘え、帝国軍は戦線を離脱。王国軍は勇者が脱出してくるのを待ちつつ殿を務めて後退。魔族の卑怯な策を辛くも逃れたグリトニアの勇者は国民に詫び、再起を約束する。
これを、今作戦の結果としよう。皇女はそう結論付け、事実とすべく自軍の情報を操作、王国の将兵への連絡をつけて撤退の手順を決めていく。
情報が錯綜して前線と連絡がつかないのを良い事に、唯一帰還したグリトニアの勇者一行のもたらしたという情報を武器に皇女の暗躍はあっという間に効果をあげる。
リミアにおける響の行いが完全に裏目に出ていた。勇者から直接もたらされた情報に偽りは無い、という考えで帝国の皇女から伝えられた情報を受け取ったリミアの将兵は、嘆き悲しみながら響の決断を讃え、喜んで殿を引き受けた。それどころか、一部の部隊の若者は決起隊として彼女の救出をも試みようと上官に許可を求めていた。リリ皇女も、大勢に問題無い範囲で何が起ころうと構わないのか、それとも否定することで不要な疑念を持たれたくないからか勇敢な青年の言葉に感じ入るように涙し、ただ肯定した。
かくして、空も白みだした頃。連合軍の撤退が始まった。
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