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二章 ロッツガルド邂逅編
二人の旅立ちは豪雨で始まる
二人は異変に気付いた。

その、喪失感を伴う大きな異変は突然訪れた。

真が学園都市に旅立って三日目のことだ。

いきなり真との繋がりが絶たれた。

だが身に異変は無い。契約は継続されている。それでも相当な異常事態に違いは無い。

「なんじゃ!?」

「若様!!」

巴と澪は互いを見合い、その感覚が自分だけのものであるかどうかを確かめる。どうやら、お互いが同じ状況であることを把握する。

ここはツィーゲからはやや離れた細い街道。一路海を目指してのんびりと旅をしている途中であった。まだ出発した当日で街からの距離は然程に離れていない。

港町までの距離を測ると同時に可能なら霧の中継地を作る。道中を歩き、点在する村の情報や地理情報を集め、周辺の地図を正確に作成する。それなりの目的はあるものの、この二人にとっては物見遊山の性格も強い旅である。

ただし、彼女たちとの合流を前提に各方向に放たれた森鬼たちにとっては真剣なミッションである。彼らは道なき道を敢えて進み、周辺の情報をくまなく収集しながら巴と澪に先行して今日の宿泊予定地を目指していた。

「澪、お前も感じたか!?」

「ええ、若様の存在が全く!」

真には実は明らかにしていないが、契約を結んだ相手が今どこにいるか、その大体の位置は実はわかる。巴も澪も、基本真の方から亜空に来る機会を除いては旅路の邪魔をしないように接触はしていないものの、主人の位置は常に大体把握していたりした。

今日中には、学園都市に入るだろう場所にいると識からの直接報告も受けている。この二つの情報で二人は、というか主に澪は何とか真の不在を慰めていたりした。

(巴殿、澪殿、聞こえますか!?ライ、いえ真様が消えてしまわれました!!)

丁度良いタイミングで真に同行した新参の従者である識から念話が届く。巴、澪両名から真への念話は反応が無い。届いてさえいないのがわかった。それだけにこの識からの報告は有難かった。

(消えた?どういうことじゃ。識落ち着け、わかるように詳しく話せ)

(識、識!若様は!?若様は!?)

(ええい、澪。少し黙らんか。今それを聞く。お前が五月蝿いと前に進まん!)

新たに現れた情報源に澪は一番聞きたいことをぶつけてしまう。だが話の様子から向こうもまた冷静ではないと感じた巴は気持ちを抑え込んで澪を窘める。

(識、消えたと言ったな。まずお前は今どこじゃ?)

(私は、学園都市まで後転移二回の場所にあるフェリカという街の転移陣です。ここに到着したら真様がいないのです。陣に控えている係に聞いても私より先に来てはいないということで、そうしたらいきなりその感じていた真様の気配というか繋がりがいきなり断ち切られまして、その!)

識が狼狽している様子は珍しい。元は研究者という面があるのか、彼は比較的落ち着いた態度で事態を冷静に見ることができる性格だった。そんな彼でも一緒に陣に入った主が突然姿を消す事態には慌てふためくようだった。

(前の転移陣には一緒に入ったのだな?)

(はい、それは間違いなく)

(うん、そうか。若との繋がり、儂らも失っておる。だが姿が契約前に戻ったりはしていない。つまり若の身は健在ということ。無理な話なのは重々承知じゃが、それでも気を落ち着かせよ。儂らには文字通り突然のこと。何もわからぬし、予想もつかぬ。お前が頼りなんじゃ)

巴はまず識を落ち着かせて説明をしてもらおうとゆっくりと言い含めるように言葉を伝える。逸る心を無理矢理に抑えて普通を装うのは、巴にしてもかなり堪える行為だった。

(は、はい)

(良いか?消えたのは確かに突然かもしれん。それでも前後があろう?まず、その係は嘘を言っていないのか?)

(それは、確実です。私も狼狽しまして加減抜きで強力な催眠を扱いました。後遺症がでるかもしれませんが得られた情報は嘘ではないと)

識の言葉が若干だが落ちついたものになる。慌てるままに手加減抜きの催眠魔法などをヒューマンに使う辺り、かなり必死だったのだろうと伺える。

(そうか、なら前の転移陣では何かあったか?)

だが巴も彼が催眠を用いたことにも後遺症が残るかもという言葉にも突っ込まない。着いた先に疑う点が無いのなら、問題はその前。

(前。前といわれても、転移の陣は全く普通で何も仕掛けられていませんでした。二人で一緒に入って、いつもの様に光に包まれて……)

(識!とにかく若様を探しなさい!今すぐ!その街の中にはいないの!?)

何とか自重して黙っていた澪が堪えきれずに食って掛かる。巴が識に話している最中も、足は落ち着かずにこつこつと地を打ち、右手の爪を噛んでいた。真の行方が知れないのが多大なストレスになっているのは明白だった。

(澪!もう少しじゃから大人しくせい!識。どうじゃ、何も思い浮かばんか?)

(光、光に包まれて。……そういえば!!)

(うむ!何があった?)

(光が若干ですが金色に変化した気がします。後、その時に僅かですがノイズのような何かが。若様も顔を上げたような仕草をされたので同じ異変を感じられたのかと。それでフェリカに着いた時には真様はおらず、私が無事についていることからも転移の事故ではありません。それで恥ずかしながら我を忘れました次第で)

金色。

その色を存在として持つのはこの世界で巴の知る限りで二つしかいない。一つは同じ上位竜。そしてもう一つは、女神。金は特殊な魔力色の一つだ。個の魔力の色として宿る事は通常有り得ない。

(金、金か。その色の変化に力は感じたか?)

(いえ、特には。それに極一瞬のことでしたから)

人の作った転移陣とはいえ、その出来はそれなりに優れたものだった。巴は真が利用する前に転移陣の様式や仕組みを見て安全を確認していたからそれがわかる。

その術に、発動後に一瞬で割込み、二人の転移者の内一人だけを攫うことが可能だと仮定すると、その力は相当な物だ。魔力量もさることながら魔法への理解も深い。

(識、今からその転移陣の魔力の残滓から異変を探れそうか?)

(いえ、それは難しいです。もう、次の利用者の受容準備に入っていますから)

(そうか。なら特定は、難しいか。識、お前はそのまま学園に向かえ。若の提出する書類、お前が持っている筈だな?それを先に出しておけ。後、お前が学園におれば若ならそちらに飛べる。再びツィーゲから転移してはいらぬ疑いを生む)

(え、ええ。いや巴殿。真様の安否さえわからぬのに私だけ先に行くなど……!)

(そうですよ、巴さん!識は若様の一番近くにいたんですよ!?何を考えているんです!?)

澪の反論ももっともだ。巴の指示は状況に即していないように思われた。

(澪、若は攫われたと見るべきじゃ。その相手はおそらくじゃが二人まで絞れる)

(!?なんと)

識は巴の言葉に驚きを返す。

(勿論、識の言う金色の光とノイズのような何か、が状況に関係していると仮定しての場合じゃがな。儂らにはこれ以上推理できる材料も無いし、このまま何もせずに茫洋としている訳にもいかぬ)

(当然です!)

澪は力強い言葉で巴の言葉に賛同する。事実、ただ事態を見守るなど彼女に出来よう筈も無い。

(若との契約自体は無事だということから、攫われた先にて我らとの繋がり、外部との魔力の接続を拒む何らかの妨害が行われていると考えるべきじゃ。金から儂が連想できるのは二つ。一つは『万色』と呼ばれる上位竜ルト。もう一つは……女神じゃ)

本来の巴ならばもっと様々な場合を想定し、深慮した上で可能性を絞っていただろう。それだけ彼女の視野も狭まっている。

(上位竜に、神、ですか。確かに金色の魔力や存在は私にも神くらいしか浮かびません。ですが、本当に女神がこのような真似をするとは……)

識の中における神の姿は、少なくともこのような無体な暴挙を働くものではない。金色に変化したと感じたのさえ一瞬で、彼に神の干渉を疑う考えは無かった。

(ルトへは儂が連絡をつける。だがもしも女神の仕業なら、残念じゃが儂らに今出来ることは殆ど無くなる)

巴の歯噛みするような悔しさを滲ませた言葉。

(そんな!?)

(じゃから、識は学園に行っておれ。すぐに亜空にも来れぬお主は後に備えることしか出来ん。歯痒かろうがな)

(ぐ、むううう。しかし!近辺を探るなどしてはいけませんか!?まだ女神の仕業と決まったわけでもありません!!)

(それは……いや、そうじゃな。理のみで考えるも良くないか。わかった、フェリカの周辺を探れ、終わったら今度は学園の周囲を探ると良い)

(わかりました!)

識は念話を断ち切って行動を開始したようだ。すぐに彼との意志の繋がりが切れるのを巴と澪は感じた。

「澪、聞いての通りじゃ。儂はルトの元に急ぐ。じゃからお前は亜空に居て欲しい」

「私も巴さんと行きますわ!その竜の仕業ならばこの手で己の愚行を思い知らせてやらないと!」

「駄目じゃ」

「嫌です!どうして!」

「……もしも。女神の仕業なら悔しいが現状で儂らが出来ることはない。妨害までされてどこにおられるかわからねば追って加勢することも出来ぬ。正直、その場合で出来るのは若ご自身が儂らを呼んで下さるか自力で脱出して下さることを祈るのみ。またしても課題が見えるが、既に起こってしまっては今はどうしようもない」

だが、真自身が自分達を呼ぶのが不可能であるのは、従者の三人ともが理解している。可能ならば既に召喚され主人の身に迫った脅威に相対している筈なのだから。

「ご自分で神から?」

澪が悲壮な表情で巴を見る。

「若がご自分で脱出されるとしたら、その先はまず亜空。傷ついておられるかもしれない若を介抱する者が必要になろうよ。識がいれば一番じゃが、聞いた所では相当遠い。儂よりはお前の方が回復に長けておるしな。頼む」

「巴さん……」

頼む。そう言った巴の手も痛いほどに強く握りこまれているのを見て取った澪は彼女の名を弱弱しい言葉で呼ぶ。巴とて真の従者、今の事態で心穏やかでいるわけは無かった。

「儂とて、正直どうにもわからぬ感情が暴れて叫びたい気分よ。本当は三日かけても識を呼び戻して回復に備えるべきかもしれぬ。じゃが、一方で儂の仮定が全て間違っていて若がフェリカ周辺にいてくださるかもと願ってもおる」

「……」

「怖いよ、どうしようもなく。真様を失うことがな。それも、こんな形でなぞ到底納得もできぬ。もし、ルトが真様を攫った張本人なら事情は問答無用で血祭りにして若と帰ってくるさ。例え相手が元の階位で格上だろうと知ったことか」

巴が珍しく、真を様付けで呼ぶ。

「わかりました。私、若様を亜空で待ちます。もし戻られたら、その時は」

「ああ、すぐに知らせよ。瞬時に戻る。ふふ、澪の言う様になってくれるのが一番嬉しいことだが、そうなると識は待ちぼうけになってしまうな」

「新参の癖に若様のお供をさせてもらっているんですもの。我慢してもらいますわ」

無理があるのは承知で、それでも巴と澪は笑ってみせる。自分の主人を信頼して待つ、それはとても辛いことだ。信頼して待つ、とは聞こえは良いが、要は手を出さず経緯を見守るということでもあるから。だから不安を打ち消す為に二人は笑って見せた。

巴が生んだ霧の門をくぐる澪の祈るような苦悶の表情が彼女たちの状況を雄弁に物語る。

「若、どうかご無事で」

格上だった竜に挑むことよりも己の主人を案じた巴もまた、霧に溶けその場から消えた。
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