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二章 ロッツガルド邂逅編
旅立つ背を見て
「行ったか。久々に慌しい日々だったな」

自慢の髭に手を当てて壮年の男が通路になっている城壁の上からある方向を見て言った。

ここはツィーゲの北東部。ほぼ全域を高い城壁に囲まれたこの都市だが、北東部だけは様子が違う。

北東の出口からは太い道が綺麗に舗装されて伸びている。

街を守る壁はそのまま、その大きな道を守るように両端を挟んで伸び続けている。その長さは遥か彼方にまで続き、果ては見えない。

名を黄金街道という、この世界で最高に安全で最高に高価な道だ。数十メートルに及ぶ幅の道が高い壁に守られて続く。街道は南端をツィーゲ、北端を帝国の交易都市ロビンとし、各国が共同で整備して維持されている。

この街道に出入り出来る都市は例外無く高い壁に守られ、場所によってはこの道が通るから作られ、発展した都市まである程だ。

商人が大量の物資を安全に運ぶ為、国の重要人物が安全に移動する為、念話を用いることの出来ない内容や重要な情報を記した手紙を迅速に届ける為、様々な用途でこの街道は利用されている。

使用にはそれなりの金が要求されるため、通行者に冒険者の姿はほとんどない。あっても、この街道を使って尚安全を求める奇特な人物の護衛などだった。

また、各種中継地点となる街には転移魔法陣が設置されており、転移は街道を繋ぐ街を次々に転送されていく形になっている。

今日ツィーゲを発ったライドウは、街道を歩くのではなく、転移魔法陣を乗り継ぎで遠く学園都市を目指して旅立った。だがその中継点も、目的地すらこの街道沿いにある。壮年の男と、付き従う黒服に身を包んだ男が目を向ける先に間違いなく彼はいるのだ。

「まったくです。休みなく乗り継ぎをしたとして、学園都市に付くのは三日程でしょうか」

「だろうな。しかしリサも娘たちもせめて見送り位はくればいいものを。多少、髪が短いくらいライドウ殿は気にせんと思うが」

「女性には女性の考えがおありなんでしょう」

「ふむ、そんなものか。でな、モリス」

執事である男性に話題の切り替えを求める男。その目は知己を見送る男のものでも、家族を想う父親のそれでもなかった。

「なんでしょうか?」

モリス、と呼ばれた男も察したのか幾分硬い様子で主人に応じる。

「巴殿と、澪殿な。お前から見て、どう見る?」

「力量では、どちらもお手上げですな。商売でお相手するなら澪様の方が楽でしょうが、結局後でしこりの残るやり方は出来ません。レベルに見合ったお方たちかと」

「……そうなるか。まぁ、軒先を借りる身は弁えている、と言ってくれた巴殿の言葉を信じる他は無いな。うちの店で常駐するクズノハ商会の連中についてはどうだ?」

「何度か話をした限りではドワーフの方は、職人、ですな。巴様と一緒に一度だけ見えた方は見た所ではヒューマンのようでしたが褐色の肌に赤い瞳という点を見ると亜人ではないかと思います。礼節はありますし、特に問題を起こしそうには見えませんでしたな」

「ライドウ殿はヒューマンを雇わない心算か?」

レンブラントは首をかしげる。彼が従者としている巴、澪はヒューマンのようだが、他は亜人ばかり。ドワーフといい、特徴を聞く限りでは人に近い容姿の者が多いようだがヒューマンの従業員はいないようだ。

「今のところ巴様と澪様だけのようですな。彼は様々な亜人の言葉を知るようですしコストや能力を優先的に考慮しているのかもしれません。私が話した印象ではありますが、差別というものを嫌っているように感じられました」

「能力に、コストか。確かに危険な場所柄、ツィーゲでは能力主義も受け入れられつつある。そう考えればおかしくもないのか。私自身、優秀なら亜人だろうが気にならんからな最近は」

「……いずれ、人と亜人の間で好ましくない争いが起きる時期が来るのかもしれませんが。その傾向は確かにあります」

モリスは若干の憂いを感じさせる口調で主の考えを肯定した。亜人の立場が上がりすぎればヒューマンとの間に軋轢が生まれる時が来るのではないか、彼はそこを心配していた。

「少なくともクズノハ商会は、今は起爆剤にはならんだろうがな。まだ本拠としての店も構えていない状況だ。無茶はせんよ。種火が燻るようなら巴殿たちに話をすれば良かろう。彼女らとて全くヒューマンを雇わない気ではないだろうよ」

「ええ。先ず予想される冒険者の声はお二方が抑えるでしょうから、当面は大丈夫かと存じますが」

レンブラントも、モリスも、先々でクズノハ商会に多少の憂いを持っているようだった。

「そういえばライドウ殿と先々で合流するというもう一人の従者にも会ってみたかったな。次に帰ってくるときには連れてきてくれるかな」

「我々も調べてみましたが、何処の誰なのか全くわかりませんでした。ライドウ様のことも依然何もわからずです。最早、雨後の茸の類かと疑いたくなります」

「……茸か」

「はい、得体が知れないと言う気持ちを込めて、茸です」

「……まあ、そうそう出てこられても困るレベルの御仁だ。気持ちは分からんでもない。調査の状況はそれで構わん。駄目元でやってもらっている部分もあるのだしな。ギルドへの登録やあのお二人のレベルのことで城からも問い合わせがあったが」

「!!」

城から、という主人の言葉にモリスの身に緊張が走る。アイオン王国の差し金が向けられるとなると、ライドウの動きが今後かなり制限されるのではと思ったためだ。

「問題ありません、未だ商人としてもまともに活動していない様子です。なにかわかりましたらご報告します。と型通りに送り返してやった」

「レンブラント様……」

「そんな顔をするなモリス。このような辺境にいるとな、国に帰属している意識がどうにも薄れるのだ。ツィーゲの防衛に奴らが何を果たしてくれているというのでもないしな。家族の恩人と役立たずの金食い虫では私の取る行動も知れるものだよ」

「……確かに。ここに送られる国からの役人はどれもこれも賄賂しか考えておりませんからなあ。まったく商人による自治都市のようです。ただ、このような話題は」

「わかっている。ここだけだ。いつのまにか後ろを取られでもしては敵わん」

モリスに向けて子供が悪戯をしたような幼い表情を見せるレンブラント。対してモリスは、ばつの悪そうな顔をする。

「巴様に後ろを取られた件でしたら、どうかお忘れ下さい」

失態を思い出したのか居心地の悪そうな様子になるモリス。

以前に巴を街の本屋で見かけたモリスはその腕前を確認しようと気配を消して接近を試みた事があった。

店に足を踏み入れ、さあ、後ろをと思った時に彼女の姿は無く。代わりに自分の左肩を叩かれたというわけだ。モリスは恥ずかしながらと報告したレンブラントに、大笑いされたのだ。彼女の脅威は予想を遥かに超え、可能な限り敵対するべきではないとの進言の際であった。

実際、モリスは巴と自分の実力の差が明らかに理解できた。彼女と、それ以上のレベルの澪が本気になった場合、レンブラントにとって最後の砦である自分では彼を守りきれないと判断して、主に報告した。律儀な人である。

「……戻ってきたライドウ殿は一段と手強くなっているだろうな。今回は学園のことなど聞きに来た折でも、聞かれたくない話などは勇者の話などを出せば簡単に話題を支配できたが。精神的な部分はむしろこれまで通りでいて欲しいくらいだよ」

様々な知識を仕入れて勉強したライドウは商人としての腕もあげていることだろう。側近であろう巴も優秀だ。相当に彼の商会が発展していくのではないだろうかと予想していた。

アイオンに属する気がまるで無い彼がツィーゲの街を本拠地にしないことはレンブラントにとっても有難い事だった。主な商圏が分かれるなら良きパートナーでいられるから。

それに巴と澪。

レベル四桁などレンブラントでも初めて見た。対峙するだけで相当なプレッシャーと緊張感が走る二人だ。その気になれば街一つくらいは容易に消し飛ばしかねないのだから。

逆鱗に触れれば正しくそうなるだろう。ドラゴンを招くよりもある意味で恐ろしい。

商売の席において相手が交渉しようにも、余程の胆力が無ければ彼女らの要望を丸呑みすることになるだろう。

荒野関連の依頼は、数が多いが消化率が悪いのが特徴だった。だと言うのに、巴と澪が来てからは増える一方だった冒険者ギルドの依頼掲示板も減る傾向にあるという。

ツィーゲは彼らの来訪で大分その状況を変えつつある。

「勇者の話、してしまってもよろしかったのですか?国に報告した中でも機密になる内容だと記憶しています」

「妻も娘もライドウ殿にひどく感謝しているのだ。出来るだけの事をしてあげて欲しいといわれているのだからな。この位は構わん」

「ですが情報の安売りはこちらを安く見せることにもなりかねません。少しはご自重くださいませ」

主の軽挙とも見える行動を諌めるモリス。

「良いのだよ。はっきりいって、こんなことで信頼の欠片でも得られるのなら大儲けだとさえ思うのだ私は。ライドウ殿は、恩人で商売仲間、何より底が見えない御仁だからな」

「……出すぎたことを申しました。それと、グリトニアの勇者について続報がございます」

「ん、聞こうか」

「はい。彼は帝国にて順調に戦果を上げています。そして同時に第二皇女の”研究”に使われているようです」

報告を聞く中、研究、という言葉にレンブラントは体が強張るのを感じる。

帝国では人体実験を隠然と行っている噂があった。だが、それを勇者の降臨以後も続け、それどころか彼自身をも組み込んでいるのは初耳だった。

「グリトニアは勇者を兵器とするつもりなのかもしれんな」

「やもしれませぬ」

「……勇者とはそこまで従順なものなのか?御しやすい英雄や勇者は、国からすれば有難いだろうが」

強い力を持つ存在はそれだけ強烈な自我や意識を持つことが多い。制御は困難ではないのだろうか。

「まだ少年と聞きます。リミアもグリトニアも大きい。少年少女程度の欲望なら容易く満たすことが出来ましょうから」

子供の我侭を聞いてやって、その手綱を握る。確かに英雄を御する手段としては随分と容易い。

「哀れな。魔族との戦争に利用されるだけ、か」

本人に自覚が無いならせめてもの救いか。どのような肩書きがあっても、愚か者は愚か者なのか。レンブラントは心中で嘆息した。

「……また、どちらの勇者も今の所学園に近づく様子はございませんでした」

「最前線の切り札だからな、万が一とは思ったが学園には火の粉は飛ばずに済むようだな」

「はい、お嬢様方の復学も予定しておりますゆえ、懸念の種でございましたが。どうやら目前に迫ったステラ砦の奪還戦のことで頭が一杯のようですな」

「ステラ砦か。眉唾の逸話も幾つかある四腕の魔将が守る難関らしいな。聞けば今回は人助けをして回っているというリミアの勇者も参加しての攻略か。確かヒビキ=オトナシと言ったな」

リミアの勇者については近隣の国家を回っては魔族などによる問題の解決に努める、お話に出てくる勇者様を地で行く人物と聞く。レンブラントはその風聞が情報操作の類だと、報告を受けた時、半信半疑で聞き流した。そのような聖人君子のようなヒューマンなどいるはずが無いと思っていたから。

レンブラントにとっては、まだ帝国にいる物欲色欲併せ持つ勇者の方が理解しやすい存在だ。

「ええ、二人の勇者の共闘になりますな。可能な限り情報を集められるよう動いております」

「助かる。ステラの攻防は勝敗どちらに終わるにせよ、今後の流れを決める契機になる。結末は正確に知っておきたい」

「はい。数日後が楽しみですな。所で、お嬢様方が全快されるのはいつ頃になりましょうか。準備をしませんと」

「娘が順調に回復していけば二ヶ月から三ヶ月で全快すると医師も治療師も言っていた。そろそろ動くか」

「ところで王宮に報告は如何致しましょうか」

「……。良い、放っておけ。どうせステラ砦の事は四大国全ての総意だろうから既に知っているだろうさ」

「かしこまりました。ではそのように致します。復学の準備、まさかこのような日がこようとは。思えばライドウ様を学園に、というのもお嬢様方のたっての願いでございましたな」

「……アレらはライドウ殿に惚れてるのか?」

父親としては凄まじく複雑な気分だった。命の恩人ではあるがこれまで悪い虫などついたことのない娘二人が関心を寄せている異性の人物ともなれば無理も無い。

彼のことを覚えていたのか二人は声を揃えてその所在や仔細を聞きたがった。

レンブラント自身も大して情報を持っているわけではないし、さらに無意味に引き留める心算も無かったので。

冒険者なので直に街を発つだろうと適当に濁すと「お礼を言うまでは留め置いてくれ」と妻も含めて三者三様の言葉で言われた。

誤魔化しもやがて底を尽き、仕方なく事を話してやると例の願い事だ。

自分たちも復学する学園に彼も入れて欲しいと。かなり入れ込んでるのではないかと彼が思ったのは以前からだがこれは少し行き過ぎでは、と彼は考えた。

だが元々子煩悩な上に家族を溺愛する男親だ。娘二人のお願いに愛する妻からの口添えもつけばこの世の法も道徳も関係無い。

にかっと笑って快諾してしまった。

これがレンブラント側のライドウの学園入学についての経緯だった。仮にライドウが全く学園に行く心算が無くとも強引に実行したであろう。

何故か彼は自分から学園都市に行きたいなどといってくれたのだ。今では完全に開き直って、どこに問題があると言わんばかりだった。

「私からは何とも。ですがお二方とも並々ならぬ関心をお持ちのようです」

「関心、か。そうだな。何せ似顔絵を見せて尚、態度が変わらなかったくらいだ」

(彼が仮面を外した時、失礼だがその外見のブサイ、いや不出来…、いやうーん、残念さ…、違う、ふむ。そう、強烈な個性に言葉を失ったものだ)

ヒューマンでなく亜人ならそれほど驚く程ではない程度のものなのでレンブラントも慣れはしたが。

そして、これから仮面を外すという彼の言葉が本当なら、相当の苦労はするだろうと同情する。幸いにも呪いが原因で仮面が取れない、などの嘘は彼の素顔を晒したく無い一心からの行為だと、ライドウにはやや不本意な理由でだが納得されていた。

呪病で己の姿が崩れるのを見て、容姿への感覚も変わったのだろうか。娘二人はどちらも面食いの傾向が強かったはずだと記憶していた。かくいう彼自身も幽鬼のような三人を見ても愛情にまるで変化は無かったので感情と外見は直結しないことは理解しているつもりだった。

まずは状況に身を委ねてみるか。レンブラントはそう思うことにした。

(いきなりお腹を大きくした娘が彼と帰郷したら傭兵団でもぶつけてやることにしよう。せめてもの抵抗だと思いたまえライドウ殿)

「旦那様、気持ちは私も同じくするところですが今はまだ幾分か気が早いかと」

ふむ。流石に長年の付き合いだ。考えが良く伝わっている。レンブラントはモリスの言葉に感嘆する。伝わっているのか駄々漏れなだけなのかは不明だ。

「お前が同じ気持ちでいてくれて嬉しいぞ」

彼に任せて失敗だったことなどほとんど無い。実に心強い執事だ。

そう、彼に任せて失敗した事などほとんど無かった。

だからこの時も彼は確認しなかった。油断である。ツィーゲで最有力とも言われる切れ者の商人である筈のレンブラントの滅多に無い油断。

後日。

ロッツガルド学園への提出書類の控えに誤記が見つかった。ライドウ、合掌。
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