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一章と二章の間にあったある日のお話。

番外編に移動予定でしたがこのまま閑話で置いておくことにしました。
一章 ツィーゲ立志編
閑話 TMブートキャンプ~森鬼たちの哀歌~
蜃気楼都市郊外。

ここに褐色の肌、赤い目を有した戦士達が整列している。数は十五名。

全員が十分な戦闘経験を持ち、その瞳には自らの経験への自負が少なからずある。つまり、自信満々である。

十五の精鋭は、森鬼の村から選抜された実力者であり蜃気楼都市の主であるまことことライドウへの協力の証として送られて来ている。その中には真を辟易とさせたアクアとエリス、その師もいる。真の従者である巴が結界を再構築した為に強力な戦力を村に置く必要が無くなったから可能な人選だった。

下見に招待された森鬼は亜空の環境に驚きながらも賞賛し、南方に広がる森について選抜された者らの居住及び自治を許されることになった。それ以外に点在する森については管理が検討されている状態だ。

今日は予め決められた戦闘訓練の初日。開始時間まで時間はあるが全員が揃い、蜃気楼都市からの観察役、いわゆるお目付けとして同伴する三名を待っていた。

三名とは、即ちライドウ、巴、澪。蜃気楼都市の誇る最強の三名である。この面々がただのお目付けで来る、と本気で考えて訓練の様子を見て驚くな、などと考えている森鬼はある意味で幸せだ。

「おお、流石は厳選されてきただけはある。全員、揃っておるな」

列を成す褐色の一団に最初に声をかけたのは巴。青い髪に、この世界では前例の無い和装をした女性だ。当然、それが武士の物と知る者もいない。ただ、奇抜だ。

「……小粒の面倒なんてやる気でませんわ」

低血圧かと疑いたくなる機嫌の悪さを含む声は澪。黒髪に巴とは違った方向の和装。こちらは着物に分類される。一見して動きやすそうでは無い。訓練の同伴に向いているとは思えない格好だ。

「何で、僕まで来る必要があるのかな。識でいい気がするんだけどなあ」

不満たらたらなのは当地の最高権力者であるはずの真。早くも帰りたそうにしている。彼からすると学園都市への出発を控えているのに無駄なイベントに参加させられている気分であり、朝から何でこんな目に遭うのかと全体的にどんよりしている。

巴以外にやる気の感じられない三人の様子に森鬼が一様に表情を歪める。

「来たな。気の無いのがいるのが気に入らんが、今日は俺たちの自主訓練を見るってことでいいんだな?」

代表格である森鬼の男が到着した三人の来訪者に確認する。全体的に細身の印象がある森鬼からすると、彼の体格は筋肉の主張があり顔からは精悍さが伺えた。言うまでもなく、変態とか師匠とか言われている人だ。

「いや、それは中止じゃ」

「……何だと?」

巴のあっけらかんとした否定の言葉に変態は不機嫌を隠そうともせずに応じる。

「相変わらず威勢が良いの。確か……モンドじゃったな。名前は上等なのに残念な奴だった」

「喧嘩売ってるか?竜の姉さん」

「まさか。今日は予定を変えてお主らの実力を儂らに示してもらおうと思ってな?一定の基準を超えておるようなら、以後そちらの村の基準のまま選ばれた者を全面的に信用できるし、もし基準以下ならこちらで訓練をしなければならんからな」

一応、最もな感じの理由を述べる巴。しかし顔はニヤけており、モンドが聞いた通り喧嘩を売っているようにしか見えない。

「俺らじゃ不満だって言いたいのか?」

「……モンド、お主らの望みに、むしろ沿うことと思うぞ?これからチーム分けをしてな、儂らと戦ってもらう。その為にわざわざ真様と澪に時間を作ってきてもらったんじゃからな」

「……へぇ」

猛禽の目をするモンド。巴にとってはさした脅威も感じない相手なので、威圧に満ちた筈の目も無意味だが。

「五名ずつにチームを組むがいい。どうせ、モンドと愛弟子二人は同じチームになるじゃろ?お主らは若とやらせてやるとも」

「そりゃあいい!俺らも気になってる所だったよ。一体マコトサマはどれだけ強いのかってのはさ」

「そうかそうか。さて、次に一定の基準だが」

巴もニコニコして説明を続けていく。彼らの口調や、他の者らの口から漏れる悪態にも特に注意しない。どちらかというと澪が密かに目を細めて扇で口元を隠したくらいだろうか。真は一向に変化が無い。早く終わらないかな。そんな目である。

「基準?倒せば文句ないだろう?」

「勿論じゃ。倒すことが出来たら文句なしで合格じゃよ。具体的には儂と澪を相手にしたチームについては膝を突かせるなど体勢を明らかに崩せれば十分。真様については……一撃でも入れば合格で良い。出来なかったら午後から訓練メニューにしたがってもらうぞ?」

巴の言葉に小さかった私語が波紋のように大きく広がっていく。

「了解だ。了解だが、馬鹿にしてくれたもんだ。すぐに人を振り分ける。後悔するなよ」

「そちらこそ悔いの無きよう全力で参れよ?試験時間はこれから昼まで。ルールは何でもあり。ただし、儂らは致命傷になるような攻撃はしないし、負った傷もきちんと治癒するから安心せい」

では、準備してこい。

そういわんばかりに巴は手をひらひらと森鬼に振る。あっちいけとも取れる仕草。

「巴~これから昼までとか本気か?それに僕、一撃も入れられたら駄目とか何気にハードル上げられてない?」

「若、森鬼は少々オツムが弱いのです。なまじ知性があるからでしょう、本能的な部分で強者を理解出来ていない。悪い意味でヒューマンの影響を受けてますな。何、あの連中はここからもう自由に出れない逃げれないという事実をどこかに忘れてきているようですからな。初めに身の程を徹底的に教えておけば今後の調きょ、もとい訓練も順調に進むというものです。どうかご協力を。午後からの儂考案のブートキャンプは若の同席は結構ですので」

一撃を入れられるとは微塵も考えていないようである。

「ブ、ブートキャンプってお前。また変な記憶を引っ張ってきたね……。ま、僕があまりここに来られないようになるから今の内に出来る協力ならって一緒にいるんだけどさ」

「私はどうして午後もいないといけないんですの?若様と一緒にいたいのですけど?」

「澪、お前と儂が揃っていた方が奴らはより絶望してくれるからの。若を可能か不可能かは別にして手にかけようとした連中だぞ?少し懲らしめてやれると思って付き合え」

「そういえば、お仕置きしていませんでしたね。そう。そういうことなら……」

巴の言葉に澪は納得して引き下がる。彼女は森鬼の悪意に最初気付けなかった。その後、真に彼らへの考えを聞かされているので森鬼に良い印象は抱いてない。真自身が許容しているなら、使える連中ならまあ仕方ないか程度の気持ちである。真も、巴と澪を学園都市へは連れて行かないと言っている身である。巴からのお願いには少々甘受している様子だ。

「では、死なぬ程度に。奴らにはこれから儂の新しい分体による訓練メニューで生まれ変わってもらわねば。くふふふ……」

初代分体が消されて、巴は新しい亜空の管理人としての分体作りに力を注いでいた。結果二代目は二頭身の適当組成から少女の外見を持ち戦闘力も高く有する存在になった。しかも自らの力を分けて創造する分体であるのに、核に危険な真紅の指輪を用いて構成し、澪と密かなバトルを繰り広げた曰く付きの二代目。巴は満を持して投入される明日からの訓練が実は楽しみで仕方ない。

自身には敵対的な態度を示しているとはいえ、森鬼に一抹の同情を抱く真だった。









戦闘の結果は散々だった。

おそらく、森鬼にとってこれだけの敗戦は初めてではないかという程に大敗で完敗だった。

モンドは脳筋だが戦闘に無能ではない。戦闘直前に巴に確認し、一組でも条件を満たせば今後の訓練に口出し無しと確約をもらっている。最も重要な一点の確認を怠ったのはあるが、これは巴の言葉の使い方と挑発まじりの所為としておくべきか。

当然モンドは最も練度の低い五人を巴に、次の五人を澪に、自分を含む最高の五人を真に割り振った。彼の中での実力順を考えると無理も無いことだ。第一、モンドは亜空の見学中に起きた事故(と聞かされている)の際、拡散した真の魔力を誰の物か確認していない。

日が中天にかかる時までそれなりの時間を与えられたにもかかわらず、巴と澪の相手はその時間まで立っていることさえ出来なかった。

巴は武器を抜くことすらせず、苦悶の霧結界を十五分ほど継続させ五人すべてに泡を吹かせて戦闘不能にした。個人戦闘力も連携もあったものではない。悶絶の悲鳴と断末魔が微かに響き、静かになったので解いた。ただそれだけだ。巴はその間、それなりに仕上がってきた刀の鞘と鍔にどんな意匠を施そうか、資料を片手に悩んでいただけだ。これはひどい。

澪は開戦早々に一人が放った魔法を防ぐでも無く体に受け、何事も無く空中と地上から同時に攻撃を仕掛けようとしていた四名と術者を糸で捕縛。蜘蛛の巣に捕まった虫さながらにもがくだけの連中に対して、そのまま死ぬ寸前まで力を吸い取り終了。お昼頃になっても五人の内で最も高い実力を持つ者でさえ生まれたての小鹿程度の動作しか出来なかった。しかも澪は微動だにしていない。全員が一旦意識を失って昏倒した後は適当な岩を見つけて腰掛け、最近覚えた化粧の具合を確かめているだけだった。これもひどい。

では真はというと。

殺気を隠そうともしない森鬼の最精鋭五人と対峙しながら、処理方法を考えていたのだが。モンドからある事を提案された。曰く、一撃入れてみてくれ、と。どの程度の実力を持っているのか知らないと加減が出来ないから自分に一撃入れてみてくれと前に出てきたのである。

真はこの愛すべき馬鹿を少し好きになった。きっと物語で「何だって!」とか「何だと!」とか驚くのはこういう人たちなんだろうなと苦笑いした。彼が口にしたことは一撃も入れられてはいけないという条件が無ければ真が提案しようとしたことだったから。

ならばと彼はアクエリアスコンビから師匠の実力を推測してここを殴れとばかりに顔を出すモンドに一撃を放った。案の定、思い切り吹っ飛んでいったモンドはピクリとも動かない。残る四人は唖然とする真に追撃を加えることも出来ず、師の飛んでいった先を眺めて、我に返った者からモンドの安否を確認するために駆け出した。残された真は自分と先生の間の実力差から推測して一撃の加減をしたのだが、思ったよりも弱かったモンドの吹っ飛び方に目を点にしていた。

「まさにビッグマウス……」

ぼそりと呟いた真の言葉は誰に聞かれることもなく流れ。しばらく何をするでもなく雲など眺めていると森鬼らが戻ってきた。おそらく治療をされたのであろう、モンドもとりあえず外見は無事に見えた。

一通り、何故だか卑怯者扱いをされ罵倒を受けた後で彼らの攻撃が始まった。真はただ全方位に初歩の魔法障壁を張り、界を加えて放置。一点集中も全方位攻撃もまるで効果は無く、魔法も剣も矢も虚しく弾き落とされるだけ。森鬼からすれば砕けない岩を延々と攻撃しているようなものだ。

いっそ倒してやれば良いものの、そろそろ昼かという時間まで、彼らは手を変え品を変えては攻めを継続し疲れ果てることになった。巴がそわそわしだしたのを見た真が不意に地面に置いていた弓を手にして五発射た段階で全員が膝をつく結果になった。もう、立ち上がる気力も無いくらいに疲れ果てて息も荒い。こんなもので良いのかと気のない言葉を巴にかけると、真はそのまま戻っていってしまう。

残されたのは体の傷こそ癒されたが、自信を根本から破壊された哀れな十五の森鬼。ここに来た時の様子は微塵も残っていない。巴は狙い通りの状態に満足して頷く。

「さて、不合格だったからには儂の訓練を受けてもらうぞ」

「……わかった」

幾分の含みのある答えが返る。含む物の中には疲労もあるが、やはり反抗の意思も少しはあるのだろう。だが巴はただ笑うのみ。

「巴さん、少々調子に乗らせすぎではありません?何でしたら貴女の霧でもう半日ほど身の程を思い知ってもらった方が訓練とやらにも身が入るでしょうに」

澪の言葉に巴の相手だった森鬼五人が顔面蒼白になって頭を抱える。十五分で泡を吹いたのだ、半日も続けば精神が崩壊しかねない。今の段階で一番心が折れているのは彼らに違いない。

「まぁまぁ、澪。虐めてやるな。それは成績の振るわない者への罰ゲームにとっておこうよ」

「私の術も、貴方の術も面白い様に食らうこんなのに本当に価値なんてありますの?若様の相手に至ってはずっと攻撃させてもらってあの様でしょう?」

「素質は十分じゃよ。一から鍛えてやれば重宝する奴らに仕上がるさ」

「亜空にいる中でも、下から数えたほうが早そうですけどねぇ」

澪は巴が彼らに何を期待するのかわからず首をかしげる。当たり前だが、森鬼への言葉の配慮は欠片も無い。

「それは否定せんよ。いいとこ小枝持ってじゃれついてくる子供並じゃ。若もそのつもりで相手をしているようだった」

「……お仕置きどころか途中から介護に変わりそうですわ」

やれやれ。言葉にすればきっとこうなる手振りで澪が先を思いやる。ちょっと虐めたらすぐに壊れそうな相手に、逆にストレスが溜まるのではと嘆息する。

何を言われようと完敗を喫した森鬼には反論できない。彼らは巴の言うがままに訓練のメニューを消化していった。

夕刻まで続いた訓練は巴と澪の両名の監視により手抜きも出来ずモンドらにとっては厳しい訓練となったが、内容は彼らの限界を知ろうとする傾向のものが多く、森鬼らは疑問を感じた。明日からしばらくは訓練の予定はない。森を見て回る時間としてある。こんな内容で巴が何を期待して重宝する、などと口にしたのかわからなかった。

「よし、今日はこれまで!」

巴の言葉に、訓練中一度も苦悶の霧を浴びなかったことに安堵する者が数人。だが本当の地獄はこれからである。

集まり整列を終えた十五人に巴は事も無げに言い放った。

「では、明日は早朝から終日じゃ。用意をしておけ」

と。

「……っ!ふざけるな!次回の訓練観察は十日後のはずだ!!」

モンドが間髪無く巴の言葉に反論する。訓練は自主的に行い、かつその内容については定期的に観察することがあるとの決まりに反する内容の言葉だったからだ。

「何を言っておる?儂は最初にそれは無しじゃと言うただろうが」

「それは!訓練を見るだけにするのを止めるって意味だろ!?」

「そんなもの、お主の勝手な理屈じゃろうが。ついでに儂は実力を見る時にも言ったぞ?基準以下ならこちらの訓練をうけてもらう、と」

「今正にお前らの訓練が終わった所だろうが!」

「……。森鬼というのは本当に頭が悪いのう。儂は午後から訓練を始めるとは、確かに言ったが”いつ”終わるかなぞ口にした覚えは無いぞ?ちなみに予定では最短でも一月を予定しておる」

最短でも一月。その言葉に何名かの森鬼が崩れ落ちる。桁が違う相手に見張られて何をされるかもしれない訓練とやらを受けるなど、拷問に他ならない。断固拒否である。だが実力で拒否は出来ない。最早取れる手段は逃亡のみである。

「へ理屈言ってるのはあんたの方だ!いつ終わるかなんてその日の訓練終了までって当たり前のことだろうがよ!」

「へ理屈大いに結構。弱者の道理や理屈など強者のへ理屈にすら及ばぬわ」

モンドの言葉もやや悲痛になっている。彼の全力を賭したとしても、目の前の二人に全く及ばないことを今日の訓練を通して完全に理解したからである。十五人がかりで酔わせて寝込みを襲ったとて、綺麗に玉砕するのはモンドの中で確信がある。それどころか、手加減を”間違えて”殺されかねない。青と黒、二人の女が絶対的な強者であることを頭も体も理解している。そして、真にも手も足も出ないこともだ。何時間も攻め続けて障壁一つ割れなかったのだ。やろうと思えばいつでもやれたというのに。真にとって自分たちと遊びでじゃれつく子供の間に大差ないことを知ってしまっている。

「あらあら、腕試しの前には一組でも条件を満たしたら、なんて確認までした方が随分とつまらない事で縋りつきますわね。私は難しい事は言いませんけど、弱者に選択の権利なんてありますの?」

『……』

アクアとエリスも大人しいものだ。真には相手にされず一蹴され、その後の訓練でも散々に貶されている。しかも、本当にギリギリだと思う所で成功できたり駄目だったりの繰り返しで肉体も精神も疲労しきっている。正直、明日からの予定云々よりも早く眠りたいのが彼女らと真に挑んだ二名の計四名の心情であった。残りの十名については完全に挫かれている。文字通り何一つ考えることができていないのが巴にやられた五名。既に逃亡しか考えていないのが澪にやられた五名である。

巴は噛み付いてくるモンドを一先ず置いておいて残りのメンバーを見回す。

「実にわかりやすい連中じゃな。これしきのメニューで疲れきっておる。半分くらいは逃げ出そうと思っているやもしれんな?」

『!?』

「じゃが……その足りない頭でもう少し考えてみよ。ここは何処じゃ?主らはどうやってここに来た?まさか、この場所が主らの村と陸続きになっておるとでも思うておるのか?甘いのう甘すぎる」

「……どういう、ことだ」

モンドの搾り出すような声。彼も、密かに逃亡については頭をよぎったのだ。辛いからというよりは、このままでは死人が出るかもしれないと危惧してのことだが。

「どうもこうもない。ここは若の作り出された特殊な結界の中に存在するんじゃ。その強度はさっき若の使っていた簡易障壁とはワケが違う。ここから抜け出して逃げ出したいのなら……若の簡易障壁を指先一つで破壊してようやくかのう?」

嘘八百である。亜空の性質はまだわかってないことの方が遥かに多い。勿論、陸続きで森鬼の村に帰れる可能性は無いので逃亡不可能の結末は真実だ。

「ゆび、そんな無茶な」

真の簡易障壁とやらですら破れなかった以上、絶望的だと悟る森鬼たち。アクアとエリスは、あの障壁が簡易的な術に過ぎなかったことに呆然としている。そういえば、詠唱一つ無かったとようやくに思い至りもした。

「状況がわかったか?お主らに逃げ場は無い。ついでに言えば、森鬼の村の安否さえ儂の胸三寸。全員が基準値以下の雑魚だった時点で最早逃げ場なぞ世界のどこにも無いわ。出来が悪ければ村がどうなっても知らんぞ?」

自分が法だとばかりに巴は脅しにかかる。

「まあ、死には、しないですから。廃棄物になって村に戻るのか。見事に一人前になって見せるのか。意地があるなら見せ所でしょうね」

澪が巴に続く。その言葉は訓練の合間に巴に頼まれて暗記しておいたものだ。二人の鬼教官を演出したいと頼まれて引き受けたのだ。真に同行して学園都市に行けない以上、どうしても暇な時や苛々した時には訓練を見に来るのも良いかもと思いもしている。

巴の脅しと澪の発破。今はどちらも森鬼の心中で燻るだけだ。今夜、彼らが結論を出すときに効果が出ればいいのだから巴も現状の彼らの情けない様子は気にしてない。

むしろ、能力値が大体掴めた明日から正式にトレーニングが始まるのである。真の世界の色々な記憶を、誤解と曲解で繋ぎ合わせた訓練法が。

巴はそれを資料室から掬い上げた名称のままにブートキャンプと名づけ、頭に自分が考案し真の記憶を参考にしたので文字を添えてT(巴と)M(真の)ブートキャンプとした。

だが、Tはそのままに理解されたが、後に連綿と続いていく悪夢のような限界突破の訓練と折々に参加してくる黒い女性のインパクトに塗り潰され、森鬼の間ではMは澪を示す言葉として定着していくことになる。

「くふ、これでトヤマの薬売り計画が一歩進むというもの。商会の名を売り情報収集まで可能にするこの妙案。真様を驚かせる種が一つ出来たわい」

ごく小声で呟く巴。内容が聞き取れても意味がほとんどわからない澪は特に突っ込みもせず、ふらふらと帰っていく森鬼を眺めていた。助けの手を伸ばさない所が実に澪である。

「お客様は神様です!!」

「先用後利を徹底します!!」

「クズノハ商会の薬売りをどうぞご贔屓に!!」

「お困りの際は駆けつけます!!」

など数々の言葉を叫びながら、一丸となって訓練に励む森鬼の姿が翌日から亜空の郊外で見られることになる。それ以上に悲鳴や絶叫も彩りを添えていたが。

声が小さい、笑顔がぬるい、自覚が足りない、弱い、面白くない。時に理不尽な理由で暴力に晒されながら基礎能力、戦闘技術、隠密行動、そして情報収集やヒューマンのことを頭と体に叩き込まれ。

巴の先導による恐怖のブートキャンプは今日も続いていく。
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