「巴、僕はここに来てお前と初めての契約をした。でも、考えてみると契約が僕に与える影響をあまり聞いてなかったよね」
「確か、悪い取引にはならない。と言った感じで話した気がしますな」
惚けているのか、それとも本気であまり覚えてないのか微妙な雰囲気で巴が応じる。
「僕と契約した君らは、三人とも元の姿を失い、能力全般を強化されたと言ってる。じゃあ、僕は?」
この世界に来てからというもの、僕は上位の存在に数えられる竜に、災害と忌避され憎まれる黒蜘蛛、さらに人からアンデッド(どうも僕の定義が当てはまるのか怪しいけど)になったリッチと契約した。
勇者と比べても高いと月様が保証してくれた僕の魔力の優位、それに物を言わせたのは言うまでも無い。
僕の身にこれまで、その契約が原因で起きた不調はなかった。唯一つ、確信して”そう”と思えるのは霧の門とツィーゲの間の亜空で起きたあの体験だけ。
他者の記憶の流入。あれは巴の能力、だと思う。
特に言葉を発するでも無く、僕の次句を待っている従者に向かって話を続ける。
「二日前、僕は人の記憶を見た。多分、間違いない。巴、何か知らない?」
「若もお人が悪い。ある程度の結論は得ておいでなのに、あえて聞きますか」
「確認だよ。支配の関係、それは従者に劇的な外見の変化や能力の向上をもたらすのはわかった。なら支配の側は、何を得るんだろう。僕が考えているのはね、従者の特性を丸ごと得てしまう、そういうものじゃないかって」
上手くは説明出来ない。でも、巴の能力を使えるなら多分澪や識の力も使える可能性があるわけで。人外の存在の能力を人がリスクなしに自在に使えるなんて有り得ないと思うから、その代償は当然、彼らの要素を僕も得ることじゃないかと思ったわけで。
つまり、僕は今、人でないナニカになってしまったんじゃないかと想像しているんだけど……。
「ぷッ」
「何で笑う、巴?」
お前ね、人じゃなくなるってのは中々インパクト強いよ?はっきり言うとここに来て一番の衝撃だよ?むしろお前、本当なら僕への裏切りになる可能性もある件ですよ?
人で無くなる位、大したことですかな?とか言われたら流石にショックだ。
「いや、ここ二日どうやら一つ山を越えられたかと思っていましたら、随分と勘違いして迷走されていたのかと思うと面白くてつい。失礼しました」
「私は元々自ら人を捨てましたから理解出来かねますが、人であることは若様には多大に重要な事なのですな。心に留め置きます」
巴と識が僕の言葉に真逆な反応をする。澪は今一状況が掴めていない様子。
「若が儂の能力を扱えたのは、まあ、現状では偶然、ですな。本来はもっと後に発現したであろう事態ですので。多分、若自身が制御しきれない程の感情に支配されたのと、恥ずかしながら儂と若の間に”繋がり”が出来ていたのが原因かと」
つ、繋がり!?
うお!澪の目が一気にヤバイ。据わってる。きらきらした輝きが消えてくよ?誤解、誤解だから!
「説明!巴、説明!早く!」
「ん?っと、言葉がまずかったですな。繋がりとは、まあ信頼関係とか情のやり取り、まあそんな物です。ちなみに支配者たる若に従者の因子が入り込む事などありませんぞ?それでは対等の関係ではありませぬか。我らは従者、忠誠を誓う者。若が望むなら我らの力は如何様にもお好きに使うことができます。ただ本来は異質な存在の持つ力。使用には慣れが必要で、それらを主たる者は徐々に認識して使うことが出来るようになるのです。ただ、これには例外もありましてな。まあ今回が正にその例外でして」
巴たちの力、か。確かに僕はそんなものを自分の体の中から感じた事は無い。先日も、巴の力らしきものを感じる事は無く能力だけが発現した感じだったし。
「……」
澪の態度が微妙に進行を止めているようにも見える、かな?
聞く気になっているのか、それとも下りきった後か。どうか前者でありますように。
「主人が事態の解決に手段を求め、従者と確かな信用を築いている場合に、適した従者の能力が主人の中から暴走気味に出てくることがあります。そのままに発現することもあれば主人に最適化される場合もあるようですが今回はそのままだったようですな」
デメリットは何もありません、と続ける巴。結構きつい体験だったんだけど、デメリット無しって言うかね。確かに魔力の消耗とかは無かった。界を使った時に似てる。ただ僕の魔力を介しているのは間違い無い。そこは界と違うな。
「信用で、暴走ねえ?」
僕、巴の事をそれなりに信頼しているってことか?まあ、初めての従者、契約相手だ。心を許している、って面ではそうなのかも。
巴は僕が記憶を見る力を発現させたのを喜んでいる節がある。あれ、はっきり言って凄く気持ち悪かったんだぞ!感情なんて振り切る時は振り切るんだ。今後、自重していても何度かはあんな目に遭う可能性があるのか……。
意識して使えるようになるのは何時の事か……。
「ええ、信用!信用ですぞ若。よくぞ、最初に儂の能力を使って下さった!これで儂も若の一の従者として面子が立つというものです!」
そこが重要とばかりに巴が話し出す。顔には満面の笑み。あ、澪が……。
「……たまたま」
「ん?何じゃ澪、聞こえんな?」
巴、止めろ?
「……今回は偶然に、記憶がどうのだってだけじゃないですか!若様が凄い、もう死ぬくらいの大怪我してればきっと私の力が発動して御身を癒していたに決まってます!!偶然、たまたま!!ただそれだけですわ!!」
勝手に僕を瀕死の重傷にするな!?界の治癒も自分に効かないんだぞ僕は!死ぬだろうが、そんな大怪我したら!あ、でも澪の再生能力が使えれば問題無い、のか?でも最適化して発動、の方だったら違う能力になる可能性も……。
絶対にしたくない賭けだ。他人からの回復は受け付けるんだから回復出来る人の傍で怪我することにします。
「うんうん、そうじゃな偶然じゃなあ。澪の言う通りじゃ」
喜色満面、とはこういうのを言うんだろうな。澪のは、アレだ。鬼とか般若とか。食って掛かる様子に悔しさが滲んでるがそれ以上に巴の態度が気に食わないようだ。元々レイプ目モードに移行する寸前っぽかったからなあ。
出来ればここで識に止めて欲しい所だけど、無理か。新参ということもあって彼は先輩二人に結構従順、というかいじられている様子だから。ひどいこと、されてないと良いんだけど。
「ふ、ふふふ。大して使いこなせもしない刀を振り回してエドだサムライだと騒いでいるだけのエセな巴さんには言葉も通じないのかしら?」
「……、ほう。澪?二番目が一番に喧嘩でも売るつもりかの?儂、若と絆作っちゃったけど?明らかに格が違うんじゃないかの?」
絆ってお前大袈裟な。
「わ、私にだって若様と全力で拳を交わし合い、血を分け合った絆があります!」
澪、それ絆違う。ついでに血は僕が一方的に吸われただけだって。
「はっ、正気なぞ無かったくせに。そんな経験なら儂にだってあるわ。悶える位に熱く貫かれた仲じゃ!!一方的に蹂躙されたのなんぞ、識くらいじゃろうよ。そもそも澪は……」
ブリッドで攻撃しただけだろうが!?
「水増しリッチの識の話などしてません。気軽に絆だの繋がりだの、慎みも何もあったものじゃない。大体巴さんは……」
み、水増し。ひどいな。しかもそれ、お前らがやらせたことじゃないか。
はぁ。何か会ったときからどうのこうの、僕が異世界に来たのがどうのこうの。つまりいつもの口喧嘩に発展しやがりました。
僕が話したい大事なことはむしろこの後なんですけどね?大分ヒートアップしてるからこれは長いだろうな……。
仕方ない。先に識にはな、おお。識、さっきの口論の流れ弾で大分心に傷を負ったみたいだ。どうせ私なんて、的な目をしている。
僕は個人的にはだけど、リッチは結構伸びしろがある人だと思うんだけどなあ。
とりあえず。
煩い二人の声を界でシャットアウト。うむ、便利だ。
「あの二人は放って置こう。識、僕はこれからどこにいくか、決めたよ」
「う。私などに最初にお話を頂いてよろしいので?」
ネ、ネガティブだ。
「ああ、僕にとっては巴も澪も識も。大事な仲間で、身内だからね」
「……」
識は何か意外な言葉を聞いたかのように目を大きく開く。本来の魔術における契約の意味とは確かにかけ離れた言葉だから無理も無い。僕らは支配の契約を結んだ間柄なんだから。
ったく、見た目はクールで長身なインテリだというのに、目で自信の無さを訴えるのがアンバランスこの上無いな。
「僕はツィーゲに戻り次第、数日で準備して学園都市に行くよ。商会、のことは後で詳しく話すけど。そのことを差し引いても、僕はヒューマンの教育ってのに興味が出てきた。どうせ行く予定だったんだ。ツィーゲの事は皆にお願いしていく」
「若様はお一人で行かれるお心算ですか?」
「いや、識と行く。男二人、気楽に行こう」
「わ、私とですか!?いやいや、巴殿か澪殿と行かれるべきでは!?大体、そ、そんなことになったら、私はむしろ自分が五体満足でいられる自信が……」
どんだけ二人に脅されているんだい、識?
あたふたと慌てふためく識の様子は滑稽だが、決してふざけてなかった。あの二人、後輩に対する接し方を教育する必要があるな。たった二日で尻尾丸めきっているじゃないか。
「どうせ、亜空に来れば会えるんだ。なら僕と巴が別々に動いた方が色々効率も良い。門を開けるのは僕と巴だけだからね。それにさ、巴の教育方針はどうもやらかしてから反省会パターンなんだ。識は研究者だったみたいだから傾向と対策で事前に教われそう。ついでに言うと元ヒューマンだった経験で奴らよりは常識がありそう」
後半にいくにつれて語尾が小さくなる。
澪と戦った時もそう。森鬼もそう。
さらに澪と二人でベースを一個破壊しているし。
「若様も、色々苦労されているのですな」
「まあ、ね。識もこれから覚悟決めておかないときついよ」
「……」
「最終的にはあの口論を一撃で止めて欲しい」
最早会話かどうかも怪しいレベルの応酬になっているけど。お互い、手は出していない。先に手を出したら負けとかルールでも決めているのかね?被害が出ないから実に嬉しいが。
「……若様、アンデッドも死にますぞ?」
おいお前、何を言ってるんだ?的な目でリッチに真顔で諭された。
「君は回復魔法があるんだから大丈夫だろう」
「全弾オーバーキルの怒涛の連撃。回復など欠片も意味がありません。無理です。不可能です。死にます」
涙目で訴えてくる識。な、流れ弾であれだけ傷を負った彼では太刀打ちは難しいか。
「だけど別行動の件は識から伝えてもらうつもりなんだけど?」
「!!??」
「あの二人にはツィーゲから北へ向かってもらって海を目指してもらいたいんだよね。……巴は遠くない内に海産物がどうのと言い出すに違いないし。荒野での冒険者の拉致やらレンブラント商会との繋がりやらを考えると、巴はツィーゲ近郊にいてくれた方が都合も良い」
あれで交渉事も意外とこなしてくれるからな。適正がオールAの武将みたいに器用な奴だ。
「み、澪殿は別に連れて行かれてもよろしいのでは?」
「澪ね。どちらかと言うと本当は連れて行きたくもあるんだけど。巴一人にかける頼み事が多くなりすぎるのもかわいそうかな、と。週に何度かは会えるんだからこの際ね。あいつも少しは僕離れしてくれないと」
識、だから何でこの世の終わりみたいな悲壮な顔をする。澪が巴のように何でも器用にやるようになるとは思えないけど、実は少しくらいあいつに張り合って色々出来るようになって欲しい気持ちはある。
「わ、若様」
「あ、それと学園都市に行くにあたって若様は無しね。ライドウの方でよろしく」
「お二方に、私から話をするのは本当に本当の決定でしょうか?」
「勿論。僕はもうツィーゲに戻ってレンブラントさんに挨拶しないと。せっかく軒先をお借りするのに主がいきなり遠出します、なんて失礼をするんだから。せめて挨拶だけでもしっかりしておきたいんだ」
「初めて仰せつかった命がこんな危険な事とは……土に還るかもしれぬ……」
独り言を軽く流すことにする。そういえば、リッチはじめ多くの高位アンデッドは土属性を強く持つ精霊的な側面もあるのだとか。土と闇、とか土と火という具合に複数属性持ちの個体が多いんだそうな。
イメージ、全然湧いてこないんだけどね。土も、精霊的側面も。僕の定義は完全に意味を成さないようだった。唯一正解だったのは、魔力の供給以上に奪い続けて枯渇させれば消滅する、って所だけか。
「じゃあ、よろしくね。僕は行くから」
というわけで。
僕は学園都市に向かうことにした。
商会の活動を早く本格的にしたいという目的もあった。知識の集まる場所なら両親の事を知る機会もあるんじゃないか、とも思った。
でも本当の目的は違う。
すぐにでも、と決めた切っ掛けは僕が殺めた彼女の記憶だ。
この世界はあの女神が管理しているから変で当然、くらいに思っていた。だけどそれじゃあ納得出来なくなったんだ。知りたい。世界の事、ヒューマンの事、女神の信仰や教えの事、亜人の事、魔族の事、魔法の事、グラントの事、他世界の事。
だから亜空も、ツィーゲも中途半端に手をつけた状態だけど出発を決めた。
レンブラントさんの所に挨拶に伺った時に、偶然に見る事が叶った未完の世界地図を見たときの衝撃も大きい。あのカタチ、意味。知りたい事は増えるばかりだ。
幸いにも、と言うかかなり奇妙な事にレンブラントさんは僕の出立を目を見開いて驚きながら、ほぼ即答で応援してくれた。商人の大先輩として苦言や辣言は相当に覚悟して邸に入ったというのに。本来、絶対にやるべきではないと思っていただけにお叱り無しは拍子抜けした。
何か、落とし穴が用意されている気もするけど、海千川千の彼と執事を相手に聞きだせるとも思えない。探索や調査の界も人の心は見通せないから無意味だ。
何故か学園都市の出願用の書類まで用意してくれていたから、彼らなりの思惑はどこかにあるんだろう。殺しの一件を経ても、僕はレンブラントさん一家にある程度の信用を置いている。きっと、呪病を患っていた家族への彼の気持ちを見ていたから。彼らはきっと違うのだと考えている。
僕はレンブラントさんから学園都市に提出する書類と、彼の推薦の添え書きを受け取り深く頭を下げた。まさか推薦までしてくれるとは思わなかった。辺境の都市ツィーゲの有力商人、程度にしか思ってなかったけど彼は僕が考える以上の人物なのかもしれない。
至れり尽くせりの対応に報いる意味も込め、僕は彼ら二人の前で遂に仮面を外した。もう決心はしていたことだ。なんやかんやで有耶無耶につけたままにしていた物だし。
初めて見る僕の顔は、やはり彼らにとっては結構不出来な部類に入るのか、かなり哀れまれた。だがこれには本当に苦笑しか出ない。貴方たち全員がおかしい、なんて言えないから。
すぐに慣れるから大丈夫、と地味にひどいことも言われた。それでも身内の変貌で容姿への耐性は高いのか、比較的普通にレンブラントさんは僕に対応してくれた。
結局、奥様や娘さんには会わせてもらえなかったけど、経過は順調とのこと。
安心してレンブラント邸を出ることが出来た。彼には、本当に感謝しないと。いずれ、亜空の商品は優先的に彼に流そうか、なんて考えるくらいには。
残るは亜空。というか巴と澪か。
あいつらは僕がいなくなってから識に話を聞かされて予想通り(識、ごめんね)に荒れたらしく。
識は結構グロッキーになっていた。気持ち体が透けて見え、口から何か出て見える程度に。
詰め寄られた物の、考えている事とお願い事を順番に丁寧に伝えたら、二人は渋々だけど納得してくれた。時折、識に向けられる妬み的な視線は、まあこの際仕方ない。
餞別、では無いけど二人には少し課題を出しておくことにした。前から聞かれていた事でもあるんだけど、答えが僕自身よくわからなかったから先送りしてた事だ。
伝えた事が正解とも限らないけど、思い至る部分で教えた。
巴は刀の事。というか剣術の事。当然、僕は門外漢だ。居合いに限ってなら、先生のご友人の方に少しだけ教わっているけど、実用レベルじゃ無い。はっきり言って左手に切り傷が耐えないくらいの素人レベルだ。巻藁さえ斬れた事無いし。
それでも、その方の話を何とか辿って、一つ剣術の基本を思い出した。僕にはとても意外な事だった。巴は今後も刀を使うと言っているから参考になるだろうと思う。
それは握力。刀を握る為の握力なんだそうだ。これを十分に鍛え、保てないと刀の扱いは全てが成り立たないと言われた。多くの口伝の様に実は他の意味が隠れている、とかだと巴に申し訳ないけど。だから握力を第一に鍛え、本物よりも重い練習用の長物で素振りをしてみてはどうかと薦めた。
機会を見て自身の記憶から修練の様子や先生たちの言葉をもう一度確認しておこう。……才能が無いとか、ぼろかすに言われている所を引くとどのくらい残るのか疑問だな。
澪には魔術の事。案の定、銃について色々聞きたがった彼女は、それでも僕が銃に持っている感情を理解してくれたのか魔術でそれを再現しようとしている。……どんだけ好きなんだか。
だけど小さな銃弾型に魔力を形成するのは直ぐに出来た澪は、貫通力が思ったように伴わない事に悩んでいた。あの形で高速で飛んで当たると貫通すると僕も思っていたので相談されて困った。形状としては貫けそうだけど闇という属性は本来直接的な攻撃力に向かないのかどちらかというと衝撃に威力が向いてしまうらしい。詳しくは僕にもまだわからない。
銃は、元の世界にいた時からあまり詳しくないし、設定のしっかりした漫画も読んだことはあるけど読み飛ばしていた部分が多く何が理由だろうと悩んだ。結局は先生の言葉と見た目でこちらは解決した。巴よりは確実なアドバイスだろうと思う。
それは回転。確か銃は銃身を通る時に回転を与えられて命中力と貫通力、それに純粋な威力も向上するんだとか。理屈は先生も詳細に教えてくれたけど、僕は正直弓が好きなだけで同じ遠距離用武器で弓の上位として発展した銃に興味があるわけでもないので正直聞き飛ばしていた。
ま、要はドリルみたいな事だろう。何で精度がそれで上がるのかまでは僕にはわからないし、わかる必要も無いだろう。和弓でもそうなんだし。
だから澪には回転の事を教えてみた。
課題というに相応しい内容かどうかは別にして、二人はそれぞれ喜んでいたからまあ良しとしよう。
本当は、三人に家族みたいに思っている事も話して、欲しいと思ってもらえるかはわからないけど、ミスミというファミリーネームを名乗ってもらいたいと思っている。今はただの巴、澪、識だもんな。
だけど、どう切り出せば良いかわからず。さらに物凄く気恥ずかしく感じて結局、今回は言えなかった。つくづくヘタレだなあ、僕は。
「父さん、母さん。まだまるで二人の事はわからないけど、僕なりにゆっくりやる事にするよ。それでいいよね?」
誰もいない亜空の丘で僕は独白する。識と契約して亜空には土地の隆起があったのか、丘や山が結構出来ていた。例によって遠くばかりだったから良いんだけど近くだったら地震だよな、とか思った。
その内の一つ。街からは随分と離れた場所に僕は一人で来ていた。夕方で、亜空の空は紅い。空から降りてくる様に、冷気が徐々に強まる時間だ。座っている尻も結構冷えてきている。
左手には両親の肖像、紙の大きさはA5くらい、かな。正確なサイズはわからない。父と母が別々の紙に描かれている。リノン画伯に頼んで書いてもらっていた物が完成したんだ。
亜空には絵心のある奴いなかったからな。彼女が一番上手いのもどうかと思うよ。かといって、街の似顔絵書きには何か頼みたくなかったんだよね。
「……」
もう一つ思い出した事がある。いや向き合った事、か。
上に向けた右手の掌の上にホログラムの様に浮かんだ画像。僕の記憶にある一枚の写真だった。
そこでは皆穏やかな表情を浮かべている。命のやりとりや、危険の匂いさえまるで感じない場所で。
僕の居た弓道部の、集合写真。
中でも中央にいた一人と、上段の一人を見る。
「……逃げたまま消えちゃってごめん。僕、とうとう人を殺したよ。泣いちゃってさ、でも悲しくは無くて。それで二人の事、はっきり思い出して」
とりとめの無い言葉が口から漏れる。
真っ先に家族を考えて、次は弓のこと、それでもう後は適当に流して大丈夫ってことにしてこっちに来た僕。ゆっくりと思い返すならあの世界に未練は沢山あったのに。
彼女たち二人の事も、あのままで良い筈は無かった。
「何もかんも適当でさ、思い出したり忘れたり、本当に最低だって自覚してる」
一つこれと定めて全力で臨めたなら、現実も弓にそうした様に一心に決めたまま進めたらどんなに楽か。進もうとする度に悩む僕は、やっぱり弓以外は情けない凡人のままだと思う。
「なあ東、長谷川。それでもさ、頑張ることにしたよ。せめて二人に好かれた僕が幻滅するような最低な奴のままじゃなくなるように。だから、もしいつか帰ることが叶うなら……」
それでも、僕は人を殺した。これからも、一人も殺さないなんて無理だろう。
叶うなら。
その後の言葉は、遂に言えなかった。
知る。
今はただそこから。
何を為すかは、それから決める。それまでは人と魔族の戦争なんて知ったことか。全てはまだ決めるべきじゃない。女神か、人か、魔族か、亜人か。
蹲る様に頭を沈め、出発前夜に決意を固める。
学園都市ロッツガルド。見た地図によると大陸の中央近くにある、小国を超える規模がある都市。南西にあるツィーゲからすると、研究や学問中心の街とは言え魔族との戦争には近い場所にあると言える。
そこが、次に僕が行く場所だ。
これにて一章終了になります。
extraは随時投稿しますが、本編はしばらくお休みします。
二章は早くて来月頭から開始します。
次章開始とextra投稿の際には活動報告にて告知しますので、どうぞよろしくお願いします。
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